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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その1

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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その1

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 天空の往路 
 
 
 しばらく希望者を募った後、ティファニーの中型飛空艇は離陸した。
 その後ろから、自前の足で島に向かおうという葦原明倫館の協力者たちがついて行く。恐らくその中には協力者でない者も混じっているのだろうけれど、その心の内までもは分からない。
 飛ぶ速度は空飛ぶ箒と同じくらいと決して速くはない中型飛空艇だけれど、内部の快適さは他の乗り物と比べ格段に上だ。
 到着までの間、乗りこんだ者たちは思い思いに艇内で過ごしていた。
「向こうでお弁当食べてる余裕があるかどうか分からないから、ここで食べておこうよ」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が持ってきたサンドイッチと飲み物を広げて、メイベルたちはお弁当タイム。
 到着までの時間をわくわくと過ごす。
 中でもこの探索を楽しみにしているのはセシリアだ。
「客寄せパンダってどんなものなのかな? 楽しい探検になるといいね。ほら、ヘリシャももっと食べて。途中でお腹がすいて動けなくならないようにねっ」
「はい、ありがとうございますぅ」
 答えるヘリシャはやや緊張気味だ。未熟な自分が皆の足を引っ張ってはいけないからと、少しでも出来ることがあれば手伝うつもりでこの探索についてきたのだ。
「島についたら、十分注意が必要ですねぇ。どうして無人島なんかに客寄せパンダが今まで放置されていたのか、とても気になります……」
 その疑問は恐らく、この探索に参加した者の多くの頭にあるものだったろう。
 客寄せパンダがあるところは繁栄すると言われているのに、何故無人島になんか置かれているのか。
「何か不自然というか、何らかの意図を感じますね」
 フィリッパは出発までの間、図書館で客寄せパンダのことを調べてみたのだけれど、その時間で調べられるほどにはポピュラーなものではないらしい。見つけられたのは今回の件とは関係ないと思われる、どこかの施設に客を呼ぶために置かれた目玉商品、出し物、のようなものばかりだった。
 何かがありそうだけれど、それが何かは分からない。
 期待とそこはかとない不安とを抱えた皆を乗せ、飛空艇は飛び続ける……。
 
