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リアクション
第十一章 温泉狂詩曲
本夕刻。
“バカが女湯を狙っている”との、匿名の情報提供者からのリークを受けた卜部泪は、直ちに女性陣を召集し、臨時対策本部を設置。協議の上、一つの作戦を立案した。
痴漢が最優先に狙うであろう、美那を始めとする『たわわ』組を餌に、敵をおびきよせ一網打尽にしようというというのである。
『乙女の鉄槌作戦』と名付けられたこの作戦は、厳重な情報統制の元、秘密裏に実行に移された。
カポーン――コーン――
「大丈夫!今度はちゃんと、女湯ですよ♪」
「……誰にしゃべってるんですか、泪先生?」
「ううん、なんでもないです。ちょっと独り言♪」
「ふぅ〜、いいお湯ですね〜」
ペルラ・グリューブルムは、ゆっくりと手を前後に動かし、身体にお湯をかけている。
「温泉なのに、お湯がこんなに透き通ってます♪」
そう言って、湯を両手ですくう美那。
「この温泉にはミネラル分が豊富で、美肌効果もあるのよ」
自ら温泉作りに携わったルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、効能を説明する。
「ルカさん、それホント!じゃ、ゆっくり入らなくっちゃ♪」
「あれ、先生、もしかして、そろそろお肌の曲がり角とか?」
「……ルカさん?」
「スミマセン……」
「先生、そんなの気にするコトないですよー。こんなに綺麗なお肌なのにー!」
「女性は仕事を持つと、色々大変なんですよ。ちょっと気を抜くと、すぐお肌に出るんですから」
「先生は、人の前に出るお仕事ですものね」
「そうです。それに“自己管理ができる”ということが、“社会人の最低条件”ですからね」
「あれ……?ルカ様、どうしたんですか?私の顔に、何かついてますか?」
美那は、じーっと自分を見つめるルカの視線に気づいた。
「もしかして美那って、着痩せするタイプですか?」
「え!ウソ!そ、そそそそ、そんなに太ってますか!?た、確かに、最近ちょっと美味しいモノ食べ過ぎてますけど、でもその分運動もしてますから大丈夫だと――」
「ううん、そういうのじゃなくって、胸……」
「ムネ……?」
「ちょっと、失礼」
ルカは、やおら立ち上がって美那の後ろに回ったかと思うと、両手を美那の前に回した。次に、ロケットのように突き出した彼女の胸の下に両手を差し入れると、そのまま持ち上げた。自然と、美那の胸がルカの両の手のひらに乗る形になる。
「ひゃん!」
お湯から出た拍子に、美那の二つの膨らみが、『たゆん♪』と揺れた。
「ま、負けた……。結構、自信あったのに……」
ガックリと膝をつくルカ。
俯いたまま握りしめた拳をプルプルとさせているあたり、何気に相当ショックだったらしい。
落ち込むルカを見て、さりげなく自分と美那を比べる泪。
「や、やるわね、美那さん……」
「大切なのは、大きさじゃなくて、形です」
「あ、あら、ペルラさん。もしかしてそれは、私に言ってるのかしら?」
「いえ、別に。でも、先生も色々と曲がり角らしいですから」
ピクッ!
泪のこめかみに、青筋が走る。
「あ、あの……。先生も、ペルラ様も、もうこの話題は終わりにしませんか……」
だがこの状況で、美那の静止が聞き入れられるはずもない。
たちまち、女のプライドを賭けた戦いが勃発した。その結果――。
『張り』『形』『サイズ』
この三冠を達成した美那が、見事『最強』の称号を手に入れたのであった。
“目標を補足撃滅する”という大任を拝命したセイニィは、いつ敵の襲撃があっても良いように、その隣の浴場(今は表向き『準備中』ということになっている)で待機することになっていた。ところが――。
「まったく、少しは静かに出来ないのかしら、あの『ちちうし』ども……」
セイニィは忌々しげに、女湯の方に視線を向けた。
女湯の方からは、
『えーい!この胸がいけないのよ、この胸が!』
『きゃん、やめてください、ルカさぁん!あ、やぁん、だ、ダメです、先生まで!ペルラさん、そんなトコつかんだりしちゃあ……』
などという、“覗いてくれと言わんばかり”的な、黄色い声が聞こえてくる。
「まぁまぁ、隣は隣。こっちはこっち。せっかくの温泉なんだもん、楽しもうよ♪」
朝野 未沙(あさの・みさ)は、そうセイニィに笑いかけた。
任務の遂行を最優先するセイニィは、始め入浴するつもりはなかった。それが、である。
『お風呂には入りたいんだけど、あのメンバーと一緒に入るのはさすがに気遅れてして……。お願い!セイニィさん、一緒に入って!マッサージしてあげるから!』
と未沙に頼み込まれると、
