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卜部先生の課外授業~シャンバラの休日~

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第五章 タシガン

「気分はどうだ?乗り物酔いとか、してないか?」
「はい、大丈夫です。それほど揺れは酷くないですし、もう慣れました」
今日は5日目、タシガンへと向かう日である。離島にあるタシガンへの移動のため、美那は前日の夜から飛空艇に搭乗し、一夜を明かしていた。
「そうか。だいぶ酔いやすいって聞いてたから、心配してたんだが……。よかった」
閃崎 静麻(せんざき・しずま)は、美那の元気そうな様子に、安心した顔をみせた。
「結構、船が通るんですね」
「このタシガン空峡は、ツァンダとタシガンを行き来する交易船で賑わってるからな。交易は、飛空艇を始め元手は結構要るが、その分当たればデカイ。しかもここ数年、交易量は右肩上がりだから、新たに交易を始める人が多いんだ」
美那は真剣な顔で、静麻の話に聞き入っている。
「で、そのタシガン空峡なんだが、旅人にとって、モンスター以上の脅威が空賊だ。往々にして、モンスターより狡猾だしな」
「旅人……。ターゲットは、交易商だけじゃないんですね」
「察しがいいな。ま、誰かさんみたいにけしからん胸をしているようなヤツなんかは、色々と需要もあるしな」
慌てて、静麻の視線から胸を隠す美那。
だが、静麻はそんな美那には目もくれず、厳しい表情で周囲を見回している。
「ど……、どうしたんですか?」
その表情にただならぬ物を感じた美那が、声をひそめて尋ねる。
「いや。今、近くから強烈な殺気を感じたんだが……。気のせいか」
「近くって……、ここには私たちしかいませんよ?」
「廊下や窓の外にも、人影なし、か……」
素早く外を確認する静麻。
「閃崎様?」
「あ、あぁ。なんでもない。……まぁでも、“空賊=悪”って訳じゃないし、それしか生活する術を知らない奴等だっている」
「とにかく、このタシガン空峡は、東西が分裂している今では、国の力の及ばない危険な所だなん。旅する時は本当に注意しろよ?」
静麻の目は、それまでとは打って変わって真剣だった。



「ちょっと、いつまで乗ってるのよ!」
「イテェ!!」
押し潰された姿勢のまま、セイニィは、背中の上の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の顔面に、器用に肘打ちを食らわす。
「な、何すんだよ!」
「いつまでもくっつているからよ!イヤらしい!」
「何だよ!だいたい元はと言えば、セイニィがいちいちオッパイネタに過剰反応するからいけないん……」

ザクッ!

最後まで言い終える間もなく、唯斗の顔のすぐ横にカギ爪が突き刺さる。
「なんか言った?」
「いえ、なんにも……」
今二人がいるのは、美那たちがいる部屋の、屋根裏にあたる場所である。
タシガンに行くにあたり、一瞬足りともに美那から離れない方法を望んだセイニィが、護衛の中にいた唯斗に、飛空艇への潜入を手引きするよう要請したのである。
「だいたい、なんでアンタまでここにいるのよ!とっとと帰りなさいよ、うっとうしい!!」
蚊のささやくような小さい声に、器用に感情を乗せて、唯斗に文句をいうセイニィ。
「いや、イザって言う時に、手助けがある方が便利だぜ?現に今だってオレが止めなかったら……」
「止めなかったら、ナニ?」
「なんでもありません!」
鬼のような形相で睨まれ、思わずち縮こまる唯斗。

『唯斗は、いちいち一言多いんです』
魔鎧化しているプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が、唯斗にだけ聞こえるように言った。
エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は、唯斗がいつでも光条兵器を使えるよう、隣室に待機しているし、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は、飛空艇の周囲を警戒飛行しているはずだ。
『……せっかく、セイニィさんと二人きりなのに』
『お前がいるだろうが!』
『私は唯斗と一心同体ですから。それとも、私がいると恥ずかしいですか、唯斗?』
『ウルサイ!だいたい、オレはそんなつもりじゃ……』
「つーか、マジウルサイんだけど。アンタ、そろそろホントに死んどく?」
「スミマセン……」
“オレは、ただセイニィの喜ぶ顔が見たかっただけなのに……。ホント、なんでこうなるかなぁ……”
喉元に抜き身の刃を突きつけられながら、一人嘆息する唯斗だった。



