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リアクション
●二人の看板娘
再び屋台が並ぶあたりを歩くユマ一行に、
「ユマさん、こっちこっち!」
と、呼びかける明るい声があった。
鈴が鳴るようなその声の主は琳 鳳明(りん・ほうめい)だ。
焼きそばの屋台、鉄板の向こうから鳳明は手招きする。ざくざくに刻んだ山盛りのキャベツ、肉にもやし、あとは焼くだけのゆで麺、灯油缶に入ったたっぷりソース、青のりの缶にかつお節の缶、なんとも賑やかで楽しげな光景だった。
「琳さん」
ユマは服の袖を左手で押さえつつ右手を挙げた。
「お久しぶりです」
「うん、久しぶりっ」
再開を喜び合う両者の間に、ぬっ、と割り入る青年の姿があった。
「ふははははっ、次におまえは『邪魔よどいて』と言う!」
「邪魔よどいて……はっ!」
鳳明は驚いて硬直……するようなことはなく、ごく平然と、
「そりゃあ、この状況なら当然そう言うでしょうよ。ほら、どいて、ジークくん」
と、割り込み大登場したジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)を押しのけるのだった。
「まずは食べてみて」
鳳明は笑顔で、ユマ、クローラ、セリオスに焼きそばを配った。
浴衣姿の彼女は、本日は焼きそば屋台の経営をしているのだという。
「まず、セラさんが色々と動いて許可を取ってくれて、屋台の準備もやっぱりセラさんがこなしてくれたの。で、焼きそばを焼くのも、料理上手なセラさんが……あれ? そうすると私、何やってたんだろ?」
額に手を当て考え込む鳳明に、
「鳳明は、売り子をしてくれているじゃないですか」
パートナーのセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)がフォローを入れた。さすが料理は名人級、セラフィーナの腕の動きは大きく早い。彼女は焼きそばを均一に、美味しそうに混ぜている。
「そうだった! 売り子頑張ってるんだ。こういう屋台に売り子って大事だよね? ね?」
「ええ。実際、繁盛してきたので手が足りないくらいです」
「そうそう、だから」
ここからが本題、と前置きして鳳明は告げた。
「ユマさん、私と一緒に売り子をやってみない? 社会見学の命令が出てる、ってリュシュトマ少佐からは聞いたよ。これだって立派な社会見学になると思うんだ」
鳳明は、護衛のクローラにも願い出る。そしてユマ本人も、
「興味あります」
と応じたのである。
このとき、
「ふははははっ、それはいい。ならばユプシロンよ、俺が売り子のお手本を見せてやろう」
見るがいい、こういう風にやるんだっ、と、頼まれてもいないのにジークフリートは、一般客にそそくさと近づき、
「そこいくお嬢さん、さあ、ごいっしょに……さん……しーーー、ハッピー、うれピー、よろピくねー!」
それは、残像が残るくらい素早い動きッ。
両の人差し指を出した状態で、ジークフリートはぐるぐると天を突いたのだったッ。
これを見るなり女性客は、転がるように逃げていった……一目算になッ。(あかんやん)
「ジークくん、おまえ何しとるんじゃ……じゃなくて、何してるのよっ! ていうか全然売り子じゃない! それ不審人物だから!」
鳳明はずるずると引っ張ってジークフリートを下がらせた。
「まったく……」
だが安心するにはまだ早かった。なぜってユマが、
「ハッピー……うれピー……ですか?」
と彼の謎台詞を復唱しはじめたからだッ。
「だめだめだめっ、それ忘れて! それなし!」
すったもんだがあったわけだが、かくして残りの時間、ユマは鳳明とともに売り子をすることに決まった。
「よーし、一緒に頑張ろうっ!」
明るい鳳明につられて、
「はい」
ユマも笑顔になった。
(「これだけ喜んでいるのだから、邪魔するのは野暮だな」)
クローラはセリオスとそっと身を引き、物陰から見守ることにした。
花が咲いたよう。鳳明とユマ、二人の看板娘が付くと、実に華やいだ屋台となった。
「さて、売り子が増えたのであれば、限定解除して全力で調理するとしましょうか」
鉄板の前に陣取るセラフィーナが、両手に握った鉄のヘラをくるくると回転させぴたりと止めた。
