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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●Live to Tell

 不思議なもので『校長』という肩書きが外れても、その人はやはり、人の視線を吸引するようなカリスマ性を有していた。
 歩めば人が振り返る。
 彼女のゆくところ、通った空間、そのいずれにも、きらきらした黄金の粒子が撒かれているかのようだ。
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)、前・蒼空学園校長の到着だった。水色の浴衣に身を包んでいる。
 しかし環菜をよく識る者であれば、あの事件の前後で、彼女の放つ輝きに変化が生じていることに気づいただろう。
 かつての彼女は才気がほとばしり、やや近づきがたい存在であった。まるで内部に、雷や嵐を含んでいるかのような。うかつに触れればそれらが、破裂して襲ってくるとでもいうかのような。
 現在の彼女は逆だ。穏やかで、凪いだ海のような優しさを感じさせる。ある者は彼女を菩薩と称すかもしれない。
 変化の理由を求めるならば、その一つは確実に、彼女の隣をゆく青年にあるだろう。
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)、かつて影野という姓であった彼は、環菜と結ばれて苗字を改めた。
 縦縞の紺の浴衣。少年ぽさの残る童顔。どことなくおどおどしたところがあるものの、彼はもう、環菜に憧れるだけの存在ではない。名実共に、彼女と対等な伴侶なのだ。ごく自然に環菜と指を絡め、手を握り合っていた。
「こうやってみんな一緒だと、家族みたいだよねー。おにーちゃんと、おにーちゃんの奥さんになった環菜おねーちゃん、おねーちゃんとわたし!」
 二人の後ろを歩みつつtノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がそっと、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)に告げた。
 ノーンのはしゃぎっぷりはエリシアにもよくわかる。これこそ、陽太が長い間、実現しようとしていた夢なのだ。ここにいたるまで彼が、血を吐くような思いをどれだけ経てきたことか――それを知っているから、本当は涙が出るほど嬉しいエリシアなのだけれど、なんだかストレートに認めるのがしゃくで、つい、
「家族と言っても、まだまだ『ごっこ』遊びみたいなものですわ。陽太にはもっと、頼れる男性に成長してもらいませんと」
 などとうそぶく。しかしこの言葉が本心でないことなど、とっくにノーンはわかっているので、
「素直じゃないんだー!」
 とクスクス笑った。
「何をおっしゃいますやら」
 エリシアは空とぼけて横を向き、同行のルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)に述べた。
「うちの陽太がご迷惑かけます。ルミーナさんからもよろしくご指導、ご鞭撻お願いしますわね」
「いえいえ、環菜こそ、陽太さんを困らせなければ良いのですが。エリシアさん、ノーンさんのご協力をこれからもお願いしたいと思います」
 エリシアとルミーナは、これをきっかけに身内話にしばし花を咲かせた。
 やがて彼女らは互いに、同じ考えを抱いていることを知った。
「では」
 ルミーナがうなずくと、エリシアが陽太に告げた。
「陽太。わたくしたち、先に短冊を書きに行ってきますね」
「緑の短冊に、『みんなが、ずっとずっと元気でいられますように!』って書いてくるよー!」
 阿吽の呼吸でノーンが言い添える。
「お二人で楽しんでいらっしゃい」
 ルミーナが一礼すると、三人はすばやく陽太と環菜から離れたのである。
「えっ?」
「そんな気を利かせなくても……」
 陽太も環菜も、あっという間にその場に残されてしまった。
 小走りで去りながら、一度だけエリシアは二人を振り返った。
 似合いの二人だった。
 もちろん陽太の努力もある。しかし彼一人では、この幸せをつかめたかどうかはわからない。陽太と環菜につながりをもつ様々な人間の尽力、そして幸運の導きで、奇跡的に辿り着けた結果のように感じる。
 だからエリシアは、白い短冊にこう書くつもりだ。
『人々の善意と、幸運に感謝します』と。

「待ってたよ、環菜! 陽太さんも!」
 両手を挙げて二人を歓迎するのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
「なんていうか……」
 健康そうな環菜の顔色を見て、美羽は少し胸を詰まらせた。
「なんていうか……本当に、良かった」
 声がうわずってしまう。そんな美羽に助け船を出すべく、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が一礼した。
「お二人とも、ようこそおいでくださいました。歓迎の意を込めて、今日は少し、趣向を凝らしてみたのですよ」
「趣向?」
 楽しみね、と環菜は微笑んだ。本当に、よく笑うようになった彼女なのである。
「ね? これ、見覚えない?」
 美羽が一歩退いて、自分たちが出てきた屋台を示した。
「もちろん」
「懐かしいですね……たった一年前のことなのに、なんだか遠い昔のことのように思えます」
 環菜と陽太は首肯する。
 それは、クレープの屋台なのだった。細部までほとんど同じに再現されている。
 昨年の夏の終わり、環菜とエリザベートが屋台の売上勝負をした際、美羽は環菜のクレープ屋台を手伝った。みんなで同じ制服に身を包んで、てんやわんやしながら売ったものだった。最終的な売り上げはエリザベート側に敗れてしまったものの、楽しかった記憶は色あせない。
「食べてみて下さい」
 ベアトリーチェは、できたてのクレープを陽太と環菜に手渡した。
「この一年、ベアトリーチェは料理の腕を磨いてきたんだよ。前よりもっと美味しくなってると思う」
 美羽がそんなことを言うので、「あまりハードルを上げないでください……」とベアトリーチェははにかんだ。
 美羽の言葉は真実だった。
「美羽の言う通りだと思う。本当に美味しいわ。前も良かったけど、もっと」
 抱きしめたくなるような笑みとともに環菜はうなずいた。
「俺、このクレープだったら三食いけますよ!」
 陽太も太鼓判を押す。するとベアトリーチェが、
「三食とはいわないけれど、さあさ、もう一つどうぞ」
 と言って彼の手にクレープを渡して、
「その間にちょっと私たちは用事が……ごめんね陽太さん。環菜を借りるね、少しだけ」
 美羽が環菜の手を引いた。きょとんとする彼女と共に、店の裏手のテントに消える。
 戻ってきた二人は、
「じゃーん♪」
 ピンクのブラウス、超絶ミニのスカート、フリル付きのエプロン……クレープ屋の制服に着替えていた。
 美羽が着ると健康的なお色気といったところになるが、環菜が着るとなんとも悩ましい。
 驚きのあまり陽太は、クレープを喉に詰まらせそうになった。顔がみるみる赤くなってしまうのが判った。
「久々に着た感想はどう?」
 美羽は、環菜の背をぺんぺんと叩いて問うた。
「つ、つい着てしまったけど、これ、脚が出過ぎじゃない? 本当に前と同じなの……?」
 恥じらい、エプロンの裾をつまんでもじもじする環菜の仕草は初々しくて、もう人妻であるとは到底思えない。
「そうだよ? まさか環菜、ますます脚が長くなったのかも……?」
 それで、と言葉を継いで美羽は、御神楽夫妻に呼びかけるのだった。 
「ずっととは言わないけれど、しばらく一緒に屋台をやろうよ。あの夜みたいに」
「デートのお邪魔でなければいいのですけれど」
 と言いながらベアトリーチェがパーカーを脱ぐ。その下は、やはり美羽、環菜と同様の制服姿だった。
「邪魔なんとんでもない」
「そうよ。今もそうだけど、去年だって……陽太に手を借りて、クレープ屋で悪戦苦闘したあの夜だって……」
 環菜は少し逡巡したようだが、結局、思い切って言った。
「私にとっては、デートだったんだから」