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リアクション
●無題
黒地のシンプルな浴衣が、彼にはよく似合うのだった。
橘 恭司(たちばな・きょうじ)、和服姿は慣れている。むしろ制服よりリラックスできるくらいだ。
「古巣か……」
彼が蒼空学園を離れてから、さほど日は経っていない。それなのに、何年ぶりかに訪れた気がする。
校内は禁煙だ。恭司は、白い煙を糸のようにくゆらせていた煙管を、携帯灰皿に落として消した。
「どうしたの? 感傷的な貌(かお)しちゃって」
慣れた手つきで彼から煙管を受け取り、クレア・アルバート(くれあ・あるばーと)はこれを丁寧に布でくるんだ。
「感傷ってわけじゃない。ただ、なんだかここから、随分遠いところに来たような気がしただけだ」
「出会いがあれば別れもある。そういうものよ」
涼しげな浴衣姿だが、クレアにとってはこの服は、どうにも胸が苦しいものらしい、やや、ペンギン的な歩き方でちょぼちょぼと彼女は歩いていた。
祭の会場に入ると、二人はさっそく短冊をしたためた。
二人とも緑の短冊を選んだ。
恭司が祈るのは、会社の社員たちや友人たちの無病息災。
同じくクレアも、家族や友達の健康を祈る。
二枚並べると、風にゆられてゆらゆらと揺れた。
揺れる短冊の向こうから、見覚えのある少女がひとり、とぼとぼと歩いてくるのが見えた。
本当に、『とぼとぼと』と表現するほかない。
肩を落とし、視線は足元、少し、ふらついているようにすら見える。
イルミンスールの制服姿だ。髪型は、ボブカット。
「たしか……小山内 南(おさない・みなみ)か?」
「そうよね? なんか……元気なさそう」
以前言葉を交わしたときとは、南の様子が違って見えた。実際、恭司とクレアが、
「久しぶりだな」
「久しぶり〜元気?」
と声をかけたときも、南はぼんやりと、蚊の鳴くような声で返事したのである。
「あ……はい……橘さん、クレアさん、どうも……」
「どうした、具合でも悪いのか?」
「医務テントに連れていってあげようか?」
そんなんじゃないです。元気です。と弱々しく言うその声が、ますます不安であった。
「最近調子はどうだ? 何か困ったことがあれば言ってくれ、力になるぞ」
「困っては、いません」
「なら悩み事?」
「そういうわけでも……」
恭司とクレア、二人が心配そうな顔をしているのに気づき、南は首を振った。
「やっぱり、少し夏風邪かもしれません。ごめんなさい、失礼します。一人で行けますから……」
「え? でも大丈夫? 付き添ってあげるよ?」
「平気です……ほんの風邪ですから」
南の顔色から見て、たしかにその通りかもしれないとクレアは思った。
「ならいいけど……」
「そうか。養生するんだぞ。元気になったら不景気な面はやめておけよ、笑わないと幸せが全力で逃げて行くぞ?」
「はい。ありがとうございました」
振り返った南は、弱々しく笑った。
誰がこのとき知りえただろうか。
恭司、クレアの二人にとって、これが『小山内南』の見納めとなったということを。