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空賊よ、さばいばれ

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空賊よ、さばいばれ

リアクション


chapter .10 16時〜17時 


 いよいよあと数時間で、この船旅が終わる。
 そんな終盤に差し掛かったこのタイミングで、桐生 円(きりゅう・まどか)は甲板の破損していない部分に腰をかけ、釣り糸を下に向けていた。糸の先には、脱ぎたてと思われるリーブラ・ランジェリーが括りつけられている。そしてなぜか脇には、クマのぬいぐるみが。
「パッフェルくん、釣れないかなあ……」
 円は淋しそうにぽつりと呟いた。マ・メール・ロアから帰ってきてからというもの、独占欲が止まらないのを自分自身不思議に思っていた。が、それはまた彼女のリアルな気持ちでもあった。会いたい。彼女を、独り占めしたい。
「パッフェルくんに会いたい、会いたいよ。でも会えないよ……」
 円は、歌を歌うように自分の気持ちを吐き出した。
「会いたくて、会いたくて、震えてしまうよ……」
 大切な人を自分だけのものにしたい。その気持ちは多くの者が理解を示すだろう。しかしまた、多くの者は疑問も示すだろう。
 その方法で、釣れんの? と。だってここ、地上から何百メートルも離れてる空の上だよ、パッフェル飛べないよ? と。
「パッフェルくんが喜ぶかもと思って、トイレでぬいぐるみも拾ったのになあ」
 意外とパッフェルくんこういうの好きそうだからね、とぬいぐるみに話しかける円。とその時、彼女の持っていたぬいぐるみが喋り出した! もうお分かりの通り、それはボイスチェンジャーで声を変えたにゃんくま仮面の言葉だった。
「オシッコモレル! オシッコモレル!」
「!?」
 突然話し出したぬいぐるみに、円は慌てて顔を離した。にゃんくまは、円をぬいぐるみ越しに見るとかわいい外見からは想像も出来ない毒を吐いた。
「ムネチイサイ! ムネマッタイラ!」
「……」
 最も気にしていることを遠慮なく言われた円は、むんずとぬいぐるみを掴みフルパワーで放り投げた。
「にゃーっ! ちょっ、まだ姿見せてもいないにゃー!!」
 にゃんくま仮面、その正体を誰にも見せることなく脱落。
「ふう……ん、アレは」
 多少気が晴れた円は、遠くの方に何かの建物を見た。小さく見えるそれは、蒼空学園だった。
「もうここまで来たんだね……あっ! パッフェルくん見つけた!!」
 円はパッフェルを慕うあまり、幻覚でも見たのだろうか。何キロも離れている校舎の裏にパッフェルがいた気がしたらしい。円はあやしいおもちゃ屋で手に入れたらしいギグボールとロープを持ち、トローリーケースを脇に抱えると甲板から勢い良くダイビングした。
「待っててねパッフェルくん! 一緒だよ! ずっとずっと、一緒だよ!!」
 彼女がもし本当にパッフェルと会った時、それらの道具を使って何をしようとしたのかは誰も知らない。そして、彼女の行方も。
 円、愛を求めて脱落。
【残り 11人】

 その頃船内では。
 落ちてしまった企画者ヨサークの代わりに、船員がアナウンスを流していた。
「いよいよ残りの参加者が少なくなったってことで、甲板で最終決戦をしろって話だ! 皆、甲板に、集まれぇええ〜!」
 最後の方、ちょっと誰かのモノマネが入っていたっぽいが、それが誰かは分からなかった。
 アナウンスを聞き、律儀にも甲板に揃った11人の戦士。
 いよいよ最終決戦の幕が上がった。

