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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
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SCENE 17

 ところで、やはり雪だるま王国のかき氷屋台に関わっていたはずのクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は何をしているのだろう? 姿が見えない。
 現在、クロセル・ラインツァートは暗躍中であった。
「マネージメントなんて煩わしいモノは我々に任せて販売に専念してください。その方がアナタ方もずっと祭りを楽しめますよ」
 などと蒼学の屋台に客を装って入り込み、責任者に熱弁をふるっている。対抗戦に勝つため、相手側の屋台をさりげなく買収しようとしていたのだ。
 ところがそこに査察が入る。その名はクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)、シャンバラ教導団の制服姿で訪れて言った。
「失礼。私は中立役として、御神楽環菜、エリザベート・ワルプルギス両名の委任を受けている者だ。先ほど、屋台を傘下に収めて売り上げの横取りをもくろむ詐欺が現れたという通報があってな。こうして各店舗を回っている。なんでも、言葉巧みにマネージメント権を手に入れようとしているらしい。まだ騙された者はないようだが……」
 クロセルは、屋台から這々の体で逃げ出していった。

 祭も後半に入り、ますます屋台は好調だ。
「さて、色々食べ物はゲットしたから、この辺りでのんびりしようか」
 休憩用のベンチに座る星渡智宏は、多少疲れてきた様子である。射的も遊んだし、エリザベートのヨーヨー釣りも楽しんだ。戦部小次郎のくじ引き屋では、十七色という妙に半端な色鉛筆セットが当たったものだ。もちろん食べ物も色々試した。『たこ大きいです!』なカレン・クレスティアの店で舌鼓を打ち、アシャンテ・グルームエッジ『熊猫亭』で点心を楽しんだ。童話スノーマンからは雪うさぎ型のかき氷を買っている。今も、和原樹から買った箸巻きを手にしている。
 ところが、休もうとする智宏に比して、時禰凜はまだまだ元気だ。持ちきれないほどの食べ物を両手にしたままはしゃいでいる。
「あれも見て見たいです。ほら、洋風屋台ですって、行ってみませんか?」
 と、智宏の手を引いてベンチから立たせていた。
(「お、おい、色々食べてみたいのは分かるが……食いきれるかな……」)
 しかし智宏は、今日一日は凜の好きにさせると決めている。
「よし、行ってみよう」
 立ち上がって微笑を浮かべた。
 嬉しそうな凜を見ていると、疲れなど吹き飛んでしまう。

 閃崎 静麻(せんざき・しずま)は夜店経営の実力者、費用効果の高い軽食の屋台で好評を博していた。
(「食材はなるだけ安く仕入れた。座席も余裕があるように確保した。ホットドッグやフライドポテト中心のメニューにして、早く作れて早く出せるよう工夫もした。食材を安くできただけあって値段も、夜店としてはかなり割安感のある価格帯に設定できたはずだ」)
 静麻は夜店出店のプロフェッショナルといっていい。実際、彼が前準備したものはすべて奏功している。だがそれなのに! さすがの彼も、少々読み切れなかったことがあった。
(「売り子が悪かったのか……いや……」)
 静麻の店の売り子は三人、いずれも劣らぬ華ばかり。
「今夜は我々の店ばかりでなく、蒼学全体の勝敗もかかっているからでしょうか、メイド服などとふざけた物ではなくて浴衣で売り子だそうですので一安心です」
 レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は淡い青の浴衣、きっちり巻いた帯が清々しい。竜胆の花のように強くしかも繊細、見る者を和ませる涼やかな姿だった。
「簡単なものですが、少しご休憩されるのはいかがでしょうか? ホットドッグにフライドポテト、いずれもオーダーから2分以内、それもできたての状態でご提供致します。……ありがとうございます。ご一緒にドリンクもいかがでしょう? よく冷えていますよ」
 きびきびとして、それでいて柔和で感じの良いレイナの接客である。そんなレイナとは対称的に、服部 保長(はっとり・やすなが)神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)は色仕掛けで男性客を集めていた。
