リアクション
● 流水にように靡く黒髪があった。はかなげで、それでいて美麗たる姿。恐らくはきっと、この遺跡に住まう精霊的かつ超次元的な神々しい何か――なわけはなく、師王 アスカ(しおう・あすか)は楽しげに神殿の内装を眺めた。 「すご〜い! まさに遺跡って感じねぇ。ここに魔道書を持った神秘的少女がいるのね! 遺跡に彷徨う少女……うう〜ん! 創作意欲が沸いてくるわぁ」 「獣人すら近寄らない遺跡か……リーズ、元気にしてるかな……怒りっぽい子だったから無茶してなければいいがな……」 「あら〜ん、ルーツちゃんったら何? 誰よ、リーズってぇ〜。ふふっ、恋わずらい?」 「なっ……ベル! からかわないでくれ!」 「あーらら、照れちゃって、可愛い〜」 「あのなぁ…………てめえらっ、少しは緊張感持ちやがれ! 特に女悪魔! 俺はパーティの件、まだ許してねぇからな!」 探索中のアスカはまだ冷静だから良いとして、パートナーたるルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)とオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は、何やらリーズなる娘の話について盛り上がっていた。そんな彼らに、蒼灯 鴉(そうひ・からす)の喝が入ったのは、まあ仕方のないことだろう。 だが……気まぐれかつ気楽なベルが、そんな真面目なことを聞く耳など、持つはずなく。 「何よ〜、バカラスのくせに! このキス魔!」 「キス魔? 鴉はキス魔なのか?」 「誤解を招く言い方すんな!」 鴉が注意すると、ベルはぶーぶーと文句を口にし、ルーツはわけもわからず首をひねる。もう、しっちゃかめっちゃかである。とはいえ、そんな中でも、それが日常茶飯事なのか、アスカは探索を続けていた。 「魔道書の娘を見つけたら、新作の絵を描く為に是非絵のモデルになってもらわなくちゃっ」 気合を入れるアスカ。 それを尻目に、ベルと鴉はいまだに言い争っている。それなりに……彼女たちは今のところ平和であった。 ● 「うう……すっかり女の子同士のお出かけ状態ではないか」 「えー、嫌ですか? ……三成さん、こんなにかわいいのになー」 「あ、こら、頭を撫でるのはやめろ」 遺跡を歩む一団――その中において、黒髪のセミロングをくせなく垂らす少女は、自分の頭を撫でてくる手を振り払った。 が、その撫で撫でしてきた娘、東雲 いちる(しののめ・いちる)が哀しい顔をすると、真面目な性格が災いしてか、なぜか不条理な罪悪感に苛まれる。 私か、私が悪いのかっ!? 「うう……左近、どうしたらいい?」 誰かも知らぬ名を呼んで助けを請う石田 三成(いしだ・みつなり)。が、いつも抱いているきつねのぬいぐるみを見つめていたせいか、足もとがお留守になっているようだった。 「ああ……三成、ぼうっとしてたら階段に転んでしまうわ」 「うわっ……っと、あ、ああ……助かった。ありがとう、メアリー」 事実上、転びかけたわけだが、メアリー・グレイ(めありー・ぐれい)が手を差し出したおかげで、なんとか三成は難を逃れた。普段は厳しく謹厳なメアリーも、さすがに幼き少女――の見た目になってしまった不本意な戦国武将――三成には少なからず甘いといったところだろうか。 そんな、三成にとってなんとも気の進まない一団……その目的は、いまもどこかで探索を続けているであろうシェミーと同じく、噂の魔道書を持った少女であった。 「魔道書の娘か……なんか、前に似たような娘を見た気もするんだよな……」 ポニーテールを揺らすさばさばとした女――シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は呟いた。その容姿は、かの24時間マラソンを走りきった女王候補ミルザム・ツァンダと瓜二つであり、見る者の目をまず疑わせることが当たり前の日常となっている。 とはいえ……そんな見る者の認識を途端に覆させるのは、その性格にあった。いくらミルザムと容姿が似ていようと、その性格までは似ているわけではないらしい。むしろ、その男性的かつ直線的とでもいうべき性格は、ミルザムとは似ても似つかないといったところだ。 初めはその見た目に驚いた者も、ああ、なるほど別人なのね、とすぐに納得するのはそれ故である。――なぜか微妙にがっかりされるのは、本人的にはいかがなものかといったところだが。 いずれにしても、誤解が解ければなんということはない。彼女はシリウス・バイナリスタ。それ以下でもそれ以上でもないというわけだ。 「似たような……娘ですか?」 シリウスに返事を返したのは、東雲 いちる(しののめ・いちる)であった。彼女はきょとんとした顔をしており、言葉の意味を計りかねているようだった。 「いや……そいつもさ、確か遺跡に縛られたんだよな……。