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どきどきっ、オータムパーティー!

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どきどきっ、オータムパーティー!

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4、カラオケボックス 〜にぎやか編〜


 カラオケボックスの扉の1つが開き、小柄な赤い眼をした少女・桐生 円(きりゅう・まどか)が白杖をついた如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)び手を引いて入ってきた。
「ほらほら、危ないわよぉ〜」
 曲がり角でぶつかりそうになった日奈々をオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がさり気無く庇う。日奈々は小さく礼を言い、壁沿いに歩いて隅の席に腰をおろした。
「ドリンクバー、私たちが持ってきましょうか」
 同じボックスで歌うことになったローザマリアたちが気を利かせて申し出た。日奈々が全盲なのもあるが、現在は円もパートナーロストの影響で視力を落とすことがあるからだ。
「あ、じゃあボクはねー。メロンソーダ! 日奈々ちゃんはなんか飲みたいものあるー?」
「私は……アイスティーが、欲しいですぅ」
「うゅ……菊媛と持ってくるね」
 どうやら菊とエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が運んで来てくれるようだ。タンバリンを持ってきたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が席につき、ここのボックスは女性ばかりの華やかな雰囲気になった。
「こういう場では自己紹介が大事なのであろう? ん。妾らのバンド『Blue Water』はコミュニティでもなければ部活でもないのだがの、精一杯活動しておる。演奏が必要な場合は声をかけるがよい」
 グロリアーナがマイクで小指を立てながら話すと、周囲からパチパチと可愛らしい拍手の音が聞こえた。そのまま彼女は隣にいる菊にマイクを渡す。リレーのようだった。こうして次々とマイクが渡って行く。
「百合園女学院の……如月日奈々、ですぅ……。よろしく、お願いしますねぇ〜」
「百合園の桐生円といいますー。よろしくねー」
「オリヴィアよー」
「ローザマリア・クライツァールだ。休日は専らデパートの屋上で着ぐるみショーのアルバイトをしている。よろしく頼む!」
「上杉 菊です。同じバンドでキーボードを担当しておりますわ。今は未だ拙き楽曲なれど、多くの人々を心より楽しませるよう努力しておりまする」
「はわ……エリシュカ、なの」
 最後のエリシュカは菊の着物の裾をぎゅっと掴みながらもじもじしていた。気ぐるみのバイトをしている時はなんでもないのに、こういう場では照れが先走ってしまう……じわりと涙目になってしまった。

「スーパーイケメンターイム!!! 吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)だあああ!!!!」
「「「キャー!!!」」」
「声援ありがとよお!! ヒャッハー!!!」

 ボックス内の扉が割れる勢いで激しく開き、長身の竜司がよいしょっと身をかがめて乱入してきた。エリシュカは完全におびえて灼骨のカーマインをいつでも撃てるように準備していた……あっ、なぜか罪悪感がっ。
「きゃー、イケメンさーん!」
 面白いからそのまま場を盛り上げた円に対しサムズアップをする竜司。ドリンクバーのコーラをがぶ飲みしながら女性に向かってウインクを飛ばした。
「オレが世界で一番歌が上手ぇからよぉ、トリを飾ってやるぜェ。てめぇらも歌ったらどうだァ? グヘヘヘ」
「……円ちゃん、デュエットするですぅ〜」
「いいよ! リモコンそ・う・さ、っと!」
 円と日奈々はろくりんピックのテーマソングをデュエットしている。菊と竜司はそれに合わせてタンバリンで音頭を取っていた。
「オリヴィア殿。其方は法律事務所をやっていると聞いたのだが――」
「そ、そうよぉ〜。よくご存じねぇ〜」
 グロリアーナ興味深そうな調子で話しかけると、オリヴィアはビクッ! と姿勢を正した。ま、まさかこの場でそんな質問を投げかけられるとは。しかし動揺を悟られる訳にはいかない、となるべく上品そうな笑みを浮かべた。
「実は妾も、法律には興味があっての。かつてのイングランド女王が悠々自適に法曹家を目指そうとしても、面妖な話ではあるまい?」
「い、いいと思うわぁ〜。困ったことがあったら何でも聞いてー」
「うむ。流石頼りになる! 時に妾は時代劇に夢中で……」
 ほう、と胸をなでおろす。グロリアーナの興味は時代劇への愛を語る方にそれていったようだ。円の方を見るとデュエットが終わった後、ローザマリアと日奈々の3人で雑談しているようだ。
「……少し前に教導団から葦原に転校したばかりなの。放課後は隠密科で特殊メイクや変装の特訓中ね」
「変装……?」
「日奈々ちゃんなら、ある程度の変装は耳で分っちゃうかもねー」
 そう、日奈々はこの中で1番耳がいいのだ。
 女の子たちが雑談に夢中になり始めたころ、自称スーパーイケメンモテ男の竜司は周囲が照れて自分に話しかけてこないため1曲歌うことにした。彼がマイクを手にした瞬間、なぜだかその場の女性たちの背筋がぞわりとした。
「アー、アー、イケメンテスト中……」
 ヤバイ、と経験から円は素早く両手で耳をふさいだ。


☆吉永音頭 〜俺の罪・バラ色の唇〜

  ある日俺がコンビニに行ったら 女子高生が全員目をそらした
  照れるなよ ベイビィ ハンサムでごめんな

  一緒に粒ガムを くちゃくちゃしないかい?
  ミントギッシリ お口の中が爽やかさんだぜ
  キ、キキ、キ、キス……キキッキキッキーキキー!!