 天音と向かい合っていた沙幸、美海は、挟み撃ちで天音をしとめようとしていた。
「ねーさま、今だよっ!」
「あなたも、こんがりコーンになればいいですわ!」
 美海が火術を放つ。もちろんその矛先は、天音の下半身であった。しかし天音は華麗にそれをかわす。
「ふふ、そういうのはノーサンキューだよ。僕はそういう役割を神様に与えられていないからね」
 どうやら、キャラ的にそういうポジションじゃないよ、ということのようだった。確かにあまりヨゴレの仕事は彼に回ってこない。そういうのは若手芸人のすること、とでも言わんばかりのその身のこなしを見ると、散っていったシャンバランが若干かわいそうに思えなくもない。が、それはそれ、これはこれである。
「ブルーズ、そろそろ僕たちも攻めに……ブルーズ?」
 反撃をしようとパートナーを呼ぶ天音だが、ブルーズはそばにいなかった。きょろきょろと甲板を見渡す天音。と、ブルーズがやや離れたところにいるのを見つけた。
「まったく、まだ酔ったままなんだね……うん?」
 天音は、ブルーズが誰かと一緒にいるのを目撃した。ブルーズの前で何かを叫んでいるのは、こっそりフリューネを突き落としたキティだった。キティはブルーズに向かって、絶えず「だっふんダ!」と連呼としていた。フリューネの前ですべったはずのそのネタを、彼女はあくまでスタイルを崩さず貫いていたのである。何という見上げた芸人根性であろうか。ブルーズはいたたまれなくなり、涙を流しながらボードゲームについていたおもちゃの札束をキティに差し出した。
「売れるといいな、いつか売れるといいな……! 持ちギャグがたとえひとつしかなくとも、我は応援するぞ……!」
 ぽかんと彼らのやり取りを眺めていた天音、そして沙幸と美海は、ブルーズに見つかると酔っ払い特有の大声で怒鳴られた。
「お前ら、もっと若者の夢を応援しないかっ! 出たての芸人さんが、こんなに頑張っているのだぞ!!」
 悪酔い全開のブルーズは、棒立ちで拍手ひとつしない3人が許せなくなり、次々と甲板から突き落としていった。沙幸、美海が落とされ、天音の体にその手が伸びた時……天音が、優しい眼差しと共に微笑んだ。
「ブルーズ、君から先に落ちていいよ。大丈夫、痛くないから。今の君のほうがよっぽど痛いから」
「うおっ!?」
 ぐい、と腕を引っ張られ、立ち位置を交換させられたブルーズはそのまま天音に胸を押されて落下した。残った天音はキティと対峙しようとするが、依然同じ持ちギャグを披露し続けるキティを見て、天音は思った。このままこの子と絡んでは、大怪我をしてしまう、と。肉体的な意味ではなく、精神的に。女性が相手でも手加減はしない心意気で挑んではいたが、これ以上はどうにもならないと判断すると自分からドロップアウトする道を選んだ。
 沙幸、美海、ブルーズ、天音、脱落。
 ちなみに、さんざん持ちギャグ持ちギャグ言っているが本来このギャグを持っているのは別の方である。
【残り 7人】

 この期に及んで未だにライオリンの行方を追っていたスウェルは、亜璃珠に話しかけていた。
「ライオリン、どこにもいなかった。ライオリンは、どこ?」
「ライオリン……?」
 この場にそぐわない単語を耳にした亜璃珠は、そのキメラのことを思い出す。確かそれは、あの要塞にいた首が長くて頭が少し大きくて、ふさふさしていたキメラだ。ぼんやりと部分的な情報だけを集めた亜璃珠は、女医姿のまま色っぽくスウェルの目線の高さまでしゃがみこむと笑って答えた。
「そうね、かわいいお嬢ちゃん……ライオリンはきっと、世界中の男がみんな股間の内側に飼っているわ」
「……?」
 まだ14歳のスウェルに、その言葉はいささかハードルが高かった。きょとんとした顔で首を傾げるスウェルの背後から、ナリュキがやってくる。
「それ以上このエロスフィールドにいてはいけないのにゃぁ! 穢れてしまうのじゃあっ!!」
 ダッシュで飛び込んできたナリュキは、このままいたいけな少女が亜璃珠に汚されるのを見ていられなかったのかその豊満な胸で甲板から押し出し、退場させた。
「あら、ナリュキじゃない。あなたがエロスうんぬん言っても、説得力がないと思うけど」
 挑発気味に亜璃珠が言うと、ナリュキはその規格外の胸を揺らしながら返事をした。
「勘違いしてもらっては困るのう。夜の世界にあのような子がおっては、わらわが全力を出せぬからああしたまでにゃあ!」
 ひなと行動を共にしていたせいで、体のあちこちにマヨネーズをつけてしまったナリュキはそのマヨネーズ分の高い体で亜璃珠に突撃した。
「どろんどろんになって落ちよ、亜璃珠!」
 思う存分胸を強調させたナリュキと、同じく胸をアピールした衣装を着ている亜璃珠。両者の卑猥な戦いはほぼ互角だったが、勝敗の分かれ目となったのは亜璃珠のスリットが入ったミニスカートだった。見えそうで見えない、でも見たい、出来ることなら舐めまわしたい、そんな脚の魅力を最大限に膨らませた亜璃珠はナリュキに競り勝った。何で勝負していたかはご想像にお任せするが、とりあえずナリュキは敗北し、落ちていった。
 スウェル、ナリュキ脱落。
【残り 5人】

 一方ナリュキの契約者、ひなはメイベル、サレンに引くほどマヨネーズをかけていた。「怖くて戦えないですぅ」と言っていたメイベルには「マヨネーズで勇気百倍だよ!」とどっぷりかけ、「男性参加者がもういなくなってしまったッス」と困っていたサレンには「そんな時にはマヨネーズで淋しさゼロカロリーだよ!」とどっぷりかけていた。サレンが困っていたのは男ひでりだからではなく特訓の成果が男にしか実行出来ないからであったが、事情を知らないひなには関係のないことであった。
「マ、マヨ臭いですぅ……」
 息も絶え絶えにメイベルが言うと、横でサレンも無念の思いを口にする。
「た……玉殺しを極めてきなさいって言われたのにこんなところで負けるなんて、悔しいッス……!」
 なにやら日本酒の名前みたいな技名だが、要するに金的潰しである。
「マヨネーズは全てを解決するのですっ」
 メイベル、サレン、脱落。
【残り 3人】

