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リアクション
〜すれちがう心〜
人集りの中心で、社のお好み焼きは完成に近付いていた。鉄板の上で狐色になった生地に、刷毛でソースを塗っていく。涼司と生徒達は「おぉ〜!」と感嘆の声を上げた。ソースの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり始めた頃に、マヨネーズをかける。
「屋台で鍛えとるからな! お好み焼き一つとっても色んな焼き方があるんで面白いんやで?」
最後にかけた鰹節が、お好み焼きの上でさわさわと踊る。
「ほら、熱いうちに食べてや! 美味いでぇ〜♪」
切り分けたお好み焼きを皿に載せて涼司に渡す。それをはふはふとしながら1口食べて、涼司は顔を綻ばせた。
「おお、うまいな!」
他の生徒達にもお好み焼きを配りつつ、社は室内を見回して言う。
「そやろ? あと、ほれ。皆も色んな料理しとるで? どれも美味そうやなぁ♪」
和から洋まで、様々な料理の良い香りが家庭科室を包んでいる。
「おい、メガネ。せっかくやからご馳走になってこいや。美味いモンあったら作り方聞いて花音ちゃんに作ってやったらどうや?」
「え……か、花音に? 俺が?」
お好み焼きを咥えたまま、涼司は眼鏡の下で目をぱちくりさせた。さりげない調子で、社は言う。
「そういえば花音ちゃんの好きな食べ物って何やろな? 勿論、お前は知っとるんやろ?」
動きを止めていた涼司は目を少しばかり泳がせてから、答えた。
「あ、ああ、当然だ!」
皿を置いて他を周り始めた涼司の背中に、社は声には出さずエールを送る。
(これで、花音ちゃんへの想いもまたハッキリとするやろ。頑張れよメガネ、笑顔になれ!)
「花音の好きな食べ物か……」
調理しているメニューをのぞき見ながら、涼司は生徒達の間を縫って歩いていた。しかし、何となく花音の近くを避けてしまう。彼女を視界の隅に捉えながら、どんなものを良く食べていたのか考える。
「涼司ちゃん!」
その時、試食用のテーブルに料理を並べていた透乃が、涼司に声を掛けた。
「一緒に食べようよ! いっぱい作ったんだよ!」
「ん? じゃ、じゃあ……」
綺麗に揃った一汁三菜を見て、涼司は思わず席につく。好みではないと言われたことをふと思い出すがまあそれはともかく。
「アジはやっぱり、旬の夏だよね! 金平と肉じゃがと……これは陽子ちゃんの拘りの一品なんだよ! あと、具沢山の豚汁だね! 中に入ってる大根は、ここにいない弟みたいな人が好きなんだよ! はい、ごはん!」
白飯が盛られた茶碗を受け取り、一口食べてから豚汁をすする。中には大根の他に、豚肉、わかめ、豆腐、コンニャク、油揚げ、里芋が入っている。家庭的で素朴な味が、涼司の心を落ち着かせた。
「緑茶もどうぞ」
陽子が湯のみをことりと置いた。透乃には冷酒も一緒につける。
「あっ、ありがとう陽子ちゃん!」
3人はしばらく、和気藹々と食事を楽しんだ。食べさせ合いっこをしている透乃達に圧倒されつつ、涼司は箸を進める。
「それにしても、これ……全部食べるのか?」
取り分けられている以外にも、肉じゃがやきんぴらが大皿にたっぷりと乗っている。緑茶を日本酒で割って陽子に飲ませていた透乃は、
「ん……っ!」
口移しで流し込み、陽子がこくんっ、とそれを飲み込んだ所で明るく言った。
「余ったら私と陽子ちゃんが本気で食べるから大丈夫だよ!」
「そんなにあるなら、オレ達もちょっと貰ってもいいか? この食いしん坊に試食させてやってくれよ」
「うん、いいよ!」
壮太が声を掛けると、透乃はあっさりと頷いた。自分と涼司の間に席を作って、2人を迎える。
「わー、この金平すごく美味しいよ! 今度、僕も作ってみようかなあ……」
「オレが作ってやるよ。だから、ミミは作らなくても大丈夫だからな? な?」
「簡単だよ! あのね……」