「ブラボー、流石残念な方のトロー……イケメン!!」
「ぐへへへ、酔いしれなァ。俺様の歌によォ……」
 円は盛大な拍手を送っているが、傍らの日奈々は口から魂が出かけていた……。耳がよすぎるために歌い始めから地獄のような時間を過ごしたらしい。超感覚のあるローザマリアもぐったりとのびており菊に介抱されていた。
「あ、あんた。音楽とはこういう物よ……」
 フリータイム時にバンド演奏をしていたため、ローザマリア達は持ち運びのできる楽器を持ち込んでいたようだ。ローザマリアはクラシックギターを出すと、クラシカルなアメリカ南部のカントリーソングの弾き語りを始める。
「これは……素敵な演奏、ですぅ」
 目を回していた日奈々の意識はこの曲を聴いて戻ったようだ。ライブハウスでミニライブをしているだけあり、なかなか聞かせる演奏をする。
「ぐへへ……。ツンデレってやつかァ?」
「違う!」
 竜司はいつだって前向き☆ 菊がさりげなく切ったマイクを使って円とデュエットを始めた。2人で振り付けを交えながらポーズを取っている。
「はわ……ポーズ、かわいいの」
「あの……、どういう、ポーズ……なの?」
 目が見えない日奈々には振り付けが分からなかったらしい。それに気がついたエリシュカは、日奈々の手を取ってサビの部分の振り付けを教え始めた。
「可愛いわよぉ〜。手拍子と化混ぜても楽しいんじゃないかしらぁー」
 オリヴィアはタンバリンをシャンシャンと鳴らしながらアドバイスをした。なるほど、と頷いてエリシュカと日奈々はタンバリンを持って振り付けを始める。
「うむ、これは耳でも楽しめるのう。妾も混ざるとしよう」
 そう言うとグロリアーナも一緒にタンバリンを振り始めた。日奈々も振付に参加できて楽しそうにしている。途中、陽気な竜司の素敵な歌声でボックス内は地獄絵図になりかけたが……悪い人ではない事が分り、気楽な空間になったようだ。


 カラオケボックス……その中で楽しむ人のために神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と美鈴は飲み物や軽食づくりを担当していた。どうやら料理は翡翠の担当で、美鈴は補佐という関係のようだ。
「たくさん人がいますね。頑張りましょう」
「はい、マスター」
 そう微笑みあう2人の目を盗んでレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)は冷蔵庫からこっそり色々拝借している。どうやらスペシャルドリンクを作成しているようだ……。
「運ぶの苦手なんだよなぁ。悪戯の1つくらい、大目に見てくれよっと!」
 材料は限りなく青汁、だろうか。ナタ豆、さやえんどう、高麗人参……どこにそんな渋い材料があったのだろうか。と、とにかく緑っぽいドロドロした飲み物ができた。
「お、いたか。神楽坂のとこの!」
 レイスが顔をあげると樹御一行が挨拶に来ていた。章とレイスは同じ愛!部の仲間である。樹は乙女な服装をしているが……あえて理由は聞かずにおこう。
「よー、章も裏方だったのか。元気そうだな」
「まあね。……でも、今日は鼻血出せないんだよ」
「……普通は出ないぞ。あの量は死につながる」
 レイスと章は日常会話を楽しんでいた。その時、ドリンクバーに立っている天心 芹菜(てんしん・せりな)ルビー・ジュエル(るびー・じゅえる)の姿が見える。……あの辺りのやつらに、これを渡してみようか。
「うちのあきが、おせわさまれす」
 ぺこー、とコタローが大人のまねをして挨拶をしていた。翡翠たちがコタローを見ているうちに、こっそりジョッキに健康ドリンクを注いで準備をしておく……。

