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クリスマス硝戦

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クリスマス硝戦

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 冬の日没は早く、夕日はすでに地平へと沈んだ。
 代わりとなる光は校庭の街頭と、この日のために校庭に飾られたLEDランプと校舎の灯。そして、戦闘による魔法の光が轟々と校庭を照らしている。
 戦局は一進一退で【反対派】の防衛が突破されることはないが、人数では有利な【肯定派】も決定打を得られずにいる。
 理由はリリ、ロゼペアが量産した【偽リース】の存在。その数100個。売り上げを伸ばすために作られたとは言え、見た目では本物と区別のつかないそれは、買い求めた【肯定派】の生徒たちによって【反対派】を撹乱させる材料となってしまった。木を隠すなら森にと言うわけだ。【反対派】はリースを持つ人物全てに注意を払わなければならなくなり、リースの破壊を試みつつも防衛を維持しなければならなくなった。
 多くの【肯定派】が【偽リース】を持って【反対派】の防衛へと突撃を仕掛けてくる。中には【投擲】のスキルを使い、遠くからクリスマスツリーにリースを投げて掛けようとする物もいる。
 混線を更に混沌とさせる事となり、【肯定派】の戦いを優勢にする事になる。
 しかし、それでも決定打に至らないのは、本物の【愛のリース】がどれなのか、【肯定派】にもわからないからだ。更には彼らには【反対派】に属するルカルカの様な統括役が居らず、単身突破を試みて迎撃されるのがしばしば見受けられる。恋人にカッコイイところを見せようとしているのだろうけど、そういった者たちは【反対派】が仕掛けたトラップの格好の餌食となっていた。
 膠着状態が続き、互いの兵力が疲弊してきたところで、戦闘は暫しの落ち着きを見せた。


