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ロマンティックにゃほど遠い

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ロマンティックにゃほど遠い

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第13章


 御凪 真人は追い詰められていた。相手はパートナーのセルファ・オルドリンだ。
 のらりくらりと逃げまわっていた真人だが、最後のツメが甘かった。体育館倉庫に隠れようとしたのだが、内側から鍵がかかっていたため入ることができず、他の隠れ場所を探している間に捕まってしまったのだ。

 セルファは真人を倉庫の扉に押し付けた。

「何よ……なんで逃げるのよ……」
 セルファはもう息もかなり荒い、禁断症状に耐えつつ真人を追いかけていたのだから無理もない。
 真人も逃げ疲れてきたのだろう、反論する息を荒げている。
「セルファこそ……なんで追ってくるんですか……」


「……そんなに……私に噛まれたくないの……?」


「え……」
 真人は言葉に詰まった。真っ直ぐに見つめてくるセルファの瞳が、切なげな表情に潤む。
「真人が……真人がいけないんだから……べ、別に好きとか嫌いとかじゃなくって……」

 俺の何が悪いっていうんですか、と反論しようとしたが声が出ない。セルファの顔が近い。そしてそのまま――


「真人が……そんなにおいしそうだから……」


 ぷしゃー、と二人の頭から何かが散布された。
 反射的に離れた二人が見ると、影野 陽太が完成した薬剤広域散布用マシンを使って解毒薬を散布しているところだ。
 一瞬で正気に戻ったセルマは、笑って誤魔化しながらも真人の頭をバンバンと叩いた。

「あ、あはははは……なんか薬でおかしくなってたみたい! ごめんね、真人!!」
「あたたた! 痛い、痛いって!!」

 まあ、とえりあえず解毒できたならいいか、と内心ホッとする真人と、ギリギリのところで助かってこちらも内心ホッとするセルファだった。



 ルーツ・アトマイスとオルベール・ルシフェリアは、ようやくダイエット研究会に辿り着き解毒薬を入手した。
「アスカーっ! お姉ちゃん戻ったわよーっ!!」
 大急ぎでアスカと鴉のところに戻ると、一時間以上も耳を噛まれ続けたアスカは既に恥ずかしさで死にかけていた。

「おぉるべぇるぅ〜〜、た〜す〜け〜て〜」
 頭から解毒薬をぶっ掛けると鴉は正気に戻り、ようやく離れることができた。
 その後オルベールから蹴り飛ばされることになるが、まあそれはそれで仕方ないか、と思う鴉だった。

 ――それなりに役得もあったことだし、と。



 北郷 鬱姫もようやくパルフェリア・シオットに解毒薬を散布してもらい、一息ついたところだ。
「おいしぃ〜はむはむぅ〜」
 だが、パルフェリアは一向に鬱姫から離れようとしない。
「……こら、やっぱり感染したフリだったの〜? 離れて〜!」
「ううん、感染してたよ? でも今は噛みたいから噛んでるの〜はむはむ〜」
 まるで悪びれないパルフェリアだった。
「いい加減に離れろーっ!!」
 鬱姫の叫び声が、虚しく響き渡った。



 四谷 大助もようやく四谷 七乃から解放され、今は落ち着きを取り戻したところだ。
「まったく……ひどい目にあった」
 何しろ、七乃が噛みついている間中、ずっとグリムゲーテ・ブラックワンスが『死んで詫びろ』とか『責任は命で』とか言い続けるのだからたまらない。
 しかし、そんなことは気にせずに無邪気に笑う七乃だった。

「へへぇ〜。でも、ますたーとってもおいしかったです〜」
 その笑顔を見ていると、まあいいかと微笑むしかない大助だ。

「まあ結局、日頃の行ないがものを言うってことね」
 と、あくまで冷ややかな視線を送るグリムゲーテである。



 神楽坂 紫翠も、ようやく噛みついていたレラージュ・サルタガナスから解放されていた。本当は感染していなかったレラージュだが、ここらで離れておかないと嘘がバレるので、渋々離れた形になった。
「まったく……ようやく離れたか……ほら」
 と、一息つくシェイド・ヴェルダ、取りだしたハンカチで紫翠の首元を拭った。うっすらとレラージュの歯型が残っているように――見えた。

