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空賊よ、さばいばれ

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空賊よ、さばいばれ

リアクション


chapter .6 7時〜10時 


 午前7時。エメネアの悲劇から約7時間が経っていた。
 そして、今再び似たような悲劇が起ころうとしていたのだった。
 ふたつ目の十二星華接触ポイントを通過したヨサークの船に乗り込んできたのは、天秤座(ノーブラ)のティセラである。誤解のないよう先に説明しておくが、彼女は決して服を着ていないわけではない。ただ服の下にブラをしていないだけなのだ。ゆえに、アクシデントを恐れティセラは両手で胸を押さえていた。当然星剣も持てない。
 そんな彼女の様子を見てチャンスと判断したのか、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は甲板に降り立ったティセラに向かって猛然とダッシュした。
「時は来た!! 今こそ俺の悲しみ、恨み、憎しみを晴らす時! 俺は今ここで牙を向くぞっ!!」
「……? 何のことか分かりませんわ」
 ティセラにしてみれば当然の疑問である。いきなり現れ、恨まれても、という話だ。
「トライブ・ロックスターという人物はこの瞬間に死んだ! ここにいるのは一匹の鬼。空賊にことごとく関われなかった男の思いが生んだ、復讐の鬼よ!」
 彼の言い分を簡潔にまとめると、「俺も空賊の依頼に参加して色々楽しい思いしたかったのに」ということのようだ。逆恨みも甚だしいところだが、その怨念は並々ならぬオーラを感じさせた。そのままトライブはティセラに突っ込んでいき、重心を低くした。
「っ!?」
 次の瞬間、ティセラが声にならない声をあげる。
トライブは、ティセラのスカートを男らしくめくっていた。
「胸ばっかり押さえているから、こっちがお留守だぜ」
 何度も何度もスカートをめくろうとするトライブに対し、ティセラは片方の手でどうにか両胸を隠しながらもう片方の手でめくれ上がるスカートの裾をぐいっ、と懸命に押さえている。
「お、怒りますわよ……」
「ああ怒れ、その怒りを爆発させてみろ!」
 トライブは心の中で微笑んだ。この展開が、まさに彼が思い描いたシナリオ通りだったからだ。十二星華でもっとも破壊力のあるティセラを怒らせ、星剣を使用させる。そして船ごと壊してもらえば、参加者も全員まとめて倒せるだろうという奇策をトライブは思い立ち、実行していた。
「し、しつこいですわっ……!」
 ぐいぐいとスカートを引っ張るトライブ。焦りの表情を浮かべるティセラだったが、この後彼女はもっと焦燥に駆られることとなる。エメネアの事例を思い出してほしい。いつだって災難というものは、立て続けに起こるものなのだ。
「!!」
 トライブとスカートの引っ張り合いをしていたティセラは、突然自分に向かって飛んでくるバレーボールが目に入った。しかもそのボールの勢いは、とてつもないスピードが出ていた。
 強……! 速……避……無理!! 受け止める? 無事で!? 出来る!? 否、死!!
