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ロマンティックにゃほど遠い

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ロマンティックにゃほど遠い

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第6章


「いやぁ、はっはっは。モテる女は辛いなぁ〜」
 などと、陽気な独り言をこぼしながら廊下を走るのはリネン・エルフト(りねん・えるふと)のパートナー、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)だ。
 彼女は紆余曲折を経てカナンからやって来た冒険者だが、今はリネンが副団長を務める『シャーウッドの森空賊団』に身を寄せている。
 それはともかく今日の彼女の活躍の場は空ではなく、蒼空学園の廊下というわけだ。
 活躍と言っても、たまに学園に顔を出したら彼女の部下六人ほどが全員もれなくガスに感染し、それから逃げているだけなのだが。
 元より可愛い女の子は大好物だが、さすがに六人相手じゃ身体が持たない、と逃げの一手を決め込んだというわけである。

「ま、それはいいとして――リネンのやつ、どこに行ったんだ?」

 そのリネンはというと、蒼空学園に着いて少しするとフェイミィから逃げ出すようにして姿をくらませてしまったのである。

「様子がおかしかったが……リネンもガスとやらに感染したのか……ちょっと心配ではあるし、やはり確保しておくか」
 いよいよ本腰入れてリネンを探そうとした時。

「お姉さま〜」
「どこに行ったのですかぁ〜?」

 という声が廊下の向こうから聞こえてきた。さっき振り切ったはずの部下たちだ。
「さすがオレの部下、なかなか優秀じゃないか」

 と、再び場所を移動するフェイミィ。
「それに、リネンが誰に噛みつきたがるのか興味あるしなぁ♪」

 やや面白半分である。


 ところでそのリネンはというと、廊下から姿を隠して空き教室でフェイミィをやり過ごしていた。

「はぁ……どうして……逃げちゃったんだろ……何だか急に頭が……ぼぅっ……として……フェイミィの頬が……おいしそう……」
 そこまで独り言をこぼしてから、ブンブンと頭を振った。
「何で? ガスに感染すると……好き……な相手に噛みつきたくなるって……聞いたけど……フェイミィは女性で……女同士なのに……!?」

 自らの思考に愕然とするリネン。彼女の恋愛対象はあくまでノーマルなのだ。
 なのに確かに今、フェイミィの頬を噛んでしまいたいと思っている自分がいることに恐怖に近い感情を感じる。

 とりあえずその部分だけをクローズアップすると、リネン・エルフトはフェイミィ・オルトリンデのことが好き、ということになるのだが。


「……違う!! 何かの間違いよ……ダメよ、ダメ……誰か……助けて……」


 そのまま、教室の隅でしゃがみ込んで頭を抱えるリネン。
 その頭を、小さい手が優しく撫でた。


「――ひっ!?」


 誰かがいるとは思わなかったので、ビクっと身体を硬直させてリネンは驚く。その相手も驚いたようで、同時に手を引っ込めた。
 嘉神 春だった。
 フェイミィが追って来たのでないことにほっと胸を撫で下ろすリネン。春は口を開いた。

「どうしたの? 頭痛いの……?」
 その瞳が心配そうにリネンを覗き込む。くりっとした瞳がかわいい春はぱっと見ると10歳ちょっとの年齢にしか見えない。
「う……ううん。大丈夫……」
 基本的に口下手で、自らの感情を表現するのが苦手なリネンは、どうしても他人との会話に時間がかかってしまう。

「……心配して……くれて、ありがとう……」
 その一言を言うのに数十秒を要した。
 だが、春は特に気にした様子もなくしゃがみ飛んだリネンの指先をはむっと口に含んだ。
「ひゃうっ!?」
 リネンはすぐに手を引っ込める。
 だが、あまりに春が悲しそうな顔をしたので、恐る恐る指を差し出した。
「……そうか……感染してるんだね……」
 とすると、この目の前の少年は自分の事が好きなのだろうか? とリネンは疑問に思った。
 すると、自分がガスの効果について誤解している部分があることになる。
 つまり、必ずしも恋愛感情を抱いている相手ではなく、友達としての好きや、単に好みのタイプなども含まれるのではないか、と。

