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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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  〜すべてが、メガネのためはなく〜
 
 
「空京へはわたくし達を放って置いて、お二人で楽しんでいたなんて……、お仕置きをして差し上げなくてはなりませんわね」
「美味しい所を二人だけで頂くなんぞ言語道断じゃー!」
 美海とナリュキは、どこで調達してきたのか人間2人が余裕で入りそうな鍋の前でそんなことを言っていた。鍋の下にはきっちりと火がついていて、中にはひなと沙幸が入っていた。2人は裸にひん剥かれ、向かい合わせで全身をぎっちぎちに密着させられて、色んな所を束ねる様にぐるぐると縛られていた。
「これじゃあ私達がハムみたいじゃないですかっ。しかも凄く恥ずかしい体勢で固定されてるんですけどー……」
「なんだか顔も近いし、ちょっと恥ずかしいかも……」
「空京って何のことですか〜」
 口々に抗議するひなと沙幸に、ナリュキが言う。
「ホレグスリとやらを存分に堪能したらしいのう。妾達に内緒でそんな事をするとはいい度胸じゃな」
「うー、2ヶ月も前のことじゃないですか〜」
 そのままの体勢で煮られ始め、全く身体が動かせない。
(これは、解放されるまでさゆゆの唇を貪る位しかやる事無いですねー? 互いの顔が目と鼻の先ですし仕方ないです〜)
 ひながそんな事を思っている頃、沙幸もさてどうしようと考えていた。
(でも、身動き取れない以上……あら、ひなもその気なのかな?)
 目配せしてみると、ひなは言った。
「罠だとしても利用するまでですよ〜? さゆゆっ!」
「うん、他のこともできないし、ねーさまに見せつけるように、お互いの唇や舌で濃厚に絡み合っちゃうんだもん!」
「濃厚さ抜群な舌の絡め合いにしましょー」
 そして、2人は唇を合わせてキスを始めた。そのうち、鍋の火の熱でなんだかボーっとしてくる。
(あれ? ひなの唇や舌、そして素肌から感じる熱? で、なんだか変な気分になってきちゃった。もうこのまま行くところまで行っちゃっても……い、いいかも?)
「色んな意味で身体がほてってきちゃうのです〜」
 舌を絡めながら、ひなはへろんっとしてふにゃんっとした調子で言う。
「意識も身体もとろとろになっちゃっても、さゆゆと一緒なら気持ち良さが止まらなくなりそうです〜。どうにでもなっちゃえば良いのですよー」
 そんな2人を眺めて、ナリュキはどこぞの童話の悪い魔女みたいな台詞を言った。
「4限目までずっと煮込んだら、間違い無く凄い事になっておるじゃろー。出汁もがっつり出てるじゃろうし、お肉も柔らかとろんとろんにゃ」
「お二人ともお鍋の中で楽しんでいらっしゃるご様子ですし、出来上がりのころには、きっといろんな意味でとろっとろになっているはずですわ。そしたらお持ち帰りの準備は完了ですわね。4限目からシチューを作って、更に夜まで煮込めば……ふふふ、楽しみですわ」
「くくくっ……」
「んんんーっ」
「えへへ〜」

 山葉 涼司(やまは・りょうじ)は教室を出て、1人ぶらりと帰路についた。2限目からは調理実習が行われるらしいが、誰からも誘われていない涼司にとっては関係の無いことだった。参加するらしい生徒は、食材を持ってぱたぱたと家庭科室へと向かっていく。すれ違う時にどきりとした顔をされるのが、また気分を沈ませる。希望制の授業を受けるつもりなど微塵も無かった。
 勿論、誘われればその限りではなく、今朝方までは少し期待していたのだが。

七枷 陣(ななかせ・じん)は、材料を乗せた銀のトレイを調理台に置いて小尾田 真奈(おびた・まな)に言った。
「さて、ビーフシチューでも作るかな」
「ご主人様……前、『メガネうぜぇ』って言ってらしたような気がするのですが」
「あー……まあ、入学当初から入口に陣取ってたからなぁ。入口行く度にあの暑苦しい顔見るのはうざ……でもここ最近の山葉の不遇さはネタ的にホント美味し……もとい、不憫すぎるよなぁ」
「確かに、少々異常とも思いますが……」
 小首を傾げる真奈に、陣は苦笑いする。
「だから、寛容な心で接してやろうや。幸い今日は調理実習なんやし、美味い物でも作って食べさせたるか」
 そうして、2人は調理を開始した。陣が牛肉のブロックを大きめのサイコロ状に切り、炒めていく。焦げすぎない程度という所がポイントだ。その隣で、真奈はにんじん、玉葱、じゃが芋を適当な大きさに切って耐熱容器に入れた。ラップをして電子レンジで少しばかり温めれば、煮込み時間短縮に繋がる。
 ……チン! といったレンジから注意深く容器を出して、真奈は言う。
「野菜の準備、終わりました」
「おう、じゃあ大鍋に入れて……」
 それぞれに下準備した材料を入れて、煮込む際には鰹のダシの素を少し加え、更に100%葡萄ジュース200ccを隠し味に入れた。
「30分煮込んだ後、ルーを入れて1時間……となると、3限目の後半くらいには完成するかな?」
「お二人がまた元の鞘に収まれば良いのですが……」

