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リアクション
水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)はよどんだ空気に眉をひそめる。
せっかくなのだから、しみったれた雰囲気ではなく、明快にさくっと解決してハッピーエンドを迎えたい。ここは1つ……と緋雨は腕をまくる。
「ねえねえ理子っち理子っち。どうせなら、最後は水戸黄門みたいにパーッとやろうよ」
「水戸黄門?」
「それとも遠山の金さん派? 暴れん坊将軍が良い? でも金さんは肩の刺青を見せないといけないし、悪人を裁くのも別の場所へ行かないといけないのよね……暴れん坊将軍は顔パスチートだからちょっと面白味に欠けるし。そうなるとやっぱり水戸黄門だと思うのよ!」
「はあ……」
「身長的に、助さん格さんは麻羅と命がやれば良いんじゃないかしら。印籠を見せて“ははぁ〜”ってなるのも良いし、何よりも助さんと格さんのあの口上が良いわ」
1人で突っ走る緋雨に、理子は若干乗り遅れていた。しかしパートナーの天津 麻羅(あまつ・まら)と火軻具土 命(ひのかぐつちの・みこと)はさすがと言おうか、緋雨の思いつきに両手を叩く。
「それは名案じゃのう! 緋雨」
「面白そうどすなぁ〜」
「よし、命、練習じゃ」
「合点承知の助!」
「良いか、理子。勝利の暁にはこうやるんじゃ。ええい、皆の者、静まれ!」
「静まれ!」
「この紋所が目に入らぬか〜!」
懐へ手を突っ込んだ麻羅は印籠を取り出した。
「あの印籠どこから持ってきたの」
「ものづくりの人間を甘く見ちゃダメよ、理子っち」
「作ったの!?」
「何事にも抜かりなく。完璧にってね。やっぱり形から入らないと」
理子の突っ込みに緋雨はちっちっちと指を振り、「あんなのちょちょいのちょいよ!」と得意げに胸をそらす。その台詞さっきもどこかで聞いたような気がする……と理子は軽いデジャヴュを感じつつ決め台詞の練習を眺めていると、どうやら佳境に差し掛かったらしい。美羽とコハクがいつの間にか悪役として参加して「はは〜あ」と頭を垂れている。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも西代王・高根ざ――もご!」
「だから、お・し・の・び・だって言ってるでしょーが!」
あわてて駆け寄り理子が麻羅と命の口をふさぐ。声を細め、ふがふが言っている2人に視線だけで「わかった!?」と念を押すと揃って大きく何度も首を縦に振った。めげずに「他の方法を考えなくっちゃね!」と盛り上がる3人から離れ、理子は盛大なため息をついた。あやうくバレる所だった。
「あなたも大変そうね、理子っち?」
光をはじく金髪、太陽を閉じ込めたような瞳の色。端正な顔立ちに、理子は見覚えがあるような気がした。目を細めると、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は口元に笑みを点す。
「分かるわ。有名人に似ていると、色々とあるじゃない。まあ私の場合は本人が療養中って分かりきっているから“そっくりさん”といちいち名乗らなくっても分かってもらえるのだけど」
まじまじと見詰められ、理子はすわりが悪くなり、もぞもぞと肩を揺らす。
「西の代王様に似ているのが時々事件に顔を出しているって聞いてたけど、確かに似てるわね……ああ、もちろん私「も」ニセモノよ。」
今度は理子がリカインの顔を見る。そういえば、“ニセカンナ”が居るという話を聞いたことがある。何でも他校の校長が間違えるぐらいに似ているのだとか――。噂には尾ひれが付くのが当たり前だから話半分に聞いていたのだが、確かに。
「有名人に似ている者同士での旅っていうのも面白そうだと思わない?」
突然の提案に理子は目をぱちぱちとさせる。
「返事は後で良いわ。私の腕を見て、お互いのメリットになりそうなら考えて見てくれないかしら。だからあなたの実力もちゃんと見せてね。自分で言うのもなんだけど、私、盾が得意なのよ。サポートは任せて。あなたとは気が合いそうだから、良いパートナーになれると思うの。返事を楽しみにしてるわ」
リカインと理子のやりとりを眺めていた中原 鞆絵(なかはら・ともえ)は木曾 義仲(きそ・よしなか)に問いかける。
「あの方……本当にニセモノさんなんでしょうか」
世の中には自分と似た人間が何人か居ると言うが――。代王の姿を思い返しながら、遊び人“理子っち”と重ねてみる。似ていると言えば似ている。記憶が正しければの事ではあるが。
「ふむ。影武者かと思ったが、単なる他人の空似かも知れんの」
「影武者ですか?」