「えっ? これまで力をセーブしてたの?」
と問う鳳明に、
「当然です。給養部隊から大量に食材を入れて貰ったのですから、焼いて焼いて焼きまくります」
きらりと目を光らせてセラフィーナは応えたのだった。
その言葉に偽りなし。
キャベツが舞う。猛烈に舞う。熱を帯びた大蛇のように、焼きそばも鉄板の上でのたうちまわる。踊る。まるで鉄板という名の劇場、舞台監督はセラフィーナだ。これに呼び寄せられるように、老若男女さまざまな客が集まり始め、やがて鳳明たちの屋台は、ずらりと行列ができるほどになったのだった。
「はい、お次、三人前ね!」
焼きそばを入れたパックに、忙しく輪ゴムをかけ鳳明は客に手渡し、
「青のり抜き、お待たせしました」
ぱたぱたと、駆け回るようにしてユマも奮闘した。
汗をかくほどに忙しいが、二人とも笑顔であった。
小一時間せぬうちに、あまりに回転が良すぎて、切り置いたキャベツが一時的に尽きてしまった。
「じゃあ、少し休憩しましょう。私がキャベツを刻みますので、ストックができるまでユマさんは散歩でもしてください」
セラフィーナに送り出され、ユマとジークフリートは会場端の笹を目指して歩いた。
なお、鳳明は、
「私も短冊つるしに……」
と言いかけたところで、
「準備中、ということを知らせる売り子が一人は必要です」
笑顔でぴしゃりとセラフィーナに言われ、書いた短冊を預けるだけに終わった。
鳳明が委ねたのは黒い短冊だった。
「ユマさんの親友でいられたらいいな。あと出来れば教導団で一緒に……」
と書いたものの、後半を塗りつぶしたという、なんとも微笑ましい願いが込められた短冊だった。
「そうか、ユマは短冊をもう書き終えたのか。まあ、つるしに行くくらいすぐだ。付き合ってもらおう」
ジークフリートはそっと周囲を見やった。監視の二人は遠巻きについてきている。気を遣ってくれているらしい。
二、三分ほど無関係な話をしたところで、ユマは改まって彼を見上げた。
「何か、おっしゃりたいことがあるのですね」
「察しがいいな。率直に言おう」
ジークフリートは、少しだけ声のトーンを落とした。
「Ρ(ロー)というお前の姉妹(シスター)に会った」
「ローと……!」
「ヒラニプラ山脈の事件で、な。俺と仲間の超素晴らしい作戦によって無傷で捕えたまでは良かったが、彼女は、とある集団によってどこかへ連れ去れてしまった。かつての仲間をお前のように捕えようとする……どう思うかね?」
ユプシロンは答えなかった。
「………ちなみに、キスはしとらんぞ? ま、まあそれはどうでもいい話だが」
ジークフリートは話を戻した。
「俺も他人に誇れるほど真っ当な人間ではないがこれだけは言っておく。己の意思を持たず命令に従って行動し、そして破滅する…それを俺は悲しいと思う。
もう一度考えて欲しい、なぜ今ここに居るのかを。自由を得られたら、己の意思を持ち自身で未来を選択してくれ。
……とここまで言っておきながら、次に俺は矛盾したことを言うが、まあ、聞くがいい」
エヘンエヘン、と派手に空咳して彼は言った。
「何が何でも生きろ……死ぬのは許さん。俺が悲しいからな! 魔王軍はいつでもお前を待っている!」
ふむ、と笹の前で足を止め、ジークフリートはユマに向き直った。
「改めて問う。いままで俺はお前を『ユプシロン』と呼んでいたが、『ユマ』とどちらがよいか?」
「ユマです」
意外なくらい早く、彼女は返事したのだった。
「私の名前は、ユマ・ユウヅキです」
と。
ふっ、とジークフリートは笑った。
その、「ふっ」はたちまち「ふははははっ!」という彼のトレードマークたる哄笑へと変化する。
「それでいい! それならば、いい! いや愉快愉快! ようし、ユマ、さっと短冊をつるして戻るとするか! あのセラフィーナなら、キャベツの十玉や百玉、もう刻み終えて山にしているはずだ! 急げ!」
ジークフリートは自身の黒の短冊を、手早くゆわえて駆け出した。
そこには、『この手に収まるもの全てを護るさらなる力を手に入れる!』という彼の宣言が記されているのである。
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