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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

リアクション



SCENE 01

 空気は蒸れ、むっとするような草葉の匂いが立ちこめていた。
 緑に緑が重なり、さらにその緑を緑が包む。見回せば緑、見上げても緑、息が詰まるほどの緑、熱帯植物が密林を形成しているのだ。ねじくれた木々、刃のような草、得体の知れない天然色の茸――まるで悪夢の中の光景だ。最初の一歩を踏み出すだけで勇気を要した。
 李梅琳(り・めいりん)少尉の指揮の下、植物調査チームが探索を開始する。

「頭上にも警戒を怠らないで。どこから襲ってくるかわからないから」
 いつでも銃を抜けるよう腰のホルスターを確認し、梅琳は一度だけ振り返ってから歩を進めた。目指すは異常の発生源だ。植物の繁茂具合からこれを遡り突き止めたい。
 苔や草をブーツが踏む感覚は柔らかかった。すさまじい程の生命力が押し返してきているのだ。そういえばこの密林そのものが、静かに呼吸し鳴動しているようにも思える。
 大岡 永谷(おおおか・とと)は本日、志願して梅琳の補佐役をつとめていた。歩む位置も梅琳の隣だ。先輩である梅琳から多くのこをと学びとりたい。それにしても、と永谷は思った。
(「植物調査チームは本作戦の要……にしては人員が少なすぎる……」)
 複数の学校の混成による作戦ゆえ、梅琳はチームの人数割を参加者の希望に任せた。その結果、梅琳とともに植物調査に赴くメンバーは、梅琳をのぞけばわずか十人しか集まらなかったのである。永谷は唇を噛む。総勢百名近いことを考えると不足感は否めない。
「少尉……大岡少尉」
 梅琳に呼ばれ永谷は我に返った。
「草刈り、お願いね」
 ポンと投げ渡すように告げて、梅琳みずからナイフを手に、眼前の蔦を断ち草木を刈り取って道を作っていた。永谷も梅琳と同じ少尉だが、先任の分、梅琳のほうが立場は上になる。
「はっ!」
(「俺自身、騎兵として突撃するのはある程度出来なくもないけど、雑用をやりながら指揮することについては、いろんな人のやり方を学ばないといけないよな……」)
 人数が少ないなら少ないなりに、道作りという雑事もこなす梅琳に敬服しつつ永谷も倣った。鬱蒼と茂る植物を斬り払いながら進む。
 そのとき、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)が唐突に足を取られた。
「!」
 軍人としての訓練を受けているゆえ、露骨に声を上げたりしない。レジーヌは呼吸を止めて状況を理解しようと努める。草木に隠れていた蔦が罠のように、彼女の足首を捕らえぐっと持ち上げていた。教導団の赤いベレー帽が舞った。逆さ吊りにしようというのだ。
「かわいー子は世界の宝だ! ましてや俺の目の前で掠め取ろうなんざ許さねー!」
 咄嗟の機転で鈴木 周(すずき・しゅう)は、蔓を差し向けた樹木本体にバスタードソードで一撃する。
 斬り下げた一刀が、飛沫のように樹液を散らした。
「主よ、『許さねー』という理由がさっぱりわからないのだが」
 よく言えば大真面目、悪く言えば朴念仁、そんなカール・フラウファンゲン(かーる・ふらうふぁんげん)は、周の発言が理解できないものの、鎧の姿のまま周を守るべくディフェンスシフトを発動させた。
「レジーヌ大丈夫っ!? ヤダヤダ! この変な蔦、いっぱいいるよぅ!」
 エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)はレジーヌを救出せんとするも、四方八方から蔦が押し寄せてきたのでそうもいかず、
「こいつらー! 叩き斬ってやるんだからね!」
 居合い斬りの要領で白の剣を抜き、中段からさっと横凪ぐ。触手状にうねっていた蔦が、雑草さながらに切断され宙に舞った。
 周、エリーズの迅速な対応に樹は怯んだらしい。レジーヌの足首を握る力が弱まっている。
「こ、こんなもの……!」