確かに、それ相応の身分となると、常に一般人では想像も出来ないような危険に晒されるものだ。何時いかなる時に襲撃されるか分からない。万事に備えて影武者を置くものも少なく無い。
「しかし、仮に影武者だとしたら“代王”として行動するじゃろうからな。見た所その様子も無い」
「そうですね。代王として振舞わないと意味が無いですものね」
派手に「代王だ」と示し歩き、周囲の者にそこに代王が居ると信じさせることが重要なのだから。“理子っち”を見る界切り、ただの蒼空学園の一生徒である。他人の空似かも知れない。
「いつの時代も肩書きある物はつらいものよのお……あの娘も似てしまったがために苦労することもあるだろうに」
まあわしが言う事ではないのう、とハの字のひげを撫でながら義仲は笑った。
「ねえ、理子っちさん、良い事を思いついたんですけど」
背中をつつかれ、振り向いた先にある光景に理子は絶句した。いや、理子だけではない。フェンリルも叶も紫月もウィングも――ぽかんと口を空けるもの、目を瞬くもの、表現方法は様々であるが、皆一様に目の前の光景に固まっている。
「巽……あんたそのカッコ……」
「似合います?」
くるんと回って見せた風森 巽(かぜもり・たつみ)はスカートをちょっと持ち上げてお姫様っぽくお辞儀をして見せた。彼女が――いや、本来の姿は男なのだが――身につけているのは白百園女学院の制服だ。髪もいつもとは違うツインテールが揺れる。
「中の様子を知るには、やっぱり内部に侵入したほうが早いと思うんですよね。ということで、ティアと一緒にわざと捕まってこようと思います!」
「捕まってくるって……」
「装備は奪われちゃうかもしれないけど、魔法もあるし、タツミもいるから大丈夫だよ、理子っち。心配ないない!」
ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が「何とかなるなる!」と無邪気に理子の杞憂を笑い飛ばした。
「ちゃんとボク、銃型HCも持ってきたから、上手く行けば内部の情報もゲットできるかも知れないし」
「捕まった時に没収されちゃうかも知れないわよ」
「そこはタツミの演技力の見せ所だよ! か弱いお嬢様が道に迷ってふらり迷い込んだって感じにすれば案外いけちゃうかも」
「せ、成功すれば確実ではあるな」
理子と同じ様に言葉を失っていたフェンリルが言うと、「でしょ〜」とティアが何度も頷く。2人とも小柄で幼い顔立ちをしているから、相手を油断させるという点では一役買ってくれそうだ。
「もしHCが取られちゃったとしても、姉妹の安否は分かると思うんです。怪我をしていたら回復もして上げられるし、可能なら牢屋から連れ出して逃げて来ますから」
みなで目を見合わせる。反対意見は無いようだ。
「わかった。お願いするわ。でも、くれぐれも気をつけて。無茶はしないで」
「ういういー! 姉妹兄弟はヤッパリ一緒にいなきゃだよねぇ」
行ってきますー!と手を振る2人を送り出した所をガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は見逃さなかった。
「どういうつもりなんですか」
一斉に集まる複数の視線に怯みもせず、ガートルードは真っ直ぐ理子だけを見詰めていた。挑むように射る視線。剣呑。静態の怒り。だから理子は同じ様に見詰め返した。
「どういうつもりって?」
「あなたの行動が理解できません。これは立派は強盗誘拐事件です。“世直し”なんてお遊びで片付ける事件じゃありません。それに、あなたは荒野のことを何も分かってない。この地に善悪はありません。強いものが勝つ。ただそれだけです。蛮族の生き方も何も知らないのに悪事の一言で片付けるなんてあまりに短絡的です」
先を促すように、理子は沈黙を守った。
「敵討ちなんて無法行為をあなたが許すんですか? けしかけるんですか? 代王なら代王らしく法治国家として、国家指導者として警察を動かすべきではないのですか」
「理子様……」
「良いのよ、ランディ。それにさっき言ったけど、私は今ただの“理子っち”だよ」
剣へ手を伸ばしていたフェンリルを止めさせる。
「あなたの言う事、間違って無いと思う。否定するつもりも無いし、あたしのしていることが絶対的に正しいとも思っちゃ居ない。でもね、あたしはライルを助けたいと思ったの。あなたの言葉とライル、どっちに胸を打たれるかって言われたら、あたしはライルって答えるよ」
人のために動くなんて、それぐらいの理由で良いと思わない?
ガートルードが何も応えずに居ると、理子は微笑んだ。少し離れたところにいる生徒に呼ばれ、理子はガートルードを通り越していく。後に続いたフェンリルが擦れ違いざま「不用意に理子様だと吹聴するな」と削った氷のような声で釘を刺した。
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