蒼空学園

リアクション

第七章　地の下の脅威

砂漠の夜は、寒い。
日中５０度近くまで上がる気温は、日が暮れると一転、氷点下にまで下がる。
防寒着を着ていても、寒さがウィング・ヴォルフリート（うぃんぐ・う゛ぉるふりーと）の体温を、容赦なく奪っていく。
ウィングは、レッサーワイヴァーンを駆り上空を警戒していた。
「しかし、冷えますね……。交代まで、あと少しなんですが……」
ウィングは地上に目をやりながら、感覚のなくなってきた指をこすって温める。
「ん……？」
一瞬、何か違和感を感じ、身を乗り出して目を凝らすウィング。しかし、地上に変わった様子はない。
「気のせい……？」
そう思いつつも、念のためもう一度精神を集中し、もう一度、さっき感じた違和感を探す。
“あった！”
視覚では捉えきれない“何か”を、ウィングの研ぎ澄まされた《超感覚》は感じ取っていたのだ。
「何かいる！」
ウィングが口走った、その時だった。
突然、野営地の地面が盛り上がったかと思うと、そこから、無数のミミズともイモムシともつかない生物が這い出してきた！
「ムシ！？地面の下か！！」、
体長約１メートル、直径20センチほどの白っぽい色をした蟲が、後から後から這い出してきては、皆の眠るテントへ向かって這いずっていく。少なく見積もっても、１００匹以上はいるだろう。
地上の見張りたちは、キャンプの外にばかり気を配っているらしい、まだ蟲に気づいた様子はない。
「クソッ！とにかく降りますよ！早く地上に知らせないと！！」
その方が携帯を使うよりも早いと判断したウィングは、ワイヴァーンの腹を蹴った。ワイヴァーンは金切り声を上げると、地上へ向けて一直線に降下して行く。



突然の金切り声に、毒島　大佐（ぶすじま・たいさ）は、ようやく異変に気づいた。
『キャンプで何か起こったみたいよ、急いで！』
「わかっておる！」
魔鎧化しているアルテミシア・ワームウッド（あるてみしあ・わーむうっど）に返事をするのももどかしく、光る箒にまたがると、そのまま超低空を飛行する。
上空警戒を交代する前に、“目覚ましがてら少し身体を動かしておこう”と、散歩に行ったのが失敗だった。
あっという間に、一面蟲だらけになったキャンプの惨状が目の前に広がる。
「サンドワームの仔か！」
『どうしてこんなに！？』
「大方、先日の雨とやらで、地の底の卵が孵ったのだろう。こやつらは雨季に合わせて孵化するからな。孵ったばかりで腹が減っておる所で、キャンプの火に惹き寄せられたのだろうよ」
「さて、生まれたばかりで気の毒じゃが、まとめて、黒焦げにしてくれるわ！」
《禁じられた言葉》と《転経杖》でブーストしておいた《サンダーブラスト》を、蟲の群れにお見舞いする。
毒島は、箒のスピードを落とす事無く、そのまま蟲の群れの上を通り過ぎると、旋回しながら高度をとった。
「こやつら、後から後から湧いてくるではないか……」
明らかに、今の攻撃で倒した以上の蟲が湧いてきている。
『キリがないわ、どうするの？』
「どうも何も、力が尽きるまで撃ちまくるだけだ！」
『なら私は、分離して戦うわ！』
アルテミシアは、たちまち人の形を取ると、箒から飛び降りた。受身を取って落下の衝撃を殺すと、蟲の群れ目がけて吶喊していく。
「いちいち狙わんからな！当たるんじゃないぞ！」
毒島はそう叫ぶと、矢継ぎ早に呪文を叩き込んでいった。



「美那さんのテントはどっち！」
「あっちだ！オレについて来い！」
橘　恭司（たちばな・きょうじ）は冬山　小夜子（ふゆやま・さよこ）にそう叫ぶと、自分に飛び掛ってくる蟲に構わず走りだした。
目指すテントは、すぐに見つかった。幸い、テントを取り込んでいる蟲の数は、まだそれほど多く無い。
「ここは俺に任せて、キミは早くテントへ！」
「あなたはどうするの！」
「どうもコイツら、人の匂いに引き寄せられてるみたいだからな。俺がここに踏みとどまれば、いいオトリになる」
恭司は、夜警の一人として周囲を見張っていた。それだけに、サンドワームの襲撃に気づかなかったことに、強い負い目を感じている。
いざとなれば、自分の身を呈してでも美那たちを助け出すつもりだった。
「一人では危険よ！」
「彼女たちのいるテントに、こいらを連れて行くわけにはいかない。それに、レディの部屋に勝手に入るのは、俺の流儀に反する」
恭司はそう言って、小夜子にウィンクしてみせた。
小夜子もそれが虚勢だとは分かっていたが、ここはその心意気に甘えさせてもらうしかない。
「分かりました。美那さんたちに伝えておきますね。あなたが素敵な紳士だってこと」
「ついでに、デートの約束も取り付けておいてくれると助かる」
「それはご自分でどうぞ。世間じゃそういうの、『死亡フラグ』っていうらしいですから」
「全くだ」
思わず、クスリとしあう二人。
「すみません、後を頼みます」
「了解だ」
美那の走り去って行く音を聞きながら、恭司は、“今度本気でデートに誘ってみるか” と、真剣に考え始めていた。



