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リアクション
長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は食料庫から潜入し、食堂を抜けると1階の捜索に取り掛かった。司が暴れている隙に「女たちはどこだ!? 逃げ出して無いだろうな!」と声を張り上げたレイの誘導に、ある蛮族が「ボスの部屋に移したはずだ!新入りの用心棒が見張ってる!」と応えたのだ。その言葉が引っかかっていた。移したはずだ、というからには他に閉じ込めて置く場所があるということだ。巽からのメールでも地下牢が存在することは明らかだ。1階はくまなく探したが、地下へ続く階段は見つけられなかった。
「そうなると――」
淳二は上の階を見上げる。2階のどこかに地下へ続く階段があるのだろう。そして、おそらく“そこからしか”地下牢へは行けない仕組みになっている。「巽も2回分階段を下った」と言っていたから、この推測はあっているはずだ。わざわざ逃げ出すかも知れない奴隷候補を遠回りして牢屋へ連れて行く必要は無い。
陽動班がずいぶんと倒してくれたようだが、おそらくまだ数人の蛮族が潜んでいるだろう。村雨丸へ手をかけ、足音を立てないよう、階段を駆け上がった。
御剣 紫音(みつるぎ・しおん)は敵の目を盗み、慎重に奥へと進んでいく。アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)は魔鎧へと姿を変え、白銀のロングコートとなり、寄り添い紫音の身を守っていた。いつ攻撃が飛んでくるか分からない。
やけに錆びた鍵のついた部屋が息を潜めている。ピッキングで開けた先は10畳ほどはある物置だった。もしかしたら蛮族たちも足を踏み入れていないかも知れない。埃の溜まった室内はカビ臭い。
綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)は紫音の後ろから周りを警戒しつつちょこちょこ付いていく。人質の救出をしたかったが、どうやら首領の部屋に居るらしい。真正面からの突入はライルと理子たちに任せてある。他に潜入できるルートは無いのだろうか。紫音は考えを巡らせながら部屋の中へ足を踏み入れる。
理子と言えば、彼女はお忍びのつもりらしい。気づかぬ振りをしてやろうと思ったのだが、ちょっとした悪戯心が湧いて声を掛けた時に「気づいているぞ」と言外に匂わせてやった。驚いた顔をしていたが――本当に周りにバレないと思ったのだろうか。
「……紫音? どうしたの?」
口元に笑みを浮かべた紫音へ風花はたずねる。
「さっきの理子の顔を思い出しただけだ」
のどを鳴らして笑う。当人は気に食わぬようだが、女とも間違われる容姿は美しく、風花はとても気に入っている。自分のためにほころぶ時など嬉しくてたまらない。今は他の人間のおかげで大好きな紫音の笑顔を見られているわけで、胸のうちは複雑だ。アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)は埃を被った本を見つけて顔を顰めている。
「どうするつもりじゃ、紫音」
本の埃を払ってやりながら、アルスは訊ねる。人質が首領の部屋では、突入するより他に人質を助けることは出来そうにない。
「2階へ行こう。もしかしたら侵入できる道があるかも知れないぜ」
***
理子とライルは砦の裏側に回り、侵入を開始しようとしていた。
「明子ってば、思いっきりやったわね」
ぼろぼろに崩れた壁はワニが口をあけている風にも見える。周囲を警戒しつつ、瓦礫を跨いで砦へ足を踏み入れる。開け放たれたドアの先では先に侵入した者たちが暴れてくれている。喚き声や剣の凌ぎ合う音、炎が燃え盛り、飛び交う銃弾。ライルは耳に届く生々しい音と、想像を絶する景色に息を呑んだ。こんな所へ1人で乗り込もうとしていたのか。
「いい、ライル、1人で無茶して飛び出したりしないこと」
「――わ、わかった」
「よし。じゃあ行きますか」
初めて見る光景に気おされたライルは、素直に頷いた。
にこりと笑って理子もサーベルを引き抜いた。手にしているのは「女王のサーベル」だ。斬姫刀スレイブオブフォーチュンだとさすがに1発で自分が西シャンバラ代王の高根沢理子だとバレてしまう。武器庫から一歩踏み出すと待ち構えていたのか上から次々と銃弾が打ち込まれる。
「しっかりこっちの動きもバレてるし〜ぃ……」
