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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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「花音……! どこだ!?」
 サンドイッチの最後の切れ端を飲み込みつつ、涼司は廊下を走っていた。居場所に見当がつかないので、携帯電話の呼び出し音を鳴らしっぱなしにしている。どんな状況になっても、パートナー同士の携帯電話の繋がりが切れることはない。
 ♪ ♪ ♪ ♪ ……
 その時、廊下の先から花音のお気に入りの着信音が微かに聞こえた。人々の騒ぐ声の方が遥かに大きい。急いでその現場に行くと、昇降口を出てすぐの広場に氷柱が立っていた。他の生徒達や教師が、その氷を何とか壊そうとしている。
 氷の中からは……花音の悲鳴が聞こえた。
「君! 止めなさい! 同じ蒼学の生徒に……花音君にそこまでの攻撃をするなんて、パラ実に送られても文句は言えない所業だ!」
 その声を子守唄のように聴きながら、大地は酷薄な笑みを浮かべて花音を漆黒の刀『蒿里(こうり)』で斬りつける。花音は攻撃から逃げて、氷の壁に血の手形をべたべたとつけた。
「ごめんなさい……ひっ……す、すみません……っ!」
 大地は喪悲漢を4つ付けていて傍から見れば結構笑える姿なのだが、全く笑えない。これっぽっちも笑えない。
「泣いて謝ったくらいで許されると思っているんですか?」
 大地は、『花音・アームルート』をボロクズに変えるつもりだった。殴る蹴る斬る絞める極める言葉のナイフでえぐる花音をボロッボロにするためならなんでもする。恐怖に震える花音を見下ろすその目が、一瞬だけ氷の外に向けられる。
「パラ実ですか……関係ありませんね。俺は、これで自分が死んでも悔いはありませんよ。ただ、花音さん、貴女だけは絶対に、必ず、何が何でも、虫の息まで追い込みます」
 メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)(人型名『氷月千雨』)は、そんな大地を氷の壁で守っていた。その瞳からは涙が溢れている。
 こんなやり方は間違っているんじゃないか――と、彼女は思っていた。しかし、大切なはずの人から心無い言葉を浴びせかけられ悲しみにくれる涼司を思う大地の気持ちも、痛いほどわかってしまうのだ。
 大地は、涼司と組むことも多く、彼を大切な親友だと思っている。なんだかんだで良い奴の彼が、花音に冷たい言葉を投げかけられ傷ついていくのを見ていられなかったのだ。
 その気持ちが分かるから――
(私は大地を守るわ。出来得る限りの手助けを――)
 そう、誓っていた。大地が花音に攻撃を加え始めてからずっと、禁じられた言葉で増幅した氷術で、妨害者達を阻んでいた。
 しかし、外の人数はどんどんと膨れ上がり――
「女相手に酷いぞ!」
「男のくせに恥ずかしくないのか!」
 そんな言葉が聞こえてくる。大地もまた、千雨と同じように涙をぼろぼろとこぼしていた。花音を殴りながら、言う。
「男女平等の世の中で何言ってるんでしょうね? あの人達は馬鹿なんですか? 男だから女だからじゃないんですよ。クズは殴られてしかるべきなんです。殴ってもらえるだけありがたいと思ってほしいぐらいですね。涼司さんとの契約がなければあなたなんかもう殺してますよ。花音さん、あなたなぜ自分がこんな目に会うのかわからないでしょ? そうですよね。わかるならあんな台詞言いませんもんね。もう早く涼司さんとの契約を切りなさい。そしたら、お礼にすぐ殺してあげますから。残念ながら……今やると、涼司さんまで酷い目に遭いますからねえ……」
「ち、違うんです! 話を聞いて……!」
 花音は必死に大地に叫んだ。こうなったのも自分の責任だ。自分が変な思い込みで行動したから。涼司の為と思っていたけど……それは完全な勘違いだ、と今日判った。
「あたしと涼司さんは、最初から……恋人同士なんかじゃないんです!」