「……うん……そうよね……それなら説明つく……」
 確かにそれならば、パートナーであるフェイミィを噛みたくなってもおかしくはない。あくまでも友達や仲間の範疇で。
 そう思って、春にも聞いてみた。
「……ねぇ、やっぱり男の子だと……女の子を噛みたくなるんだよ……ね?」


「んー、どっちかというと大人の男の人が好きなかなぁ?」


「男の子だよねっ!? ……どうして男の人が相手なの……っ!?」
 あくまでノーマルのリネンには理解できないらしい。まとまりかかった思考がまたこんがらがってきた。


「みぃーっけた♪」
 そこに、フェイミィが登場した。
 リネンの気配を探していたところ、教室から声がしたので覗いてみた、というわけだ。
 そう考えると、パートナー同士というのはかくれんぼの相手としてはものすごく不適であろう。

「……!!」
 リネンは立ち上がって、もう一つの入り口から廊下に出て、走り出した。
 ダメだ、やっぱりダメだ。

 もう一度目の当たりにして分かった、理屈じゃない。
「……やっぱり噛みたい……頬だけじゃなくて……髪も……首も……ああ……どうして……」
 混乱する思考に涙を浮かべながら、必死に走るリネンだった。


                              ☆


「しつっこいんだよ! こんなところまで追いかけて来やがって!!」
 と、霧島 玖朔(きりしま・くざく)はパートナーの伊吹 九十九(いぶき・つくも)に向かって怒鳴った。
「追いかけてこなきゃサボりっぱなしでしょアンタはっ!!」
 と九十九は言い返した。確かに、教導団の仕事をサボってトンズラした玖朔を追いかけてきたわけだが、それで蒼空学園まで来ているのだから放っておいたらどこまで行くのか分からない。
 鬼の英霊である彼女が怒ると、頭の角がさらに天を突くように見える。

「――ったくよぉ……しょうがねえ……っつうかよ、何か騒がしくねぇ?」
 玖朔は周囲を見渡した。見るとあちこちで抱き合って噛み合っている男女の姿。
「ああ……さっき放送でガスがどうとか言ってじゃない……」
 どうやら九十九は聞いていたようだ。手短かに玖朔に説明する。
「ああ、なるほど。どうりで――」


 ――さっきからどうにも伊吹の角に噛みつきたいと思っていたわけだ。


「――伊吹」
 周囲の人混みを避けるように、さりげなく物陰に九十九を誘導した玖朔。くるりと体勢を入れ替えて一瞬で九十九を壁に追い詰める。
「な、何よ……何するつもり……」

 玖朔にはしっかりと別に恋人がいる。いるのだが、生粋の浮気癖と性根の悪さに定評のある玖朔はしょっちゅう他の女性にも手を出している。
 九十九は普段から何かとそんな玖朔に突っかかり、玖朔もそれに応戦したりの日常なのだ。
 二人は、犬猿の仲だった。

「言うだけは言っておく……」
 しっかりと九十九の瞳を見つめながら迫る玖朔。
「……何よ……」
 少しずつ迫る玖朔の顔。だが、それをはねのけることができない九十九。
「……一応、我慢はした」
 言うが早いか、玖朔は追い詰めた九十九の頭の角に噛みついた。

「あ、ひゃわうっ!?」
 変な声を上げてビクンと反応する九十九。
「お、いい反応するじゃねえか……それじゃ……」
 遠慮なく、と更に強く噛みつく玖朔。
「あ……だめぇ……そこ、噛まない……で……んっ!」
 同時にもう一方の角に手を伸ばした。


