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リアクション
第3章 迷子のちびっ子と空白の子 2
日比谷 皐月(ひびや・さつき)は困っていた。
「うーん……」
「どうしましたか、皐月?」
首をひねる皐月の後ろから、訝しげな声が聞こえた。彼のパートナーである雨宮 七日(あめみや・なのか)が、光術の光で皐月の前方を照らしている。その先に見えたのは、いわゆる丁字路というやつであった。
「どうしよう、迷った」
「はい?」
皐月の言葉に、七日は耳を疑った。そこからはもう、苛立たしげな彼女のねちねち攻撃の始まりである。あまりそういうのを気にしない性質とはいえ、さすがに皐月も耳が痛かった。
「まあ、私は最近減ってきた手駒のアンデットが補充できればそれでいいんですけど、それにしても先頭は俺に任せろとか言っておいて迷うっていうのは何かと格好悪くありませんでしょうか」
「いや……格好悪いだろうけども」
「これだから計画性のない皐月っていうのは困るのです。はぁ〜……あ、ちなみに皐月と書いてグズと読みます」
「そこまでひどいのっ!?」
七日の冷静かつ絶好調な毒舌に罵られながらも、なんとか二人は先へと進んでいった。とにかく、歩かないことにはどうしようもない。それに、そうこうしている内に七日の目的であるアンデットにも遭遇することだろう。
そんなことを達観しながら歩む皐月が、目の前に人影を発見したのはそのときだった。
「……誰かいるのか?」
敵かもしれない。
七日を制して警戒しながら、皐月は慎重に影へと近づいてゆく。と、その影がむくりと起き上がった。
「ったあぁ〜〜、いちちちちち」
影は小さなお尻を押さえながら、必死で痛がっていた。
「まーた落とし穴か! まったく、人を落とそうとするのが好きな遺跡だ」
「う、うぅん……そ、それよりもシェミーさん、はやくどいてぇ……」
「ん……お、おお、悪いな」
シェミーと呼ばれた影はあわてて起き上がった。どうやら、自分の痛みが尻に響いてきた衝撃だけで済んだのは、他人を押しつぶしていたからのようだった。
ようやく重圧から解放されて、榊 朝斗(さかき・あさと)は痛みをこらえながら起き上がった。
「はぁ……き、きつかった」
「あ、朝斗さん、大丈夫ですか?」
彼のパートナーであるルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が、心配そうに駆け寄った。大人びた雰囲気を持っている彼女に心配される朝斗の図は、まるで姉弟のようである。
それはともかくとして……どうやら、穴から落ちたのはシェミーだけではないらしい。
「シェミーさん、大丈夫?」
「ん、お、おおアリア。お前も落ちたのか?」
「もう、心配で駆け寄ったら巻き込まれたの。別に好きで落ちたんじゃないよ」
シェミーの少しばかりうれしそうな顔に、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は呆れながら答えた。まるで親戚の手の焼ける子供を相手にしてるかのように、わずかに顔はほころんでいたが。
「な、なんだこいつら……?」
「ん……誰だ、お前は?」
ようやく皐月に気づいたシェミーたち一同に、皐月は唖然とするばかりだった。
「と、いうわけで、穴から落ちてしまったところなんです」
「あー、なるほどね……。このちびっ子のために、みんなで一緒に遺跡にやって来たってわけか」
「誰がちびっ子だ、誰が」
アリアから丁寧な説明を受けた皐月に不名誉な名で呼ばれたシェミーは、ぶすっとした顔で反論した。そんな彼女の頭を皐月はがしっと掴んでわしゃわしゃ撫でる。
「どう考えたってちびっ子だろう?」
「ば、こら、やめ……!」
頭撫で撫で攻撃も一通り終わると、皐月はなにやら思い至ったように頷いた。
「よし、ならオレたちも手伝ってやるか。見て見ぬふりするのも目覚め悪いし……
「私は手駒を補充出来れば良いので、皐月の好きにしても構いませんよ」
皐月に見やられた七日は、特に問題なさそうに頷いた。
「うん、旅は道連れ、世は情け。義を見てせざるは勇無き也……。人の世ってのはやっぱり人情だよね」
「お前の人情なんぞいらんわ」
ちびっ子扱いのせいか、すでに皐月を敵とみなしているシェミーが文句を言う。もちろん、そんなこと皐月が見逃さないはずもないわけで。
「そんなことを言うのはどの口だ〜」
「えぐぐぐぐ……や、やめれー……」
ほっぺたをぐにぐにと引っ張られて、シェミーは呂律の回っていない声を漏らした。なんというか、言っては悪いが可愛い光景である。アリアと朝斗、さらにはルシェンまでもがついついくすっと笑ってしまった。
「あはと、はりあっ! わ、わはってないっでひょめろ〜!」
柔らかい頬肉がさらにほぐされたところで、ようやく皐月は手を離した。
すると――彼らのもとに足音が聞こえてきた。それも……二つだ。徐々に近づいてくるそれは、シェミーたちのいる部屋に反響したところで止まった。
「誰だっ!?」
「それはこっちの台詞だ」
何者かとシェミーは、お互いに警戒心をむき出しにして対峙した。互いの顔が見えるように、七日の光術が生み出した光が動く。