「ひゃっ!?」
 突然、シェイドが紫翠の首に噛みついた。レラージュの歯型の上から、その跡を消すように。

「ふん、消毒だ」
 シェイドはそっぽを向くと、独りスタスタと歩いていってしまう。紫翠は、ぽかんとその後姿を眺めて、呟いた。
「……シェイドも感染してたんでしょうか?」
 くす、と笑ったレラージュは、紫翠の首にふわりとマフラーを巻いた。
「いいえ、違いますわよ……けれど、やっぱり本職にはかないませんわね。それ、目立つからこれで隠しておいてくださいな」
 紫翠の首筋には、今度は誰が見てもはっきりと分かるようなキスマークがつけられていたのだった。

「ありがとう……マフラー、暖かいです。……ところで、『それ』って何ですか?」
 まあ、当の紫翠は全く気付いていないわけだが。



 七瀬 歩に一生懸命噛みついていた桐生 円も解毒され、歩はようやく解放された。
 念のために、という言い訳の元にこっそり真口 悠希も解毒薬をもらい、禁断症状を解消することができ、一息つける状態になるのだった。

「もー、円ちゃん噛みすぎだよー」
 清純派の歩としては女の子同士とはいえそうそう噛ませるわけにもいかない。
 と、色々頑張ってブロックしていたわけだが、やはり全てをガードできるわけではなく、多少なりとも円に噛まれたりもしたのだった。
「えへへー、ごめんごめん……でもなんか落ち着かないからもうちょっと噛んでいい?」
「だめーっ!」
 と、その二人の横でもじもじとしている悠希。歩は声をかけた。
「……悠希ちゃん、どうしたの? 具合悪い?」
「いいえ……でも、ごめんなさい!」
 突然、深々と頭を下げた悠希。何が起こったのかと歩は目を丸くする。

「あの……ボクも……実はさっきから感染してて……お薬のせいとは言え、歩さまを噛みたいってずっと思っていました。その……円さまは素直に感情を出されて羨ましいとも……。こんなの、気持ち悪いですよね……お側にいられなくても、仕方ないと思いますし……でも、一言だけ謝っておきたくて……」
 うつむきながら、絞り出すように言葉を発する悠希。歩は、ちょっとだけため息をつくと、にっこりと微笑んで悠希を撫でた。

「……歩、さま?」
「そうかあ、悠希ちゃんも噛みたかったんだね。でも、こういうのって順序とか雰囲気とかってとても大事だから――結局噛みつかなかったじゃない? そういうことをちゃんと守れる悠希ちゃんはとっても偉いと思うよ。……これからもよろしくね」
 なでなで、と歩は悠希の頭をなで続けた。
 悠希の瞳に涙が浮かび、また深々と頭を下げる。

「あ、ありがとうございます……! ボクも、もっと人の気持ちが分かるようになったり、人を思いやる心を持てるように、頑張ります!」
 そう、歩さまのように、と心に誓う悠希だった。



「まったくさぁ、噛みすぎなのよ刀真は! いくら薬のせいだからってもうちょっと我慢するでしょ普通!?」
 漆髪 月夜はそんな文句を言いながら、樹月 刀真と玉藻 前と共に学園を後にする。
 結局、解毒薬ができあがるまでの間、刀真は知り合いと見れば噛みつきかかり、その都度月夜に撃たれて、というのを繰り返していたのだ。
「だって、ガスのせいだったんだし……」
 と、言い訳をしつつも先に歩いていってしまう刀真。月夜はまだ言い足りないようで、玉藻にも文句を言っている。
「大体さぁ、あれだけ他の人達に噛みついておいて何で私達には噛みついて来ないの? おかしいよ、玉ちゃんも何か言ってよ!」
 しかし、玉藻はあまり取りあわず、逆に月夜に一言物申した。
「何かと言ってもな……刀真が我らにことさら気を使っておるから、内心必死で我慢していたのだろ? 大体……月夜お前、刀真を撃ちすぎだよ。それに対して文句も言って来ないんだから……分かるだろう?」
 むー、と月夜は納得したようなしないような顔で、玉藻の背中にぎゅっとしがみついた。
「……月夜?」
「玉ちゃんにいっぱい噛まれたからね。今度は私が甘えるのっ!」

