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最後の恋だから……

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最後の恋だから……

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「悪ふざけにも程があるよ……」
 部屋に備え付けられた高級な皮のソファーに腰掛けながら、紅月は動揺を払うように頭を抱えて振った。
「紅月、落ち着きましょう。さあ、私の胸の中へ」
 レオンが手を広げ紅月を誘う。
 いつもならば、誘うなと一喝され叩かれるところだが、そうはならなかった。
 そんな紅月のナイーブさがまた、レオンの背筋をぞくりと駆け上がり感情の高ぶりとなるのだ。
「今日くらいは、レオンのお願いだけでも聞いてあげようと思ってここに来たんだけど、ダメかも」
「あんなもの御伽噺です。真に受けすぎですよ、紅――」
「暗いな、ここは」
 思わず絶句したレオンは、紅月の手を払うように掴んで顔を覗き込んだ。
 瞳の光が――失われていた。
 紅月、とレオンは叫んだ。
 叫んだはずなのに、その自分の声が、自分の耳に届かなかった。
 これは一体何なのだ、何が起こっているのだ、と考えるが、全て行き着く先は手記に記された内容だった。
 ――紅月、聞いてください。死ぬ前に伝えたい。貴方を愛しています。私のものに……。
 もはや愛しい人の声すらも届かないレオンには、その返事の答えはわからなかった。
 だが、それでもいいのだ。
「いつもありがとう、レオン。こんな時まで、傍に……」
 込み上げて来る鉛を口から吐き出し、紅月は、暗闇の中、目の前にいるであろうレオンをしっかりと抱き締めた。
「おやすみ……レオン……」
 ――共に生きたことに、感謝を……。
 最後の最期まで、愛する人と触れ合いながら尽きれるのだから。

 ジェイコブはベッドの上で足を組んで、バスルームから流れるシャワーの音を耳にし寝転んでいた。
 その音が、プツリと途切れ、どうやらフィリシアのシャワーが終わったようだと、バスルームを背にするように身体を向きを変え、自分の腕を枕代わりにした。
 その時、違和感があり、それはあまりに一瞬過ぎて言葉にはならず、だから、確かめるように「フンッ」と鼻を鳴らした。
 何度も何度も鼻を鳴らし、溜息だってついてみた。
 だが、耳には何も届かなかった。
 ――耳がイカれやがった、どうなってやがる。
 恐怖にも似た感情を抑えきれずベッドから起き上がると、背中が隆起するような感覚の後、床にありったけの血を吐き出した。
 ――フィル……フィルは大丈夫、か!?
 言う事を聞かなくなり始めた身体を引き摺り這ってさえ、ジェイコブはパートナーの安否を確かめたくなったが、ついに身体が負けた。
「ジェイコブ……? ジェイコブ……ッ!?」
 フィリシアの目に飛び込んできた赤い道を作りながら倒れたパートナーの姿が、シャワー上がりで火照った身体から一瞬で血の気を失くし、急ぎジェイコブに駆け寄って抱き上げた。
 ――泣くな、よ……フィル……。ハハ、今日、は……楽しかったぜ。お前は……オレの……オレの……最高の……あい、ぼう……だ……。
 何を喋ったかは確かめようがなく、せめてと精一杯笑ってフィリシアに応えて、ジェイコブは力尽きた。
「いや、いやよっ! 何で、何で、何でッ!? ジェイコブぅ、目を開けてッ!」
 突然の事にパニックを起こしながら涙するフィリシアの目から、光が急速に失われた。
「ウウッ……何で……何で……」
 フィリシアにとって、自らの異変などどうでも良く、ジェイコブ同様に吐血すると、少しだけ気が楽になった。
「……あたしも、もうすぐあなたのところへ……」
 次の場所で、再びパートナーを夢見て、フィリシアの意識はそこで途絶えた。

「うし、できた」
 リースと共に浜辺に散策しに来ていた悠は、巻貝を集めてはいそいそと作業に勤しみ、ようやく完成したそれを手に、立ち上がってリースの所へ向かおうとした矢先だった。
 鋭い痛みが頭に起こると、立ち眩みし、視界が暗くなった。
「悠さん!」
 遠くの悠がよろけたのを見て、リースは心配で駆け出したが、リースもまた視界が徐々にぼやけ、何も見えなくなってしまった。
 悠が心配で、リースの弱々しい声を聞いて。
 そんな2人は互いを思い、精神感応で1歩、また1歩と、しっかり地を確かめながら近づいていき、悠の伸ばした指先が温かい柔肌に触れ、リースの伸ばした指先が愛しい人の服に触れた。
 ようやく辿り着いた最愛の人を互いに距離を詰めて抱きつく。
「一体何が。クソ、目が見えねえぜ」
「悠さんも? 私も……。もしかして、案内人さんが言っていた毒なのかな……」
「ハッ……あんなのただの脅し――」
 突如咳き込みかけた悠は咄嗟に手で口を覆った。
 手の平が生暖かい何かで汚れ、それは目が見えずとも血であるとわかった。
「……ったく、付き合い始めて間もないのに、とんだ、災難、だなあ……」
 リースに勘付かれない様にその手を自らの服で拭うと、リースの身体を探り始めた。
 頬、首、肩。
 そこから腕に手を伸ばし、リースの手首を掴んだ。
「……悠さん、何?」
 最後の贈り物――巻貝で出来たブレスレットをしっかりと手首に撒きつけると、リースの指に自らを指を絡めた。
「なあに……終わりじゃねえ。ちょっと場所が変わるだけだ、一緒にいる場所が、な。だから……離れるなよ、オレは離さねえから……」
「悠さん……」
 リースは悠の言葉で全てを悟り、空いた片方の手で愛しい人を確かめた。
 頬を、唇を、厚い胸板を、回しきれない身体を抱いた。
「私がとっておきの魔法をかけてあげる」
 優しく子守唄を歌うと、悠はゆっくりと崩れ、リースはそれを抱き支えながら一緒に膝から座った。
「これで……いいよね。これで、安からに逝ける、よね。ごめんね……。あと、大好きだったよ、悠、さん……」
 返事すらできなくなった悠にリースは最後の力を使って命のうねりを使い続けた。
 自らの吐血で悠を汚さないように気をつけながら――指を離さず抱き締め続けて――2人は浜辺に倒れた。

