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リアクション
●あの人が……気になる
あの人が気になる。
風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)もまた、雅羅・サンダース三世のことが気になっていた。
現在彼女は、カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)となにやら話し込んでいる。
カールハインツがきわどい誘いをかけたりしているが、雅羅はうまくかわしているようだ。
やがて、カールハインツと会釈しあって離れ、彼女がこちらに近づいてくるのが見えた。
「えっと……」
意を決し、優斗は彼女に話しかけた。
「雅羅・サンダース三世さん、ですよね」
「そういうあなたは?」
雅羅がほんの少し、身を固くしているのがわかった。警戒させてはいけない。
「風祭優斗、蒼空学園生です」
「ふぅん。よろしく」
反応が薄い。
――さっきまで話していたカールハインツのようにゴージャスじゃないからだろうか。
優斗は迷った。なにか強烈な自己アピールをしておかなければ自分は、雅羅にとって『この日沢山会った初対面の人の一人」として記憶らしい記憶に残らないかもしれない……ならどうしたらいい?
「えっと……あの……」
だけど自然体でいいじゃないか――そんな声がした。無理して自分を偽ったって、それは自分じゃない。
素直に話そう。そう決めると優斗は気持ちが楽になった。
「実は、自己紹介するのを聞いていて気になってたんです。災難に遭いやすいんですって?」
「そうなのよ。誘拐とかもされやすくって」
雅羅はなんでもないことのように言って微笑んだ。
良かった。これなら話せそうだ。
しばし二人は会話を交わした。そんな中、彼女が「自分を変えたいと思ってる」といった主旨の発言をしたことをとらえて、
「どのように『自分を変えたい』と思っているんでしょう?」
「そうね……どんな風に、と言われると難しいけれど、自分を変えたいというのは、多かれ少なかれ誰でも思っていることじゃなくって」
でも、まあとりあえずは、と前置きして彼女は続けた。
「災難体質からの脱却、かしら」
雅羅はくすっと笑った。
優斗はその笑みに惹かれた。心からの親切心で告げる。
「あの……よければ、何か困ったときにはいつでも言ってください。手伝うつもりがあるから」
「ありがとう。親切なのね」
「何かしらの目標や夢を持っている人には、是非手助けしてあげたくなるんです」
これが彼の体質かもしれない。
「でもごめんなさい。電話番号の交換は、また今度ね」
さりげなく雅羅は機先を制した。どうやら、ついさっきまでカールハインツにも色々聞かれていたらしかった。
「いや、そういうつもりじゃないんですが……でも、それなら、また」
優斗は静かに微笑んだ。彼女に近づくことはできたが、真の意味で親しくなるには、もう少し時間が必要のようだ。
「ったく、七乃のやつ、たかが祭りではしゃぎすぎだぞ。あちこち連れ回されるオレの身にもなれっての……」
ぶつくさ言ってはいるものの、四谷 大助(しや・だいすけ)はさほど負担には思っていない。
パートナーの四谷 七乃(しや・ななの)が、心から楽しそうにしているからだ。朝顔柄の浴衣も涼やかでよく似合う。祭に興味なかった大助だが、彼女の元気な姿を見るのは悪い気がしなかった。
まあ、少々元気すぎる気もするけれど。
「マスター! あっちにも何かやってますよ? 行ってみましょー!」
食べたり飲んだり肉を焼いたりはもちろん、写真を撮ってもらったり、初対面の人と言葉を交わしたり、ちょこまかちょこまかと七乃は会場を歩き回っていた。そのたび、
「だでぃーくーる!」
などと言って笑っている。そんな彼女に大助は、引っ張り回されているというわけだ。
そんなさなか、どん、と七乃が誰かにぶつかった。
吹き飛ばされた。相手のほうが。
「ごめんなさい。大丈夫?」
けれど先に謝ったのも飛ばされた彼女のほうだった。
「ご、ごめん、怪我はない?」
大助は飛びだして彼女を助け起こした。
「ええ、たいしたことないから。派手に転んだのはそういう体質なだけで……あら」
彼女は大助に見覚えがあるらしい。大助も同じだ。
「雅羅さん」
雅羅・サンダース三世なのである。彼女は、ちょうど優斗との話を終えたばかりだった。
「ごめんなさいなのですー!」
ぺこぺこと頭を下げる七乃は雅羅とは初対面だ。大助は七乃を紹介して、三人で川辺に移動した。
川のせせらぎを静かに聞きながら、互いのことを色々と話した。
やがて打ち解けて、雅羅とは気楽な会話ができるようになる。
「オレのこと苗字で呼ばなくていいよ。オレも雅羅って呼ぶから」
「そう? じゃあそうさせてもらうわ」
と、立ち話する大助と雅羅の周囲で、
「マスターと雅羅さんの分も、お肉もらってくるですー」
と出て行ったり、
「食べるですー」
と紙皿の肉をぱくぱくやりだしたり、と七乃はとても賑やかなのだった。
「あ、こら七乃。口の周りがベタベタだぞ、ったく……あ、あれ? 雅羅、拭くもの持ってる?」
「ウェットティッシュだけど、どうぞ」
この姿は、遠目からであれば若夫婦と、その小さな娘のように見えるかもしれない。
これならいける、と大助は、もう一歩踏み込むべく問うた。
「あはは、雅羅はもうオレの親友、って言っていいかな?」
「気を悪くしないでね、そういう言葉は、あまり気安く使わないことにしてるの」
決して表情を怒らせたりはしないが、雅羅は軽々しくそこまでの関係になるのには躊躇があるようだ。何度も誘拐されたりトラブルに巻き込まれた経験がそうさせているのだろうか。そのあたり、少々ガードの堅い雅羅のようである。
「マスターが1ばんなら、七乃は雅羅さんの2ばんめの親友ですね!」
あまり事情が察せないらしく、七乃は無邪気に笑っていた。