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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●I’ll Stand by You

 拳を握って立ち上がる。宣言する。
「七夕祭りでリンネさんとデート!!!」
 祭の会場の中心で、叫ぶというほどではないが、強く、強く博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)――かつての音井博季――は言葉を空に向かって投じた。
「……したかった、なぁ……」
 へなへなと崩れ落ちそうになる。
 おお、残念なこの運命よ。
 誰が悪いわけでもない。
 あえて言うならば、星の巡り合わせが悪かった。
 想い人リンネ・アシュリングと、精神的のみならず法的にも結ばれ、新婚ほやほやの博季なのだが、今夜はリンネは参加できない事情があるのだ。従って、力を加えすぎて曲がったスプーンのように、しょんぼりうなだれながら博季はこの会場に来ていたのである。
 救いがあるとすれば、今夜の博季が単身ではないということだろうか。
「……ま、へこむのも無理もないけれど、せっかくだし楽しんでいったら? リンネちゃんもそれを望んでいるはずよ?」
 そんな博季の手を取るのは、パートナーの西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)なのである。本日幽綺子は、実に久々の浴衣姿なのだった。心も弾む……と言いたいところだが、博季がこれでは、喜んでばかりいられない。
「ほらほら、短冊に願い事書いたら少しは気持ちも晴れるかもよ?」
 そこへ、
「食い物じゃー! 屋台の食い物をありったけ入手して来たのじゃー!!」
 マリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)が、小唄でも謡うような口ぶりで戻ってきた。両手にぎっしり屋台食を提げている。フランクフルトからたこ焼き、ホットドッグ、ポップコーン、スムージーに一口カステラ……どっしりとベンチに陣取ると、マリアベルはこれらを拡げた。。
「ほれ、食え食え。腹が満つれば憂いも消えるというもの。うかうかしてるとわらわが全部食べてしまうぞー!」
「そうしましょうよ。ちょうどここにも筆があるから、食べながら短冊も書くということで」
 幽綺子はフランクフルトを、押しつけるようにして博季に囓らせる。焦げ目も新しい焼きたてだ。一口噛んだだけで、肉汁が口中に溢れそうになる。慌てて博季はベンチに腰を下ろし、これを頬張った。
 もがもが食べて、ようやく博季は上目づかいで幽綺子に問いかける。
「わかりましたよ、もう。食べますって。まぁ確かに美味しいし……」
「じゃろ? 一番美味そうな店を選んできたんじゃなからな」
 えっへんとマリアベルは胸を張って、
「ついでに短冊もささーっと書いてしまえい!」
「そんなこと急に言われても……」
 用意された五色の短冊を見つめながら博季は思った。
 お願い事か……。
 リンネさんが健康で、幸せで居てくれますように、と書くべきか?
 ……やめよう。これは人任せにすることじゃないだろう……。自分で成し遂げなきゃいけない。
「うーん。お願い事どうしよー……幽綺子さんはなんて書きます?」
「私のお願い事?」
 書いたものを幽綺子は彼に見せた。
『博季も、私も、マリアベルちゃんも……。「家族」が、末永く仲良く幸せに暮らせますように』
 この全員で音井一家なのだ。
 といっても、博季がリンネと入籍した今、この『一家』もそろそろ別居の準備をしたほうがいいのかもしれない。まだ結婚したばかりでそのあたりは検討している最中なのだ。
(「それでも、心が繋がっているもの。私達は皆家族。そうでしょ?」)
 幽綺子は、心に浮かんだこの問いを口にしようとして、やめた。
 口に出したら、嘘になってしまうような気がしたから。
「マリアベルちゃんの短冊は?」
「え、わらわ? わらわの願い事はのー」