 ふむ、まあいいか、と玉藻。三人は夕陽の中を仲良く歩いていった。



 夜月 鴉は三人のパートナー、白羽 凪とユベール トゥーナとアグリ・アイフェス達と下校していた。
 やっと三人から噛まれていた状況から解放された鴉は、体が軽くなったと喜んで歩いている。

「あの……薬でおかしくなって、噛みついてしまってすみませんでした」
 いつもは毒舌のアグリが素直に謝ってきたので、目を丸くした鴉はまあ気にすんなよ、と微笑んだ。
 それはそれとして、三人はガスの影響で噛みついてしまったことで、鴉が自分達の気持ちに気付いたのではないかと思い、内心ドキドキしていた。
 アグリはそこのところについてちょっと確かめてみることにした。

「それで……ワタシ達が噛みついてしまったこと……どう思ってるのですか……?」
 凪とトゥーナも顔を赤らめて聞いている。アグリほど積極的に確かめようとは思っていなかったが、やはり気になるものは気になるのだ。
 だが。


「……どう……って何が?」
 ダメだこりゃ。


 はぁ、とため息をついてアグリは先に歩いて行く。
「……この朴念仁」
 と、一言を残して。

「はぁ……やっぱり……」
 凪も変わらない様子の鴉にホッとしつつも、少しだけ残念に思いアグリの後を追った。

「……いくら何でも鈍感すぎない?」
 と、トゥーナも怒った様子で二人の後につく。

「えー? なんだよ、何で先に行くんだよー?」
 一人、まるで分かっていない鴉だった。


 ――今日はとてつもなく運が悪いな、と思いながら。



「リリカルまじかる〜、正気になれぇ〜♪」
 秋月 葵は解毒薬の散布の手伝いをしながら、まだ解毒薬の効果が現れない生徒達にオープンユアハート▽をかけてとりあえずの落ち着きを取り戻させていた。
 解毒することはできないが、どうやら一定の効果があるようで、とりあえず解毒薬が効果を出すまでの間は持ちそうだった。
「ふにゃふにゃ、葵は頑張るにゃ〜」
 と、まだその後頭部に噛みついているイングリット・ローゼンベルグは呑気なものだ。
「……まだ解毒薬、効いてこないの?」
「……おいしいにゃ〜」
「そういえば、サッカー部の練習試合は申し込んだの?」
「あ、まだだったにゃ! 行ってくるにゃ!!」
 ぺり、と葵から離れて走っていくイングリット。
「……やっぱり、もう治ってたんじゃない」
 と、葵は呆れつつもその後ろ姿を見送ったのだった。



 保健室にいたコトノハ・リナファとルオシン・アルカナロードを叩き出し、使っていなかったベッドに東峰院 香奈を寝かせていた桜葉 忍は、解毒薬を貰ってきて、香奈に使った。
 今は、とりあえず疲労したであろう香奈を休めて、その寝顔を見守っているところだ。

「……香奈……すまない、感染していたことに気付かなかった……」
 さっきまでうなされるように苦しんでいた香奈だが、解毒薬を使うとすうすうと柔らかな寝息を立てるようになった。とりあえず安心し、安らかな寝顔の香奈の髪をそっと撫でた。

 確かに、体調が悪いのではと思ったが、倒れるほどに我慢していたとは思わなかった。押し寄せる後悔と共に、その意味を徐々に考え始める忍。
「そりゃあ、好きかって言われれば……パートナーだしな……」
 きっとそういう意味の『好き』だよな、と口の中で呟くと、少しだけ胸が痛んだ。
 それは、忍が今まで経験したことがない痛みだった。パートナーだしな、の続きを自分に当てはめてみる。