「うわ……。あの森、真っ黒ですね。まるで夜の闇のよう……」
タシガンに入ってしばらくした頃、砕いた黒玉の粉で染め上げたような、一面真っ黒な森が現れた。
「あれは、『黒薔薇の森』です。吸血鬼の一族が棲んでいる、禁忌の地です」
その声に振り返ると、薔薇の学舎の制服を来た男子生徒が二人、立っていた。
「ようこそ、タシガンへ。薔薇の学舎のクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)です」
「初めまして。クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)と言います。今日は、ボクたち二人がタシガンの案内役を務めさせて頂きます」
「泉 美那です。今日一日、よろしくお願いします」
「美しい森ですので、できれば泉くんにも、散策など楽しんで頂きたい所なのですが……」
「美那さんみたいな素敵な女の子、あっという間に吸血鬼にされちゃうからね。今回は観るだけってコトで」
「そうですか……」
少々残念そうな美那。
「大丈夫、タシガンには、まだまだ観る所は沢山あるから。ね?」
クリストファーの涼やかな語り口と、クリスティーの優しげな物腰に、美那は好感を持った。

「あれが、タシガン領主の館です。五千年前に建てられたと伝わっています」
一行は、領主の館を望む小高い丘の上に来ていた。
「五千年前……。古シャンバラ王国の頃ですね?」
「うん。吸血鬼はものすごく長命だからね。この領主の館もそうだけど、古い時代の物が数多く残っている。でも、だからと言って、古い物だけがタシガンの魅力じゃないんだ」
「これから通る街の中もそうですが、五千年前の物と新しい物が入り混じり、渾然一体となって一つの美を作り上げている点。古今、明暗が違和感なく存在する所にこそ、目を止めて頂きたいです」
「はい♪」
どうやら、美那はタシガンの文化が気に入りつつあるようだった。

その後、女人禁制の薔薇の学舎を外から見学した一行は、街中の工房へと足を運んだ。
「タシガンの美術品、絵画や彫刻、衣類などは、ツァンダとの交易における主要な輸出品となっています」
美那は、クリストファーとクリスティーの案内を受けながら、熟練の職人たちが作り出す作品の数々を、目をキラキラさせながら見て回った。
家具、食器、貴金属、服飾と一通り見て回った一行は、続いてお土産を見繕い始めた。
こうした工房は完全受注生産の店も多いのだが、中には輸出用の既製品を売る店も存在する。また、セミオーダーという感じで、その場で客の要望を聞きながら短時間で商品を仕上げてくれる店も多かった。
美那は始め、タシガン風の黒と赤を基調とした、飾りの多いドレスをお土産にしようとしたが、これは仮縫いの段階で何回か通わないといけないため、泣く泣く断念。
散々迷った挙句、クリストファーとクリスティーの勧めもあり、黒薔薇の森を思わせる、ジェットを嵌め込んだネックレスを買い求めた。
美那の豪奢なスタイルによく似合う、大粒のジェットだった。
自分の選んだネックレスを身につけ、着飾って舞踏会に出席する美那の姿を思い浮かべ、クリスティーは、ちょっぴり残念に思った。