『しょうがないわね……。アンタがそんなにいうんなら、入ってあげてもいいわよ』
と、ついいつものツンデレ癖を発揮。
結局、一緒に入ることにしてしまったのである。
「何言ってるの、アンタは遊びかもしれないけど、アタシは仕事なんですからね!」
「ひどい、セイニィさん。遊びだなんて……。あたしは、本気だよ」
さっきまで、セイニィの肩から腕にかけてをマッサージしていたハズの手が、いつの間にか、セイニィの脇へと移っている。
「セイニィさんの肌って、とってきキレイ。しなやかで、柔らかで……。妬けちゃうな、アタシ」
「ちょ、ちょっとナニを――」
未沙のただならぬ雰囲気に、身の危険を感じるセイニィ。だが、未沙の手は既に、セイニィの脇をすり抜け、前へと回っている。
「あたし……、セイニィさん位のおっぱい、大好きだよ。可愛いくて」
前に回った手が、セイニィの身体をさわさわとなでていく。
「や、やめ、ダメ……!」
『ナニ、このコ!百合女だけだと思って、油断したわ――!』、
「おっぱいが小さい事を気にして恥らってるトコなんて、可愛すぎて襲いたくなっちゃう」
『もう襲ってんじゃないのよ!!』
と冷静にツッコミを入れられるのは頭の中だけで、実際の所は、緊張と動揺のあまり彼女をはねのける事も、声を上げる事もできない。
『だ、ダメ……、こんなの……。こ、このままじゃ、アタシ……!お願い、お願い誰か――』
その“誰か”の顔が、脳裏に浮かびかけた、その時。
ドタドタドタッッ!!ガラガラッ!!
「セイニィ!無事か!!」
「おのれ、痴漢!このリュウセイガーが、引導を渡してくれる!!」
突然荒々しい足音と共に、紫月 唯斗と武神 牙竜の二人が、浴場に乱入してきた。しかも今の今まで風呂に入っていたらしく、二人ともタオルを腰に巻いただけという、ほぼ全裸に近い格好だ。
「「な――!!」」
あまりの事に、絶句するセイニィと未沙。羞恥のあまり、二人とも、顔どころか身体まで真っ赤になっている。
「なんだ?二人だけか……」
「てっきり、痴漢かと思ったのだが……。大丈夫か、セイニィ」
二人の問いかけに、壊れたあやつり人形のようにカクカクと首を縦に振るセイニィ。
「な、なんでアナタたちがここに……」
思わず、疑問を口にする未沙。外に聞こえるような音は、一切立てていないはずだ。
「こんなコトもあろうかと、一緒に飛空艇に潜入した時、セイニィの身体に超小型の生体センサーを仕掛けておいたのだ。セイニィの動悸、脈拍などの数値に異常が現れると、俺の端末に、すぐさま警報が届く仕組みになっている」
「しかし、何もいないじゃないか。長湯のせいで、誤作動したんじゃないのか?」
「いや、しかし、少々長湯した位で、これほどの数値になるはずは無いんだが……」
「まぁ、何事もなくてよかったぜ。……ところで、セイニィ?」
「な、ナニ!?」
牙竜の呼びかけに、飛び上がらんばかりに反応するセイニィ。
「なんで、水着来たまま風呂に入ってるんだ?マナー違反だぞ」
実は、痴漢が出たときすぐに対処できるように、セイニィは、水着を来たまま入浴していたのだ。それは、未沙も一緒である。
「朝野、お前もだぞ!だいたい、準備中の風呂に入るなんて、どうなってるんだ?そりゃ、今の女湯に入りたくない気持ちも、わからんでもないけどな……」
うんうん、と頷く唯斗。
「……てけ」
「ん?なんだセイニィ?何か言ったか?」
「今すぐ出てけー!!」
あまりの剣幕に、慌てて浴場を飛び出す二人。遅れて、未沙も飛び出して来たが、こちらは声をかける間もなく、走り去ってしまった。
「セイニィも、水着を見られたくらいで怒ることないだろうに」
「あぁ」
まるで、訳がわからない二人だった。
「あれー、クド。女湯覗きに行くんじゃなかったのか?」
「あー、ちょっと飲み過ぎたから、パス」
「周は?」
「お、俺も……うぇっぷ!」
「友だの同志だのとムダに盛り上がって、お酒飲みまくるから……」
「真のバカだな」
こうして、図らずも敵軍の自滅という形で、『乙女の鉄槌作戦』は、幕を閉じたのであった。
一方その頃、スタッフルーム――。
「では、『泉 美那』が東側のスパイである可能性は、極めて低いと?」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)にそう問いただした。
「はい。今のところ、彼女が我が教導団領内で、不審な行動を取った形跡はありませんわ。また、我々の監視に気づいた様子もありません」
「彼女の同行者にも、スパイの疑いがありそうな人物は見受けられません」
島本 優子(しまもと・ゆうこ)が、クレーメックに資料を提出する。
その資料を手早くめくっていくクレーメック。