「まだそんなたわ言を続けるんですか? どこまで涼司さんを貶めれば……」
「大地!」
 氷の向こうから、聞き慣れた声が名前を呼ぶ。それで、大地は初めて攻撃の手を止めた。
「止めてくれ! 本当なんだ! 花音の言っていることは本当なんだ! 俺にとっての花音は、地球時代に親しかった娘に良く似た顔立ちの『花音・アームルート』……大切な人だけど、恋人じゃないんだよ! 付き合ったことなんか……無いんだ……」
「え……?」
 涼司の口から紡がれる意外過ぎる告白に、大地は呆然とした。にわかには信じられない。確認メールを何度も送りつける程に信じられない。後方では、花音が声を殺して泣き続けていた。
「花音は俺を好きだ、一筋だと言ってくれていたけれど……俺は、それに応えたことは無いんだ。事故死した奴の事が頭を掠めて……どうしても、前に進めなかった。だけど、好きだと言ってくれることは嬉しくて……まんざらでもなくって、甘えていたんだ。そんな中途半端な状況のまま、全てを先延ばしにしていたんだ。花音を異性だと思ってなかったのは……俺の方なんだ。花音をふったのは、俺だ。花音は、全力で尽くしてくれたのに……」
「それは……本当……なんですか?」
「あたしだって……涼司さんをずっと好きでいたかったですよ! でも、メイドカフェとかに通いつめるばかりか、他の女の子達とデートしたり、他の女の子のチョコレートを求めたり、エロ本ばっかり読んでたり! 女として相手にされなくて……冷たくされて……怒ったって……信用出来なくなったってしょうがないじゃないですか! 鮪さんは、あたしを大切にしてくれます。女ったらしって言われてるけど、少なくともあたしは、まだ変なことされてません。絆値だって……」
「花音! だから……絆値で男を選ぶのはやめてくれ! ちゃんと中身を……」
「中身だって見てますよ! 涼司さんが馬鹿騒ぎして、あたしの方なんか見向きもしなかったバレンタインの時、あたしを誘ってくれました。優しくしてくれました。絆値だって、あそこまで上げるのにどれだけ努力してくれたか……!」
 それはポイント的な努力だろう……とは、もうこの雰囲気では誰も言えない。
「涼司さんは……今までお世話をしてきたあたしが鮪さんのお世話をしようとするから、戸惑っているだけなんでしょう? あたしが好きだから、鮪さんの悪口を言っている訳じゃないんでしょう?」
「…………!」
 涼司は、思いのほかその言葉が胸に刺さったことに驚いた。
(そうなのか……? 俺は……そんな幼稚な理由で……ただ、自分のものを取られたくないだけ、なんていう理由で……?)
 もう一度、花音の台詞を反芻してその痛みを自覚する。
「そうか、そうだったんだ……」
 花音は、自嘲気味の笑みを涼司み向ける。
「否定……しないんですね。やっぱり……」
「涼司さん……」
 大地は眼鏡をかけ、蒿里を地に落とした。携帯電話から繋がるケーブルが、力無く垂れ、消滅する。千雨の張っていた氷の壁が――生徒達の火術によって溶かされていく。
「ごめんな、花音……俺は、お前の気持ちに全然気付いていなかった。メイド喫茶に行くことが、本能に走る事がそこまで傷つけるとは思わなかったんだ。花音……」
涼司は花音に近付くと、クッキーを差し出した。
「これ……食ってくれるか?」
 その時。
 スパイクバイクのけたたましいエンジン音を撒き散らしながら、南 鮪(みなみ・まぐろ)がやってきた。花音と涼司の間に滑り込み、叫ぶ。
「ヒャッハァ〜愛はパラミタを救う! 哀れな山葉に合の手もとい哀もとい愛の手を。末席ぐらいには愛をやろう!」
 鮪は、大地に向かって躊躇無く火炎放射器を向けた。
「…………!」
「大地!」
 千雨が大地の前に立ち、氷術で炎を遮る。鮪はバイクに乗ったまま、朗々と言った。
「今日より明日より、愛が欲しいなら愛を奪え! 花音を尻軽扱いする奴は消毒だァ〜! てめぇら、気付くのが遅ぇんだよ! いや、花音に言われてってのは、気付くっちゃ言わねえか! バレンタインに最も傷ついてたのは、愛を欲していたのは誰だ!? 花音だ! それをてめぇらは、皆揃って無視したんだよ! スルーは、最も卑劣な魔法なんだぜ〜!?」
