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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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第1章 追想の薄葵

「ねぇ、葉月。いいの? 官庁街予定地の方行かなくて。カンバス・ウォーカー、派手に暴れてるみたいだよ」
 言いながらチラチラと官庁街予定地に向かって視線を送っているのはミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)
「むしろ君が行きたいんじゃないですか? 遊びに行きたい子供みたいな顔してますけど」
 菅野 葉月(すがの・はづき)の言葉に、ミーナはキッと眼じりを吊り上げた。
「こ、子供扱いしないでよ!」
「……後、目的地はこっちですよ? どこ行くんですか?」
 ピタッとその足を止めたミーナが、無表情でクルリと180度、その身を返す。
「……空京の道って入り組んでるから嫌い。ワタシが目指すところまで真っ直ぐならいいのに」
「そういうこと言ってるから、子供っぽく見えるんじゃないですか?」
「葉月って冷静だから嫌い。もっと落ち着きがなければ――いや、それはもっと嫌だなぁ」
「?」
「と、とにかく、カンバス・ウォーカーをバシッと捕まえた方が、すっきり解決すると思うんだけどなあ」
「剣は信念と誇りを持って振るわないといけませんから」
 うずうずと拳を打ち合わせたミーナに、葉月は穏やかに微笑み返した。
「なにそれ?」
「アウグストさんが描いた絵がどんなものだったのか。カンバス・ウォーカーが抱えるのはどんな『想い』なのか。絵はどこへ行ったのか……剣を振るうのはそれからでも遅くないですよ」
「ふうん。ま、葉月がそうするっていうなら協力するけどさ」

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「そうですか。どうもありがとございます」
 ペコリと頭を下げるマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)
「ううん」

 それまでずっとうずうずしていた子供は、それでついに我慢が限界を突破したらしい。
 ギュッ。

 猫着ぐるみ姿のマティエの耳をわし掴むと、さわり心地が気に入ったのか、今度はギュウギュウと尻尾を握りしめた。
「あの……まかり間違って『ぽろっ』はやめてくださいね。『ぽろっ』は」
 遠慮がちのマティエの言葉をどこまで察したのか、あるいは単に満足したのか。子供はその手を離すと、マティエに手を振って駆け去っていった。
「まあ……情報提供料としては仕方のないところですよね……というか、りゅーきはなんでぼーっと見てるんですか!」
 マティエは、子供に振り返した手を、ビシッと曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)につきつけた。
「いやぁ、なんかマティエに懐いてるみたいだったし。オレが出てって変に怯えちまったら野暮かなぁと思ってねえ」
 瑠樹はポリポリと頭をかいた。
「おかげで私、いろんなとこもげるんじゃないかと思って怯えましたけど――大丈夫ですよねどこも無くなってませんよね?」
「ああ。見たところ大丈夫だよ」
 背中に耳に尻尾に、パタパタと手を当ててみるマティエに、ひとつ頷いておいてから瑠樹は続ける。
「それにさ、『ゆる族山盛りの絵』を描くときに備えて、子供がどう興味を示すか知っておくのは悪いことじゃないと思ったしなあ」
「まだ絵を直すの、諦めてないんですか?」
「いや、いつかだよ? オレが描くの。『黒服の少女』に描き加えたりしないさ。ナディアさんが嫌がってるからなぁ」
「そうですよ。ナディアさんがきずつくよーなことしちゃだめですよ」
「だから犯人追いかけてるじゃないか。子供、なんだって?」
「黒フードの人なら最近街の中で見かけることがあるそうですよ。身体的に目立ったとくちょーはないみたいですが、ひとりではないみたいですね」
「なるほどねぇ。しかしまぁ、なんでまたそんな目立つ恰好してるんだかなぁ。なんか主張でもあるのかねぇ……じゃあとりあえず、行方を追っかけようか」