 ささっとマリアベルは筆をとり黄色の短冊に書き上げた。
「じゃーん!」
『今年こそ博季の尻拭いをするのはわらわじゃッ!!』
 隅に、『マリアベル・筆』と落款を書くのも忘れない。
「え?」
「は?」
 博季も幽綺子も、なんだか目が点になったようだ。
「ふふん、凄かろう? 驚いて声も出なかろう?」
 ところがこれを好反応ととらえたマリアベルは、たこ焼きをパクつきながら一席ぶつのである。
「博季は若いからのう。若くて真っ直ぐで向こう見ず。ついでに夢想家じゃ。夢を見るのは良い、そうわらわは思う。じゃが、大きな夢を見る者には、支えてやれる力強い存在が必要なのじゃ」
 任せろ、と、どんと胸を叩いてマリアベルは言う。
「どんどん夢想せよ。わらわが付いておる!」
 思わず幽綺子は笑ってしまった。
「誤解しないでね、感心しているのよ。これでも。ほら、博季、お礼お礼」
「ありがとう。なら、思いっきり支えてもらおうかな……よろしく頼むよ」
 ようやくこれで、博季のブルーな気持ちは薄まったようだ。
 三人並んで飲食していたベンチに、通りかかる人の姿があった。
「あたしに何か用かい?」
 足を止めたのは、熾月 瑛菜(しづき・えいな)、腰まである黒い髪をなびかせ、ギターケースを担いでいる。
 博季は別に、彼女をジロジロと見ていたわけではなかった。
 しかし、目を惹かれた。それは事実だ。
 目鼻立ちがはっきりした顔立ちの彼女には、凛然とした印象があった。見ているこちらも、思わず背筋を伸ばしてしまうような。
 颯爽とした姿もいい。ギターケースがまるで、身体の一部のように収まっているところも。
 失礼を詫び、博季は立ち上がって名乗った。
「博季・アシュリングと言います。初対面でしょうか……?」
「かもしれないね。まあ、袖すり合うも多生の縁、あたしは波羅蜜多実業の熾月瑛菜ってんだ。よろしく」
 親しみやすい口調で瑛菜は片手を差し出した。
 握ったその手が、意外に硬いのを博季は察した。ギタリストの手だ。
 幽綺子とマリアベルも彼女に自己紹介する。とりわけマリアベルは喜んだようである。
「ほうほう、ギター弾きとな。わらわも弦楽器ならたしなむゆえ、おぬしには親近感があるぞ」
 知人が増えるのはいいことだ。幽綺子が提案した。
「せっかくだからご一緒しない? 食べ物ならうんとあるので」
「いいのかい? 見ず知らずのあたしに」
「もう『見ず知らず』じゃないですよ」
 博季が笑った。瑛菜もつられて白い歯を見せた。
「ま、それじゃご相伴に預かるとするか」
 瑛菜は博季の隣に座った。
「おう、遠慮するな遠慮するな。待っておれ、わらわがもっと買ってきてやる」
「待って、私も」
 マリアベルと幽綺子が席を外したので、なんとなく二人きりとなった。
 あまり瑛菜は口数の多い方ではないようなので、自然、博季が質問役になる。
「学校生活はどうです? まだ学校に来て日が浅いということですが、楽しんでますか?」
「ああ、毎日驚きや発見の連続で、刺激的だね」
「友達はできました?」
「ぼちぼちかな」
 ぶっきらぼうに瑛菜は答えた。よし、自分も彼女の友達になろう、このとき博季はそう決めたのである。
「そういえば僕、楽器演奏は専門外なんですよね。訊いても大丈夫なのかな?」
「大丈夫だよ。どんなことが知りたい?」
 すると瑛菜が嬉しそうな目をしたのがわかった。さっそくギターを取り出して爪弾き始めた。
 やはり博季が問い、瑛菜が答えるという基本は変わらないものの、会話はすぐに弾んだのだった。
 誰しも、自分の好きなことについて話すときは目が輝くものだ。
 幽綺子たちが戻ってきた。
「ねえ、あっちに流しそうめんをやれる場所があるわよ。瑛菜ちゃんも行ってみない?」
「おう、そうめんじゃ、流すぞ流すぞ! これまでのことは水に流して、というやつじゃな。違うか」
 などと一人ボケをかましつつマリアベルも嬉しそうだ。
 じゃあ、と博季は立ち上がり、瑛菜に手をさしのべた。
「よければ、ご一緒に」
「あたし、流しそうめんってやったことないんだ。楽しいのかな?」
 ええ、と博季は笑った。
「楽しいですよ。そして、美味しいです!」