「ビックディッパー!!」
 咄嗟に星剣を発動させ、柄を口でくわえる。これにより、胸を隠したまま襲い来るボールを叩き切ることにティセラは成功した。
「ちっ……惜しいのう」
 離れたところから一歩、また一歩とボールを弾ませながらティセラに近付いてくるのは、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)だ。
「さすがは十二星華、といったとこじゃな。しかし、その大振りの剣であと何度防げるかのう?」
 ファタが再びバレーボールを放とうと構えを取った。彼女は手ブラ状態のティセラに興味津々らしく、どうにかして胸のガードを外したいと思っているようだ。いい趣味だ。
「んふ、いくぞティセラよ……はたしてどちらが勝つか、勝負じゃ!」
 ファタはボールを高々と上げ、タイミングを合わせてジャンプすると強烈なスパイクを打ち出した。
「ちょっ、ちょっと勝負の前にこの男の方をどかしてくださらないと……!」
 対するティセラは、依然トライブにスカートを引っ張られたままだ。根性でビックディッパーを振り、ボールを割るティセラだったが、既にファタは次の球を打たんとしていた。
「遅い、遅いのう、ティセラ!」
「くっ、くやしいですわっ……手が塞がってさえいなければこんな相手っ……!」
びくんびくんと小刻みに体を震わせながらティセラがファタとトライブを睨みつける。
上半身をファタが攻め、下半身をトライブが攻める。この見事なコンビネーションにティセラが苦しんでいるその時、どこからともなく掛け声が聞こえてきた。
「おーっぱい、おーっぱい、おーっぱい」
 十二星華現れるところに彼ら有り。そう、掛け声の主はエメネアを精神的にボロボロにしたカオルと鮪、はにわ茸らだった。
「我こそはバスト測定のプロ……また来たか十二星華! よっぽどオレに測ってもらいたいみたいだな!」
「これはこれはティセラさんじゃねえか。ブラをしてねえのか? だが俺が来たからにはもう安心だぜ、ヒャッハァアーッ! 俺の手にはこのブラがある! 今からこれをつけてやるぜぇーっ! そして脱がしてやるぜ!」
「うへっ、うへへへっ、婚姻届に押印する前からウェディング姿とは、よっぽどワシの嫁になりたいいうことじゃな?」
「……」
 ティセラはただでさえファタとトライブに困っているのに、さらに3体もの変態が加わったことで頭を抱えたくなった。その隙にカオルは素早くバストを測り、鮪とはにわ茸もエメネアの時同様ブラをつけては外し、自作の婚姻届に署名を書かせたりとやりたい放題していた。
「測定完了、ティセラは90、と」
「この押し付け感、歪み、弾力……たまんねぇぜ!」
「はにわくまやこん、はにわくまやこん、素敵なわしのお嫁さんになーれっ、じゃあ!」
 ここまでくると、婚姻届というよりもはや魂淫届である。そして彼らの横暴な振る舞いに、とうとうティセラの堪忍袋の緒が切れた。
「リーダーですのに……曲がりなりにも十二星華のリーダーですのに……!」
 ティセラは素早く口から手にビックディッパーを持ち替え、振るった。本来の威力を発揮したその一撃は、甲板の一部分を丸々切り取って空にばら撒いた。
「うわあっ!?」
 くり抜かれた甲板の上に立っていたのは、もちろん自身に危害を加えていた生徒たちだ。彼らはティセラを怒らせてしまったばかりに、空の藻屑と化してしまったのだった。
 トライブ、ファタ、カオル、鮪、はにわ茸、脱落。
 その後ティセラは「もうあなたたちとはやってられませんわ」と漫才のシメみたいな捨てゼリフを残し去っていった。



 3階、ヨサークの部屋の前。
 変わらずここで門番をしていたフリューネの前に、赤城 長門(あかぎ・ながと)とパートナーのホーク・キティ(ほーく・きてぃ)がやってきた。
「ん? ちょっとちょっとキミたち、ここは通れないのよ」
 普通に部屋へ入ろうとする長門とホークをフリューネが呼び止める。ぴたっ、と足を止めたふたりは、待ってましたとばかりにフリューネの方を振り向き、両手を差し出した。彼女の前では、それは自殺行為である……はずなのだが、フリューネは一瞬目を丸くし、驚いていた。
「指が折れちゃったけん! 指が折れちゃってるけん!」