 生き残ったキティ、亜璃珠、ひなの3人は、それぞれにゆっくりと距離を縮める。まず先に動いたのは、キティとひなだった。ふたりは自身の十八番を遠慮なく披露し始めた。
「だっふんダ! だっふんダ!!」
「マヨネーズで埋め尽くしてあげますっ!」
「……」
 亜璃珠もどっちかというと一般人からは程遠い存在であったが、ふたりのあまりの異次元っぷりに言葉を失っていた。
「私が逆に場違いじゃないの、これ……?」
 無理だ、このノリにはついていけない。
 亜璃珠がそう思いリタイアを選びかけたその時だった。神が、亜璃珠に味方した。
「だっふん……ダッ!?」
 中腰で上体を後ろに反らすというなかなか厳しい体勢を取り続けていたキティは、ついに腰を痛めてしまったのだ。僅か12歳にして、ぎっくり腰発症である。
 そしてマヨネーズマヨネーズはしゃいでいたひなも、手持ちのマヨネーズが底をつき元気がなくなっていった。彼女の敗因を述べるなら、思いの外マヨネーズを持っていた参加者が少なかったことにあるだろう。力の源を絶たれたひなに、生き残る力は最早残っていなかった。
「う、うー……マヨネーズがっ……!」
 やがて、力尽きたキティとひなは勝手に落ちていった。
「……とんだやり逃げね」
 溜め息をつきながら亜璃珠が小さく呟く。もっとも、あまりそのあたりは人のことが言えない彼女であったが。
 ベッドで卑猥なことに励み、幼い子に下ネタを言っていただけなのにキティとひなが勝手に脱落。
【残り 1人 ゲーム終了】



 ゲームを終えた時、飛空艇はちょうどツァンダ沿岸部に到着していた。
「さて、料理と景品をいただいてさっさと帰ろうかな」
 甲板から船内に戻ろうとする亜璃珠。と、船内から警告音が響いてきた。
 船内無線のスイッチが入りっぱなしだったのだろうか。船員の声が漏れてくる。
「頭領、しかし今稼動を制御すれば、もしかしたら……」
 数秒の間を置いて、また声がした。
「……分かりました。頭領がそう言うなら……」
 直後、甲板に慌しく船員たちがやってくる。彼らは亜璃珠を見つけると、大慌てで避難を促した。
「この船はもう壊れる! 早く脱出するんだ!!」
「えっ!? 何よ急に。料理は? 景品は?」
 出発時のだごーんたちの破壊活動や、ティセラによる甲板の掘削、途中でアリーセが船内を爆破したこと、そして船のあちこちでバトルを起こした生徒たちによって、船の耐久力は磨り減り、現在限りなくゼロに近付いていたのだ。
「料理どこじゃない! 命あってこその料理だろう! それに頭領が途中で落ちてしまったから、景品も残念ながらなくなっちまったよ!」
 様々なアクシデントにより、ヨサークは船から消えた。それはつまり船員の言う通り、ボーナスが消失したことを示していた。
「じゃあ一体今まで何のために……!」
 ずず、と大きく船体が揺れる。船員に急かされ、亜璃珠は止むを得ず船にあった小型飛空艇で船から船員たちと共に離脱した。
 その数分後。
 夕焼けに負けないくらいの明るさが、船から生まれた。その光は同時に爆発を起こし、巨大な音を立てながら船は空に弾けた。地上から見れば、それはまるで花火のように華やかで多くの人目を引きつけた。
 爆発した船、その地点に、キラキラと何かが空に映り舞うのが見えた。夕日に照って光る数々のそれらは、ヨサークの船に積んであった金銀財宝といった類のお宝だった。重力に従い、お宝の数々が下へ落ちていく。

「わあ! 花火だよ花火!!」
 下に住んでいる子供が、爆発を見てはしゃいでいた。
「あら、綺麗ねえ」
「おい、なんか降ってくるぞ」
 船の破片はその街から少し逸れたところに落下し、風で飛ばされたお宝たちはちょうど市街地へと運ばれてきた。
「た、大変だ! これ、高価な宝石だぞ!」
「こっちにも飛んできてる!」
「こっちもよ!」
 街の人々は、次々と降ってくる宝の雨に歓喜した。
「きっと、災難続きだった私たちの街に、神様が贈り物をくださったんだ」
「これだけの数のお宝があれば、なくなったものも元に戻せそうね」
「そうだな、じゃあまずは……街の看板を建て替えようか」
 口々に声を上げる住人たちは、街の入口にある看板に目を向けた。そこには「カシウナの街」と書かれていた。