天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

未踏の遺跡探索記

リアクション公開中!

未踏の遺跡探索記
未踏の遺跡探索記 未踏の遺跡探索記

リアクション


第4章 真っ白の続き 2

「はぁっ!」
 気合の掛け声とともに、あまねく黒髪がさざ波のように靡いた。突きだされた光条兵器――“緋想”が、六黒の体を貫こうとする。だが、その瞬間、何かに気づいた緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は、咄嗟に後退した。
「うらあああぁぁっ!」
 野獣のような声と一緒に、銃弾が飛来したのだ。無論――弾のめり込むはそれまで陽子がいた空間であった。
「テメェら、わざわざこんなトコきて御苦労さまだなぁ。んじゃ、大人しく俺に食われちまいなっ!」
羽皇 冴王(うおう・さおう)が、碧血のカーマインを振り回して幾度となく引き金を引いた。獣そのものと言っても過言ではない狼の獣人は、まるで機関銃のように拳銃を巧みに操る。
 だが――それを上回る速さで、陽子の影から月美 芽美(つきみ・めいみ)が飛び出していた。
「なにっ……」
「獣人ね……なかなか、楽しそうな獲物だわ」
 自然と、芽美の唇が歪んだ。そのときには、すでに彼女の手から雷撃が疾っている。無数の線を結んだ電撃は、冴王へと迸った。
「ぐおっ……!」
 咄嗟に横へと飛んだが、電撃はすでに彼の肩を焼き払っていた。それでも、なんとか体勢を立て直す冴王。
「まっかせてっ!」
 続いて、芽美の間から飛び込んだのは迸る灼熱の炎であった。いや……それは拳だ。炎を纏った拳が、冴王にとどめの一撃を刺そうと迫る。
 が――それを阻むかのように、狂気の渦と投げ刃が混ざり合い、前方から襲い掛かってきた。
「……っ!」
 なんとか体を反転させて、炎の主――霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は地を蹴った。敵の動きはさることながら、透乃たちの連撃もそれに引けをとっていなかった。
 投げ刃を放った無弦は、にやりと笑う。
「力に惹かれて集まる業の深き者よ……ならばいっそ、ここで因果を絶つのも一つの慈悲よの」
「立て、冴王。おぬしはその程度で終わるものではないだろう?」
 無弦の背後に立つ六黒は、冴王を見下ろした。
「はっ……あったりまえだろうが。オレを誰だと思ってやがる……冴王様だぜっ!」
 軽口を叩いて、冴王は立ち上がるやいなや、再び敵へと突貫した。
 冴王には、敵を引きつけておいてもらおう。それよりも、自分は、やるべきことがある。六黒は、後ろにいる影に気づいて振り返った。
「やはり……おぬしとの戦いは避けられぬものかな」
「だろうな……そして、それも、これで終わらせてみせる」
 レン・オズワルドを前にして、六黒は横目でシグネットを見やった。それは、事前にシグネットに示していた、ある合図だった。途端――地中から蠢く声を発して這い出してきたのは、ゾンビとスケルトンのアンデット集団であった。
 邪魔はさせないとでもいうのか。
 六黒は、レンへと飛び込んだ。
「っ!」
 その速さは、まさに驚異だった。様々な能力を生かし、最大限にまで引き上げた速度は、冴王、そして芽美のそれをはるかに上回っている。だが、レンの目はそれをわずかな影として捉えていた。
「そこだ!」
 拳銃が咆哮する。が――
「なにっ……!」
「ぬああああぁぁっ!」
 まるで止まることを知らぬ暴走列車のように、六黒は突っ込んできた。連続して飛来する銃弾をまともに受けながらも、六黒は立ち止ることをしない。その理由は、気合の一閃を躊躇なく敵に与えることもあるが……彼の体に強化外骨格が纏われているからでもあった。
 魔鎧――葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が守る六黒の体に、傷をつけることは並大抵では出来ない。
「はあああぁ!」
 振りかぶられたギロチンが、レンの体を斬り裂いた。
「ぐっ……!」
 なんとか体を引いて致命傷は避けたものの、表面の皮膚は抉られてしまっている。レンはくずおれそうになるのを、なんとか持ちこたえた。
 しかし……それは六黒とて同じことだ。いかに強化された肉体だろうと、隙間から穿たれた肉の痛みは消えぬはずである。だが、六黒はわずかに顔を歪めただけで、まるで平気とも言わんばかりであった。
「なるほど、言うだけはある。……が、まだ軽い。一つ問うてやる。ぬしらは何を求め、何を背負い、何を為す?」
「何を求めるだと?」
「わしは、力を追い求めている。強さを、絶対的な強さをだ。だが、ぬしらは何を求めているという? 背負うものは何だ? 何を為そうとしているのだ?」
 六黒の問いは、まるで自分自身にも言い聞かせるようなものであった。期待と不安……彼の眼に、そんな光がふくまれている気がした。
 いずれにせよ――質問に答えられるのは、俺ではない。
「俺は、人の想いを、そこにある人の心を、教えてもらうだけだ」
「なに……?」
「答えは俺の中にはない。俺の役目は……ただ、語り継ぐことだけだ。だから、それを邪魔しようとするならば、俺はそれを、全力で阻止してみせる」
 六黒はしばし悠然とした顔でレンを見つめていたが、やがて彼が痛みをこらえて自分を見据えたのを待って、構えた。その唇がわずかにほほ笑みを形作っていたのは、彼自身にしか分からぬことだった。