もし噂の娘がそうなら、何とか解決して自由にしてやりてぇなって思ってさ」 「……優しいんですね、シリウスさん」 「ばっ……恥ずかしいこと言うなよ」 いちるの素直な感想に、顔を赤くするシリウス。こうしていると、男っぽい彼女も、女性らしい部分が十分にあると分かる。その可愛らしい様子に、いちるは少しだけくすっと笑みをこぼした。 「ふふ……シリウスがそんなに赤くなるのも、珍しいですわね」 「リーブラ……お前まで笑うなよ。余計恥ずかしくなるじゃねぇか」 シリウスのパートナーであり、かの彼女とは対照的にかのティセラ・リーブラと瓜二つのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)は、いちるとともに、くすくすとシリウスにほほ笑んだ。 シリウスとは違って、リーブラの話し方は、ティセラとそっくりであった。物腰が柔らかく、落ち着き払った気風あるお嬢さまのような接し方を除けば、確かにそこにいるのはティセラだった。 だが――その僅かな一つ一つの動作には、確かに、彼女がオルタナティヴとしての証が刻まれていた。彼女がオルタナティヴとして生きていたことは、確かにティセラとは違った別個人としての印象を与えてくれる。 それに……彼女の柔らかい笑みは、どれだけ顔が似ようと、彼女だけにしかできぬ笑みであった。 「でも、本当に……その少女が何かに囚われているのなら……助けてあげたいですわね」 「ほんと……。それに、どうしてそんなところにいるのかってのも、気になるしねっ! 気になったらとにかく聞いてみるのが一番! これ、重要、ね」 篠宮 真奈(しのみや・まな)は、まさに彼女自身を表すかのような台詞をリーブラに返した。破竹の勢いとでも言うべきその単純さは、とにかく「気になったから」、もしくは「やってみたいから」に尽きる。 おとなしくしていれば可愛い、あるいは美人の部類に入るものの、猪突猛進なそのさまを見ては、そんな印象も薄れるというものだ。 だが――そんな彼女だからこそ、慕う者が数多くいるのもまた事実。 (思えば……私と真奈が出会ったのも、真奈の「気になった」がきっかけだったわね) 著者不明 エリン来寇の書(ちょしゃふめい・えりんらいこうのしょ)は、同じ魔道書かもしれない、噂の少女のことを思った。 もし魔道書であるなら――自分と同じように、これが外の世界や様々な友人と出会える機会になれば良い。希望的観測ながらも……エリンはそんなことを願った。 「……お、なんか変な音が聞こえてきたな」 「もしかしたら、噂の女の子が近いのかもしれませんね」 シリウスたちは、通路の奥から聞こえてくる残響のようなものに耳を傾けて、歩み足を急がせた。 ● 遺跡となれば、人の手がそう届かぬのは至極当然のことだ。そして、そうなればやはりこれも当然のごとく、そこに息づく魔物たちとは出会わねばならないだろう。無論――シャンバラで遺跡に入るということは、そんなことは覚悟の上であるが、それがこんな得体の知れないものだと、話はまた別だった。 「はぁ……なんでこんなとこいるんだろうなぁ、わし」 紅秋 如(くあき・しく)は深いため息をついた。 先ほどまで戦っていた魔物――アンデットの亡骸を見下ろす。その不気味な姿と、何より実体を持たないくせに動くという、理屈もへったくれもなさそうな存在性に、如の背中に悪寒が走った。 とかく、そう怖いものがあるわけでもない如だったが、幽霊的な類のものだけはどうにも苦手だった。恐怖というよりは、なぜ、こいつ動くの!? という風に頭がパンクを起こしそうになるのである。 もちろん、そんなことを表に出すことはまずないが……どうやらこいつはそれを承知の上のようだ。 「如、何をしてるんだ? 早く行くぞ」 「……ちと休憩ぐらいさせてくれよ」 すでに先へと歩み始めていた木月 楓(こずき・ふう)が、振り返って如を焦らせた。 そもそも、遺跡にやってきたのは、この美しい金髪を靡かせる、戦い大好き金狐獣人のせいだった。考えるということをまずしないこの獣人は、魔道書らしきものを持った少女の噂を聞くと、さも当然のように遺跡へと向かった。 ――如を引っ張ってゆくというおまけ付きで。 「いつまでも座っててもしょうがないだろ? それに、噂の女の子が他の人に見つかってしまうかもしれないし……出来れば、一番に見つけたいしな」 「……はいよ。んじゃ、行くか」 楽しげに喋る楓の希望を、そうそう無下にできないのは、自分がお人よしだからだろうか。 如は立ち上がって楓のもとまで向かった。 しかし、これほどまでに楓に興味を抱かせる少女がいったい何者なのか。少しばかり、興味が湧いてこないではない、如だった。 ● |
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