「大丈夫、泪！」
セイニィが、たった一人で蟲と戦っている泪を見つけたのは、美那が小夜子と共に脱出してから、しばらく経ってからのことである。離れた所にいたのが、災いしたのだ。
「セイニィさん！」
セイニィは、行く手を阻む蟲共を片っぱしから切り刻み、泪の所までたどり着いた。
「美那は？」
「美那さんは、あっちの方に脱出しました。小夜子さんがいっしょです」
泪の指差す方に目をやると、遠くで、メガネをかけた少女が戦っているのが見えた。
すると、どうやら向こうもこちらに気づいたらしい。巧みに蟲たちの間をすり抜けて、こちらまでやってきた。かなりのスピードだ。
「よかった！泪先生、無事だったんですね」
「騎沙良さん！」
さして息を乱した様子も見せず、騎沙良　詩穂（きさら・しほ）は泪に笑いかけた。
「美那さん、見ませんでしたか？」
「美那ちゃんなら、大丈夫ですよ。今、飛行部隊が救出に行っています」
「そう……」
ホッとする泪。
「なら、後はコイツらを片付けるだけだな」
セイニィが、カギ爪についた体液をぬぐい落としながら、這い寄ってくる蟲たちを睨む。
「セイニィちゃん、なら、一緒に戦おうよ！前から一度、セイニィちゃんと戦ってみたかったんだ！」
「“一緒に”って……。お気楽ね、アンタ」
「ダメ？」
「いいけど、アタシのスピードについてこれるかしら？」
挑戦的な視線を詩穂に送るセイニィ。
「任せて！キレイなユニゾン、見せちゃうから！」
「……面白いわね、アナタ。なら、いち、にの、さんで行くわよ」
「オッケー！」
「いち、にの――」
「「さんっ！」」
《ダッシュローラー》でブーストを掛け、一気に飛び出す詩穂。
「いっくよー！ひっさつ、ほうおうけーん！」
《超感覚》を発揮し、敵の先手をとって攻撃を仕掛ける。
『サポートは任せとき、詩穂！好きなだけ、暴れてなぁや！』
魔鎧化している清風　青白磁（せいふう・せいびゃくじ）が、さらに《神速》と《先の先》で詩穂の能力を高めていく。
「やるじゃない、アナタ！ならアタシも、本気で行くわよ！」
軽々と身を翻しながら敵を屠っていくセイニィと詩穂。その様はさながら互いにじゃれつき、踊り合う二匹のネコのようにも見えた。



「全く、次から次へと！」
小夜子は、飛び掛ってきたサンドワームを叩き落とすと、すかさず足で踏み潰した。既に、全身至る所が蟲の体液でヌルヌルだが、そんなことを気にする暇もない。
「さ、小夜子様……」
「あなたは、そこを動いてはダメ！」
隠れていた岩陰から顔を出す美那に向かって、鋭い叱責をとばす。
小夜子がテントに掛け込んだ時、既にテント内にも蟲が入り込んでいた。
小夜子は、始め蟲を殲滅しようしたが、『今のうちに、せめて美那さんだけでも安全な所に！』という泪の指示を受け、取りあえず美那だけを連れて逃げ出した。だが、蟲たちは次々と現れては二人の行く手を塞ぎ、結局はこの岩場に追い詰められてしまったのである。
「いいですか、絶対にそこを動いてはダメです！コイツらは目が見えないから、手近な獲物に真っ直ぐ向かって来ます。私がここにいる限り、あなたは安全です。その代わり……」
「その代わり？」
「その代わり、もし私が斃れたら、どこでもいいです。少しでも遠くに逃げてください。必ず、味方が助けに来ます」
小夜子も、この極寒の荒野に十分な装備もなしに一人取り残される危険性は、十分承知している。だが今となっては、味方に見つけてもらうことを期待するしか無い。
「小夜子様……。分かりました」
それ以上取り乱すこともなく、決然と頷く美那。
その美那の様子を見て、小夜子は、改めて蟲の群れに向き直る。
「かかってきなさい、この有象無象ども！この私がいる限り、ここから一歩も進ませませんわよ！」
小夜子が覚悟を決めた、その時。

