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最後の恋だから……

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最後の恋だから……

リアクション

★2章



 突如ホテルに響いたのは断末魔ではなく、事実と現状、希望の光の在り処だった。
 この孤島は悪魔の島と呼ばれているということ。
 目、耳、口が使えなくなる病魔が巣食っていて、感染すると発症後すぐに吐血して死に至るということ。
 その病魔により多くの従業員が命を失ったこと。
 感染には個人差があるということ。
 この島からからの脱出は綾小路所有の大型飛行艇でなければ不可能ということ。
 そんな絶望的な現実の中で、鬱姫とパルフェリアの緊急アナウンスは最後に希望を残した。
 リゾート化が進められた孤島に、なぜか廃病院だけ残されているということ。
 地図は事実を知った手記に挟まっていた物を、エントランスのカウンターに置いておいたということ。
 ゴフッ、という咳き込む音でプリツと途切れたアナウンスを聞き、そしてそれを伝え合った者達がいた。
 最後の希望を託された者達――総勢17名が、北西部の雪に覆われた廃病院の前に立ち、作動しなくなった自動ドアを破り、特効薬を求めて中に足を踏み入れた。

 ――1F総合受付。

「ぞろぞろといるじゃねぇか……。鈴倉、テメェじゃ足手まといだ、ホテルに戻って待ってろよ」
 モンクである鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)のパートナー、吸血鬼の瀬戸鳥 海已(せとちょう・かいい)は、そう吐き捨てた。
「死をじっと待つのは耐えられない。置いてきた恋人のためにも……」
 虚雲がそう返事すると、海已は伝わらない意思と敵の数を見て舌打ちした。
 目の前にうじゃうじゃといるナラカのウジ虫を見るに、無傷で戦いを終えるのは不可能に思えた。
 だから、恋人を置いて孤島にきている虚雲に無理をさせるわけにはいかないのだが、それを伝えることができず、虚雲がカタールを両腕につけながら一歩前へと出た。
「クソ! 俺はテメェらの玩具じゃねぇんだよ! 悪ぃが、もし薬があったとして、俺はテメェにはやんねぇぞ」
 思い通りにいかないその怒りは、パートナーである虚雲に対してではなく、孤島に誘ってきたネクロマンサー、春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)のパートナーで、魔道書の小豆沢 もなか(あずさわ・もなか)とハメた相手に向けられたものだった。
「そんな。もなちゃん、カイイ様とバカンスに来たかっただけだもん。いっぱい遊んで、いっぱいお喋りして、それで、それで、それだけだもん」
「副会長、口論している場合じゃ。それと……方向は合ってますか?」
「何を言って――」
 敵を目の前にして目を閉じるなどあり得なかった。
 だが、そのあり得ない事態にしかなり得ない状態に、虚雲は陥っていた。
「ここは引き受ける。2人は先へ行って早く薬を。そして、こんな悪夢を終わらせてくれ」
「鈴倉……ッ!」
 虚雲は暗闇の中、己が耳と感覚に全てを集中して、ウジ虫の中へ駆けた。
 ウジ虫の口から吐き出された酸に服を溶かしながらも避けただけでも、神業に近く、その後、カタールで二度、三度と一匹のウジ虫を切りつけ倒した。
 だが、それでもう、限界だった。
 込み上げた血を吐き出し動きが止まった所に、ウジ虫が一匹、二匹と身体を宙に投げ出し、踏み潰してきた。
(最後にもう一度会って……好きだと伝えたかった)