 彼女の目に映ったのは、指がふにゃふにゃになっている長門の手であった。横ではホークも、長門と同じように指をぷらぷらさせている。
「ゆびおれちゃってるネ! ゆびおれちゃってるのヨー!」
「こ、これは……」
折る指がなく、戸惑うフリューネ。長門とホークはその反応を見て、作戦の成功を確信した。
彼らの作戦、それはおもちゃ屋で買ってきた「ドッキリジョークシリーズ100 指折れちゃった☆手袋」を拳を握った状態で装着し、あたかも指が折れているかのように見せるというものだった。いくらユビオリオン座といえども、折る指がなくてはどうしようもないだろう、そんなふたりの目論みは、確かにフリューネの度肝を抜いた。
 が、しかし。
「大丈夫、まだ足の指があるわよ」
パキッ、と小気味良い音が響く。
「……っ!?」
 靴越しでも指を折るフリューネの匠の技に、長門はくらっと姿勢を崩した。というか、普通に痛みで倒れた。その拍子に、はめていた手袋が脱げる。
「これは……キミ、私を騙してたのね。折れてないじゃない」
「もう折れてるけん! たった今足の指が折れたけん!」
 それで満足だろう、見逃してくれ。そう言わんばかりの長門の主張は、フリューネに届かなかった。
「まったく、こんなおもちゃで隠して……このまま私が見つけられなかったら、指が折れなくなるところだったのよ!?」
 残された手の指も折ろうと、フリューネが長門に迫る。せめて手の方は守ろうと、長門は動けない体で必死に抵抗していた。ふたりが揉み合っている光景を見て、ホークは閃いた。
「これ、チャンスネ!」
 ホークはそっとフリューネの背後に回ると、そのままフリューネを窓から突き落とそうと背中に手を伸ばした。しかし、ギリギリでフリューネに感づかれてしまった。バッと後ろを振り返ったフリューネと目が合ったホークは、どうにか誤魔化そうとするがいかんせん手が思いっきり前に出てしまっている。
「……」
 ホークは止むを得ず、目を寄り目にし、下あごを前に突き出して伸ばしていた腕と体をやや後方にのけぞらせた。ガニマタ状態で開かれた足と中腰の姿勢のまま、ホークは本域で声を上げた。
「だっふんダ!!」
「……?」
 しかし悲しいかな、世代がずれていたフリューネにそのネタは通じなかった。というかまあ、ホークも12歳だけど。きっとロスヴァイセ家は、教育番組ばかり見て育ったのだろう。
「よく分かんないけど、キミも折られたいってことでいいのかな?」
 気がつけばフリューネは、長門の指を折り終えていた。痛みのあまりのたうち回り、長門はここで船から転落となった。
「やんちゃな子は、嫌いじゃないんだけどね」
 言いながら、フリューネがホークに歩み寄ろうとした時だった。
「待ってくれ、フリューネ!!」
 自分を呼ぶ声に、振り返るフリューネ。そこには、レン・オズワルド(れん・おずわるど)水上 光(みなかみ・ひかる)が立っていた。
「フリューネ、そこをどいてくれ! こんな醜い争いは一刻も早く止めなくちゃいけない!」
 光が、真っ直ぐ彼女を見据えて言う。ようやくこの船にまともな生徒が登場した瞬間かもしれない。
 言葉で説得を続けようとする光。と、レンが光を制し、前へ進み出た。レンは装着していたヘッドホンを外すと、フリューネと対峙する。ヘッドホンからは懐かしい音楽が漏れていた。君がどうたらとか、好きだからどうだとか、叫びたいとかどうとか聞こえてくるが全部は聞き取れない。どうでもいいが、レンはなぜかバスケのユニフォームを着てスニーカーを履き、バスケットボールを持っていた。
「んんん〜I take youんんん〜」
 レンはさっきまで聞いていた音楽がよほど気に入ったのか、そのメロディーを口ずさんでいた。
「フリューネ」
 しかし、やがてその鼻歌を止めるとレンは真面目なトーンでフリューネの名を呼んだ。
「こうして空が平和になった今でも、目を閉じると思い出してしまうな。駆け抜けた戦いの日々を。フリューネと一緒に戦った、あの日々を」
「……そうね、私もキミたちと戦った記憶は鮮明に残ってる」
「俺はおまえの傍で戦いながら、言えなかったことがある」
 レンは、一呼吸置いてからそれを告げた。