咄嗟に部屋へ下がり、壁に張り付く。どうやって先へ進むのか。不安になったライルは理子の顔を見て驚いた。困っているどころか楽しげに見える。鉄心が隙をついて発砲し、徐々に前へ進みながら、手招いた。機会を窺っていてもまた攻められるだけだ。対岸からロングボウを構えライルを狙っている。美幸が男の手元へ向かい銃弾を向けると同時に、飛び込み剣を振るった人物がいた。
「淳二!」
「上は任せろ! 俺と紫音で残りは始末する!」
偶然にも目指す場所が同じで、鉢合わせをした2人は左右に別れ2階を制圧することにしたのだ。うめきが聞こえ振り返ると紫音のロケットパンチをまともに食らった男が吹っ飛ばされていた。
「はしゃいで周りに迷惑かけるんじゃないぜ? “理子っち”!」
「うっ、うるさいわねっ! 分かってるわよ!」
理子の反応に笑いながら紫音はカーマインに切り替え、開いた扉を盾に発砲して応戦する。暗く沈んだ夜色の瞳で風花が理子を見下ろしていた。視線に気付いた理子は首を傾げる。
「……私の紫音を取らないで」
それだけ言うと、つんと顔を背け紫音を追いかけて行った。見ていたアルスは「青春じゃのう」と一人うんうんと頷いている。
「えーと……あたし、何かした?」
訊ねられフェンリルとライルは思わず顔を見合わせた。
――リコ、どうしたんだろう。
敵を討つ理子の動きが、いつもよりどこがぎこちない。思い切りが足りないというか……。それでも理子の走り抜ける後には蛮族が折り重なって伸びているのだけれど。
美羽は不思議に思って声を掛けた。
「リコどうしたの? 大丈夫?」
「うん、いつもと違うの使ってるから感覚がどうもねー……」
適当に手近にあった武器を持って来たわけだが、どうにも振り回し過ぎてしまう。刀身の長さや重さが違いすぎて距離感が上手く掴めないのだ。切れ味もあまり良くない。
「あの、良かったらこれ、使ってください」
突然、理子の目の前にウルクの剣が差し出された。よく見ると剣を持っているのはヒトではなく、小さな4体の人形だ。理子は思わず受け取ってしまった。人形は踊るようにして茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の元へ戻っていく。
「え――でも、いいの? あなたのでしょ」
「大丈夫。念のためにって持って来ただけなの。私にはこの子たちも居るから。例えば――」
衿栖が視線を鋭くすると、人形達が一斉に同じ方向へ手にしているナイフやフォークを投げつけた。物陰から理子を狙っていた男の手に刺さり、悲鳴と共に銃弾はあさっての方向へ散弾した。その声を聞きつけ別の場所から蛮族が衿栖へ攻撃を仕掛けてくる。四方からの銃弾をサイコキネシスで逸らしていて、背後から忍び寄る気配に気付くのが一歩遅れた。
「ふせて!」
理子の声に衿栖はすぐさま身をかがめる。思い切り踏み込んだ理子は、男の懐へ飛び込みウルクの剣をふるった。崩れ落ちた男は苦痛に身もだえている。
「さすがの切れ味!」
思わず衿栖は噴出した。理子の表情は新しい玩具を手に入れた少年のそれだ。目を瞬く理子へ衿栖は「何でもないの」と鈴を転がすように笑う。
「この子たち、みんな名前もちゃんとあるの。後で紹介させてね」
4体の人形が目を輝かせ、じっと理子を見詰めていた。そんな2人の空気へ無粋な亀裂を入れたのは嗚咽にも似た男の悲鳴だった。
「ぐ……あぁあぁぁあっ!」
「真っ2つにされなかっただけ、ありがたいと思ってよね!」
茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)は小さな体とは不釣合いな大剣を振り回しながら向かってくる蛮族を沈めていた。男が床に打ち付けられた所へ、軽々と操っていた大剣を突き立てる。ズシンと切っ先を受け止めた床が悲鳴を上げる。あと数ミリずれていたら顔が潰れていた。荒い呼吸を繰り返す男は気付けば涙を流していた。朱里は鼻を鳴らし、弾かれたように振り返る。乱射するロングボウを避け、弾き、朱里はぐんぐん男へ向かっていく。地を蹴った朱里は理子の視線に気付いた。一瞬絡む。すぐに敵へと視線を戻し、片手でぐるり振り上げた剣を、男が驚愕の目でロングボウを構えると同時に叩きつけた。
「すごい――」
理子は思わず呟いていた。大振りの剣をモノともしない細腕。すばやさ。身のこなし。構えに隙があるようで、張り巡らされた神経の網に死角が無い。それは朱里からしても同じだった。物怖じしない精神、軸にブレの無い立ち振る舞い。慣れぬ武器に戸惑っていたようだが、すぐに感覚を調整し飼い慣らしている。
いつか「いつも使っている」剣を手にした理子と手合わせをしてみたい。
朱里は理子の剣さばきを見つめながら、じわり胸が燻るのを感じていた。
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