「……俺は……どうなんだろう……」


 そのまま、香奈が目覚めるまでずっとその寝顔を見守り続ける忍だった。



 多比良 幽那は、解毒薬が散布されるまで、自らの欲望に逆らうことなくクド・ストレイフとの噛みつきデュエルを続けていたが、解毒薬の効果が来るとすぐに冷静になった。
 クドも、相手が解毒されたのを見て、とりあえずデュエルを中止する。
 胸の内から湧きあがる衝動を失った幽那は、解毒薬を散布していた陽太に事情を聞いてみた。
「ああ……放送聞いてなかったんですね。あれは、好きな人に噛みつきたくなるガスだったんですよ」
 陽太は、さっさと仕事を終わらせて恋人である御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の元に帰りたいので、説明を省略して次の散布先へと向かってしまった。

 待ってて下さい、環菜さ〜ん。

「え……えええぇぇぇ!?」
 ようやくガスの効果と、誰かに噛みつきたいという衝動の意味を知った幽那は、顔を真っ赤にして慌てた。
「なー幽さん。腹減ったよ、なんか喰って帰りませんかーっと」
 と、元よりガスに感染していなかったクドは、憎たらしいほど相変わらずだ。
 クドの方は、どうも幽那の気持ちとクドの気持ちの事実に気付いていないようにも見える。幽那は少しだけ落ち着きを取り戻した。

「……あきれた……あれだけ噛んでおいて、まだ足りないわけ? ほぉら」
 と、幽那は冗談めかして自分の頬を差し出した。

「……いただきます」
 と、その頬を一瞬だけ軽く噛むクド。
「……!!!」
 幽那は予想外の反応に今度は耳まで真っ赤にして叫んだ。


「こ、こ、こ、このバカーーーっ!!!」


 夕陽の中を逃げ出すクド、それを追いかける幽那。二人の追いかけっこは、延々と続いた。



 街で事件を追い、再発防止のために売人の薬品在庫とグループの解明に尽力していたルカルカ・ルーだったが、学園での事件解決の知らせを受けて、パートナーのダリル・ガイザックと共に学園に戻って来た。

 エース・ラグランツとエオリア・リュケイオンは事件の概要をルカルカと共に資料としてまとめて、涼司に報告してきた。火村 加夜も一緒で、茅野 菫も、とりあえず涼司の所に顔を出して報告をした形だ。

 ルカルカは、生徒の歯型だらけになった涼司を見てお腹がよじれるほど笑い倒したわけだが。

 校長室では、エースの連絡でやって来た警察が詳しい事情や今後の方針を校長である涼司と話し合い、とりあえず現場からの報告を終えた一行は校長室を後にしたのだ。

「はい、本当はこれを渡しに来たのよねー」
 と、ルカルカはハワイ土産のマカダミアチョコを加夜に渡す。涼司と花音には先に渡してある。
「わぁ……ありがとうございます」
 加夜はお礼を言いつつも、廊下の窓から外を見下ろした。
 外では、証拠品であるダイエット研究会の薬品を押収し、ダイエット研究会のメンバーから事情を聞くためにのパトカーが数台停まっている。
 そこに、会長を始めとするダイエット研究会のメンバーが乗っていく。未成年とはいえ違法薬物の売買と使用に関わったということなのだから、解毒薬を作って無罪放免、というわけにはいかない。
 逮捕とまではいかないが、補導と指導のうえ保護観察、といったところだろうか。

「ま、その辺は警察が答えをだすでしょ、じゃあボクはこの辺で。シズルに会って行かないとなぁ……」
 と、菫は一行から離れて歩き出した。廊下で何人も固まって話していたので少し狭い。通り抜けようとした菫は、エオリアと肩をぶつけてしまった。
「っと、悪いね」
 だが、エオリアは優しく微笑んで菫の肩を掃った。
「いえ、こちらこそ……お疲れ様でした」
「……じゃあね」