「もう、船に忍び込むのは辞めたのか」
タシガンからキマクへと向かう飛空艇。
その飛空艇から程近い所を並んで飛ぶ、小型飛空艇ヘリファルテ。
そこに、セイニィと武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の姿があった。
「よう、元気にしてたか?」
「……なんで、アンタがここにいるのよ」
「なんでって、オレも美那の護衛だからな。お前が、美那にしょっちゅう殺気を孕んだ視線を送ってるから、少し注意しとこうと思って」
「クッ……!」
瞬時に顔を真赤するセイニィ。今にも飛びかからんばかりの勢いだったが、すんでのところで自制した。
今朝方、唯斗に散々注意されたのが、何気に効いているのかも知れない。
「……フン、そうやってバカにしてればいいわ。アンタなんかにアタシの気持ちなんて、分かる訳ないんだから」
「確かに、分からんさ。自分の魅力を認めようとしないヤツのコトなんか」
「え……?な、ナニよ、それ……」
「オレは、セイニィがいい」
牙竜の直球に虚を突かれ、思わず言葉を失うセイニィ。
「オレは、美那や泪先生なんかより、セイニィの方がいいな。ほら、ワンピース来て前かがみになった時に、見えそうで見えない、あのもどかしさ!」
「……え?」
「真の色気とは、チラリズム!その良さを最大限引き出すには、セイニィ位の大きさが最適――」

「バカーーーーっ!!」
ゴスゥッ!!

飛空艇の上という不安定な状況を物ともせず、天高く舞い上がるセイニィ。空中でひねりを加えた必殺の飛び蹴りが、牙竜の顔面にめりこんだ!
『青(い)年(頃)の主張』に我を忘れ、完全に無防備だった牙竜は、一撃で意識を失った。

「ん……?あれ、ここは……?」
「気が付きましたか?」
ひどく痛む後頭部を押さえつつ、牙竜は体を起こした。
泪が、ホッとした顔で立っている。
「飛空艇の、医務室ですよ。セイニィさんが、運んできたんです」
「セイニィが……?」
「喧嘩でもしたんですか?彼女、涙ぐんでましたよ」
「な、涙って、そんな……!?オレは、“セイニィが好きだ”って言っただけだぜ!そしたらセイニィが――」
「セイニィさんのこと、どんな風に“好きだ”って言ったんですか?」
「どんなって……」
促されるまま、一部始終を話す牙竜。
聞き終えた泪は、大きくため息を吐くと、“やれやれ”という顔で口を開いた。
「牙竜さんの言い方じゃ、“セイニィさんが好き”なんじゃなくて、“セイニィさんの胸が好き”としか聞こえませんよ。それじゃ、タダのヘンタイです」
「え゛……?」
「だいたい、体型のことを気にしてる女の子を、まず体型から褒めようっていうのがそもそも間違ってます。そう言うのは、もっと親密になってからでないと。確か、牙竜さんとセイニィさんってまだ、ただの『おトモダチ』なんですよね?」

ガーン!!

泪の何気ない一言に、ガラスのハートを粉々に砕かれる牙竜。
「そ、ソウデス……」
「牙竜さんみたいに、真っ直ぐに自分の思いをぶつけるのも男らしくていいですけど、相手はオンナのコなんですよ。」
「セイニィさんって、ちょっと乱暴な所があるんで分かり難いかもしれませけど、本当はとっても傷付きやすいんですから。そこは男性の牙竜さんが気を使ってあげないと。ね?」
「……はい」
これ以上無い位小さくなって、頷く牙竜。『穴があったら入りたい』の見本にしたい位、情け無さがにじみ出ている。
「そんなに落ち込まなくても、大丈夫ですよ。セイニィさんね、あなたが目を覚ますちょっと前まで、ずっとあなたに付き添ってたんですよ、『私のせいだから』って。いくら自分のせいだっていっても、キライな人にずっと付き添ったり、しないと思います」
「え……、ほ、ホントですか!それ!」
「本当です。だから今度あった時、ちゃんと謝って、それから誤解を解けば大丈夫ですから」
「は、ハイ!」
「まず最初に謝って。誤解を解くのは、ちゃんと許してもらってから。分かりましたか?」
「ハイっ!オレ、セイニィを探してくるぜ!!」
ベッドから飛び起きて、全力で駈け出していく牙竜。
「やれやれ、世話の焼ける生徒さんですね」
“良かった。いつもの牙竜さんに戻って”とホッとする泪。
とは言いつつも、あっという間に小さくなっていく牙竜の後ろ姿に、一抹の不安を抱かずにはいられない泪だった。