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【十 魔獣vs鋼の巨人】

 スキュルテイン男爵の言葉を借りれば、久や和輝達がナノティラヌスと遭遇した山岳地帯は、火山迷路なのだそうだ。
 確かにこの周辺一体の地形を俯瞰してみれば、岩場が複雑な迷路を構成しており、徒歩で一度踏み込んでしまうと、抜け出すのは中々難しい。
 しかし今の彼らには、自分達の居る場所の地名など、どうでも良かった。前後に迫る巨大な牙の列に、如何にして対処するか――その一点にのみ集中するだけで、もう精一杯だったといって良い。
 対するナノティラヌスは、まるで久や和輝達を弄ぶかのように、適度に攻撃を加えては一旦退き、周囲をぐるぐると旋回する、という動作を繰り返している。
 どうやら、四人のコントラクター達が体力を消耗し切るのを、待っているようだった。まさかこんな野蛮な動物が、と思うかも知れないが、実際に戦ってみると、恐ろしい程に知能が高いことが分かる。
「ちっ……思った以上に厄介な奴らだ。ただ闇雲に襲い掛かってくるかと思っていたら、とんだしっぺ返しを食っちまうぜ」
 久が、喉の奥で苦しげに呻く。正直なところ、これ程までに戦術的な攻撃を受けようなどとは、夢にも思って見なかった。
 一方の和輝達も、相当に参っていた。
 ただ単に防御に徹するだけであればどうってことはないのだが、この暑さに加えて、先程から噴火の兆候のような地鳴りが続いているのである。
 精神と体力の双方が激しく磨耗してきており、あとどれぐらい心身が耐え得るのか、自分達でもよく分からない程に追い込まれていた。
「ね、ねぇ和輝……もう、ヤバイかもぉ」
 珍しくアニスが、肩で息をしながら酷く疲れた表情で、和輝に泣きついてきた。同じくルナも、消耗の度合いが極めて激しく、相当に青ざめた顔を見せている。
「こんなに、こちらの技が何もかも通じないなんてぇ、反則ですぅ……」
 ルナの台詞には、多少の間違いがある。全く通用していない訳では無い。ただ、極端に効果が抑えられてしまっており、これといった有効打になり得ないだけの話であった。
 尤も、この場に於いてはそれが、致命的な問題と化しているのであるが。
「単純な物理攻撃は、何度か効いているみたいなんですけどね……夢野さん、どうします?」
「どうするもこうするも、耐えるしかねぇだろう。その為に、狼煙なんてもんを焚いているんだからな」
 久の不機嫌そうな回答に、和輝も黙って頷くしかない。だが、耐えるといっても、どこまで持つだろうか。
 だが当然ながら、ナノティラヌスはこちらの都合など考えてくれない。それもその筈で、敵はこちらの消耗を待っていた様子なのだから、少しでも疲れた素振りを見せれば、いよいよとどめの攻撃を仕掛けてくるのが、道理というものである。
 不意に、前後を挟むナノティラヌスの凶暴な歯列が一気に迫ってきた。久や和輝はともかく、アニスとルナにかわせるだけの体力が残っていない。
 拙い、と和輝が歯軋りを鳴らしたその時。
 麓方向から光の弾丸が連続して飛来し、アニスとルナに殺到しようとしていたナノティラヌスの凶悪な顎を退けた。

 明子とサーシャの駆るラストホープが、20ミリレーザーバルカンで牽制掃射を加えながら、飛行形態ではなく、変形後のヒューマノイドモードで突撃してきた。
『夢野先輩! 大丈夫!?』
 スピーカ越しの大音量で、久の安否を気遣う声が響いた。
「おう、早かったな伏見! 俺ぁまだまだ、ぴんぴんしてるぜ!」
 久が全身傷だらけの、ずたぼろな様子で豪快に笑う。
 明子は、操縦席の中で呆れ返った。
「全く、狼煙を上げるだなんて……ホント、あいっかわらず無茶するんだから。思いっ切り目立ってたじゃないのよ……で、その結果がこれなんだから」
 二体のナノティラヌスが、走り込んできたラストホープと対峙して獰猛に吼える。
 確かに無茶は無茶であったが、その甲斐あって、明子のラストホープがこうして早い段階で、遭難者達の位置を正確に知ることが出来たのは大きな収穫であった。
 明子はまず、久と和輝達をナノティラヌスの脅威から遠ざける為に、ラストホープの機体を敵の真正面に突っ込ませた。ジェットエンジンが大地から砂埃を巻き上げ、久と和輝達の姿を覆い隠す。
「先輩達! 早く離脱して! 後は何とかするから!」
 明子の意識がほんの一瞬、リアモニターに映し出される久と和輝達に向けられる。この時、ラストホープの動きが僅かに鈍った。この機を見逃す魔働生物兵器達ではない。
「明子! 前!」
 サーシャの半ば悲鳴に警鐘が明子の鼓膜を鋭く打つが、一瞬、遅かった。
 操縦席が前後に激しく揺れ、その衝撃で、明子は正面のモニターに顔面をしたたかに打ちつけてしまった。だが、痛いなどとはいっていられない。
 咄嗟に操縦桿を引いて後退しようとしたが、その操縦桿がびくともしない。慌ててモニターを確認すると、ナノティラヌスの一体が、ビームランスを構える左アームの手首に噛みついており、信じられない程の凄まじい力でラストホープを引きずり倒そうとしていた。
「くっ……冗談じゃないって!」
 明子はジェットブースターを横にスライドさせてサイドホバーステップで切り抜けようとしたが、今度は逆方向から、また別の衝撃が襲ってきた。
 もう一体のナノティラヌスが、ラストホープの右脇腹に頭突きを叩き込んできたのである。左右への動きが封じられた格好になったラストホープは、逃げ場を失ってしまった。
 明子は、敵を甘く見ていた自分を呪った。
 如何に魔働生物兵器だとはいえ、ただの恐竜である。人間などよりは遥かに知能で劣る。そう考えていたのだが、この見事な連携はどうであろう。
 これ程の知能であれば、タイマン勝負でやっと五分五分といったところではないか。それが、二体も居るのである。手強いどころの話ではなかった。