 と、やや急ぎ足で離れていく菫。
 エオリアはその姿が見えなくなった後、懐から小ビンを二つ取り出した。
「それは?」
 と尋ねるエース。微笑みながら、エオリアは答えた。
「……未押収の証拠品です」
 と。


 その頃、菫は一行を離れたところで、解毒薬の作成を手伝うフリをして現場からくすねてきたガスの原液と解毒薬がないことに気付いた。
「あいつ……涼しい顔してやってくれるじゃないか……っ!!」
 さっき肩がぶつかった時、菫が現場からそれらの品を失敬していっるのに気付いていたエオリアが、菫から掏り取ったのだ。
 一人悪態をつく菫だが、転んでもただでは起きない。
「まあいいさ……調合の仕方と比率は全部覚えてるんだ……あとはあの薬品を手に入れるルートさえ確保できれば、再現は可能だから……」
 フフフ、と含み笑いを残して加能 シズルの元へと急ぐ菫だった。



「それじゃあ、とりあえず妨害してきた連中はダイエット研究会とは本当に何の関係もない、ということだね」
 と、エースは集まったメンバーに告げた。
 嵩代 紫苑と柊 さくら、そして西尾 桜子と西尾 トト。さらに緋ノ神 紅凛とブリジット・イェーガーは、何度も『独身貴族評議会』と交戦し、その多くを撃退し、捕らえることができた。
 その結果として、評議会自体はダイエット研究会とは関係がなく、本当に事件の尻馬に載って騒いでいたことが分かった。
 評議会の処分としては校長である山葉 涼司に一任して身柄を引き渡し、エースや加夜のようにダイエット研究会を調べていたメンバーと合流していたのだ。

「それじゃ、あの薬って……女の子と話をするきっかけのために作っていた……てことですか?」
 と、桜子は呆れたように言った。エースとエオリアは苦笑いを交し、頷いた。
「はぁ、何だかそんなバカな理由で振り回されていたのかと思うと、ねえ? ブリ公」
 と、同じく苦笑いを浮かべたのは紅凛だ。
「だからブリ公って呼ぶのやめてください」
 ブリジットは落ち着いて見えるが、紅凛の呼び方に憮然とした表情だ。
「何だかなぁ……今日、学園ないではあれだけみんなイチャついていたっていうのに……」
 と、紫苑はようやく離れてくれたさくらを撫でている。

 エースが頷いた。確かに、今日の学園内では、一体どれほどのカップルが互いの頬を噛んだり、抱き合ったりしていたことだろう。
 それだというのに、事件の真相はこの通り。


「まったく、ロマンティックにはほど遠いね――」



 ヴァル・ゴライオンとキリカ・キリルクもまた『独身貴族評議会』の撃退に協力したが、制圧した敵の連行と報告は他のメンバーに任せて、自分達は解毒薬を貰って帰ることろだった。
「やれやれ……今日はなかなか辛い一日だったな……」
「……そうですね」
 ヴァルの呟きに、キリカが頷いた。
 その一言をちょっとだけ疑問に思った。
 敵の数こそ多かったものの、行なった戦闘はそれほど激しいものではなかった。ヴァルが辛かったと言ったのはガスの禁断症状でキリカに噛みつきたいのを我慢するのが辛かった、という意味なのだ。

「キリ……」
「――あ、シャツの袖がほつれていますね」
 何かを確かめようと、ヴァルが呼びかけたその名を、キリカ本人が遮った。見ると、確かにヴァルのシャツの袖口がほつれている。戦闘中に引っ掛けたのだろうか。
「動かないで下さい」
 キリカはソーイングセットを取り出し、そのほつれを手際良く縫っていく。縫っていると、ヴァルの腕が間近で感じられる。キリカはその褐色の素肌から目が離せなくなった。