 舐めて、噛み、撫でて、さする。


「ひぃっ! だめだって……やぁ……どう……して……こん、な……」
 心底嫌いな筈の相手に好き放題されて抵抗できない九十九。
「……かわいいな、お前……」
「……そういうこと……言うの、ズルい、よ……んぅ……」
 もう九十九には力が入らない、だんだんと嫌悪感よりも心地良さの方が広がっていき――


「何時触ってもいい身体してるよなぁ、お前って奴は……フヒヒヒヒ」
 ――即座に冷めた。


「胸は揉まなくてもいいでしょうがーーーっっっ!!!」
 ヒロイックアサルト、『怪力乱神』!!!
「あ、ちょっと待っ――」
 待つわけもない。玖朔の後頭部を片手で鷲掴みにしてそのまま壁に叩きつける!!

「べぎょっ!!!」

 玖朔の口から嫌な音が漏れて沈黙するが、九十九の怒りは収まらない。
「こぉの変態がぁーっ!!!」

 そのまま壁に押しつけた玖朔の顔面でアーチを描くようにこすりつけ、大きな虹を描いた。
「変態! 変態! やっぱアンタって最低のクズだわ!!」
 その虹の前で動かなくなった玖朔を更に蹴りつけて、羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら罵る九十九だった。


 ――虹と言っても、赤一色だが。


                              ☆


「何だか大変なことになったねー」
 と、ぼんやり状況を見渡すのは佐伯 梓(さえき・あずさ)。話し掛けているのはパートナー、イル・レグラリス(いる・れぐらりす)である。
「……あぎあぎ」
 特に返事もせず、自前のぬいぐるみを噛むイル。
 元々イルには噛み癖がある。さすがに始終噛みつくわけにはいかないので、いつもはぬいぐるみを噛んで欲求不満を解消しているのだ。ので、イルのぬいぐるみはいつも歯型がひどい。
 ぬいぐるみの名前はいつも『ニコ』。いつも、というのは噛み過ぎたぬいぐるみはすぐボロボロになるので、新しいものに取り替えられるのだ。そして取り替えられた新しいぬいぐるみの名前はまた『ニコ』になる、という寸法だった。

 それはともかく、呑気にのほほんと辺りを見物している梓に対して、周りの生徒達を観察するイルの表情は真剣そのものである。


 ……いつもはぬいぐるみじゃないものを噛みたいが我慢している。
 ……周りを見るとどうやら好きな相手に噛みついているらしい。
 ……放送を聞くと薬品ガスのせいらしい。つまり不可抗力、ここ重要。
 ……自分にも梓にもそういう症状は今のところ見られない。でも見た限りでは感染者は見ただけでは分からない、ここテストに出る。

 結論――今なら噛んでもガスのせい。


「うわたぁっ!?」
 突然、梓は悲鳴を上げた。何の予告もなしにいきなり腕を噛まれれば大抵の人間は悲鳴を上げるとは思うが。
 一応確認すると、やはり腕にイルが噛みついている。
「な、何するんだよイルー? オレはニコじゃないよー?」
 何が起こったのか分からずに抗議する梓。だが、イルは平然と言い放った。


「廊下でぼんやりしていたらガスに感染してしまったー。どうしようー」
 何たる棒読み!!!


「えーっ!? 感染したのーっ!? あ、だめやめて、痛い痛いーっ!!」
 戸惑う梓に一切遠慮することなく噛みまくるイル。ちなみに、本当はガスに感染しているわけではないので、甘噛みではなく本気噛みだ。
 だが、イルはガスに感染しているのだから、と躊躇している梓につけこんでイルの噛みつきはますます勢いを増していく。

「フフフ……梓はどんな鳴き声を聞かせてくれるのかな……?」
 梓のトレードマークであるゴスパンク服をするするとゆるめ、首筋を噛み、鎖骨を舐め、耳たぶを撫でるイル。

「あ……痛っ……やめてー、イルぅー……くすぐった……い、けど痛くて……何か、変に……」
「フフフフフ……アハハハハハハ!!!」
 すっかり調子に乗ったイルをもはや誰も止められない。