「フリューネ、おまえと一緒に戦っていたのはきっと、俺の気持ちがそれを選んだからだったんだな」
「……え?」
「いつからからは俺も分からない。ただ、気付いた時には俺の鼓動は高鳴っていたんだ。もう、嘘はつけない」
 レンがフリューネに向かってダッシュする。そして、持っていたボールを思いっきりフリューネの頭に叩きつけながら叫んだ。
「君が好きだ!!!」
 ばしっ、とボールを弾く音。すんでのところでフリューネは頭部をボールから守っていた。
「……何するのよ」
 ごもっともである。ダンクシュートをされながら告白を受けたのは、フリューネの人生で初めてである。そして間違いなくこれが最後だろう。きっとレンは、音楽を聞いて高鳴りすぎた気持ちが暴走してしまったに違いない。
 反撃、とばかりにフリューネがレンの指を折ると、レンは長門同様激しい痛みで窓からすっ飛んでいった。
 一部始終を見ていた光は、呆気に取られながらもどうにかフリューネを説き伏せようと試みる。
「フリューネっ、お願いだ! こんなことしている場合じゃ……!」
 しかしフリューネは、静かに光へと近付いてくる。光は指を折られ落ちていったレンを思い出し、自分の指をちらりと見た。
「こ……こうなったらいっそ……」
 光が言葉での説得は不可能と判断し、実力行使に出ようとした時だった。
「あーっ、フリューネさん、なーに楽しそうなことやってるのー!?」
 素っ頓狂な声を上げ、姿を現したのは昨晩フリューネをのぞき見していた鳳明だった。後ろには空の酒瓶を持ったヒラニィもいる。
「私も混ぜて! まーぜーてー!」
 鳳明は突然持っていたアメリカンクラッカーをフリューネの足元目がけ投げつけた。すんでのところでかわしたフリューネだったが、そこに鳳明はタックルをかました。どたんっ、と勢い良く床の音を響かせて彼女はフリューネと共に倒れこんだ。
「な、何を……?」
「んふふふ、今日の私はいつもと違う私なんだよ! そう、ウデオリオン座の鳳明とは私のことよっ!!」
 ろれつの回っていない口ぶりで、鳳明はわけの分からないことを言いながらフリューネの腕に抱きついた。
「ねえフリューネさあん、好きなら好きって言ってよぉ〜! 淋しいじゃない! 私淋しいロンリー鳳明じゃない!」
 にへにへ笑っていたかと思えば、鳳明は急に泣き出した。
「嫌い? それとも嫌いなの? 私のこと嫌いなんだフリューネさん。えぐっ、ひぐっ……どうせ、どうせ、私なんて死ねばいいと思ってるんでしょ? うえっ、ひぐっ」
 ころころ表情を変える鳳明を、ヒラニィは腕を組んで満足そうに見ていた。
「んふふ、これでこそわざわざ葦原から取り寄せたかいがあったというものよ」
 ヒラニィは昨晩、煮え切らない態度の鳳明を見て「このままでは豪華料理を食べるという目標の妨げになる」と判断し、鳳明のやる気をどうにか出させようと考えた。
 考えた結果、選んだ手段が酒を飲ませることだった。前の晩から相当な量のアルコールを飲まされた鳳明は、ご覧の通りすっかりべろんべろんになっていた。
「これぞ名付けて、ハイパー鳳明R−知勇よ!」
 説明しよう、ハイパー鳳明R−知勇とは、教導団で習い覚えた各種拳法や格闘技を全て忘れ、ひたすら酒に身を任せることである。要はアル中ということだ。
「えぐっ……ううっ、うぷ」
 すっかり泣き上戸となったハイパー鳳明R−知勇は、激しく動いたのが仇となったのか顔色が悪くなり、口元を押さえだした。
「いけない、このままでは危険よ! 早く指を折ってから病院に行かないと! これがおそらく一番の近道ね!」
 フリューネは上に乗っていたハイパー鳳明R−知勇をぐい、と持ち上げ、指を折ると同時に窓から放り投げた。
「な、なにっ……」
 フリューネの大胆な解決法に、ぽかんと口を開けるヒラニィ。その隙を、フリューネは見逃さなかった。
「あの子をあんな風にしたのはキミね。責任持って、ちゃんと体調が回復するまで看病してあげなさい」
 ぽい、とフリューネはそのままヒラニィをハイパー鳳明R−知勇と同じ方角へ投げた。
「フ、フリューネ……」
 光はそれを見て、恐れおののいていた。が、いつまでも怖気づいているわけにもいかない。覚悟を決めた彼は、鳳明を見習いフリューネにタックルをしかける。
