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【十一 ふたりの男爵と幸・不幸】

 火山迷路の方では順調に救出活動が進められようとしていたのだが、ジャングル内はいささか、様子が違っていた。
 というのも、めいとかりんの駆るウサちゃんが、ジェルキエール男爵率いる恐竜騎士団の一隊と、出くわしてしまっていたのである。
 この遭遇がめいとかりんにとって幸運だったのか不幸だったのか、当人達にもよく分からない。だが少なくとも、ジェルキエール男爵にしてみれば、最大の幸運だった。
 彼が欲していたのは、戦闘行為があったという事実だけであり、どちらが先に手を出したとか、或いはどちらが道理に反する悪を働いたのかというようなことは、全く眼中に無かったのである。
「ちょっと! いきなり攻撃してくるなんて、どういうつもり!?」
 めいはスピーカマイクに向かって、怒りを含んだ声で怒鳴った。
 折角、シャンバラと帝国が和平を成立させて、これから手を取り合っていこうという大事な時だというのに、恐竜騎士団のこの横暴は、一体どういうつもりなのか?
 しかしジェルキエール男爵は、めいのそんな思いを見透かし、且つ嘲笑するかのようにせせら笑った。
「和平? そんなものは俺の与り知るところではない。ここは我が帝国の占領地だ! イコンなどを持ち込み、土足で踏みにじった以上は、一切の申し開きなど聞く耳持たんな!」
「だからこれは、遭難者を救助する為だっていってるでしょ!」
 一応反論してはみたものの、ジェルキエール男爵は話し合いではなく、最初から戦う腹積もりでいるらしい。であれば、何をいっても無駄である。
 かりんが証拠だとばかりに、相手の様子を動画に収めているものの、これが果たして意味のある行動になるのかどうか。下手をすれば、自分達も和平破棄に加担した、と解釈される恐れすらあった。
 国際社会に於いては、先に手を出した、或いは道理的に悪かどうかは、はっきりいってどうでも良い。問題なのは、どちらが強いのか、どちらが最終的に勝ったのか、ということである。
 いわば、外交は力の論理であり、世論が味方するのは正義に対してではなく、『勝者』と『力のある者』になびくのである。それは、過去の歴史がさんざん証明していることでもあった。
 若者達の考える正義と理想は、大人の操る現実の前では無力であるに等しい。そこには、どうしても越えられない壁が、確かに存在していた。

「……何か、気まずいな」
「ま、これが恐竜騎士団の本来の姿……と思うしかないでしょうな」
 めいとかりんの操るウサちゃんとジェルキエール男爵の戦いを、武尊と唯斗はただじっと、眺めるだけしか出来なかった。
 恐竜騎士団本隊と合流し、身の安全が確約されたのは最も喜ばしい成果ではあったが、本音をいえば、スキュルテイン男爵の部隊と出会いたかった。
 もしあの怠け者男爵なら、めいとかりんに無用の喧嘩を吹っかける真似は、絶対にしなかったであろう。
 そういう意味では、ジャングル内を彷徨っていた遭難者グループは、スキュルテイン男爵との遭遇を果たして実に幸運だったといって良い。
 やがて、ウサちゃんとジェルキエール男爵が互いに間合いを測り、今にも一戦交えようとしていたその時、突然脇の樹間から別の咆哮が木霊してきた。
 武尊と唯斗達にとっては初めて聞く雄叫びなのだが、それは間違い無く、マジュンガトルスの接近を知らせる声であった。
 ジェルキエール男爵が、これ以上は無いというぐらいに嬉しそうな笑みを浮かべ、血走った目をその方角にちらりと向けた。
「ふふん、まずはあいつからか……小娘共、少し待っておれ! すぐに相手してやる!」
 直後、ジェルキエール男爵は配下の従騎士達に、マジュンガトルスへの攻撃を命じた。その命令対象の中にはどういう訳か、武尊や唯斗達も含まれていたのだから、たまったものではない。
「なぁおい……この部隊に拾われて、本当にラッキーだったのか?」
 思わず又吉が問いかけた。
 武尊にしろ唯斗にしろ、自信を持って答えられる筈も無かった。どう考えても、貧乏くじを引いたとしか思えないのである。
「でも、下手に逆らったら、何をされるか分かりませんよ……」
 睡蓮が、今にも泣き出しそうな顔で声を震わせる。はっきりいって、もう誰も、この部隊とは一緒に居たくないと考えるようになっていた。
「……思うんだが、この戦闘の混乱に乗じて、また調査活動に戻るってのはどうだ?」
 武尊のこの提案は、要するにジェルキエール男爵から『逃げよう』というのに等しい。だがそれは、再び単独行動の危機に、自ら飛び込むということと同義でもあった。
 しかし、誰ひとりとして拒絶する者は居ない。それ程、ジェルキエール男爵に対する嫌悪感が、誰の中でも相当に強まっていた証左である。
 武尊は緊張した面持ちで、その場の全員の顔を見渡して頷いた。そうと決まれば、話は早い。