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 ハヤテと名付けられたその犬は、Y字路に立って足を止めるとクンクンと交互に、双方の道のにおいをかいでみせた。
「大丈夫かな?」
 その仕草が、まるで人間が首を傾げているように見えたので羽入 勇(はにゅう・いさみ)は心配そうにハヤテの顔を覗き込んだ。
「ハヤテの嗅覚は折り紙つきだけどな。アウグストという絵描きが死んでからそこそこの時間は経っているようだし……正直わからん。特別な塗料でも使っていてくれればありがたい限りだがな」
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、やや憮然としたままハヤテの姿を眺め、首を横に振った。
「むぅ。壁は高いんだねぇ」
「もちろん闇雲に探しているわけじゃないけどな。想定外の事態が起こるリスクを鑑みたら……絵を盗んだ犯人であれカンバス・ウォーカーをけしかけた犯人であれ、はカンバス・ウォーカーから遠く離れるわけはないからな。この近くにいると思って問題はないだろうが……。とは言え別に確定しているわけでもなし。官庁街予定地へ向かった方が派手なものに出会えるんじゃないのか? カンバス・ウォーカーの取材に来たんだろ?」
「ざーんねん! それはまだ眼の鍛え方が甘いよね!」
 勇はグイッとばかりに胸を張る。
「……どう鍛えるんだよそんなもん」
「カンバス・ウォーカーが暴れているのを取材したってしかたないんだ。だってそんなの、みんな知ってるもん。ボクの記事にはね、カンバス・ウォーカーがなんで出現したのか、どんな理由があったのか。そんな想いもきちんと書きたいんだ」
「ふうん」
「そう考えたら、アウグストの一番想いが深そうな『黒服の少女』に、どうしてもたどり着かなくちゃね。だから、ハヤテには期待してるんだよ」
「なるほどな」
「でもさ、キミだって。そんなこと言うならカンバス・ウォーカー止めに行った方が早いんじゃないの?」
 勇の言葉に隼人は「まあなぁ」と首を傾げた。
「ただ、思うんだよなぁ。この事件、ナディアが『絵描きとして』決着付けるのが一番良いんじゃないかって。少なくとも、俺がアウグストだったらきっとそうして欲しいんじゃないのかって。まあ――」
 隼人は言葉を切って、決意を固めるように地面を眺めた。
「それでもナディアが決断しないなら、今回の絵を破壊し今回のような事件が二度と起こらないようにするつもりだが――その結末は後味が悪そうだ。その意味じゃ、俺もハヤテに大いに期待してる」
 ニッと、隼人は勇に笑いかけた。

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「真人、あのさ、知ってる? 闇雲に探したってダメなんだよ? そんな、次から次に画商覗きこんでさ。そりゃあ真人が犬みたいに鼻がきくっていうんなら別だけど。まさか絵の具の匂いかぎ分けられるとか? マニア? 毎日一緒にいてはじめて聞いたけど、そんな話」
 若干歩き疲れた分、回る速度の上がったセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の舌。
 御凪 真人(みなぎ・まこと)は少し困ったような表情で、ずり落ちた眼鏡の位置を直した。
「さすがに鼻の利きで犬と勝負出来るとは思ってませんが……考えを纏めるのはたぶん俺の方が得意じゃないかと……思いたいですねぇ」
「ふうん。それにしたってさっきから歩き回ってばっかだよ? 真人も歩けば何かにぶつかるの?」
「絵の購入者はまさに何かにぶつかったのかも知れませんけどね」
「え? じゃあケガしてるの?」
「いや、直接的な意味じゃなくて」
 真人は小さな笑みを浮かべる。
「今回、犯人がアウグストさんの絵に目をつけたのはどうしてでしょうか? お世辞にも売れている画家ではないというのに」
「酔っぱらいだしね」
「とすれば、例えば生前の知り合いとか、アウグストさんの絵を見る機会があった人間と言うのはどうでしょう? 彼の描く絵に『負の想い』が込められている事を知っていて、それを利用した」
「ああ! それでアウグストさんを知ってそうな人たちばっか探してたの?」
「本気でオレがフラフラしてると思ってたんですか?」
 本気で驚愕してみせるセルファにさすがの真人も軽いジト目を向けてみせる。
「ただ、予測は若干外れましたかね。黒フードははじめからアウグストさんの絵を狙って探していたわけでも無いみたいですし」
「でも『暗い絵が欲しいんだ』とか『破壊的なやつはないか』とか言ってたんでしょ? ちょっと普通じゃないよね」
「まあそれで結局、アウグストさんにたどり着いたんでしょうね。知り合いってことなら話は早かったんですが……」
「ナディアさん以外にまともな身内なんかいそうにないよ?」
「そうみたいですねぇ……。ま、『黒服の少女』がアウグストさんの作品の中でも数少ない人物画だってことがわかっただけでも良しとしときますか」
 真人は方をすくめて首を振って見せた。
「真人ってさぁ。色々考えてるんだねぇ。頭どうなってんの?」
 そんな真人の様子に、セルファがしみじみと不思議そうな視線を向ける。
 真顔の真人がそれに答える
「構成要素はキミとそんなに変わらないと思いますけど。ただ、安心して考える時間がもらえてるのはキミのおかげです」
「ははあ……なんかバカにしてる?」
「んん!? 100パーセント本心なんですけど……」