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卜部先生の課外授業~シャンバラの休日~

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第四章 ツァンダ

「ここが、鬱姫さんの案内したい所ですか?」
少し当惑気味に、泪が尋ねる。
「……うん、そう」
俯いたまま、北郷 鬱姫(きたごう・うつき)は答えた。
「っていっても、普通の住宅街だよ、ここ。お店もないし」
ミルトも訳がわからないといった様子だ。
「私も……シャンバラに来てそれほど経っていないから……。あまり観光スポットとか知らないし……。日頃、散歩で歩いてるような所しか案内出来ないし……。でも……普通の場所だって……歩いてればいろんな発見が……」
鬱姫はもじもじしながら、消え入るような声でそう主張する。
「鬱姫様は、毎日ここを歩いてるんですか?」
美那の問いに、鬱姫は首を立てに振る。
「そうですかー。私、こういう所に来るの初めてなんです。毎日歩いてるのに、色々発見があるなんて、すごい所ですね!」
「……うん。私も、そう思う」
美那に褒められたのが嬉しかったのか、心なしか表情を明るくする鬱姫。
「それじゃ、行きましょうか!」
「……?」
「発見を探しに、です。私は初めての所ですから、取り敢えず面白そうなモノを探します。鬱姫さんは、お気に入りのポイントとか、いつもと違う所とかを、私に教えて下さい。あ、ほら!あそこのあのネコ、すごい可愛いですよ!」
「……うん!」
鬱姫の声は、いつになく元気だった。



「さ、さすがに、疲れましたね……」
「そうですね……」
鬱姫との散歩を終え、一行が次の目的地に着いたときには、ゆうに五時間は経過していた。
美那とペルラは互いに顔を見合わせ、力ない笑みを浮かべる。
「みんな、おつかれー!ずいぶんかかったねー。もっと早く着くって聞いてたから、待ちくたびれちゃったよー!」
目の前のケーキ屋から、元気よく飛び出してきたのは久世 沙幸(くぜ・さゆき)だ。
お店の制服なのか、大正時代に流行ったような和風のメイド服を着ている。スカートがやたらと短いのは沙幸のアレンジだろう。、千代紙模様に白のエプロンが可愛らしい。
「さぁ、みんな、入って入って!今日は貸切だよ!ここのチーズケーキすっごく美味しいんだよ!お店の人にお願いしていっぱい焼いてもらったから、どんどん食べてね!!」
「チーズケーキ!」
途端に目の色が変わる女性陣。
実際、ケーキは“外は香ばしく、中はしっとり”という絶妙の焼き加減で、さらに濃厚なチーズと控えめな甘さが、疲れた身体に心地良く染み渡って行った。



一行がケーキ屋についてから既に1時間。店内では気の合う者通しが集まって、談笑の輪が生まれていた。
美那の周りには“ツァンダについて聞きたい”という彼女の要望に合わせて、ツァンダに特別の思い入れのある生徒たちが集まっている。
「私の思い出の場所っていったら、やっぱりカルセンティンかなー」
何かを懐かしむような遠い目をして、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が言った。
「ここからずいぶん南の方にあるから、ちょっと行くのは無理なんだけどね。そもそも存在すら知られてない場所だから、ある意味究極の穴場よ!そこには、聖水が湧き出しているの」
「聖水って、悪魔払いなんかに使う、あの?」
「とりあえず、“呪い”によって引き起こされる傷に有効なのは確かなんだけど、まだちゃんと研究されたことがなくて、詳しいことは現地の人でも知らないみたい。まぁ、アレックスとサンドラは、その現地の人なんだけどね・・・ってあれ?アレックスが見当たらないわね」
言われてみれば、先程まで一緒に卓を囲んでいたはずのアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)の姿が見えない。
「あ、兄貴のことは気にしないでください。兄貴、里にちょっと後ろめたいことがあるんですけど、そのことに触れられるんじゃないかと思って逃げ出しただけですから」
「そ、そうなんですか?」
ちょっと心配そうな美那をよそに、サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)は話を続ける。
「カルセンティンは、地面を流れるエネルギーが発露する場所なんです。地球の言葉でいうと、“パワースポット”ですかね」
「里に伝わる話では、その力を利用してザナドゥに繋がる洞窟を封印してるそうなんですが、あまりにも古すぎて詳しいことは分からないんです……。聖水はその副産物なのかな。でも、効果はお墨付きですよ。と言っても、呪いなんて滅多に受けるものじゃないとは思いますけどね」
「えー、フィスはそのカルセンティンってトコ、全然知らないわよー。私はカシウナの方がいいなー!」
「フィス姉さん、その話はやめてよね!観光紹介じゃなくて、恨み節になるのが目に見えてるんだから!」
リカインが、すかさずシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の口を塞ごうとするが、時既に遅し。
「いい〜、美那ちゃん。間違っても、あそこの伊達乳義賊や猫改めトド娘は絶対に近づいちゃ駄目ですよ!なんたって天然危険物なんだから……」
と言いかけた所で、突然フィスが『バッ!』と身を翻し、サンドラの後ろに隠れた。
「ど、どうしたんですか!?」
「ううん。今、背後からものすごい殺気を感じたんだけど。気のせいだったのかしら〜」
フィスはしばらくの間、辺りを窺うように、せわしなく目を動かし続けていた。



「僕たちが一番思い出深い場所といえば、やっぱりあの鉱山かな」
榊 朝斗(さかき・あさと)が、傍らのパートナールシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)に語りかける。
「まぁ、朝斗ったら。あの『月雫石』の鉱山の話をするの?」
何か恥ずかしいコトでもあるのか、ほんのり頬を染めるルシェン。
「そこは、どんな所なんですか?」
早速、美那が食いついてくる。
「以前、ツァンダのある月雫石の鉱山に、3つ首のハイドラが現れてね。僕たち冒険屋ギルドも、その討伐に参加したんだ。その時の報酬が、鉱山から取れる月雫石だったんだよ。その月雫石をアクセサリーに仕立ててもらって、ルシェンにプレゼントしたんだ」
「これです」
首を横に向けるルシェン。その耳に、イヤリングが光っている。
「わぁー、ステキなイヤリング!もっとよく見せてもらってもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
ルシェンは片耳のイヤリングを外し、美那に手渡す。美那はそのイヤリングを、大事そうに両の手の平で受け取った。
「……すごい。不思議な色ですね。黄色でもないし、金色でもないし……」
引きこまれたようにイヤリングを見つめる美那。
「そもそも月雫石は黄水晶の別名なんですけど、加工すると、金色とも黄色ともつかない独特な色、『月色』になるんです」
「だから、“月の雫”なんですね!」
「ツァンダでは、古くからこの石を、恋人や結婚相手に贈る風習があるんだよ」
いつの間に帰ってきたのか、アレックスが美那に囁く。
「え!それじゃお二人は、ご結婚されているんですか?」
「いや、さすがに結婚はまだだけど……」
ブンブンと手を振って否定する朝斗。顔が真っ赤になっている。
「朝斗とは、もう8年以上の付き合いになりますけど、やっぱりこういう贈り物をされると凄く嬉しいです。いつでも大事につけてるんですよ」
「うわ〜、ロマンチックですね〜
「はいはい、ごちそうさま〜」
「なんか、このあたり急に温度が上がってない?」
「いいな〜!私も、そんなステキな人に、早く出会いた〜い!」
たちまち、美那やリカインたちから黄色い声が上がる。
頬を染め、美奈から受け取ったイヤリングをギュッと握りしめるルシェン。
皆にはやし立てられている間中、彼女の眼差しは、ずっと朝斗に注がれていた。