 レジーヌは短く持った槍の穂先で、蔦を切断し飛び降りていた。空中で一回転、蔦にひっかかったベレー帽も取り返し無音で着地する。周は光の速さでレジーヌに駆け寄り、
「かっこよかったろ俺? 惚れたよな? な?」
 などと下心丸出しで声をかけていた。
「え……? あ、あの……その……」
 男性が苦手なレジーヌはまともに答えられない。ベレー帽を目深に被りなおしてうろたえる。
 一方で、周に着られているカールも困惑していた。
「主よ、その行動は論理的に説明がつかないぞ」
「なんだよカール。難しいこと言ってねーでお前もナンパ手伝えよ!」
「ふむ、ナンパ……? 知らぬ言葉だ。ますます論理的でない」
「知らねーのか? 俺の生きる道は女の子に声をかけること、ナンパにいちいち理由なんていらねーってことくらいは知っておくといいぜ」
「理由がない……?」
 そのとき雷光のように、カールに閃いたフレーズがあった。
「『葉隠』に言う『武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり』と、どことなく似ているような……む、そうか! これは士気向上の策だな! 一見冷たい婦女子の態度にもめげぬという……」
 さすがは我が主だ、と合点するカールである。周のナンパを温かく見守ることに決める。ところがそんな主従に、猛然と斬りかかる者があった。
「堂々とナンパなんて言ってるんじゃない! ナンパ師は敵! 敵には死を!」
 エリーズである。レジーヌをかばうようにして目を怒らせている。
「どわっ! 危ねー!」
 かなり本気の一撃だったので、周は命からがらエリーズの剣をかわしていた。でも、本当にめげない彼である。
「しかしその気の強いところが気に入ったぜ! そんな物騒なものはしまって、君も俺とつきあわねーか? なんなら二人とも……」
「なんという不屈の闘志だ主よ。明らかに嫌われている婦女子にも迫るとは……」
「そこの鎧! うるさーい! あんたたち、レジーヌに手を出したらどうなるか判ってる!?」
 三者三様に主張を繰り広げ、さらにレジーヌはおろおろ状態に陥るも、味方同士争っている暇はなさそうだ。蔦の攻撃は終わっていない。再度大量に出現したばかりか、周辺の樹もタイミングを合わせ、バラバラと蔦を投げかけてきたのだ。
「邪魔が入ったか! 俺のモテ道は邪魔させねー!」
「なるほど、武士道ならぬモテ道……」
 周&カールは応戦、
(「そろそろ恥ずかしがりやの自分から卒業したい……ここで教導団として恥ずかしくない働きを見せなくちゃ」)
 レジーヌは槍を構えながら間合いを取り、
「ナンパ師だろうが怪植物だろうが、レジーヌには指一本触れさせないからね!」
 彼女を守るべく、エリーズも抜刀するのだった。
「躊躇してはいられないようね。後続の部隊のこともある、ここで進軍停止、付近の異常植物を掃討する!」
 梅琳はトミーガンを中腰に構え、蔦といわず樹木本体といわず、遠慮なく鉛の弾を撃ち込んだ。
「おい!」
 ニナ・ドラード(にな・どらーど)がとがめるように、梅琳に問いかけた。
「何!?」
「ちゃんと森を大事にしろよ! ジャタの森はオレが育った場所だ、異常植物を撃つのは我慢するけど、本来の動植物すら住めないような場所にするんなら容赦しないからな!」
 ほとんど噛み付かんばかりの勢いだ。返答次第では今すぐにでも梅琳に飛びかかってくる様相である。
 その言葉は、まごうことなきニナの本心だった。ニナはこの場所に近づくにつれ、森が泣いているのがよくわかった。本来この地で生命を営んでいた多くの動植物が、異形の存在にその場を追われ、殺され、滅亡の危機に瀕しているのだ。それがニナには悔しいし、故郷に争乱を持ち込んでしまったことも悲しい。
「ニナ、止さないか」
 ニナの父ゲイル・ドラード(げいる・どらーど)は強い声色を用いた。ニナが成長期まっさかりの双葉なら、ゲイルは悠久の時を経た大樹のよう。普段は物静かで滅多に怒らぬ彼ゆえ、ニナは叱られたことそのものより、父の口調と表情に驚いて口をつぐんだ。
 ゲイルはハンドアックスを握り、大振りで触手状の蔦を払いのけながら梅琳に告げた。