 解毒薬は貰い既に処置しているものの、ずっと我慢していたキリカやヴァルからはまだ完全に薬が抜けていなかったのかもしれない。

「――っ!」
 縫い終わった糸を、口にくわえて糸切り歯で切った時、ヴァルの手首を軽く噛んでしまったキリカ。
 ヴァルは、少しだけ驚いてキリカを見た。夕陽の中に照らし出された、少しだけ困ったようなその表情――。


 ――今、自分はどんな顔をしているのだろう――だが、夕陽の中に浮かび上がるヴァルの照れたような笑顔しか見えなかった。
 きっと、同じような顔をしていたに違いない、とキリカは思った。



「果たして、そうでしょうか……?」
 と、エースの言葉に加夜は言った。
「確かに、やり方は間違ったかもしれませんが……ダイエット研究会の人たちも……いつか出会うかもしれない素敵な人のための準備をしている……ううん、みんな、きっと」
 真っ直ぐに夕陽を見つめた。
「そう考えると……ちょっとだけロマンティックじゃないですか?」



 ミーナ・リンドバーグと高島 恵美、それにフランカ・マキャフリーは蒼空学園を後にして、三人仲良く家に帰ることころだ。
 ミーナとフランカの二人でひたすら恵美の頬を噛んでいたのだが、解毒剤の散布を受けて解毒された。今はフランカを真ん中にして、両側で手を繋いで歩いている。

「ねーねー、今日もいっぱい楽しかったですね〜っ!!」
 とフランカは笑った。
「ね、楽しかったね。おいしくてやわらかくてふわふわだったね〜」
 ミーナは恵美の頬の感触を思いだしているのだろうか。
「ふふ……さ、帰ったら晩御飯にしましょうね。フランカちゃんは何が食べたい?」
 恵美がフランカに笑いかけると、フランカは次々と食べたいもののメニューを挙げていくのだった。

 夕陽が街に落ちる。仲良く手を繋いだ三人の影は長く伸び、やがて街の影の中へと消えていった。

 今日も楽しかった。
 今日も幸せだった。


 今日も、愛のある一日だった。


 『ロマンティックにゃほど遠い』<END>

担当マスターより

▼担当マスター

まるよし

▼マスターコメント

 みなさまこんばんは、まるよしです。

 『ロマンティックにゃほど遠い』はいかがでしたでしょうか、もし少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 今回はシナリオガイドを発表してから、予約が一瞬で埋まってものすごくビックリしました。また、最終的には35人の抽選に85人以上もの参加があり、さらに驚きました。

 これが恋愛ジャンルの力か……!! でもこれって恋愛で良かったのかなあ……!!

 しかし、そうなると当然のように参加いただくPC数は自己における過去最大数の111人。本当にありがとうございました。3ケタ越えると迫力が違いますね。
 まとめるのは大変でしたが、ここでまた驚きの事実が。

 『事件解決を邪魔する』という選択をしたPL様が一人もいなかったのです。

 もう自分の恋人か、事件の犯人しか見えていないという両極端。これにより今回は登場予定のなかった『独身貴族評議会』が初登場となったわけです。


 今回は、各PCのバランス取りに苦労しました。まだまだ偏りがありますが、前三作に比べれば平均化されてきたのではないか、と思っています。今後も頑張って意識していきたいところです。

 いつも個別コメントにロクなことが書けなくてすみません……! どうも個別にメッセージを送るのが苦手なようで、テンプレート的なメッセージしか書けなくて申し訳なく思っています。あと称号のセンスが悪いと思いますので、気にいらない場合はどうかさらっと無視して下さい。


 話は変わりますが、今回は『蒼空のフロンティア』を始めたばかりのPL様が多くいらっしゃったようでした。もしよろしければ、感想掲示板などでリアクション中に関係のあったPC様などにはご挨拶していただけると、今後の交流のきっかけになって良いのではないかと思います。


 それでは、今回はこの辺で失礼いたします。
 まだ未定ですが、バレンタインのシナリオもやりたいなと思っていますので、もし間に合えばよろしくお願いいたします。ジャンルはたぶんコメディです。

 ご参加いただきました皆さん、そして読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました。