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電子の国のアリスたち(後編)-ハートレス・クイーン

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電子の国のアリスたち(後編)-ハートレス・クイーン

リアクション

『ウイルスのサンプルが届いたわよ』
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)が、モニターの中からメインルームにいる面々に声をかけた。
 彼女は電脳空間でウイルス解析をするために、ヒパティアの内部にログインしている。ウイルスの入ったガラス球を受け取り、メインルームで、他の面子が抱え込んだマシンに、兵隊蟻と働き蟻のいくつかずつを送りつけた。
『しかし、あまり長くはログインしないでください。貧血を起こしてしまいます』
 ヒパティアが横で注意を促すが、彩羽は短期決戦で終わらせるわ、と胸を叩く。
「ちゃんと、時間になったらそれがしが彩羽殿を呼び戻すでござるよ」
 スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が、現実でそれらの会話に混ざりながらタイマーの用意を始めていた。
 彼女は一度オプションパーツにウイルス侵入を受けている。それに関する不安があり、彩羽に止められたのと、あのいやな感覚を二度と受けたくない気持ちが重なって、現実で支援することにしていた。
「皆様方、ウイルスは届いているでござるか?」
 メインルームのマシンについては、今は完全にヒパティアの統治が行き届き、ウイルスも駆除されたクリーンな状況になっている。
 あらためて、しっかりとウイルスに対する環境を作り上げ、対策してあるのだが、ようやく当のウイルスのサンプルが手に入ったのだ。
 七枷 陣(ななかせ・じん)が、ケーブルなどを整理し、校内のネットワークやサーバーをピックアップしていた手をとめてヒパティアに訪ねる。
「なあ、バックアップデータって、どこかに残ってなかったかな? コトが起こる前のがあればええんやけど」
『すみません、メインルームにあるマシンのものは、すべて書き換えられているようです、更新日時がすべてそれ以降でしたから』
 自分が触れたマシンの履歴をまばたきの一瞬で閲覧し、ヒパティアはそう応えた。
 うあー、とげんなりした表情で、自分の考えがすべて無駄になったかと絶望しかけた陣だが、横からの声に救われた。
「もしかしたら、可能性の話だけど、できるかもだぜ」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が、話を小耳に挟んで顔を上げた。
「え、マジで? 聞かせてや」
 手早く履歴を表示し、蟻の侵略のルートを調べた資料をモニターの上に広げていく。
「とりあえず、現状把握させてもらおうと思って調べてたんだが、使用率が高いマシンは、蟻の侵略スピード自体が遅いみたいだ」
 一定の割合までは蟻の侵略にスピードはあるが、それ以降はおそらく演算を吸い出すために根幹部分に集中しているためのようなのだ。
 綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)がそれに続けて補足する。
「ですからもしかすると、全部は無理かもしれませんが、大きなサーバーのどこかに一部なら残っている可能性はあるかも、ですぇ」
 あるサーバーの履歴を引き出してみると、メモリやCPUは蟻に侵略されつくしているが、ただデータの保存されたハードディスクだけを見てみれば、蟻は比較的少ないのである。確かにディスク単独での蟻の生存率は低かった。
 校内の設備でもハイスペックなサーバーやスパコン、そして当時使用されていたものをあたってみれば、道はあるかもしれない。
「おっしゃ、やってみんでー!」
 陣は猛然とモニターにとりついて、検索する機器のピックアップを始めた。
 確かに、なにもかもが蟻に食われているわけではないはず、いくら蟻だって、食べられないものや用のないものに興味は示さないと思うのだ。
 蟻がほしがる物は演算容量であり、中身のつまったデータなど、多分そう必要なものではないはずだ。まあ、蟻の考えることはわからないけれど。
『何をされるのですか?』
「ワクチンとか、そっちは頼んだからな。俺はあいつらの足下、ひっくり返したるつもりや」
 バックアップデータを使って、蟻の影響をうけていない以前の状態に戻すことができれば、敵の力を削れるはずだと考えている。
 紫音は、自分の考えも述べた。
「俺は、ウイルスをブロックできるようにすることを考えてる」
『私はね、ウイルスの性質をもっと深く解析してみるつもり。そうすればパートナーロストの問題にも目を向けられると思うんだけれど』
 電脳空間から、彩羽が主張すると、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)がぴょいとモニターの前に飛び出した。というよりも、取り付けたカメラの前に飛び出した。
「こたは、こたはうぃーるすをめっ!するんれす!」
『ちょっ…、ごめんなさい、見えないわよう』
 彩羽からは、今多分コタローのドアップで視界が埋め尽くされている。
 緒方 章(おがた・あきら)がコタローを引き剥がしてフォローをいれた。意気込みでじたじたするコタローを押さえ込む。
「ああ、ごめんよ。僕らはウイルスに対するワクチンを作成するつもりなんだ」
『あら、私たちと狙っている所は近いわね、みんなで気になったことはどんどん共有していきましょうね』