 ドリンクバーに立ち寄った秋月 葵(あきづき・あおい)は芹菜にオレンジジュースをもらうと、一緒に歌わないかと誘ってみた。せっかくだからカラオケ大会をやらないか? と。
「……自分も構わないぞ。あちらの2人も誘ってみてはどうだ」
 ルビーも、乗り気……というほどではないが芹菜が行くなら自分も行くと言ってくれた。彼女が言った2人とは、オロオロしていかにも引っ込み思案の霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)と、彼をカラオケボックスに引っ張り込もうとしている館下 鈴蘭(たてした・すずらん)のことだろう。
「あたし、誘ってくるね! おーい!」
 信条は当たって砕けろ! の芹菜が明るい笑顔で話しかけている。残された葵とルビーは翡翠の元へ行き、軽い食べ物を作ってもらうことにする。
「貴公、その制服は百合園女学院か? そのような身分の者が給仕をするなど以外だな」
「皆でわいわいやれりゃ本望だってね。そっちはイルミンでしょ?」
 葵がルビーのスカーフをちらりと見て尋ねると、ルビーは無言でうなずいた。彼女は機嫌が悪いわけではなく、元から口数が少なめのようだ。
「すみません、何か美味しいもの下さ〜いっ」
「はい……。サンドイッチとポテトチップスはいかがですか?」
 カウンター越しに美鈴がスナック菓子の袋を見せた。翡翠は厨房で作業をしていて手が離せないようだ。それがいいな、と言うと美鈴は『オーダー入りました』と厨房に声をかけて姿を消した。
「なあなあ。盛り上げようにこれやるよ」
「うあ……何これ?」
「……ひどい匂いだな。鼻が曲がりそうだぞ」
 ひょいっとレイスが現れて先ほどのジョッキを差し出した。……見るからにまずそうだ。彼曰く、体にいいものしか入れてないらしいのが……。失敗作ではないのか?
「わっ、やべっ! 美鈴が戻ってきた。じゃな!!」
「お待たせしました。……レイス、どうしたの。慌てて?」
「なんでもねーよ!」
 葵は、ま、これも面白アイテムかも。と考え健康ドリンクとお菓子をもらって帰ることにした。

 一方、ボックス内ではカラオケ好きの鈴蘭が芹菜と音楽の話題で盛り上がっていた。アイドルから往年の名曲まで幅広くカバーできると豪語している鈴蘭は、ノリのいい芹菜と意気投合している。
「帰ってきたみたいね。おかえりなさい!」
 明るい鈴蘭とは対照的に、沙霧はちびちびとウーロン茶を飲みながら隅っこで小さくなっていた。彼は初めての人と話すのが苦手なのだ。
「うう……どうしよう」
「へえ、沙霧ちゃんって言うのね。あたし秋月 葵、よろしくね!」
「イルミンの天心 芹菜だよ! ここの皆って学校バラバラだね〜。あははっ」
 そうだ! と鈴蘭は何かを思い出したようで制服からラッピングされたミサンガを取り出した。友達が出来たらプレゼントしようかと思いつき、昨晩一生懸命作ったものだった。
「あの、葵ちゃん。ルビーちゃん。芹菜ちゃん。よかったらこれ、もらってくれないかな。ちょうど3つあるの」
「ほう……貴公が作ったのか」
 ルビーはミサンガを受け取ると網目や模様を珍しそうに眺めていた。芹菜はありがとう、と言ってピンク色のミサンガをもらっている。葵は水色のものをもらった。
「ありがと、大事にするね! ろくりんピックを応援するのにもぴったりだねっ」
 そう言うと、芹菜はぎゅっと鈴蘭の手を握った。

 ところで……沙霧が萎縮しているのはこの場が女の子ばかりだからかもしれない。見る人が見れば美少女に囲まれて楽しそうなのだが。いつまでも机に指で『の』の字を書いているパートナーを見かねて、鈴蘭は適当に曲をリクエストすると沙霧の手を引いてボックス内のスタンドマイク前まで連れて行った。
「え、な……」
「ほら、折角だからあなたも歌いましょうよ」
「無理だよ……こんなに沢山人が見ている前で歌うなんて、無理」
 頑張って歌ってみるが声が裏返ってしまう……。そんな彼を見かねた芹菜は『私も歌いたい!』と言ってさりげなく彼からマイクを奪ってやった。沙霧は小さく礼を言うと疲れた顔をして席に戻る。
「ね、沙霧ちゃん。これ飲むと元気出るらしいよっ。飲んで飲んで♪」
 悪魔の角をぴょこんと生やした葵がジョッキを渡すと、疲れていた彼はろくに確認せずにごくりと1口飲んでしまった。

「……今、悲鳴が聞こえたような気がしたけど。レイス、あなた何かした?」
「ん〜、別に?」
「もう。それ、マスター知らないわよね?」
 厨房ではレイスと美鈴がこそこそと会話をしている。オーダーが落ち着いて翡翠が彼らをねぎらいに来ると、2人はパッと離れて苦笑いを浮かべた。
「マスターもお茶にしませんか? カモミールを入れたのですが」
 美鈴が蜂蜜の入った冷たいカモミールティーを出すと、疲れて頭のぼんやりしている翡翠は喜んで飲んでいる。
「難うございます。皆さんの楽しそうな雰囲気は伝わって来ましたね。……おや、あちらのボックスから泡を吹いた方が。美鈴、何か知っていますか?」
「い、いえ私はなにも」
「ヒールを使える人はいませんかー!?」
 向こうのボックスでは葵とルビーが医療知識のある涼介を探して奔走していた。ボックスの中では白目をむいた沙霧が鈴蘭に手を握られて朦朧とした意識の海をさまよっている……。