「俺は冒険というか……ああ、そう、この機に恋人作り、みたいな感じかな」
 アキラはクッキーに口に頬張りながら、ここに来た理由をつかさに話し、紅茶で口の中の物を飲み干しながら、今度はつかさに尋ねた。
「私は……傷心旅行みたいなものでございます。詳細もお聞きになりますか?」
 アキラは少し考えた後、首を横に振った。
 聞いてみたかった気もしたが、つかさの目が潤んでいるのを見て、止めた。
 新しいクッキーを口に放り込み、何か気の利いた言葉でも言って励まそうとしたが、おかしな味のクッキーに思考は遮断された。
 それに喋りたくとも、声が出ない異変が起きた。
 異変が起きたのはつかさも一緒で、同様に口が利けなくなった。
 2人は一度見合って、アキラが手を差し出すと、つかさはそれに手を重ねようと倣った。
 アキラはその手をくるりとひっくり返し、手の平に自分の指で文字をなぞり始めた。
 ――れ・い・の・ど・く・?
 ――し・ぬ・の・で・す・か・ね・?
 突然襲ってきた嘔吐感に、つかさは吐き出しそうになった血を強引に飲み込むと、これが最だと、その味で知った。
 涙が溢れ出した。
 1人で静かに過ごそうと決めたはずなのに、涙が溢れたのだ。
 アキラは零れる涙で指で拭って、再び文字を書き出した。
 ――ね・て・お・き・た・ら・い・い・こ・と・あ・る・さ。
 アキラは文字を書きつかさを励ましながら、自らのパートナーの事を考え、困った、と思った。
 自分が死んだら追ってきそうだ。
 しかしそれは、気持ちのいい困り方、なのだ。
 次は次の場所で一緒に冒険をすればいい。
 そしてアキラは、1人きりのバカンスの話相手になってくれたつかさに別れを告げる。
 ――お・や・す・み。
 ――あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・し・た。
 最期に2人は見合って笑った。
 アキラは静かに目を閉じ、つかさは最後まで膝を抱え、海を眺めたのだった。

「クソが、やっぱりか!」
 乱世は肩で息しながら、グレアムと落ち合う場所を決め、そこで体力を回復しながら朗報を待っていた。
 雪が降り積もっていない南東部からは、特殊な結界が張られ、島の外へは脱出できなかった。
 残るは北西部に回ったグレアムだが、多分、
「ハァハァ……お待たせ」
 グレアムも肩で息しながら、合流した。
 乱世が聞くまでもなく、首を振ったグレアムを見て、憤怒の感情が臓物から沸き上がってくるのがわかった。
 島を取り囲むドーム型の結界を出入りできるのは綾小路想子が所有する大型飛行艇だけ。
「タダに踊らされて騙されたってことか! 気にいらねぇよな、グレアム……ッ……おい!?」
 大木を足蹴にしながら苛つき、同調を求めたパートナーを喉を抑えるようにしながら、口をパクパクと動かしていた。
 ついに感染したか、と声を上げようとした乱世もまた、口が利けなくなっていた。
 手記の内容通りならば、もう死ぬまで時間はない。
(いいか、グレアム!)
 精神感応とパートナーの瞳を強く見つめて、意思の疎通を図ろうと試みた。
(ナラカの底からでも、呪い続けてやるぞ。念じろ、念じ続けろ。奴等に届けてやるんだ!)
(そうだね。一方的にやられるのは、癪だもんね)
 2人は通じ合い頷くと、吐血し大の字に倒れた。
 視線は遠くの空を射抜いたまま、しっかりと誰を呪うべきかその顔を頭に描きながら、最期を迎えた。

「うっひゃ〜、目が見えなくなっちゃった〜」
 パルフェリアが突然、とても笑えないブラックジョークと共に鬱姫に抱きついてきた。
 鬱姫は後ろから擦るように抱きつくパルフェリアに振り返り、離そうとして、その瞳に光がないことに気付いた。
 ――パルフェ、目が……え?
 確かに声を発したのに、それが鬱姫の耳には届かず、驚愕した。
 自分も既に、感染したのだ。
「鬱姫も? なんか喋り方がちょっとおかしいね」
 そうは言うパルフェリアだが、落ち着いていた。
 ――どうしてパルフェはそんな落ち着いていられるんですか?
「突然死ぬよりはマシ! それに、鬱姫と一緒だからね!」
 何を言っているのかは、鬱姫には聞こえない。
 だが、いつも通りなパルフェリアを見ると、自然と死への恐怖は感じないのだ。
 ならば自分も、成すべきことをして死を迎えればいい。
 ――パルフェ、最後にお手伝いしてください。

 鬱姫とパルフェリアが発見された時、彼女達は壁を背に座り寄り添いながら死んでいた。
 それがあまりにも穏やかで、寝ているようにしか見えなかったのは、誰の見間違いでもないのだ。

 事態は、次のステージへと進む。