 
 その頃。
 操縦を一時他の生徒の手に預け、ティファニーは葦原明倫館の生徒と共に艇内の一室にいた。
 他の学校の生徒にも広く協力を求めているとはいえ、やはり心を許せるのは同じ学校の生徒なのだろう。部屋では他でなされるよりももう少し詳しい話が飛び交っていた。
「これは艇に乗っている人の名簿よ。配った籠の数からこのグループの数を引いたのが、競争相手のグループの数になると思うの」
 緋雨はその数と、自分は島にいる間パンダ像のところには行かず、皆が探索に夢中になっている隙にそれぞれの乗り物を探し、それが機械ならば細工するつもりだ、ということをティファニーに報告した。
「名案デース!」
 ティファニーはすぐに緋雨の提案にのったが、それをゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)が止める。
「細工はやめた方がよろしいですな。この飛空艇に乗らず個々に島に向かう中にも、葦原明倫館の為に動いている者が数多くいるのですぞ。彼らを敵とみなしその足に細工するのはいかがかと」
 明倫館の生徒であっても、その目的が学校の為とは限らず、反対に他校の生徒であっても明倫館に協力しようという者もいる。ゲイルはそう説いた。
「それもそうね。だったら位置把握だけしておくわ。位置……まあ、麻羅がいるから何とかなると思うわ」
 緋雨の方向音痴は、絶妙な方向感覚とあいまってかなりステキなことになる。位置把握しているうちに迷ってここに戻って来られなくなったりしないよう、麻羅のフォローは必須だ。
「そうだな。パンダ像を他の学校に渡すわけにはいかないからな。何故ならば……」
 イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)はそう前置きすると声を潜め、明倫館の生徒のみに自分の推測をそっと耳打ちする。
「パンダの立像は御神体、すなわち聖像といえる。とすれば、このパンダを元に明倫館版のイコンができるのではないか?」
「……パンダのイコン……デスカー?」
 どんなものを想像しているのか、ティファニーは鼻の上に皺を寄せている。
「ああ。パンダ像の現れたタイミングは余りにも出来過ぎていると思わないか。今のところ天御柱は他校からの転校生を受け入れていない。とすれば、イコンができばイコンに乗りたい他校生は明倫館に集まる。それで客寄せができる!」
「そんな話は聞いてないデスヨ」
 まさかと言うティファニーに、イレブンはちちちと指を振ってみせ。
「大っぴらにイコンと言ってしまうと、瑞穂藩に狙われるので隠しているのだろう。ハイナ総奉行の深謀遠慮には恐れ入るばかりだ……! このイレブン・オーヴィル、委細承知した!」
 このマル秘情報を教えれば、ティファニーたちのやる気も更に増すはずと自身たっぷりに教授したイレブンだったが、どうもことの重大さは彼女らには伝わらなかったようだ。
 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているティファニーだったが、それもパンダ像をハイナ総奉行のもとに届ければおのずと分かることだろう。
 準備してきた風呂敷や魔封じの籠を手に、イレブンはまだ見ぬ葦原明倫館版イコンに思いを馳せる。
「生徒が増え明倫館が大きくなったら、房姫は喜んでくれるでござろうか、ニンニン」
 秦野 菫(はだの・すみれ)の頭にあるのは、一目惚れした房姫のこと。ライバルだと思っているハイナからの依頼というのは複雑だが、それによって房姫が喜んでくれるのなら是が非でも手に入れたい。
 もしかしたら房姫直々にお褒めの言葉をいただけてしまうかも……と菫の期待は膨れまくり。
 本人は隠しているつもりでも菫が房姫のことを好きなのは丸分かり。そんな菫に、パートナーである梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)は微笑した。
 菫の思惑はどうあれ、葦原藩のためになるとなれば、仁美も手伝うこに異存はない。
「行きも帰りも、いついかなる手段で敵が襲ってくるか分からないでござる、ニンニン。武時に明倫館にたどり着くまでが任務。油断せずに参るでござる、ニンニン」
 調査の為に島に向かう者もいるが、パンダ像奪取をもくろむ者も多いことが予測される。熾烈な奪い合いに見事勝利し、客寄せパンダを持ち帰らねばと、菫は決意を新たにした。
 けれどそんなとき。
「ぁゃしぃ……」
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が小声で呟いた。
 そこにいた者の視線が集まるのを感じると、睡蓮はややひるんだけれどそれでも言葉を続ける。
「……いえ、どう考えてもおかしいじゃないですか。人をひきつける力があったのなら、どうして今まで誰も気がつかなかったんでしょう。だいたい、安置されている場所も今は無人だなんて変ですよ」
 睡蓮は同意を求めるように鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)に視線をやったが、九頭切丸はいつものごとくひっそりと睡蓮の隣に控えているばかり。黒色の装甲に身を包んだ彼には、声を発する機関自体がないのだ。
 引っ込み思案な睡蓮だけれど、説明に関しては九頭切丸を頼れないから自分の口でするしかない。
「……一応、離れ小島でも街の形跡がある、ということは、その力は本物なのかもしれません。けど、ただ『人を集める』というわけではない気がします。迂闊に手を出そうものなら……葦原島まで同じ運命を辿ることになるかもしれませんよ?」
 そのようなものに頼るのではなく、葦原らしい行事……お月見なり何なりのお祭ごとでもやれば、と睡蓮は言う。お祭りごとがあるから、という理由で転校する生徒はあまりいないだろうけれど、それが学校の魅力を高めることになればあるいは、生徒数増大に繋がるかもしれない。
「……だから決めました。壊しましょう、パンダ像。そもそもこんなもの必要ないんですよ、きっと」
 そう結論付けた睡蓮に、それがなぁ、と紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が肩をすくめた。
「壊すのは厳禁、だそうだ」
「……なぜですか?」
 水無月睡蓮が興味をもって尋ねる。
「出発前にハイナの……ハイナ総奉行の処に行ってきたんだ。人数が少ないなら少ないなりに個々の質を高めれば良いだろうと言いにな」
 数は他の学校に譲り、こちらは少数精鋭でいけば良い。その場しのぎの道具に頼るよりも、もっと地道な努力をすべきだと唯斗は進言しに行ったのだった。それでもやはり客寄せパンダを手に入れたいとハイナが言うので、ハイナの頼みなら仕方が無いと唯斗はそれを引き受けることにしたのだが。
「帰り際、ハイナに言ったんだ。『ただし、客寄せパンダが危険だと判断したら壊すけど許してくれ』と。そしたら……パンダ像は壊すこと相成らぬ、と言われたんだ。そればかりじゃない。パンダを破壊しようという気持ちが少しでもあるならば、像の近くに寄ることすら禁じる、と命じられてしまったんだ」
 遺跡の町を調べたい、というエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の意向あってこの艇には乗せてもらえたが、その代わりに像に近づくことは一切禁止されてしまった、と唯斗は苦笑した。知らなければ破壊を試みることも出来たのだろうが、こうはっきりと禁じられてしまっては、ハイナの為にこの件に関わろうとしている唯斗にはそれを破ることはできない。
「どこかに似たような話があったような気がするのですが……」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は思い出そうとしきりに首を傾げる。
 その魅力で人を集め、街を栄えさせるものの話。
 あれは何だったろう。
 おじいさんとおばあさんと、その大切にしているパンダがいて……。
 川から桃が流れ……いや、あれは違うか。竹やぶに入ったら光る竹があって……それをまさかり担いだなんとやらが……。
 昔話を幾つも思い浮かべてはみるけれど、記憶に頼るだけではやはりこれといったものを思いつくことは出来ず。
「危ないもののような気もするのですけれど、それが総奉行の心にそむくことなれば、諦めるしかないのでしょうね」
 紫月睡蓮はため息をついた。
「そういえば……ハイナ総奉行が言ってたデース。客寄せパンダの情報は葦原でもわずかに掴んでいるだけ、けれどそのわずかが大きいんだそうなのデスヨ」
 だからこそそれは誰にも明かせない、とハイナはティファニーにもそれを教えてくれなかった。万が一にも漏れることを恐れてなのだろう。
「……ハイナさんが止めろということなら、止めておいた方がいいのでしょうか」
 破壊すべきかすべきでないか決めかねて、水無月睡蓮が思案する。
「さあ、ハイナ総奉行が何を知ってて何を知らないか分からないデスからネー。ただ、もしするというなら何かあってもダイジョーブな場所でお願いしマース」
 巻き添えはごめんだとばかりにティファニーは頼むと、またいそいそと操縦室へと戻って行くのだった。