頭上から、金切り声が聞こえてきた。
振り仰いだ小夜子の視界に、急降下してくるワイヴァーンとヒポグリフが飛び込んでくる。

「わしは小夜子をやる！お前さんたちは、美那を頼む！」
天津　麻羅が、ウィングたちに向かって叫ぶ。
「いいですか、正悟！岩山の横から接近しますから、すれ違い様に美那さんを引き上げてください！一発で決めますよ！！」
ウィングは、自分のすぐ後ろに乗っている如月　正悟（きさらぎ・しょうご）に怒鳴った。
「一発かよ！」
「泣き言言ってる場合じゃありません！」、
正悟がそれ以上文句をいう暇もあらばこそ、地面がぐんぐんと近づいてくる。
見れば、美那もこちらの意図を悟ったようで、岩場の陰から立ち上がって、両手を高くさし上げている。
正悟は、腹を括った。
「美那さーーん、つかまってーー！」
「は、はいっ！！」
自分に向かって飛び込んでくる美那。その顔が眼前に迫ったかと思うと、次の瞬間、衝撃と共に、両腕にズシリという重みがかかった。
「いいぞ！」
「よしっ！」
一気にワイヴァーンを急上昇させるウィング。
またたく間に、地面が遠くなっていく。

正悟は、ウィングの手も借りて、どうにか美那を鞍の上に引き上げることに成功した。自然と、美那を抱き抱えるような姿勢になる。
「だ、大丈夫ですか？美那さん？怪我は、ありませんか」
「は、はい……。怪我は、大丈夫です」
美那の言い回しに微妙な違和感を感じ、彼女の顔を覗いた正悟は、ドキリとした。
美那の頬は紅潮し、心なしか、瞳がうるんでいる。
その顔を見た途端、「ドクン！」と、正悟の鼓動が、激しくなった。
「あ、あの、如月様……」
「は、はい！」
胸のドキドキが、止まらない。
「あの、手……？」
「テ？」
「はい……。如月様の手が、あの、私の胸に……」
『手』と言われて、思わず正悟は彼女を抱く手に力を込めた。すると、右の手のひらに、『ふにょん♪』という柔らかい感触が伝わってくる。
「きゃあ！」
「す、すいません！」
思わず、美那を抱いていた手を離す正悟。当然、彼女の身体は落ちそうになる。
「わ、わぁ！」
「きゃあ！」
正悟は、慌てて美那の身体に手を伸ばす。なんとか間に合ったが、今度は、美那を抱きしめるような格好になってしまった。
「か、重ね重ね、スミマセン……」
顔を真赤にした美那は、もはや言葉もない。

「着きましたよ」
ウィングがそういうが早いか、ワイヴァーンは、すべるように地上に着陸した。
顔を上げた正悟の周りを、いつの間にかサンドワームを退治し終えた仲間たちが囲んでいる。どうやら、美那たちを襲っていたサンドワームが、最後の生き残りだったようだ。

パシャッ！

不意に、フラッシュの光が辺りを照らす。
「あ、ゴメン。あんまりにもいい絵だったから、つい……」
カメラの向こうから顔を出した五月葉　終夏が、済まなそうに言った。
それがきっかけとなって、その場にいる全員が口々に話し始める。
「正悟！ひどいよ〜！ボクたちが必死に戦ってる間に、そんなコトするなんて！！」
両手をブンブン振って怒るミルト・グリューブルム。
「あら〜。正悟君って、結構積極的なタイプだったんですね〜」
泪は、そう言って意味ありげな笑いを浮かべている。
「い、いや、違う！これは違うんだ！」
「何が違うんですか？触ったんでしょ？彼女の胸」
麻羅のヒポグリフから降りてきた小夜子が、冷静にそう指摘すると、一同からどよめきの声が上がった。

「しょせん男なんて……。どうせおっぱいなら、なんでもいいのよ……」

何かが色んなトラウマを直撃したのか、セイニィが地面に『のの字』を書きながら、ブツブツとつぶやいている。

「きィサァらァギイ、おんまえ、な、なんてうらやましいコトを……」

鈴木　周の顔は、悔しさと怒りで、真っ赤を通り越してどす黒くなっている。
「そうだ！美那さん！本当は何があったのか、美那さんからもなんとか言ってください！！」
必死に美那に訴える正悟。
しかしその美那はといえば、顔を真っ赤にしたまま、俯いているだけだ。
「え〜、そんなコト、女の子の口から言えるわけないですよね〜!」
シャーロット・モリアーティに至っては、面白がっているのがミエミエだ。
「取り敢えず、早く降りたらどうです？」
ウィングに言われて、ハッと我に帰る正悟。そういえば、今の今まで、両手に美那を抱いたままだ。
「す、スミマセン！」
「い、いえ……」
こののち、正悟は旅の終わりまで、この一件で皆からいじられまくり、さらに周から恨み言を言われ続けたのであった。