 結局、ほぼ全身くまなく噛まれて舐められて撫でられてワケもわからないままに唾液まみれにされてしまった梓だった。


 衣服もあられもなく乱されて、半裸とまではいかないまでもヒドい格好で廊下の隅に転がっている。
「うう……ヒドいよイルぅ〜」
 しくしくと抗議するが、イルはもう次の犠牲者を求め、廊下を歩き始めていた。


「フフフ……感染してるんだからしょうがないんだよ……ハハハハハ!」


                              ☆


 牧場の精 メリシェルはめーめーと歩いていた。
 パートナーのセルマ・アリスに置いていかれたからである。
 その背中には嘉神 春の姿。リネン・エルフトに置いて行かれた春は、廊下を歩くメリシェルに目をつけて、その毛並みを存分に堪能中だった。
「羊さん、かわいいなぁ〜」

「めー?」
 ボク急いでるめー。

「ふかふかだよ〜、かぷかぷぅ〜」
「めーめー」
 あー、何するめー。

 春を振りほどこうと懸命に歩くメリシェルだが、かえってその可愛さをアピールすることになるのだった。


 ところで、メリシェルのパートナー、セルマはというと。
「放せ、放せよぉっ!」
 友人であるセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)に羽交い絞めにされているところであった。

 廊下でばったりと出会った二人、聞けばセルマはこれから天御柱学院に行くと言う。理由は――恋人を噛みたいから。
 ガスに感染しているのは明らかだった、友人としてはこのまま行かせるわけにはいかない。

 何しろガスに感染して前後の見境がない上に、解毒薬が出来た時に学内にいないと解毒できない可能性すらある。
 ついでにこのまま天学に行かせて相手側に被害を与えるのもいただけない。
 という諸々の事情でセシルはセルマを止めているのである。


「放してくれよセシルぅ……どうしてそんな意地悪するんだよぅ……俺はただ天学に行きたいだけなのに……」
 ついにはぐずぐずと泣きだしてしまうセルマ。
 だが騙されてはいけない、泣いているのは顔だけで身体の方は愛しい恋人の頬を求めて絶賛抵抗中だ。

「ええい、泣いてんじゃねえぞセルマ! つうか泣きながら暴れるな!」
 必死にセルマを押さえつけながら、それでも懸命に呼びかけるセシル。
 押さえつけられたセルマの前に、ひょっこりと月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)が顔を出した。だが今、彼には奈落人であるセアラ・ソル・アルセイス(せあらそる・あるせいす)が憑依しているので、そのメイン人格はセアラのものだが。
 ちなみに、奈落人セアラはセシルの遠い祖先であり同時に古代の少年巫女である。遠い未来にセシルの存在を予見し、記憶を引き継ぎながら転生を繰り返して現在に至るわけだが、それはまた別の話。

「ふむ……セシル、リリトさんが提案がるようです」
「提案!? こいつを止められるなら何でもいい!」
 それを聞いて、リリトの指示でセアラが懐から丸薬を取り出した。
「『激しい興奮と悲嘆の状態にあるようなので、それを相殺するがよかろう』……だそうです。はいセルマさん、これを飲んで下さい」

 と言ってセルマの前に差し出された丸薬は、緑色を基調とし、その中に黒と茶色の斑点がついたおどろおどろしい色をしていた。


 一言で言うと、口に入れていい類の色ではない。


「え、ちょっと待てその見るからに怪しい薬を飲ませる気か!? セルマ飲むな! セアラ飲ませるな!」
 と叫ぶセシルだがもう遅い。
 一粒かと思いきや、リリトの指示に何の疑いも持たないセアラ、片手に持てるだけの丸薬をセルマの口に詰め込んだのだから大変だ。


「うぅ……んぐ……何これ……ぐすぐす……ひっく……ひっははは……はっははっははっはははっはっはっははわははははははははははは」
 ぐすぐすと泣いていたセルマが突然引きつったように笑い出した。


 泣いていても笑っていても暴れることに変わりはない。ついにセシルは振りほどかれてしまうが、笑い続けるということはかなり行動に規制をかけるので、歩くこともできずにその場で笑い続けるセルマ。

「……何をした」
「『悲嘆とは真逆の感情をもたらそうと思ってヒトヨタケ科ヒカゲタケ属のキノコの成分を入れてみたのだが』、だそうですが」
「ヒトヨタケ科? ……何だよそれ」
 世間一般で言う所の『ワライタケ』である。


「毒キノコじゃねえか!!!」


「『どれ、では別の薬を』ってリリトさん、もうやめましょうよ、ムリですよ」
 次の薬を取り出そうと意識下で指示するリリトだが、今度はさすがにセアラも止めた。


「うわははははははははははははははははははははは」


 まるで機関銃のように笑うセルマだが、本人はキノコの毒による幻覚にやられて機械的に笑わされているだけで、面白いことがあったわけではない。
 そこに、マリアベル・ティオラ・ベアトリーセ(まりあべるてぃおら・べあとりーせ)がすっと前に出た。
 彼女は今でこそ魔鎧だが、彼女もまたセシルの遠い祖先であり、生きていた時代ではセアラの妻であった。
 ふわりとした長い金髪をたなびかせ、やさしく青い瞳を潤ませながら、彼女は言った。

「ああ、セルマ様。こんなに苦しそうに愛しい人を求めて、おかわいそうに……」
「あはははははははははははははははははははははは」
「リリト様のお薬も利かないのであれば……そうだ、せめてこれを食べて落ち着いて下さいな」

 ひょい、とセルマの口に放り込んだのは、手元の大きなバスケットから取りだしたマリアベルお手製のカップケーキである。
 セシルは、そのケーキに見覚えがあった。


 あれは確かそう、台所で――


「セルマっ! それを食べるなぁーっ!!」

 だが、セシルはまたしても遅かった。
「あはははは……え?」


 反射的にケーキを噛んだセルマの口の中で途端に起こる大爆発!!


「ぼべふぅっ!?」
 顔面を真っ黒に染めて倒れるセルマ。
 目の前で自分の作ったケーキが爆発して驚いたマリアベルは、おろおろとしながらも次の動作に移った。
「セ、セルマ様!? 何故このような……こちらのクッキーならきっと……」

 ふしぎなクッキーはばくはつした! セルマに999のダメージ!! セルマをやっつけた!!

「きゃあっ!!」
 二度目の爆発に精神的ショックを受けたマリアベルは身を引き、代わりにセシルが駆け寄った。

「セルマ!! セルマぁーっ!!!」

 へんじがない ただのしかばねのようだ。

「ああ……どうしてこんなことに……わたくしのせいでこんな……」
 友の亡骸を胸に叫ぶセシル、マリアベルはただおろおろと涙を流すしかなかった。そんなマリアベルを元は夫であるセアラがそっと慰める。
「ベル姫、自分を責めてはいけませんよ……貴女なりに一生懸命したことなのですから」


「ああ、でも……わたくし、親愛の印にと思って学園の皆様にお配りいたしましたのに」


 瞬間、セシルとセアラの間に流れる時間が凍りついた。

「な・ん・で・す・と?」
 見ると、確かにマリアベルが持っているバスケットは空だ。朝にはそれに一杯のケーキとクッキーが入っていたのである。それに上から布を掛けてあったので何が入っているのかセシルたちは知らなかったわけだが。
「行くぞセアラ!」
「行きましょう、セシル!」

 二人は同時に立ち上がった、セルマの頭がごちんと落ちる。
 このままでは蒼空学園が壊滅すると、二人はマリアベルの手を引いて走り出すのだった。


 爆発ケーキによる物理的ダメージを負い、毒キノコの作用でまだ身体を震わせながら倒れるセルマをその場に放置して。