「南蛮軽食はいかがでござろう? ふぁーすとふーどとも呼ばれてござる」
 という口調こそいかめしいものの、保長の接客姿勢はずいぶんとやわらかめだ。暑くて仕方なく……を装って胸元を緩め、白いうなじを存分にさらしている。いや、うなじばかりではない。絶妙の匙加減で胸元を、その谷間まで露わにし、しかも秘技『寄せて上げて』を駆使してボリューム増強を謀っている。さらには風のいたずらを装って、裾から太股をチラ見させるという思い切りの良さ。かくして男性客の視線を誘ってやまない。保長が今夜、黒い浴衣を選んだのも、その白い躰を夜目に映えさせるためだった。
「やー、夏ってお祭り多いから私好きだわ」
 プルガトーリオはざっくばらん、自然に湧き出るフェロモンを、夜風に乗せて男を集める。彼女の最大の『売り』は、真紅の浴衣からはみでんばかりの豊かなバストだ。当然、
「胸元が苦しくって〜」
 などと大げさにつぶやいて、きわどいところまで開けている。
「え? なーに? ナンパ? 残念、あたし仕事中なの〜」
 でも、とプルガトーリオは流し目して告げた。
「なにか買ってくれるなら、この胸触らせてあげてもいいのよ? 気にしない気にしない減るもんじゃないし」
 触らせる、どころか谷間にぱふっと顔を埋めさせ、窒息寸前まで押しつけるという嬉苦しい(?)罰ゲームをしてくれたりもする。
「……あえて見ない。あえて見ない。あれは私とは関係ない……!」
 保長&プルガトーリオの客引きは、真面目なレイナとしては耐えがたい性質のものだ。心頭滅却して見えない振りをするのであった。
 さてここで話を戻そう。静麻の読み違い、それは、
「好評すぎて……もう材料は品切れだ……!」
 ということだった。利益率を考えれば材料が余るよりはずっといいのだが、閉会まで一時間以上を残して無念の売り切れ。全参加店舗で最も早く、店を畳むはめになってしまった。
「もう去らねばならんとはな、まだまだ一稼ぎできるって時間帯にに……悔しいぜ」
 改めて、商売の難しさを知る静麻である。

 祭会場の最果て、屋台が途絶える寸前のある地点では、闇の中からこのような呼び声がするという。
「いらっしゃいませ。本店では十五歳未満のご利用はお断りしております。そこの貴方も一回どうですか?」
 怪しげという意味では、これ以上ないほど怪しげな呼びかけではある。
 えっちな店? ……かと思いきや、その声についていってみればなんとこれ、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)による射的の店だ。
「なるほど確かに、本日の夜店にも射的は数店舗あります。ですが」
 ここでラムズの目がきらりと光る。
「ちゃちなオモチャではなく、全て実物の上下二連式散弾銃を使用! その上、射的の的が生きている触手というのはこの店でしか味わえません! 景品はそれぞれ、触手が握っている金のインゴットとなります。インゴットはもちろん、正真正銘の本物、大きさに見合った触手を倒せば、それに合わせて黄金を入手できるシステムとなっていますよ」
 なので料金は高め……いや、今夜の全店舗でも破格としか言いようのない料金であり、しかもものが散弾銃だけにたった二発しか撃てないという驚愕のルールだという。触手の主は、防弾壁の向こうにいあるシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)である。ちなみに手記本人は全然痛くないらしい。
「ちなみに指定された銃以外を使おうとしたり、的以外に銃口を向けた瞬間、有無を言わさず触手が襲い掛かり、引きずり込まれて冒涜的神秘の旅五分間へご招待します。命に別状はありませんが、ご注意下さい」
 なんとも物騒な言葉とともに、ラムズは久々に来た四人組の客を送り出した。うち二人が挑戦するという。
(「いーねぇいーねぇ、ボロい商売だよ。クククッ」)
 料金を受け取り散弾銃を手渡して、ラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)はニヤニヤしている。料金が料金だけに挑戦者は少ないものの、客単価は夏祭りにはそぐわないことこの上なく高いので儲け率はばかでかいのだ。なお、まだ一人とて、インゴットを獲得した者はない。
「最初に案内役も言ったと思うけど、規則違反をしたら冒涜的神秘の旅だからね。どうなっても知らないよ?」
 などと告げながらラヴィニアは、(「違反してくれないかなぁ……」)と内心思っている。暗がりでよく見えないが、挑戦するという客二人はいずれも女性だ。
「はぁ……しかし、退屈じゃのぉ」
 防弾壁の向こうで、シュリュズベリィ著『手記』は欠伸をかみ殺していた。壁の孔から触手を出して、インゴットを握ってうにょうにょと動くだけの簡単な仕事です……とでも表現すべきか。実際簡単すぎるのである。散弾銃はその性質上、弾丸がばらけるので命中率はひたすら悪い。仮に当たったとしても、散弾程度の威力では、小さい触手ならともかく、最大サイズの触手は倒せないだろう。
 違反者が出れば遊べるのだが、脅しが効き過ぎたのか誰も違反行為をしようとするものはなかった。それにそもそも、挑戦者が少なすぎる。もう何時間も営業しているのに、今度でやっと四組目だ。
「先、撃たせてもらいますね」
 とショットガンを構えたのは、黒い髪をした大人っぽい女性だ。濡れたような黒い瞳で標的を狙う。
「何かアドバイスあります? え、好きに撃ったらいいんですか? では遠慮なく」
 二度、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は引き金を引いた。筋は悪くない。弾の破片のいくつかは、最大のインゴットを握る太い触手をかすめていた。といっても、落とすにはまるで届かない程度だが。
「ダメですね」
 と戻ってきた千代の肩を、バーバラキア・ロックブーケ(ばーばらきあ・ろっくぶーけ)は軽く揉む。
「ドンマイ。ま、千代の射撃はいわば、様子見だもの。ローザに期待ね」
 ローザと呼ばれた少女が、無言でショットガンを取り上げた。手の中でその重さを量っているようである。何度か構えてみて、バランス具合を確かめてもいた。
 彼女は、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。彼女を戦闘マシーンと呼ぶ者もいる。あるいは、米軍の人間兵器(リーサルウェポン)と揶揄する者も。専門はライフル狙撃だが、ひとたび重火器を手にしたローザは、常人を遙かに超えた能力を発揮する。
(「ローザ……久々の真剣モードだな」)
 平素のローザマリアを良く知るグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は唾を飲む。千代に良いところを見せたいからだろうか? ローザは猛禽類の目で標的を観察していた
 おもむろに、ローザはショットガンを構えた。
(「散弾の破片ひとつの威力を1とすれば、大物を撃ち落とすには最低でも16が必要。スポーツ用ショットガンに毛が生えた程度、しかも手入れが不十分なこの銃で、たった二度の挑戦では撃ち落とすことは不可能。従って、最初から大物は対象として考慮しない」)
 長年の経験に作られた冴えわたる頭脳が、超高速で回転していた。
(「しかし、その一方で、4で落とせる標的なら、ある!」)
 カッ、と銃口が光った。ローザマリアが引き金を引くや否、細身の触手のしかも一番細い部分がちぎれて吹き飛び、粘液が飛び散る。このとき、落下した金のインゴット、実に二本!
(「触手の耐久力を確認、反応速度は思ったほど速くない。ならば……中程度もいける!」)
 機械でもここまで正確を期すことができるだろうか? 続く彼女の射撃は、中程度の触手の弱い部分を切断し、さらに細身の触手をもう一つ切り裂いていた。
「獲得金塊……四つ!? しかも中触手一本だって!!」
 ラヴィニアは腰を抜かしそうになった。はっきり言って大赤字だ! 今回の稼ぎはもちろん、これまでの儲けも吹き飛んでしまった。悔しいが、トリックやチートの類は見いだせなかった。なんとこの挑戦者は、跳弾の角度まで計算して最大限の効果を上げたのである。
「ふむ……やり手がおったようじゃのう……」
 別に痛みはないが、触手がいくつか落とされたことくらいは手記にもわかった。
「やり手なんてもんじゃないよ、あいつが『もっと挑戦したい』なんて言い出さないうちに店畳んだほうがいーかも」
 肩を落としてラヴィニアは、手記に囁くのである。
「もしそうなったとしたら……」
 うにゃにゃ、と触手を壁の向こうから戻して、手記は感慨深げに言うのである。
「……冒涜的神秘の旅五分間は、立案者責任ということでラヴィニアに味わってもらうということに……いや、冗談、冗談じゃからな」
 幸い、四本のインゴットを手にしただけで、ローザマリア一行は立ち去っていった。
 その後、閉会まであと二組が訪れたが、やはりいずれも規則違反はしなかったという。
「規則違反について、最初に脅しすぎましたかね……?」
 残念なのかほっとしているのか、いずれとも言い難い表情でラムズは肩をすくめた。