「隊長殿、娘のニナが失礼をした。だがあれも森を思ってのこと、容赦いただけないだろうか。また、意を汲んで容赦いただければありがたい」
「気にしないで。むしろ決意を再確認させてもらって感謝したいくらいです。私も、森を大切にしたいからこそこの作戦に志願したのだから」
 梅琳は言う。植物の異常繁殖を抑える、ということだけを目指すなら、ナパームを大量に使ってすべてを焼き払ってしまうこともできた。しかしこうして密林に立ち入り、危険を承知で原因を探ろうとするのは、自然環境を保全しようという意図があってのことだ。無差別な破壊活動をするつもりはない、破壊するにしても最小限、ジャタの森を旧の姿に復すことこそが目的なのだ。
「オレは言葉だけじゃ信用しないからな!」
 行動で示してもらうぜ! と言い残すと、黒い髪をなびかせニナは怪植物に飛びかかった。
「かたじけない」
 ゲイルは梅琳に黙礼すると、すぐさま娘の後を追う。
 梅琳らと並び応戦するレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)だが、行動はいまいち精彩を欠いていた。普段なら簡単にかわせるような攻撃すら、間一髪でなんとか逃れているという始末だ。蔦に足を取られつまずくことも一度ならずで、なんとも危なっかしい。ふわふわした口調で、
「緑がいっぱい〜。私の目も緑だから寄ってくるのかな〜」
「ちょっとレロシャン! 具合でも悪いんですか!?」
 ネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)は慌てて彼女を支え、触手状の蔦を蹴り飛ばした。
「なんか体調がね〜急に悪くなった気がするんですよね〜。だるいというか……植物の瘴気に当てられたのかも〜」
「ちょ、ちょっと、もたれかかってくるなんて普通じゃないですよ。この状況でそんなことだと死んじゃいます! ええいっ、喰らえ爆炎波シュート!」
 超重量級サッカーボールで蔦群をうち払い、ネノノはレロシャンを支えたまま後退を開始する。
「ネノノの胸の中で死ねるならそれもいいかも〜」
「そんな嬉し……いや、恐ろしいことを言わないで! ワタシなら何でもしますから、今の状態を正確に教えて下さい!」
「だるくて……お腹も具合悪いし、あ〜なんか右足の太ももにも〜、違和感があるような気がしますね〜。あと水飲みたい」
「ま、待って下さいよ。えーと……本当に具合悪いんですか?」
「だるい〜、今眠ったらもう起きないような気もする〜」
「わかりました! わかりましたって! 少し辛抱して下さい!」
 どれから対応したものか戸惑うネノノなのだが、とりあえず今は敵を倒さねば、と、レロシャンをお姫様抱っこしサッカーボールで闘い抜くのである。なんとも健気だ。
 一方で、乱戦のさなかながら四条 輪廻(しじょう・りんね)は調査に集中しているようだ。異常進化した蔦の切れ端を手に取り、切り口をしげしげとながめていたりする。
「ふむ、植物というものは、例えわずかな知恵のようなものが存在するとしてもだ、基本的に性質によってその行動が決まる……」
 興味深い進化をしている、とぶつぶつと独言しつつ、これをサンプルケースに入れるや次は、幹を石で打って反応を見たりしている。そんな輪廻の頭上を、ぶうん、と音を上げ蔦が凪いでいった。ところが彼は軽く頭を下げただけでそれを避け、さらに新たなサンプルを求めて足元にうずくまった。
「その性質を見極めれば効率のいい対抗策を講じることが可能となり、あるいはその配置、動きから施設や人の配置の予測まで可能となる可能性すらある……」
 輪廻の背を、鞭のように蔦が打つ! ……かと思いきや、輪廻は立ち上がっただけでこれをかわしていた。おまけに、その方向を見もしないで銃を抜くや一発! レロシャンに襲いかかろうとしていた蔦を中途から切断してしまう。
「うむ、周囲は全て未知の植物っ、なんという僥倖、なんと心の躍る状況っ!」
 なかなか危なげだが輪廻を、心配する必要はなさそうである。その表情の楽しそうなこと!