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リアクション
●間奏曲・4
傍らには蚊取り線香、さらに虫除けスプレーも噴霧して、かくも快適な夜の小川だ。
ダディクール祭の会場から少し離れた川辺、和原 樹(なぎはら・いつき)はフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)と、一服しつつ笹流しをしている。
「食べながら笹舟作ってみたんだ。ちょっとだけ七夕っぽいだろ?」
樹は川面に笹舟を置く。
さらさらと清らかな川に置かれた笹舟は、すべるようにして流れ去っていった。
真夏だが、涼しい。
夜ということもあるが、実はフォルクスが氷術を使い、周辺の温度を下げているのだ。
これで、蚊に狙われにくくすると言う寸法である。実際、ふたりとも一切刺されていなかった。
「どうかしたのか?」
自分も笹舟を流しつつ、フォルクスが言った。
「え?」
「話したいことがあるんだろ。顔に書いてある。お前の表情の変化くらい、読めるつもりさ」
「フォルクスにはかなわないな」
苦笑しながら、樹は新しい笹舟を手にした。
意を決して、樹は言った。
「あのさ……俺、日本の大学受けようと思ってるんだ。理由はまぁおいおい話すよ。契約者についての考え方とか、家のこととか目指してる職業のこととか、色々あってややこしいから」
「なるほど、このところ頻繁に実家と連絡をとっていたのはそれか」
フォルクスはさほど驚いた様子も見せなかったが、それなりに動揺しているようだった。
「とりあえずさ。イルミンの籍は残すつもりだけど、あっちの生活が中心になるからパラミタに来る機会は減ると思う。だから、その………向こうで一緒に住んでくれないか?」
これを切り出すには少々勇気が必要だったようだ。話しながら樹は、手にした笹舟をくしゃくしゃにしていた。
「元よりお前がパラミタに来なければ地球に住むつもりだった。故にそれは構わんが……我だけを連れて行くつもりか?」
フォルクスは身を乗り出し、樹に顔を寄せた。
「他のパートナーにもちゃんと話すよ。でも、だって……あんたは確実に来てくれるだろ。甘えだよ甘え。いいだろ別にっ」
聞いているフォルクスが、いたずらっぽい笑顔を見せたのが気に入らなかったようで、樹の語気は強まっている。
「ふーん」
ちゃんと最後まで言うように、といった様子で、フォルクスは樹をうながす。
樹は、ぷいと首を真横に向けて、言った。
「それに、少しくらい特別扱いしたっていいじゃないか。俺はあんたが、……さ、最初のパートナーだしな!」
「……そうだな。最初のパートナでお前の伴侶だからな」
フォルクスはにやにやと笑った。
手を伸ばし、樹の手を握ってみる。
川に手を入れていたのだろう、濡れていて、ちょっと冷たかった。
伴侶、という言葉を、いつものように樹は否定しなかった。
手を振りほどきもしなかった。
横を向いたまま、うすく頬を染めて黙っていた。
そんな樹を、フォルクスは可愛いと思った。
それは、夏の夜の出来事であった。