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卜部先生の課外授業~シャンバラの休日~

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第十ニ章 待ち伏せ

「この間の雨は、だいぶ激しかったようね」
「あぁ。この山でも、ずいぶんがけ崩れや落石があったのだ。道に落ちた石をどかすのは、随分と骨が折れたわ」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、セイニィと共に、先行偵察を行っていた。
温泉から空京へ抜けるには、いくつか山を越えなくてはならない。見通しの悪い山道が続くため、警戒は厳重に行う必要があった。
「ちょっと、あれナニよ!」
グロリアーナの前を歩いていたセイニィが、声を上げる。
見ると、巨大な岩が、道を完全に塞いでいた。
「一昨日落石の除去作業を行った時には、あんなモノはなかった。昨日、新しく落ちてきたものに違いない」
「どっちでもわよ、そんなの。とにかく、どかさないと。応援を呼びましょう」
「そうだな。この量を二人というのは、さすがに骨が折れる」
携帯を取り出し、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)に連絡をとろうとするグロリアーナ。だが、携帯は圏外になってしまっている。
「おかしい。ここは携帯が使える場所のはずだ」
明らかな異常事態に、思わず顔を見合わせるグロリアーナとセイニィ。

「……!危ない!」

一声叫んで、グロリアーナを地面に引き倒すセイニィ。
さっきまでグロリアーナが立っていた所に、泥がはね上がる。
『狙撃!?』
グロリアーナは、瞬時に状況を理解した。
さらに二度三度と、地面に銃弾が突き刺さる。二人は泥まみれになりながら、転げるように岩の陰に隠れた。
「待ち伏せね……。どっからか分かる?」
「いや、音からすると、比較的遠くからのようだが、音が反響して……。ローザがいれば、もう少し詳しいことが分かるのだろうが」
「これじゃ、知らせに戻るのも無理ね……」
敵は、一定間隔で狙撃を繰り返している。こちらを、ここに足止めする気だ。
「ここまで周到に準備している相手だ。今頃、あちらも襲われているだろう」
「お互いに、自力でなんとするしかないってコトね」
「そういう事だ」



果たして、グロリアーナの読みは当たっていた。
美那たちの乗るマイクロバスが狙撃され、先頭の一台がタイヤを撃ちぬかれ擱座。元々車が通り過ぎるのがやっとという細い山道だから、こうなると身動きが取れなくなる。
こうして動きを封じられた所に、隠れていた機晶姫が襲いかかってきたのである。
戦いは、大混戦となった。

「見つけたわ、ジョー!右斜め上よ!」
「こっちも見つけたぜ」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は、敵の殺到するマイクロバスからいち早く離れ、山の斜面に移動していた。
敵の狙撃手の場所を確認し、逆に狙撃しようというのである。
「この距離じゃ、ライフルは無理だわ」
「なら、コイツの出番だな」
そう言ってエシクは、アンチマテリアルライフル型の光条兵器の設置を始める。
通常のライフルとは異なり、これほど大きくなるとを抱えて撃つのは不可能だ。
しかし、ここで問題が発生した。
正確な狙撃を期すためには、銃を水平に設置する必要があるが、ここは山の斜面である。
もし十分な時間があれば、山肌を削ってでも水平な地面を作り出すところだが、今そんな余裕はない。
「仕方ない、ローザ。こうなったら、私がコイツを担ごう。無理やり銃架を使うより、まだ安定するだろう」
「スポッター無しか……キツいわね」
スポッターは観測手ともいい、狙撃手のサポートするのが役割である。今回のような慣れない環境下での狙撃には欠かせない存在だ。
剣戟の音が、すぐそこまで迫っていた。いつの間にか、敵が近づいてきているらしい。悩んでいる時間はなかった。

「そいつを、担げばいいんだな?」
突然低い女の声がしたかと思うと、背後の木陰から呂布 奉先が現れた。
彼女の後ろには、方天画戟で串刺しにされた機晶姫が転がっている。
「敵を追ってここまで来たら、アンタたちの声が聞こえたんでね」
そう言って、奉先は、マテリアルライフルのそばにどっかと腰をおろす。
「どうすればいいか、教えてくれ。銃は専門外なんでね」
どこか照れくさそうに言う奉先。
「ありがとう!ジョー、スポッターをお願い!」
「わかった。一撃で仕留めるぞ!」
すぐさまローザとエシクは作業にとりかかった。