 生徒達も教師も、そして涼司も、足に釘が刺さったように動かない。変に構えた姿勢のまま、止まっていた。
 何気にめちゃくちゃ正論だった。よく読めばそれは確かに真実だ。
 ぐぅの音も出ない、とはこのことだろう。
 鮪の後ろに固定されていた、木製の花音人形からいきなり埴輪が生えてきた。驚く生徒達に、埴輪――土器土器 はにわ茸(どきどき・はにわたけ)は、当事者として涼司達が如何に愚かであったかということを喋る。上から目線の、無駄に勘に触る態度だった。
「お前らはアホじゃ、あの時一番傷ついていたのが誰かも判らんとは大馬鹿じゃあ一番の加害者を被害者面させちまうたあ救い難いいらん事しいじゃのう、そりゃあ安う見られても仕方無いのうアンちゃん」
「…………」
「山葉ァ〜、もうわかったよなァ! お前は愛を都合よく貰おうとしているだけだったんだぜ! 教えてやろう! 愛は奪う物、そして愛を欲する者に気前良くくれてやる物だァ〜!!」
 そう言って鮪は花音をひょいと抱き上げ、後部座席に乗せた。血が付くのも構わない。
「契約と言う関係に甘えたお前らは愛を舐めた! 契約したら都合良くずっと無償の愛ってくれるとでも思ったか、馬鹿が! 剣の花嫁ったってなぁ、都合が良いだけの人形じゃ無いんだぜ」
 そして鮪は、花音人形を指差す。驚くほど本物にそっくりな人形だ。
「今のお前には、この花音で充分だ!」
「…………」
 その痛烈な皮肉に、誰も何も答えなかった。言えなかった。というか、この辺からは外野が何か言えるものでもない。涼司だけが、悔しそうな顔をする。
「ヒャッハァ〜! だが俺はパラミタ一の博愛主義者。俺ほど愛に深い奴はいねえ! 山葉ァ〜お前も愛してやるぜ。さあ、こっちに来いお前も俺のオンナにしてやろう!」
「だ、誰が行くか!」
「そうかァ〜? 今ここで付いてこなきゃ、お前、花音と会えなくなるかもしれないぜぇ〜! こっちに来れば、そうだ! お前が望む本物の花音の姿をいつでも見られる世界だ」
「花音……」
 涼司は、鮪に言われたからではなく、純粋に花音と話をしようとスパイクバイクに近付いた。
「涼司さん……あたし達はずっとパートナーです。あたしにとって、涼司さんが大事な存在であることに変わりありません。だけどもう、女とか男とかは……終わりにしましょう。お互いに、好きな人を見つけませんか?」
「花音……まだ怒ってるのか?」
「女性関係の事は……良いんです。謝ってくれたし、反省したみたいだから。でも、涼司さん、男性としては最低です」
「…………そこまで言わなくても……」
「もうあたしに付き合わなくて良いんですよ。もう帰っていいんです。鮪さん、行きましょう。とりあえず、最初に病院へ」
 花音が言うと、鮪は一気にエンジンをふかした。
「山葉ァ、もう手遅れだ。前は、お前から花音を戴いた。そして今日は花音の全てを戴くぜ〜、ヒャッハァ〜!」
 涼司は堪らなくなった。自分は、花音の想いには応えられない。応えられなかった。彼女の態度が変わった理由も、理解した。しかし、全ての事情が分かっても、それでも、鮪は駄目だ。鮪だけは駄目だ。そうほいほいと認めてたまるか!
「花音! 俺の所へ戻って来い!」
 思い切り漢らしくを心がけ、叫ぶ。男としてではなく、パートナーとして。
「デートが終わったら普通に帰ってきますよ。涼司さん……トラウマ克服、頑張ってくださいね。応援してますから」
「ヒャッハァ〜! 行くぜぇ〜!」
 そうして、鮪は花音を連れて去っていった。

 鮪の後ろで、花音は涼司から受け取ったクッキーの袋を開けた。1つ食べてみて、そして……その味に驚き、涙を流す。暫く鮪の背中に頬を預け――言った。
「鮪さん……あたし、女としては鮪さんを選びます。でも使命も捨てません。それで、いいですか?」
「花音が決めたならいーんじゃねぇのかァ!? それが『今』の答えならな!」
「ありがとうございます。ところで鮪さん、女に見境が無いって本当ですか?」
「…………」
 思わず固まってしまった鮪に、花音は言った。
「お尻くらいなら、良いんですよ?」
「……ま、マジでか!?」
「冗談です」
「…………」