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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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「ファーシー、そろそろ始めたいのだが」
「あ、そ、そうね! お願いします」
 ダリルが言うと、ファーシーはかしこまって言った。……何となく、姿勢も正してしまう。
「ルカ、術具を」
「あ、うん、これね」
 根回しで用意して持参した術具を渡し、ルカルカは言う。
「ダリルはコンピューター特技もある技術科で専門家よ。安心して任せていいからね」
「う、うん……でも……」
 座席の下で脚を男性に触られるというのは――
「セクハラとは言わないが……」
「やっぱり、セクハラ、に見えますわ〜」
 静麻がちらりと振り返り、シーラもビデオを構えたままそんな感想を漏らす。この撮影は組み込みの様子を記録する為である。ちなみに、先程のハグ映像はファーシーが『大好きよ』と言っている所までで切った上で盲腸炎に送信済だ。
「そう、ちょっと恥ずかしい、かな……」
 他にもセクハラとか役得とか、そういう系の視線がちらほらと送られている気がするが、それを受け流してダリルは言った。
「先日は行けなくてすまなかったな。ルカの説得に命が危険だったので……」
「失礼ねぇ。踵落としの型をしただけよ?」
 光精の指輪から精霊を出して作業の手元を照らしながら、ルカルカは口を尖らせる。
「……直ってもルカに格闘は習うなよ。脚が説得の凶器になるからな」
 苦笑しつつ、ダリルは言う。剣の花嫁事件の折、ルカルカが自分を心配して残らせたことは分かっている。一時は封印されていたが、製造時から彼は変わっていない。
(当然、俺以外の記憶などはないが……、不安定になって”姿がルカ向けに変わる”ことを危険視したのだろうな)
 そう思う傍ら、ファーシーの脚の状態を確認して呟く。
「……電源は、上半身の動作で発電して貯める蓄電池を使うか」
 脚をいじられるのになかなか慣れないのか、まだ少し挙動不審ながら、ファーシーは言う。
「……そういえばわたし、誰かを沈めたことってないかもしれないわ。とどめさしたことはあるけど」
 沈めないでいいと思うよ? とどめもささないでいいと思うよ?
「とどめと言えば……」
 そこで、花琳がファーシーに近付いた。
「……実はね、ファーシーさん。私、ぱらみったーっていうので情報収集しているのだけど……」
「ぱらみったー?」
「地上のネットで流行ってるつぶやきツールのパラミタ版です。ファーシーさんも気が向かれましたら、どうぞ♪ 携帯からでも使えますよ」
「あ、うん……つぶやき?」
 ぶっちゃけて言えばついったなわけだが、ファーシーはよく分からないと首を傾げる。
「そこの情報を総合して、判ったことがあります。ファーシーさんは、先日の事件についてどこまで知っていますか?」
「え? えーと……太郎さんは捕まったのよね? あれだけ人数がいれば、逃げられなかったと思うし……」
 チェリーについては、持ち逃げされた筈のバズーカを仮面の男が何か知らないが持っていて、その後どうなったのかは知らない。でも、あの男もそう害がありそうには思えなかった。
「……もし、あなたが空京のデパート事件の顛末を聞く勇気と覚悟がおありでしたら……私が教えてあげましょうか?」
 声を潜めて言う花琳に、ファーシーは眉を顰めた。何か、怪しい。勇気? 『覚悟』?
 彼女は事件解決後、学園に戻ってからも日常のあれこれをやったりなんやかんやでニュースを見ていなかった。
「どういう……こと? 顛末って……何か、悪いことが起きたみたい……」
「ま、待ってください〜、それは……!」
 ティエリーティアが慌てて割って入った。これから謎の手紙の主に会いに行こうというのに、事件の事を知ったら混乱してしまうかもしれない。手紙の主の正体が分かって、無事にファーシーと仲良く話が出来たら……。事実を知らせるのはそれからでも遅くはない筈だ。
「ティエルさん」
 大地がティエリーティアの肩に手を置き、静かに、制止する意を込めて名前を呼ぶ。
「知るか知らないかより、知って受け止めた上でどうするか……。それが問題であることは分かりますよね」
「はい〜。でも、その上で言ってるんです。まだ……」
「大丈夫ですよ」
「え?」
「多少の取り乱しはあるかもしれません。でも、今のファーシーさんなら大丈夫です。俺は、そう思います」
「大地さん……」
「待って待って、2人も何か知ってるの? あの後の事……」
 ファーシーはそこで口を閉じた。全体的に、皆の中に沈鬱な空気が漂っているような気がする。花琳の台詞を聞いてというよりは、その後の大地達の会話を聞いての反応だ。全員ではなく、戸惑いの顔も見られるけれど――ほぼ間違いないだろう。『何か』があったのだ。
「……何が、あったの……? わたし、ちゃんと知りたいわ。それが、どんなことでも……」
「…………」
 その表情を見て取って、花琳はファーシーに言った。
「犯人の、山田太郎さんという方はお亡くなりになったそうです。追い詰められたその場で、刺殺された、と」
 もう、初めにつぶやいた人間を辿ることは出来ない。内容が内容だっただけに、りぱらみったーは行われなかった。皆、それぞれにぽつぽつとつぶやいていったのだ。最初の誰かは被害者だったのかもしれないし、デパートの店員だったのかもしれないし、噂を聞いた野次馬だったのかもしれない。だが、それ自体は瑣末な事だろう。もとより、彼の死自体は堂々とニュースで流れている。
「……刺殺……、死んだ、の……?」
 目を見開き、ファーシーは呆然と呟く。どこからも否定の言葉が発されないのが、その証拠。
 そういえば……と、空京での、モーナとの通話を終えた後のラスの様子を思い出す。何を言われたのかと問い詰めても、後で教えると口を割らなかった。結局、彼は朝までに学園に戻って来ずにそのまま聞きそびれていたが――それなら、言おうとしなかった理由にも合点がいく。
「そう……」
 それは、とても哀しいこと。
『どうして』。という問いに答えられる者は、きっといない。今、一緒にいるのは、チェリーを追いかけたか、元々あの現場に居合わせていなかった者達だからだ。
『殺したのは、誰?』。知りたい。何故殺したのか、本人から聞いてみたい。それはもしかして、自分の知っている誰かかもしれないから。だけど、それも今は叶わない。第一、知ったとして、わたしは何を言うというのだろう――
『わたしが、あの時に彼女を追いかけなかったら――』。それは、ただの驕り。また、結果論でしかない。結末が変わった保障など、何処にもない。
 沢山の疑問、思いが、浮かぶ。でも――
 全ては過去。
 わたしが出来ることは、何?
 少しでも関わりを持ったわたしが、今から、太郎さんに出来ることは、何?
 それは……
「……帰ったら、空京に行ってお弔いをするわ。前、皆の身体を埋めた時のように……太郎さんが、ちゃんと還れるように……」
 そうして、ファーシーは気付いたように携帯を取り出した。
「そういえば、ラスやピノちゃん達はもう帰ったのかな? て、あ……」
 電話はばっちり圏外であった。