「聞き込みの方は?」
「これまでの旅で、疑わしい行動を取ったという事実はないようじゃ。他の参加者の裏も取れておる」
マイクロバスの中で美那の話し相手を務めていた、天津 幻舟が答える。
「僕も話を聞いていましたが、心証を言わせてもらえるなら、明らかに彼女“シロ”です」
ゴットリープ・フリンガーがそう付け加える。
彼は、あらかじめクレーメックに対し、『自分は心情的に言って、この任務には消極的です』と明言していた。だが、だからといって、私情で判断を鈍らせるような人物では無いことは、クレーメック自身が一番良く知っている。
「では、我々の見込み違いだったということか?」
そう言いながらも、クレーメックは内心、美那がスパイでは無かった事に安堵していた。
美那が、シャンバラ一周旅行の一環としてヒラニプラに立ち寄るという話を聞いたとき、上層部に、彼女の内偵を上申したのは、クレーメック自身である。彼女の姉、泉 美緒が西シャンバラの百合女の生徒であるというのが、その理由だった。
もっとも、クレーメックたちもそれだけの理由で、頭から美那がスパイだと決めてかかっていたわけではない。
どちらかというと、“念のため”という意味合いが強かった。
実際、本人を目の当たりにしてからは、『出来れば、思い過ごしであって欲しいが……』という気持ちがどんどん強くなっていたのである。
「いえ。まだ、一概にそうとも言い切れませんわ」
和らぎ始めていたその場の空気が、三田 麗子(みた・れいこ)の声で、一瞬にして張り詰める。
「どういうことだ?」
「スパイの嫌疑自体は晴れましたが、彼女には、まだ不審な点があります」
「不審とは?」
「はい、彼女が、“泉 美緒の妹だ”という点です」
麗子は、そこで一度言葉を切ると、手元の資料を皆に配った。そこには、麗子が独自に調べらしい、不審点が列挙されている。
「まず、姉である美緒が、これまで自分に妹がいることについて全く触れていない事が一点。彼女の周辺の人物で、彼女の口から妹の存在について聞かされてた人は、一人もいません」
「でも、美緒さんが、その事実を知らないという可能性もあるわ」
優子が疑問点を口にする。
「それならば、“美那が美那の妹である”という事実を公表する前に、まず美緒に連絡を取るのが普通の対応でしょう」
「美緒が、故意に隠しているというのはどうじゃ?」
「その可能性はありますが、その場合、美那と美緒の間にはなんらかの“確執”があることになります」
「何故ですか?」
「美緒が隠したがっていることを、あえて公表する訳ですから」
「続けて」
クレーメックは、厳しい顔をしている。
「なお、美那本人は『色々と事情があって、もう何年も姉とは会っていない。これまでも何回か面会を試みてきたが、全て不振に終わった』と周辺に話していますが、これも、確執が存在する状況証拠の一つになります」
「後一つ、今回の旅が始まってから、泉 美緒と全く連絡が取れないのも気になります」
「全く?」
「はい。百合女の“同志”に確認をとりましたが、この10日ほど、彼女を学内で見た生徒は一人もいないそうです。また、崩城 亜璃珠を始め、美緒の友人が何人か、彼女と連絡を取ろうと試みましたが、いずれも失敗に終わっています」
「以上の情報から、泉美緒と美那の間には、なんらかの秘密があると考えて間違いありません」
「確かに……調べてみる必要はありそうだな」
クレーメックは、心を決めた。
「よし。監視は引き続き続行。幻舟とゴットリープは、彼女と美緒との関係について聞き込みを。麗子は、“同志”に美緒の行方を探させろ。私は、彼女と卜部 泪との関係を探ってみる」
「卜部先生?」
「いや。彼女が、卜部 泪の課外授業に参加した経緯が、少々気になってな。地球から上ってきたばかりの彼女が、卜部 泪と懇意の間柄というのは、ちょっと考え難い。とすれば、そこに何らかの力が働いていることになる」
「なるほど。道理じゃな」
「とにかく、だ」
そこで言葉を区切り、『パンッ!』手を叩くクレーメック。皆の視線が、彼に集まる。
「彼女と美緒の間に秘密があり、あるいは彼女の背後に何からの“力”が働いているとしても、だ。少なくとも現段階で、彼女が我々の敵である可能性は、限りなく低い訳だ」
クレーメックのその言葉に、一同の表情が明るくなる。
「気が楽になったところで、各員、鋭意情報収集に励んでくれ。『情報を制するものは、世界を制する』だ」
「了解!」
一糸乱れぬ敬礼を交わす六人。
どうやら、彼らと美那の付き合いは、まだまだ長くなりそうだった。
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