「護様、後ろです!」
美那の切迫した声に、天海 護(あまみ・まもる)は、後ろも振り返らずに、しゃがみ込んだ。頭の上を、機晶姫の剣が通り過ぎる。
「コイツ!」
護に襲いかかった機晶姫に、天海 北斗(あまみ・ほくと)が横合いから突きを入れる。
その突きを、機晶姫は華麗にステップを踏んでかわす。
護は振り向きざま敵の足に斬りつけるが、機晶姫はこれをトンボを切ってかわした。
機晶姫は、立て続けにバク転して距離を取ると、剣を構え直す。
「コイツ……、強い」
護の頬を、汗が流れ落ちた。
護と北斗は、敵に包囲されたマイクロバスから美那を連れ出すと、彼女を守りつつ走った。
美那を、少しでも戦場から遠ざけようとしたのだが、その逃げた先に、一体の機晶姫が待ち受けていたのである。
この機晶姫は、明らかに上手だった。数の上では2対1なのに、護たちの方がジリジリと押されている。
しかも機晶姫は、疲れるということを知らない。同じように機械の身体を持つ北斗はともかく、生身の護には分が悪い。しかも、病身の護には、体力的に不安があった。
「兄貴、大丈夫?」
北斗が、護に声を掛ける。
「コレくらい、平気さ」
護は強がってみせるが、早くも息が上がっている。
「兄貴。いざとなったらオレがアイツを足止めするから、兄貴は美那と一緒に逃げてくれ」
「北斗……」
「兄貴に拾ってもらったあの日、誓ったんだ。俺が兄貴を守るって。大丈夫。俺は、また修理してくれればいいから」
その目に、迷いはない。
『そんなコト、出来ない!』
そう叫びだしたいのを、護はぐっとこらえた。
今の自分には、美那さんを守るという使命がある。
「わかった。必ず、迎えに来るから」
「わかってるよ」
そう言って、北斗は一気に敵との距離を詰めた。
護は、美那の方へと走る。
だが機晶姫は、北斗が横薙ぎにした剣を転がってかわすと、そのままの勢いで前に跳んだ。
その剣の先に、美那がいた。
「美那さんっ!」
護が美那目がけてジャンプするが、間に合わない。
美那の胸へと、吸い込まれるように近づいていく機晶姫の剣。その剣が、宙に舞った。

「やらせんっ!」
エクス・シュペルティアの光条兵器から放たれた光の刃が、機晶姫の剣をはじき飛ばしたのだ。
さらに宙を飛んでいた機晶姫の身体が、まるで見えない手に掴まれたように、空中でピタッと止まった。
紫月 睡蓮が《サイコキネシス》で、一瞬だけ機晶姫の動きを止めたのだ。
宙に浮かぶ機晶姫のすぐ目の前を、護の身体が通り過ぎる。
美那を突き飛ばした護は、咄嗟に彼女を抱き抱えた。二人は、滑るように地面を転がっていく。
再び動き始める機晶姫。そこに、踵を返した北斗が突進する。
「うおおおおっ!」
剣を失った機晶姫が、受身を取って膝立ちになった所を、北斗の剣が刺し貫いた。
金属のひしゃげる音と、衝撃が北斗に伝わる。
機晶石を破壊された機晶姫は、二、三回、激しく痙攣した後、動きを止めた。



「本当に、野良なのか」
エシク・ジョーザ・ボルチェが、機晶姫の検証を終えたクレーメック・ジーベックに尋ねた。
「所属を示すようなものは、何も無い。だいぶ汚れもひどいし、整備もされていないように見える。正確なことは技術科にでも持ち込んでみないと分からないが、その可能性は高いと思う。
「でも、野良にしては、よくできた作戦だったわ」
ローザマリア・クライツァールも、腑に落ちないといった感じだ。
「確かに、あの引き際は見事だった」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが付け加える。
結局、ライザたちを狙撃していた敵は、ひたすら足止めの狙撃を続け、牙竜と唯斗が増援に来ると、何もせずに撤退したのだった。
「野良機晶姫でも、知性は普通の機晶姫と変わらないんです。あり得ないことじゃありません。ただ――」
そこでシャーロット・モリアーティは口を噤む。
「ただ、なんだ?」
「美那さんを襲った機晶姫が、目の前の北斗さんを無視して、美那さんを狙ったというのは、ちょっと気になります」
「誰かの、差し金だってぇのか?」
腕組みをしたまま、クドが言う。
「ともかく、調べてみないことには、なんとも。もっとも、調べても物証が出なければ、お手上げですけど」
「よし、後の事は我々に任せて、君たちは先を急いでくれ。また新手が来ないとも限らん」
クレーメックに促され、一行は迎えの車に分乗してその場を離れた。幸い、それ以上襲撃に遭うこともなく、一行は国境を超えた。