「フリューネ、ごめんっ! でもキミは、こんなことをするような人じゃ……!」
 恐怖心をごまかすため、目を閉じて突っ込む光。と、その手が何かに触れた。
「ん……?」
 柔らかい感触。それは、フリューネのお胸だった。ぷるぷると震えるフリューネを見て、光は思わず後ずさったが手遅れだった。
「キミこそ、こんなことする子だったっけ……?」
 ハルバードのフルスイングを食らった光は、星となった。
 このどさくさに紛れ、ホークはさりげなくフリューネの背後に再び近づいていた。そして。
 とん、と背中を押す音。
「……え?」
 レンや鳳明、ヒラニィ、光の相手をしてすっかり意識がそっちに向いていたフリューネは、開け放された窓からその身を放り出すこととなってしまった。
 長門、レン、鳳明、ヒラニィ、光、フリューネの手により脱落。同時に、フリューネも落下。



 2階、大広間。
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)はパートナーのリリ マル(りり・まる)を使って、何やらごそごそとセッティングをしていた。
「ほ、本当にこんなことをして大丈夫なのでありますか……」
 心配そうに呟くリリ。しかしアリーセが窓の方と自分を見て薄く笑ったのを見ると、恐ろしくなりそれ以上は何も言えなかった。無言の恐喝を終えたアリーセは、一通り準備を終えるとふう、と小さく息を吐いて誰に言うでもなく呟いた。
「まったく、ゲームをプランニングするならもう少し考えてやってほしいですね。改めて見取り図を見ましたが、明らかに階段が少なすぎます。これでは階段で待ち伏せする人が明らかに有利に……」
「だ、だからってこれはどうかと思うであります……」
 まだ納得のいっていない様子のリリ。が、アリーセはもちろん取り合わない。
「爆薬を船の武器庫から調達出来たのは幸いでしたね。さあ、早く破壊工作を実行してくださいよ。もう準備は整ってるんですから」
「……後で問題になっても知らないでありますよ」
 渋々、といった様子でリリが言うことを聞く。大広間天井に仕掛けられた爆弾を、リリは作動させ始めた。どうやらアリーセたちは、この船の間取りにいまいち納得がいっていないようだった。天井を爆破し、勝手に2階と3階を繋げようとするアリーセたちだったが、それを東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が呼び止める。
「ちょっと、私のテリトリーである大広間で何してるの?」
 これまでこの場所を中心に動いていた秋日子は、自分の領域を侵されたことに気を立てていた。気分転換に広間を少し出ていた間に爆薬を仕掛けられていたことに驚きもしたが、それを勝負への執着心が上回った。
「この部屋から出ていってもらうよ。ついでに船からもね。えいっ、と」
 蜘蛛糸を手から出し、アリーセの視界を塞ぎにかかる秋日子。同時に銃を構え、一発目の弾を撃つ。ちゅん、と弾がリリの脇をかすめ、壁に当たった。
「あ、危ないであります……!」
 大抵貧乏くじを引かされるリリはこうなることが薄々分かってはいたが、それでもやはり怖いものは怖かった。
 そんなリリの心情に構うことなく、秋日子は次々と銃を乱射し始めた。観念したリリを使ってどうにか防ぐアリーセだったが、弾数が多くなかなか反撃に転向出来ない。
「……ん?」
 加えて、アリーセは目の前の秋日子の様子がおかしくなってきていることに気付く。秋日子は、何かにとりつかれたように目がイっていた。
「ふ、ふふ……うひゃひゃひゃ、それっ、落ちろ! 落ちろおおっ!! ひゃひゃひゃっ」
 銃を乱射しているうちに、興奮してしまったのだろうか。それともチンパンコの影響か。秋日子は完全にラリっていた。四方八方に銃を撃ちまくる秋日子。しかし、それは思わぬ形でアリーセの目的を手伝うこととなる。
 ピッ、と何かの機械音が、銃声に紛れて聞こえる。
「……あれ、作動しましたね。銃が装置に当たったのかもしれません」
 恐ろしいことをさらっと言うアリーセ。アリーセの言う通り、秋日子が手当たり次第に銃を撃ちまくったことで皮肉にもアリーセとリリの仕掛けた爆破装置が作動してしまったのだ。