そこにいたのは――シェミーにとってあまり見たくはない顔だった。
「ウィング!?」
「シェミー……!」
ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)の目が、驚きに見開かれてシェミーを見つめていた。その後ろで控えているのは、彼のパートナーであるファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)だ。シェミーにとっては、ウィングとともに顔を知っている相手でもある。
「なんでお前がここにいる?」
「……遺跡の噂を聞いたからですよ。考古学を専攻してる私としては、調査に乗り出すのは当たり前のことです」
どうやら二人は、見た限り友好的とは言えない関係にあるようだった。ウィングはため息をこぼすものの、あまり相手にしていないようだが、シェミーは彼に敵対心にも似たものを抱いていた。それは、同じ遺跡を相手にする者として、歴史学者としてのプライドがあるからだ。
まして――
「危ないっ!」
もろくなっていた壁を崩して、突然アンデットたちが現れた。それも、シェミーの横にである。そんな彼女を抱きかかえて後方に跳躍したのは、他ならぬウィングだった。
「大丈夫ですか? シェミー」
「…………うぬぬぬ……あたしは、お前のそういうところが大っきらいだ!」
「は? 何を言って――っとっ!」
そう、まして――戦闘能力と十分な身長と頭脳。シェミーにはない三拍子をそろえたウィングに助けられると、シェミーとしては自尊心がズタズタなのである。それをつゆ知らず、ウィングは親切心で彼女を抱えたまま、スケルトンの剣を受け止めた。
――実際、彼が助けなければ危ないところだったのは事実であるが、シェミーにそんな道理は通用しない、ということだ。
「やっ……と、数が多いな」
皐月は、ウィングとともに光条兵器――には見えなそうなギターを振り回して戦っていた。見た目はアレですが、案ずるなかれ。ライトブリンガーで光の力を纏ったギターは、言わば伝説のギターと言っても過言ではない武器である。
……とどのつまり、鈍器として。
「でも、これだけの数があれば、十分なストックが作れそうですね」
「ストック? ってまさか……」
ウィングが対抗するスケルトンとゾンビに向けて、七日が不敵に微笑を浮かべた。アボミテーション――アンデットたちに与えられた畏怖は、主人を前にした狩猟犬のそれであった。逆らうことを許されない……いや、むしろ、従順な下僕としてお遣いすることが最良の喜びであるとさえ感じる意思コントロール。
「グアアァ……?」
「あ、あのゾンビたちがおとなしくなった……?」
朝斗たちの驚く声が示すように、アンデットたちは七日の忠実な僕と化した。とはいえ、やはり全てが従順となるわけではなく、一部のアンデットはなおもシェミーたちを敵と見なしていた。
「良い死体は、私の言う事を聞く死体だけです」
と、言うわけで――七日の指示に従う良い死体たちは、悪い死体たちを駆逐しようと動き出した。これぞプチ百鬼夜行である。
「カ、カオスだな、こりゃ……」
「でも、心強い味方です……ね!」
笑顔のひきつるシェミーのもとから飛び出たウィングは、煉獄斬――炎を纏った剣で敵をなぎ払う。次いで、片手から生み出される聖なる光がさまよえる死体を浄化した。
数だけなら大したことのある死体軍だが、それも七日の支配下に置かれてはどうしようもない。というか、七日の軍隊はそれを楽しんですらいるようだ。
「さあ行くのです下僕たち。進め倒せ蹴散らせ!」
「ウィング、援護します!」
「助かる、ファティ」
どこの独裁国家かと思しき七日死体軍と、ファティにパワーブレスによる援護を受けながら、素早い動きで次々とアンデットを屠り去ってゆくウィング。その敵を蹴散らす姿は、シェミーにとって不本意ではあるが、確かに“閃光の風”の異名を持つだけのことはあった。
やがて――七日の百鬼夜行部隊を除いて、アンデットたちは無事に駆逐された。
ウィングに助けられたということが面白くないのか……シェミーはあまり機嫌が良さそうではないが。
「シェミーさん」
朝斗やアリアの視線が、シェミーを自然と促す。自分たちはまだ護衛だから良いものの、ウィングは親切心で戦ってくれたのだ。それは事実である。そして、リュースとの二の舞になりたくないと、シェミーならば心の奥底で思っているに違いなかった。
「……あー、わかったわかった。そんな目で見るな」
剣を鞘に収めて戻ってきたウィングに、シェミーはしぶしぶ近づいていった。
「あー……」
「シェミー? どうしたんですか?」
「なんだ、その……あまりこういうのは苦手なんだが……あれだ……助かった。礼は言っとく」
ぶしつけに言われた言葉だった。しかし、いつもはつっかかってくるだけのあのシェミーから、そんな感謝の言葉が出るとは……。ウィングはしばらくきょとんとして驚きを隠せない。
「おい、なんか言え」
「あ、えっと……ええ、どういたしまして」
やがて、彼はにこやかに笑った。
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