 突然、ナノティラヌスが二体とも弾けるような勢いで飛び退いた。
 何事が起きたのか、と一瞬疑問に思った明子とサーシャだが、敵が警戒している理由が、すぐに分かった。
『待たせたな。ここからは、俺達のターンだ』
 エヴァルトとロートラウトの駆る翔龍が、強烈な右のアッパーカットを振り抜いた格好のまま、ラストホープの左前方で仁王立ちになっていた。
 ナノティラヌスの一体が、僅かにふらついている。翔龍の拳が強烈な一撃を叩き込んだのは、誰の目にも明らかであった。
 これでやっと、戦力的には互角になった……明子が僅かに口元を緩め、安堵の息を漏らした直後、今度は右側に別の影が鈍い地響きを立てて着陸してきた。
 こちらは、イコンではない。理沙とセレスティアの駆るフォレストドラゴンのグァラルバァラルであった。
「トラックが、すぐ後ろに来てるよ! 早いこと敵をやっつけて、遭難者達を回収しなきゃね!」
 この理沙の叫びに対し、和輝が少し離れたところから大きな声を張り上げてきた。
「いや、実はですね! 遭難者はどうやら、ふた手に分かれてしまってるようなんですよ!」
「えぇ〜! マジでぇ〜!?」
 理沙は思わず、グァラルバァラルの鞍上で素っ頓狂な声をあげた。トラックは二台とも、ラストホープの発信した位置情報を追って、そのままドロマエオガーデン内を走行してきているのである。
 しかし、ここに全員居ないというのであれば、早く救援部隊も二隊に分けて、もう一方を捜索に当たらせなければならない。
 ラストホープと翔龍はナノティラヌスを相手に廻している為、後続の部隊に対して緊急通信を入れる余裕が無い。となれば、理沙とセレスティアが通信兵としての役割を担わなければならなかった。
「三船さん、聞こえますか?」
 セレスティアがHCの通信回路を開き、緊急無線チャネルに繋ぐ。即座に、三船からの応答が返ってきた。
『どうした?』
「問題発声です。遭難者は現在、ふた手に分かれて移動しているようです。一方はこちらの火山迷路付近に居るようですが、もう一方は所在不明です。すぐに捜索に入ってください」
『……了解した。カタフラクト隊のトラックを捜索に向ける。そちらには、シューベルト君のトラックに行ってもらおう』

 セレスティアと敬一の通信を車内スピーカで聞いていた泰輔は、小難しそうな顔色を浮かべて、ハンドルを握るレギーナにちらりと視線を向けた。
「僕らは、別方面の捜索なんですね……せやけど、参ったなぁ。すぐ見つかるやろか」
「カタフラクト隊が先行するみたいですから、大丈夫でしょう……といいたいところですが、場所が場所ですからね。集中して行くしかないでしょうね」
 レギーナの視線は、フロントガラス越しに見える、前方を走るカタフラクト隊のパワードスーツの機影を捉えている。ジャングル内での行動となる為、パワードスーツ隊による斥候と路面確保の為の先行伐採が必要であった。
「まぁ、僕らは僕らで、頑張るしかないか……でも、火山迷路の方も大変やなぁ」
「そうなんですか? 連絡では、ナノティラヌスタイプの魔働生物兵器が二体だけですから、何とかなりそうな気がしますけど」
「いやぁ、そうやなくて……ドライバーが、フランツ君やからなぁ」
 泰輔が本気で心配する素振りを見せた為、同じ車内に同席していた顕仁はただただ、苦笑を漏らして小さくかぶりを振るばかりであった。
 そんなふたりの仕草を、レギーナは不思議そうな目線で、ちらりと眺めている。

 その頃フランツは、吉野丸のドライバー席でハンドルを握りながら、盛大なくしゃみを放っていた。