「はーい。みなさん体が冷えるでしょう。私が用意したお汁粉を召し上がってください」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が戦闘で負傷した者たちに湯気のたつお椀を配った。
 キリング・フィールドより程近い位置にテントが張られ、そこで彼女は両陣営に配るお汁粉や豚汁を炊き出ししていた。
「はい、頑張ってね」
 と、極上の笑顔と優しい声で非モテどもにお椀を配る。彼らに好意を持っているわけではないのだが、なんとも誤解を受けそうな振る舞いだ。
「工事をしている方々も如何ですか? お豚汁をたっぷり用意してまいすので」
 祥子は校庭脇で工事を行なっている業者にも労いに声をかけた。門松の設置を依頼されているとは言え、この寒い日の夜に工事をするのは大変だろうと思ってのことだ。
「済まないねじょーちゃん。テメーら工事は一旦休憩だ! モモ! イコンの誘導を止めてこっちに来い!」
 ぴーっと鳴らしていた笛を止めて、コンクリート モモ(こんくりーと・もも)は『安全第一』と書かれたヘルメットを脱いだ。この所のバイト疲れなのか、異様に目付きが悪く見える。
 モモは祥子の配る豚汁を受け取り箸をつけると、校庭で戦闘に明け暮れる者たちを恨めしそうに睨んだ。
「金と暇があるだけたのしそうじゃない」
 生活費を稼ぐための金策とは言え、イブの夜に工事のバイトをしないといけない彼女の目は、校庭ではしゃぐ生徒がそのように見えてしまう。
「ミーもクリスマスしたいネ……。ミー、ファンシーキャラだし……」
 モモに付き従うゆる族ハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)も不満そうに呟いた。
「今月の家賃まだなんだから、クリスマスなんて私とあんたにあるわけないじゃない。明後日はイルミネーション撤去のバイトよ……」
「雰囲気ぶち壊しのギルティなバイトネ〜。モモらしいチョイスだけどネ」
 愚痴るギルティも貰った豚汁を啜ろうとした。が、被り物が邪魔でどうやっても啜れそうにない。ゆる族としてのトレードを脱ぐのも躊躇われる。
 そんなこと話しつつ、豚汁を食べながら校庭を睨みつける二人の前をクリスマスツリーが歩いて通った。目を疑うような光景に思わず目が行ってしまう。
「私にも一杯いただけますか?」
 クリスマスツリーは、いや、ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)は祥子の前に来て、お汁粉を催促した。
「……あ、は、はい、どうぞ」
 祥子はクリスマスツリーのように盛り上げられた髪に度肝を抜かれた。高々と円錐状に聳えるそれにはイルミネーションにクリスマス飾りのオーナメントやキャンディーケーン。そして、大量の【偽リース】が飾り付けられていた。
「【愛のリース】とやらがあると聞いて葦原明倫館から参ったら、まさかこんなにあるとはなの」
 ファトラは【肯定派】から奪った【偽リース】を戦利品として、何個も頭に飾り付けていた。ズラリと頭に飾られるそれは彼女が動くたびにシャラシャラと音を立てる。
「へえ、それが【愛のリース】ですか」
 祥子は興味本位でファトラに尋ねる。祥子はそれがどういう物なのかは知っていない。
「殆ど偽物ですわ。この中に本物が混じっていれば幸いといったところ。それでも、これだけのリースを盛り髪に飾れれば、神守杉アゲハ(かみもりすぎ・あげは)にも勝るとも劣らないわ」
 ファトラは能面な顔貌に自慢気な微笑を浮かべた。
「へえ、これが【愛のリース】なんですか。そうです! さっき私も同じようなものを拾いましたので、差し上げましょうか?」
「おお! それなら是非いただきましますわ」
 祥子は一旦テントの奥に行き、炊き出しをする前に拾ったリースを持ってきた。
「飾ってあげましょうか?」
「頼みますわ」
 ファトラ自身では盛り髪にリースを取り付けにくいと思い、祥子はパイプ椅子に乗ってリースをファトラの盛り髪に飾ろうとした。
「あら?」
 するとどいうことか、ファトラに飾られていた全ての【偽リース】が枯れ落ちてしまい、クリスマスツリーを模していた盛り髪の風合いが、無残な枯山の情景へと変化した。
「なっ! わ、わたしの髪が! こんな状態をアゲハに知られては、笑いものにされてしまう! 集めなおさねば!」
 食べかけのお汁粉を残し、枯葉を振り払いながら一目散に防衛線へと駆けていくファトラだった。
 祥子の手には飾り付けることの出来なかったリースが残る。
「もしかして、これが本物の【愛のリース】?」
 手にあるリースには魔力のゆらぎを感じる。もしかしたらそうかも知れない。
 彼女の疑問に答えるように、テントへと【ファイヤーストーム】の炎が降り注いだ。祥子は【殺気看破】でその攻撃を察知し、【サイコキネシス】で攻撃起動を反らせた。
 辛うじてテントへの直撃は避けたものの、着弾点近くにいたモモは爆発の余波で持っていた熱い豚汁を自らの顔にぶち撒けてしまう。
「イキナリなにするんですか! ここには戦意のある者はいませんよ!」
 空よりワイバーンから見下ろすゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)に対して祥子は抗議した。
「戦いたかろうが、そうでなかろうが、その【愛のリース】を持っている奴はみ〜〜〜んな、俺様の攻撃対象なんだよ! おとなしく【愛のリース】を渡すなら見逃してやんよ!」
 下品に笑いながら、次の攻撃魔法を唱えようとするゲドー。
 祥子は中立の立場ではあるが、【愛のリース】を彼に渡してはならない気がした。渡したとしても彼の雰囲気的にこの場を攻撃しないとは言い切れないからだ。
「渡さないようなら、お前ごとリースを破壊してやる! 不幸になりやがれカップルゥッ! 消滅しろクリスマァァァァスゥッ!」
 彼の操るレッサーワイバーンがブレスを吐く。祥子は判断を迷い、逃げ遅れてしまう。
「クリスマスは終了させねぇ!」