 機械音がだんだんと早くなっていく。そしてその数秒後。
「!!?」
 大きな爆発音が轟き、ガラガラと天井が崩れた。大広間の上に位置していたヨサークの部屋がそのまま瓦礫となって落ちてくる。当然、部屋の中にいたヨサーク本人も。
「お、おめえら何してくれてんだ……!」
 あまりの惨状に、声を震わせるヨサーク。アリーセは危機を感じ、素早く罪を秋日子になすりつけた。
「この人です、この人がやりました」
 まああながち嘘でもないのだが、あくまで爆薬をしかけた張本人はアリーセとリリである。だが、風天によって閉じ込められ、トイレをひたすら我慢させられていたヨサークにとってこれはある意味幸運なことであった。
「やべえ、せっかく部屋から出れたんだ、早く便所に行かねえと……」
 犯人の追及はひとまず置いておき、トイレに向かおうとするヨサーク。が、その前にルカルカ・ルー(るかるか・るー)が立ちはだかった。
「やっと会えたね、ヨサクっ」
 ルカルカは、ヨサークとの接触をずっと望んでいたのだがフリューネがいたり壁にバリケードが築かれていたりしていたせいで、なかなか彼の部屋へ入れずにいた。しかし大きな爆発音にひかれ来てみれば、なんとそこに目的のヨサークがいるではないか。ルカルカはどこかのおもちゃ屋で調達してきたと思われる抱き枕を担ぎ、ヨサークに近付く。
「みんな、ルカが犠牲になるからね……!」
「あ? 何言ってんだおめえ。とりあえずそこどけ。それか死ね」
 ルカルカは、このゲームのルールを聞いた時ある疑念を抱いていた。
 ――最後のひとりになるまで戦え。それってつまり、最後のひとりがヨサクに落とされるってこと?
 そう直感した彼女は、たとえ道連れということになったとしても、彼と共に船から落ちようと決めたのだった。
「どかないよ。だってルカ、ヨサクと一緒にイくんだもんっ!!」
 言うが早いか、ルカルカはぶうん、と抱き枕をヨサークに向かって振り回す。ヒロイックアサルトとドラゴンアーツで強化された腕力によって、その一撃は抱き枕とは思えぬ破壊力となっていた。
「うおっ!?」
 まともに食らっては致命傷になる。咄嗟に判断したヨサークは、身を屈め前方に転がることでそれを回避した。が、避けた方向が悪かった。転がった先には、満面の笑みを浮かべたルカルカがいたのだ。トイレを我慢し続け、冷静な動きが出来なくなっていたヨサーク一世一代のミスである。
「えいっ」
 そしてルカルカは、自分のところに来たヨサークの股間に手を伸ばすと、万力のごとき力でそこにあったものを鷲掴みにした。
「……っっ!!!!?」
 ただでさえ今の彼にとって股間はデンジャラスポイントなのに、それをこのように掴まれては、K点を越えてしまう。
「さあ、一緒にイこう……ヨサク、君はどこにイきたい?」
 病院に決まっている。病院もしくは、最悪トイレだ。
 もちろんヨサークに喋る精神的余裕はない。ルカルカは答えが返ってこないことを分かっていたかのように、そのままヨサークと共に窓からダイブしていった。
 ヨサーク、まさかのリングアウト。

 ふたりが空に消えた直後、広間に駆けつけたのは駿真だった。
「あ、兄貴……ヨサークの兄貴……?」
「ヨサークさんなら今、女性に連れられてそこから落ちていきましたよ」
 一部始終を見ていたアリーセが駿真に教えてあげると、駿真は泣きながら彼の後を追い空へ飛び出した。
「兄貴、オレも行くよ!」
 駿真、後追い自殺という形で脱落。
 部屋に残ったアリーセとリリは、秋日子を見た。依然彼女の目は狂気に染まったままだ。
「また乱射されたらたまったものじゃありませんね」
 全力で同意するリリ。主に盾になっていたのは彼だったのだから、文句なしの同意だ。
「とりあえず目標は達成しましたし、爆弾魔だとバレないうちに去りますか」
 そう言うとアリーセは、リリを雑に放り投げた後ゆっくりと自分も落ちていった。
「ひゃひゃひゃっ、待てよ、落とすのは私なんだよ!」
 それを見た秋日子は、獲物を追いかける野生動物さながらの姿勢で自分も落下した。
 アリーセ、リリ、秋日子、ここで脱落。
 【残り 32人】