「紫音、用意はできてますぇ、はじめましょか」
「ああ、せっかくだもんなあ、俺だって力押しばっかじゃないってとこ、見せないとな」
 紫音が心から呟いた、軽くストレッチをし、さて取り掛かるかとモニターに向き直る。
 アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)と、アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)は顔を見合わせて、くすくすと笑う。
「主様も、いつも力押しの自覚があったようじゃのう」
「ほんにのう、いつもこのように落ち着いてくれるとよいのう」
 パートナーの魔道書と魔鎧が、ひそひそと(聞こえるように)内緒話をしている。
「お、おまえら…うるさいぞ!」
「冗談じゃ、我らが貴公らを守る、存分にがんばるのじゃ」
 敵の攻撃が現実に及んだ現在、対策を取ろうとしているこのメインルームが狙われない保障はない、彼女達はそれに対して備えていた。
 この部屋のマシンは、すべてクリーンではあるが、何時どこでどんな問題が起こるかは、予想がつかないのだ。

 コタローは電脳空間に降りて、蟻退治組に参加したパートナーとマイクを通して会話している。
「ねーたん、じにゃ、いてらさー。こたもがんばうお!」
 カメラの前で、今度はじゃまをしないよう少し離れてぴょこぴょこしながら、コタローはエールを贈った。
「コタ君だけじゃなく、僕もがんばってるんだからねー」
『ああ、行ってくる。アキラ、コタローも気をつけろよ』
 林田 樹(はやしだ・いつき)が電脳空間から応答し、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)はぶすくれながら章に釘をさした。
『今回は提案に乗ってやりますけどねぇ! 樹様になにかあったらボコボコにしてやりますから、そのつもりで頑張りやがれです!』
「はいはーい、樹ちゃんのことは僕に任せておけばいいよ」
 章の提案で、彼女らは二手に分かれている。章とコタローがウイルスのワクチンを作成し、樹とジーナが頭数を減らしていき、蟻について順次気づいたことがあれば連絡をすることになっている。
「さてコタ君、ウイルスのおさらいだ」
「うぃーるすは、ぱしょこんのなかの、でーた、ぱくぱくする、あおむししゃんれす!」
 うにゃうにゃしたものを形作るジェスチャーをしながら、得意げにコタローは応える。
「正解。そして大抵は増殖して、どんどんひどいことになっていく」
 彼の博識は、医学知識に加え、コンピューターウイルスにも及んだ。
「ぱしょこんが、うぃーるすをこぴーき、みたいにいっぱいあおむししゃん、ふやしちゃうん」
「そうだねえ、今回は学校ぐらい大きいコピー機だから、急がないとどんどん、どんどん増えていく」
「こた、ちまうのこぴーさせるようにすうよ!」
「それがいい、がんばろうねえ」
 章個人は、今回のウイルスをヒトインフルエンザウイルスに近いと仮定している。リソースを取り込む性質は、その増殖にも関与していると予測している、完全な証明ではないにせよ、事実幾つかの仮定の裏づけが今までの報告にある。
 コタローのコピー機という考えは、彼のインフルエンザという仮定にも、対抗手段のワクチンのイメージにも合致した。
「そう、やつらの指揮系統を混乱させるのさ」
 ウイルスの性質を解明するという彩羽ともデータを共有すれば、これは意外と上手くいくのでは、と彼らは予測を立てた。