 六黒とレンが対峙する頃、地中から現れたアンデットたちは、冒険者へと襲いかかっていた。
「こ、こわいよぉ……こ、こっちこないでえぇ……!」
「ふむ……」
 ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)のおびえた声を守るように、天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)は前面に出た。
 白髪を束ねた髪のもとで、しわがれた顔が覗いている。いかにも老人といった女性がアンデットたちを前に立ちふさがる。彼女たちに守られるシェミー自身は思わず危ないと叫びそうになったが、その心配はなかった。
「ひと思いに楽にしてやろうですじゃ」
 スケルトンたちの剣が老女を襲う。かに見えたとき、既に老女の姿は宙へと飛んでいた。その手に握られるは、炎を纏った剣である。
「ほっ!」
 気の抜けるような声とともに、老女の剣が敵を一閃した。炎によって威力を増しているだけでなく、ゾンビに至っては弱点と言える力である。
 動ける老女が次々とアンデットを狩ってゆく姿は、まあ、なんというか……異様とも見えた。
「うう……幻舟さん、よくあんなに戦えるなぁ……」
「まったく、アンデットぐらいでビクビクしないの」
 ドイツ系の美しい金髪を抱えてビクつくフリンガーに、パートナーのレナ・ブランド(れな・ぶらんど)が叱責した。
 そもそも、どうやらお化けや幽霊の類が苦手らしい。一応は空軍士官を目指す有能な少年だが、いかんせん、死者なんて得体のしれないものの前では無力だ。
「…………ん」
 ぽんぽんとフリンガーの肩を叩いて、如が深くうなずいていた。
 わかる、わかるぜといった彼の視線を、フリンガーも自然と理解した。ここに、お化け、幽霊苦手同盟が結ばれたということは、歴史的快挙であり――
「アホなことやってないで、ほら、来るわよっ!」
 レナはフリンガーに言い聞かせて、バニッシュ――聖なる光の魔法をアンデットに向けて放った。浄化の光がアンデットにぶつかると、彼らはまるで安らかな世界へと旅立つように消滅してゆく。
「うーん、レナちゃんに負けてられない! いっくよー!」
 同じく中衛でフリンガーたちを護っていた綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)は、はしゃぐような声で火術を放った。
 ギャザリングヘクスで魔力を増幅された燃え盛る炎が、ゾンビたちを包みこんで焼きつくす。こげるような音が微妙にしかめっ面にさせるが、有効なことには違いなかった。
「しかし……どんどん湧いて出てくるのじゃ。これは……元を断たねばならぬかのう」
「元を……?」
「つまり、あの不完全な死者蘇生だな」
 幻舟の声に疑問符を浮かべたフリンガーへと、彼の後ろで守られていたシェミーが答えた。彼女の目は、祭壇で祈る少女に向けられていた。
「あの祈りが……これを可能にしていると考えられるだろう」
「でも、それって……」
 榊 朝斗の目が、思わずみなの傍らにいた少女に移った。装丁だけの魔道書を抱える少女は、その視線に俯いて、答える口を持たない。
 朝斗と想像したことは、みな分かっていた。つまり、アンデット蘇生を止めるには、あの少女の祈りを止めなければならないということだ。それは、もう一人のコニレットを傷つけてしまう結果になるかもしれなかった。
 だが、シェミーは彼女に言った。
「知っているのだろう? シグネットを傷つけることもなく、これを止める方法を」
「…………」
「コニレットちゃん……」
 コニレットの手が、ぎゅっと強く握られた。アリアは、そんな彼女に思わず寄り添いそうになるが、正悟の手がそれを遮った。いまは、シェミーと彼女との邪魔をするときではない。
「コニレット……あたしがなぜお前に協力しようと思ったか、わかるか?」
「え……」
 唐突な言葉に、コニレットは顔をあげた。シェミーの不敵で悪戯めいたほほ笑みが、彼女を見つめていた。
「この天才歴史学者のあたしが協力するんだぞ。これは快挙だ。なぜそんなことをしようかと思ったかというとな……まあ、もちろんこの護衛の連中に説得されたってのもあるんだが、それ以上に…………お前が、自分の中身を探していると言ったからだ」
「自分の……?」
「そうだ。それはお前の歴史だ。お前だけの持っていた歴史を、お前は探そうとしていた。だから、手伝おうと思った。……ある意味、歴史学者としての仕事かもしれんな」
「…………」
「コニレット……歴史はな、それが真実かどうかは別の話だ。確かに、お前の歴史はああしてあの場所にいた。お前は歴史を見つけて、いま、自分がそれを否定するべきか迷っている」
 仲間たちの耳に入ってくるシェミーの言葉は、まるで彼女自身が、歴史学者としての信念を語っているよう思えた。いつもは幼いちびっ子にしか見えない彼女だが――いま、そこにいたのは、歴史学者シェミー・バズアリーだった。
「でもな……あたしはこう思っているんだ。重要なのは、歴史を知って、そして己がどうするかだとな。歴史は、未来までは作れん」
「未来……」
「未来を作れるのは、自分だけだ。お前は、どうしたい、コニレット?」
 コニレットは、自分の魔道書を見下ろした。
 装丁だけの魔道書。中身を破かれた、中身のない魔道書。中身を、もう一人の自分を探すために、自分はここまでやってきた。その目的は、こうして終わった。
 ――あとは、自分が何をしたいかだ。きっかけは、自分で作れる。そう……友達が教えてくれた。
「……“星”と“実”が、祭壇に置かれているはずです」
「あの星と実か?」
 シェミーの問いに、コニレットはこくりと頷いた。その目は、決意に満ちた色をはっきりと示していた。
「それさえ壊せれば、蘇生は終わるはずです」
 コニレットの言葉はつまり、その後の行動を指し示していた。もちろん、コニレット自身も、自ら動きだす意思を秘めて。
「大丈夫……レンさんや冒険屋の皆が一緒なんだから、何が起きたってへっちゃらですよ」
 ノアの励ましの言葉は、このときはとても、勇気をくれる気がした。