 一方その頃――
「紅様、ごめん……ごめんなさい」
 泣きじゃくるミンストレルの皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)の肩を抱き寄せ、虚雲のパートナーであるヴァルキリーの紅 射月(くれない・いつき)は、頭を撫でていた。
 射月はパートナーである虚雲に失恋し、傷心していた。
 そんな中、病魔が孤島に巣食っていると知り、ここを丁度いい死に場所と定めて、1人別行動をしていたのだ。
 だが、そんな自分よりも深く後悔し、傷付いている璃宇を見て、放って置けなくなっていた。
 璃宇が誘ったからこそ、射月は孤島にいたのだ。
 ――大丈夫、大丈夫です、璃宇さん。
 璃宇が似ているからこそ、励ませるのは自分だけなのだと言い聞かせる。
 既に耳は聞こえなくなっており、死はそこまで迫っていた。
 だが、これ以上心配させるわけにはいかない。
 ――璃宇さん……もし、僕が逝く時は、愛してると……囁いてくれますか?
「いいの? こんなに優しくしてくれて、死せる島に誘った璃宇に、そんな権利あるの?」
 ――ええ、お願いします。
 目が見えなくなっていた璃宇は、息も既に絶え絶えな射月の頭を手探りの中、自らの膝に置き、まるでキスするかのように璃宇は身体を追って、耳元に唇を近づけた。
「愛しています……紅様……」
 もう、射月は返事できなかった。
 口の端から流れる血が、射月がこれ以上璃宇を心配させまいと、吐血を堪えたのだと教えてくれた。
「ううっ……うううううっ!」
 射月の死も悲しい。
 しかし、本当に悲しいのは、そんな想い人の視線が、自分を向いていなかったことだ。
(貴方の心はここになくとも……璃宇は……)
 璃宇は自らが息を引き取るまで、ただ、歌を歌い続けた。

 ――ああ……鈴倉……。また俺は護れないのか……ッ! 俺は昔の弱い俺じゃねぇ。
 ウジ虫が退いた後に、残された動かない虚雲を見て、海已は膝から崩れ落ちた。
 自分の耳が聞こえないようになっていたのなど、気にする暇はなかった。
 そんな海已にもなかが優しく抱きついた。
 慰めの言葉など聞かなくて済む、と未だ悪態をつく海已だが、もなかも既に病魔に冒され、喋れなくなっていた。
 大好きな海已と喋れないことはもなかにとって耐え難いことだったが、今はただ、自分が海已のためにできることだけをしようと思った。
 それが、償いだと思った。
 だから、海已の後ろに迫ったウジ虫の酸を、もなかは身体を張って盾になることも容易にできた。
 苦痛に顔を歪めながらも笑い、崩れゆくもなかを海已は抱き締めた。
 吐血も相まって汚してしまった海已の顔を、もなかは自分のリボンで綺麗に拭った。
 どんな扱いを受けてもいいから、もっと一緒にいたかった。
 だが、それももう叶わないだろう。
 ならば、最期にできることは、海已の手の平を取って願いを書くことだった。
 ――い・き・て。
 海已は初めて心が痛み、一筋の涙を流した。
 どれほどの想いで身代わりになれるだろう。
 その自問自答が、最後の最期で、海已に気付かせた。
 ――俺は……弱かった。そしてわかった。俺は貴方を……。
 もなかをしっかりと抱き締め、覆う影に身を任せたのだった。

 一方もなかのパートナーである真都里は、孤島に到着して早々から海已に付きっ切りのもなかから放置を受け、迷子で歩き回っているうちに持ち前の不憫さで崖下に転落していた。
 崖下転落の影響は何ともないのだが、その影響だからと真都里は思うのだが、既に病魔に冒され、声が出せなくなっていた。
 ――へへっ……俺、ここで死ぬのか。ちゃんと、誤解……解きたかったぜ。ここから帰れたら、俺、素直に、なる……んだ……。
「真都里!」
 グラップラーの泉 椿(いずみ・つばき)は、崖下転落をした真都里を見て、自らも崖を転がり下りながら、その場に向かった。
 特効薬を探しに廃病院に向かおうかと思ったが、それよりも不憫属性を備えた知り合いの弟の方が気がかりだった。
「お前、こんなところで何やってんだよ! お前が死んだら姉ちゃんが泣くだろ!あたしが守ってやるから、一緒に帰るんだよ!」
 だが声の出ない真都里は、椿の言葉に首を振った。
 ――死ぬまでは生きるんだよ。諦めちまったら、生きてても死んだも同然だぜ! だから、諦めるな!
 勢いよく真都里を説得しようとした自分の声は、耳に届かなかった。
 どうやら、耳がやられたらしい。
 だが、椿は諦めない。
 自分もさることながら、真都里も諦めさせるわけにはいかない。
 ――いいか、死ねないって強く思うんだ! あたしはな、あたしは、彼氏もいないのにこんなところで死ねるか! ほら、真都里も!
 真都里は段々と弱々しくなっていき、その顔から生気が失われていった。
 椿はそんな真都里を見ながら、最後に思わず吐き出すのだ。
 ――なあ、ここから帰れたらさ……。
 真都里の手を握りながら椿はそれ以上言えず、真都里は本当に一緒に来たかった相手を思いながら、共に意識を失った。