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最後の恋だから……

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最後の恋だから……

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 ――2F病室前、東廊下。

 ソルジャーの真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)とパートナーのドラゴニュートのアルハザード ギュスターブ(あるはざーど・ぎゅすたーぶ)は、病室前の廊下をウジ虫に追われていた。
「特効薬どこー!?」
「こちらにはやはりない、か」
 2人は時折唾を返し、雪白はレーザーガトリングを乱射、アルハザードは機関銃を撃って少しずつウジ虫を倒し、足止めにしていた。
 一度廊下の角を折れ、手近な病室へと入った。
 4人部屋で、こじんまりとした病室だった。
「ハァハァ……緊急事態だよ。せっかく遊びに来たのにこんなことになって」
「……ウジ虫共は行ったか。引き返すぞ」
 病室を抜け、今来た道を引き返すが、通り過ぎたウジ虫は敏感に反応した。
 再び引き返し、互いに一斉掃射をかけた。
 だが、雪白の銃口は、あらぬ方向を抜いて、壁を打ち抜いていた。
「……真白……ッ!?」
 異変が起きたことに気付いたアルハザードは、雪白の手を引き、一番近くの病室に逃げ込んだ。
 今度は6つあるベッドを、アルハザードは入り口を塞ぐように積み上げ、バリケードとした。
 ベッドは外からの衝撃で震えるのだが、肝心の音が聞こえなくなっていた。
「ギュスターブがいるから怖くないよ!」
 そんな雪白の言葉も、もはやアルハザードには届かなかった。
「ゴフッ!」
 ついに雪白が吐血し、もう残された時間がないことは明白だった。
 おそらくここが墓場になるであろうとアルハザードは悟った。
 そんなアルハザードの服を、指先で遠慮がちに掴む雪白を見て、彼は残された手段に踏み切った。
 未成熟なドラゴニュートであると自覚しているが、ドラゴンの血肉は万病に利くという伝えを思い返した。
 きっとこれは、道義に反することだろう。
 だが、
 ――真白。この部屋に薬があったぞ。万病に効く薬だ。
 アルハザードは雪白を抱きかかえ、さあ、と言って、その口に自らを咥えさせた。
「ありがとう、ギュスターブ。この薬、温かくて、柔らかくて……おいしい、よ……」
 咎める者は誰もいない白い病室を、互いの血を混ぜ合いながら、墓場としたのだった。

 ――2F病室前、西廊下。

「2人きりじゃ間が持たねえつーから付いてきてやったら、これだ……参っちゃうねえ」
「ごめん、カガチ」
「まあ、気にはしてえねえさ」
 特効薬を探し2階まで上がってきたものはいいものの、予想以上のウジ虫の大群に、サムライの東條 カガチ(とうじょう・かがち)と、バトラーの椎名 真(しいな・まこと)、そのパートナーの剣の花嫁、双葉 京子(ふたば・きょうこ)は逃げていた。
 相手をできなくもないが、既に真が目をやられていて、特効薬探しが先決だと思ったからだ。
 だが、これ以上逃げていて、行き着く先がどこにも繋がっていなければどうすればいいだろうか。
「俺にはこっちの役目があるってえ話だな」
 カガチは携帯を取り出して、文字を打ち出した。
 それを京子にだけ見せた。
『目が見えなくて不安だろうから腕組むか、してやって。今こそこいつにはあなたが必要だから。頼む、京子ちゃん』
「真くん、こっちに」
 京子は頷くと、カガチよりも先行して真を引っ張り、近くの病室に忍び込んだ。
 それを確認したカガチは唾を返し、ウジ虫と対峙する形をとった。
 これから化け物と対峙しようという時に起こった喉の違和感は、考えずとも口が利けなくなったとわかった。
(もう手遅れでも、薬なんてなくても……あいつらには……。だからなあ、俺の役目はウジ虫共を叩くことだってえ話だ……ッ!)
 初霜と花散里の二刀で、カガチは真っ直ぐにウジ虫に突っ込んで行った。