料理が苦手なミミが作ったらどんなものが出来るのか……。だが、ミミは肉じゃがなども食べながら、真剣に作り方を聞いている。壮太は諦めて、涼司に話しかけた。彼はどうも、一方的に捨てられたと思い込んでいる節があるように思う。
「おまえ、アームルートとちゃんと話し合ったのか?」
「…………話し合うったって、花音は絆、絆の一点張りで……」
もごもごと、涼司は不服そうに言う。
「それは、おまえが自分ばっかり主張するからじゃねえのか?」
「…………」
「なんでおまえに愛想尽かして別のヤツのところへ行ったか、その理由をちゃんと聞いてやったか? ……ああ、聞いてねえよな、おまえはただ道路で寝転がってウダウダ愚痴る程度の奴だもんな」
「何だと!?」
怒らせてやろうとわざと挑発的に言うと、涼司は椅子から立ち上がって壮太に掴みかかった。透乃達の驚いた視線を受けながら、壮太は笑って毒気を抜いた。
「そうやってアームルートにも噛みつけよ。言いたいこと言ってやれよ、そんであいつの言い分も聞いてやって、ちゃんと話し合えよ」
「……そうだよ」
そこで、透乃も真剣な表情になって涼司に言った。
「私には今の2人はとても親友には見えないよ。今のままが嫌なら、涼司ちゃんは変わらないといけないね」
「か、変わる……?」
再び座った彼と向き合い、透乃は続ける。
「涼司ちゃんは鈍くて、少し足りないところがあったとは思う。でも、花音ちゃんも気が利かなかったんじゃないかな? だから、あまり自分を責めることもないと思うよ。でも……涼司ちゃんは花音ちゃんとどうしたいのかな?」
「俺は……」
涼司は俯いた。俺はただ、前のように……
「前も言ったよね。パートナーとの関係って、とっても大事なんだよ。だから、いっぱい話して、理解し合わなくちゃいけないんだよ」
「きっと……」
控えめながら、陽子も言う。
「涼司さんはわかっているつもりで、花音さんは伝わっているつもりだったので今のような状態になってしまったのではないでしょうか?」
「……すれちがっちゃったってこと?」
ミミが聞くと、陽子は頷いた。
「透乃ちゃんは私の気持ちをわかっていたと思います。それでも、その気持ちを言葉で伝えて欲しいと言ってきました。涼司さんは花音さんの気持ちがよくわからないみたいですが……それならそのことをはっきり伝えるべきです。透乃ちゃんの言う少し足りなかったところはこのことだと思います」
「で、でも、言いたいことをそのまま言ったら……今度こそ、花音は縁を切ってくるかもしれないだろ!? それに、もし、嫌いとか言われたら……!」
「何、弱気になってんだよ、情けねえな。1年位前の、ウザいくらい暑苦しい山葉はどこいったんだ。いつまでもウダウダ悩んでるの見たくねえんだよ」
壮太が言うと、涼司は辛そうに下を向いた。
「喧嘩になったっていいだろうが。言いたいこと言い合えんのは、相手の顔が見られる今のうちだけなんだぜ」
「…………!」
涼司は、弾かれたように顔を上げた。透乃達は顔を見合わせ、彼に対して笑いかける。
「後悔しないうちに言った方がいいよ!」
「ええ。きっと分かり合えますよ」
「……おい、いい加減食ったろ。行くぞ」
壮太はミミを促して立ち上がる。
「部屋に閉じ込めて大事にしてるだけじゃ、花ってのは育たねえもんだ。じゃあな、美味かったぜ」
ミミは大皿の上のおかずを半分以上平らげていた。食べながらも話はちゃんと聞いている。
「花音さんは、山葉さんに守ってもらったり、ただ平和に暮らすために契約したわけじゃないから、別の人のところへ行っちゃったんじゃないかなあ」
口をもぐもぐさせながら席を立ち、先を行く壮太の背中をちらりと見る。
「一緒に戦いたいのに、守られてばかりなのってすごくつまんないんだよね……」
離れていく2人を見遣り、涼司は困ったように頭を掻いた。
「痛いことを言われちまったな……」
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