「いらっしゃらな……い?」
 家庭科室に入ったルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)は、花音が友人達と楽しそうに料理をしているのを見て、室内をぐるりと見渡した。戸惑うルミーナに対し、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は冷静だ。
「だから言ったじゃないの。あいつが誘われるわけないって」
「そんな……どうしてでしょう……」
 環菜は溜め息を吐いた。
「さっさと連れてきなさい。これじゃあ何の為に時間を割いたんだか分からないじゃない」
「は、はい……」
「ルミーナおねーさま〜。お料理、一緒にしませんか〜?」
 調理場から神代 明日香(かみしろ・あすか)が声を掛けてきた。準備中なのか、ボウルの中に泡立て器やおたまやフライ返しなどを入れて運んでいる。
「涼司さんを探してきますから、戻ったらご一緒しますね」
「そうですか〜? じゃあ環菜さん、どうですか〜?」
 少し残念そうにしてから一応、と話を振った明日香に、環菜はあっさりと首肯した。
「ええ、いいわよ」
「……!」
 その途端、明日香は持っていた調理器具を落っことした。がっしゃーん! という派手な音がする。
 目を丸くされ、環菜は苦々しい顔を向ける。
「……そんなに変かしら」
 こくこく、と明日香は全力で頷いた。上から目線だし、料理出来なさそうだし、家事は全てルミーナがしてそうだし、一切、全く、期待してなかったのだが。
「私に出来ない事は無いわ」
 そう言って、つかつかと歩み寄り器具を拾う環菜。その内の1つを眺めて、何に使うのかしらとでもいうように眉を顰める。微苦笑しつつ、ルミーナはそこで廊下に出た。

「ちぃ〜す♪ メガネ、元気にしとるかぁ?」
 昇降口を出た所で、涼司は日下部 社(くさかべ・やしろ)と行き会った。明るい笑顔で気さくに声を掛けてくる社に表情を緩める。気分が晴れた訳ではなかったが、心がほぐれたのも確かだ。
「社は元気そうだな」
「ったく……相変わらず景気の悪そうな顔しとるなぁ? 財布でも落としたんか? 金は貸せんけどジュース位なら奢ったるで♪」
「……そんなんじゃねえよ」
 若干ふてくされ気味に言う涼司に、社は呆れたように笑って肩に腕を回してきた。
「ん? 違うんか? ならハラでも減っとるんやろ? お腹と背中がくっ付いとるで? なぁ〜んてな」
 おどけてみせても涼司は無反応で、社を引っ掛けたまま帰ろうとする。
(こら重症やな……)
 話題にしないだけで事の次第を知っている社は、そのままの体勢でこう言った。
「そや! ちょうどお前ん所の学校で調理実習があるそうやんか。他校生でも参加してええみたいやから俺が美味いメシでも作ってやるわ!」
「メシか……」
「ハラが減っとったらプラス思考にもなれんやろ? まずは美味いメシでも食って元気出しぃや♪」
 遥か彼方、何かに思いを馳せるように、涼司は空を見遣った。どこかのマダオみたいに涙もちょちょぎれんばかりの気分だったが、友人の気遣いが嬉しく、今日は楽しんでみようかと少し前向きになる。
「そうだな! 食って食って食いまくってやる!」
 拳を作って言うと、社はにかっと笑った。今度は涼司の首を絞める形で腕を回し、校舎へと強制連行していく。
「善は急げや! いっくでぇ〜!」
「く、苦し……! 行く! 行くから離せよ!」
 ルミーナは楽しそうに馬鹿をやる社達と擦れ違い、安心したように微笑んだ。
(良かった……お友達が来られたのですね)
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、階段を降りた所でルミーナに気付いて迷わず方向転換した。
「ルミーナさん」
「あら、風祭さん」
「これから家庭科室に行くんですけど、ルミーナさんはどちらへ?」
「わたくしも、丁度戻るところですわ。ところでそれは……枇杷ですね」
 隼人の持つ箱には、山吹色のフルーツが綺麗に並んで入っていた。大きさは8センチ位だろうか。
「はい。山葉にムースを作ってやろうと思いまして……ルミーナさんは実習には参加されるんですか? も、もし良かったら、俺と一緒に……」
「そうですね。何を作るかは決めてませんでしたし、わたくしで良ければ、是非」
「ほ、本当ですか!?」
 にっこりとするルミーナに、隼人は目を輝かせた。嬉しそうだ。誰がどこからどう見ても、嬉しそうだ。
「俺が、ルミーナさんの心配を解消してさしあげます!」

「涼司さんは、何をそんなに落ち込んでるんですか? 励ます、なんて大げさですよね。まあ、あたしは皆でわいわい出来ればいいんですけど」
 包丁で材料を刻みながら、花音は不思議そうに言った。
「それに、秘密にしちゃったら涼司さん、来ないんじゃないですか? ごちそうしてもらえるなんて思わないだろうし」
 だから、あんたが連れて来いよ……!
 と、周囲の面々が内心でつっこみを入れる。そこに、社と涼司がふざけあいながら入ってきた。
 一瞬、ほんの一瞬、室内から人声が消えた。じゅーじゅーという、何かが揚がる音とか何かが焼ける音だけが耳に入る。涼司は花音を見て「あ」という顔をした。花音はちらりと視線を送っただけで、すぐに背中を向けてしまう。
「か、花音……」
「よっしゃ! 早速お好み焼きでも焼いたるか! キャベツはどこや? あと、卵と小麦粉と……」
「あ、それは……」
 社が明るい声を出すと、場にも活気が戻っていった。