「京子ちゃん……」
「大丈夫、頼まれた通りにしたよ」
 真は京子の気配を頼りにそちらに振り返った。
 京子は真の優しさに、改めて心を締め付ける思いをしまい続けて良かったと思えた。
 カガチへの優しさ、そして、死期が迫ってもなお、心配させまいと脂汗を額に浮かべながらも、笑ってくれる優しさに。
 ――あっ……。
「どうしたの、京子ちゃん?」
 耳鳴りの後、音が消え去った。
 もう愛しい人の声は、届かない。
 こんなことになった不幸を呪えばいいのだろうか。
 否、誰を責めたところで、何も変わらない。
 今できることは、最期を迎えるにあたって、最高の望みを叶えたいという思いに正直になることだ。
「京子……ちゃん……」
 京子の手が真の首に回され、優しく抱き締められた。
 真に悟られないように、黙って、静かに、抱き締めた。
「……京子……ちゃん……」
 言葉にこれ以上できない。
 だから真はただ、京子を抱き返すのだった。
 そして間もなく真の体温を感じ、口端から血を流しながら、京子は逝った。
 その気配が消えたのを真が感じないはずはなかった。
 京子を優しく寝かすと、手探りで白手袋を探し、京子の顔を拭った。
 遺品として首の薔薇飾りを預かり、自らの執事服の上着をかぶせ寝かせた。
「巻き込んじゃったな……カガチを……」
 膝を抱えながら、真は友を思った。
「カガチ……俺、は……もう……」
 京子のリボンを強く握り締めながら姫を守るただ1人の騎士は、最期までその傍を離れずに、息を引き取った。

 ウジ虫に蹂躙され、最期の意識が途絶えるその一瞬、カガチは震える携帯を開いた。
 ――ありがとう。
 カガチはそれを見て役目を終えたとばかりに、目を閉じた。
 最期に思うのは、金色の瞳をした、あの人だった。

 ――2F屋上前階段。

 ――なんだよこれ……ッ!?
 もはや自分が言葉をきちんと喋れているのかわからないが、サイオニックの椎堂 紗月(しどう・さつき)はそう言わざるを得なかった。
 特効薬を求めて廃病院に来たのはいいが、殺し合いも虫も嫌いな紗月は、ただただ、パートナーの獣人、椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)と逃げ惑うしかなかった。
 そのアヤメも既に口が利けなくなっていた。
 上へ、上へ。
 ただひたすらウジ虫の恐怖と、死への恐怖から逃れるために登り続けた。
 くっと服の裾をアヤメに引っ張られた。
 どうやらこの先の屋上へと向かう階段を登ろうということらしい。
 ――でも、薬が……ッ!
 紗月ももはや薬がどうこう言っている場合ではないとわかっていたが、アヤメが首を振ったことで、諦めるしかないと腹を括った。
 階段を二段飛ばしで上り、思い鉄の扉を開いて、屋上へと辿り着いた。
 ゴンッ、と鈍い音が、扉の向こうから聞こえ、扉が今にも弾け飛びそうなほど凹んだ。
 もはや退路は絶たれた。
 それでも屋上の端まで、脛ほどまで積もった雪を足で強引に掻き分け進んだ。
 ――もう……ダメだな……アヤメ。いっそ、飛び降りちまうか。
 諦めに似た笑顔を浮かべ、アヤメに提案した紗月は、何かを伝えたがっている様子を感じ取った。
 しかし、それと同時に屋上への扉がこじ開けられ、突き進んでくるウジ虫の大群も確認した。
 時間はない。
 しかしアヤメはそんなことすら気にせず、冷たくなった両手で紗月の頬をしっかりと自分に向けさせ、伝えた。
 ――お・れ・は……お・ま・え・を……? あ・え……?
 凛としたアヤメの瞳とゆっくり動く唇の動きだけで何を言っているのか理解しようとしたが、難しかった。
 だが、それが最期の言葉であるのは明白だった。
 ――わかんねえけど、ありがとう、アヤメ。
 わからなくてもいいのだ。
 ただこれが最期、最期だからと何度も言い聞かせ、アヤメは紗月の唇を奪った。
 驚きに目を丸くする紗月だったが、それも一瞬のことで、瞳を閉じて、ただ、それを受け入れた。
 ――じゃあ……逝こうか。
 キスをし終え、確認するとアヤメは頷いた。
 ウジ虫に弾き飛ばされるよりも早く、2人は抱き合いながら、屋上から飛び降りた。
(俺はお前の影でよかった……それでお前の傍にいれるなら……紗月、お前が俺の光だったんだ)
 空は――晴れていた。

 動く者に反応するウジ虫はその身体を制止し、病院は、静寂を取り戻した。
 特効薬など、ありはしなかった。
 恐怖に駆られ、一縷の望みを信じ続けた従業員の思い込みだった。
 しかし、最後の最期まで、彼らは戦ったのだ。
 抗おうとしたのだ。
 努々忘れてはならない。
 人は最期まで、
 ――抗えるのだ。