     * * *

 ジャングル内をゆく遭難者グループは、スキュルテイン男爵率いる恐竜騎士団の遺跡調査部隊と行動を共にしていた。
 トマスと美羽が交渉役となって話を持ちかけてみたところ、思いがけずOKの返事が貰えたのである。
 リカインが仲介して、間を取り持ったのも大きい。
「恐竜騎士団って、もっとおっかないひとばっかりかなぁって思ってたんだけど、結構良いひとも居るもんだねぇ……」
 美羽がほっと安心した面持ちで、先を行くスキュルテイン男爵の大きな背中を見詰めていうと、トマスも僅かに眉を開いて頷き返す。
「どこの世界もそうだけど、話が通じるひとも居れば、全く通じないひとも居る……僕達は、そういう意味ではかなり運が良かったといえるだろうね」
 いいながら、トマスは自分や遭難者達を守るようにして周囲を固めている、何頭もの恐竜達の姿を、奇妙な面持ちで眺めた。
 少し前まではデイノニクスやマジュンガトルスといった敵に襲われ、怯えなければならなかったというのに、今は逆に、同じ恐竜達に守られているのである。
 これ程までに奇妙な展開は、そうそう体験出来るものでもないだろう。
 その時、不意に視界が開けた。ジャングルを抜けたのである。
「うわぁ……もしかして、あれがその、研究施設?」
 美羽が、左右にそびえる断崖に挟まれる形で鎮座する、巨大な石造りの城塞を見て、溜息を漏らした。
 このドロマエオガーデンで初めて見る、人工的な景色であった。
「おぅ、やっと着いたな。あれが、魔働生物兵器の研究施設だった古代遺跡だ」
 幾分喜びの感情を含んだ声で、スキュルテイン男爵が振り向いて宣言した。ようやく、目的の地に辿り着いたのである。
 誰の顔にも、安堵の色が浮かぶようになっていた。
 実は、この古代遺跡に救援部隊が向かってきているという情報が、少し前に飛び込んできていたのである。
 どうやら救援部隊のリーダーである正子が、捜索拠点としてこの遺跡をベースキャンプにしようと考えたらしい。
 奇しくも、スキュルテイン男爵と合流した遭難者グループも、結果としてこの遺跡を目指す格好になった。つまり、救援部隊との邂逅が、偶然にも早まった形になったのである。
 遭難者達の間に喜びの気分が漂い始めたのも、至極当然の話であった。

「さて、ここからは別行動だ。俺達はあくまでもバティスティーナ・エフェクトの捜索が仕事だからな。お前さん達はあそこで、お仲間が来るのを待つだけなんだろう?」
「あ、それなんだけど」
 部下に指示を出そうとしていたスキュルテイン男爵に、リカインとシルフィスティが足早に近づいた。対する怠け者男爵は、何事かと小首を傾げる。
「一応私達もパラ実風紀委員だからね。お迎えが来るまでお手伝いしようと思うんだけど、お邪魔かしら?」
「おぅ、そりゃ悪いね。んじゃ、手伝ってもらおうかなぁ」
 これまた意外と簡単に、OKの返事が出た。このスキュルテイン男爵という人物、恐竜騎士団の一員の割りには相当に考え方が緩いのか、それとも人格が出来ているのか。
 ともあれ、リカインとシルフィスティの両名だけは遭難者達とは別行動、ということになった。
「じゃあこっちはこっちで、安全に待機出来る場所を探そうか」
「……だね」
 美羽とトマスも、話を纏めた。
 ふたりは陽太、魅華星、昌毅、アリーセ、セレンフィリティといった面々を呼び寄せ、幾つかのグループに分けた新入生達を率いるリーダーとして行動するよう依頼した。
 呼ばれた五人も、特に断る理由が無い。
「ふふふ……この魔王の転生体たるわたくしにも、ようやくリーダーシップを鍛える機会が巡ってきた、という訳ですわね」
 ひとり妙な笑い声を立てている魅華星に、昌毅と陽太が変な表情を浮かべて顔を見合わせている。美羽とトマスの判断を疑いたくはなかったのだが、本当に魅華星をリーダーに指名して大丈夫だったのか。
 だが魅華星は、昌毅と陽太のそんな疑問など知る由も無く、ただただひとり、悦に入って低く笑い続けるのみであった。
 一方でセレンフィリティは、自身がリーダーに指名されたのは当然だとばかりに、誇らしげに胸を張って、自らが率いるべき新入生達の顔ぶれを、遠巻きに眺めている。
 ところがアリーセはといえば、同じ教導団員であるにも関わらず、いささか不安げな表情を浮かべていた。
「あら、どうしたの? 自信が無いの?」
「えぇまぁ……私はどっちかっていうと技術屋で、上に立つ器じゃないと思ってましたから……」
 そんなアリーセの不安を、しかしセレンフィリティは背中をどやしつけて、盛大に笑った。
「なぁにいってんのよ! さっきの新入生達を励まして回ってたのを見てたら、十分に務まるって! 自信を持って頑張りなさいな!」
 かなり大雑把な激励だったが、それでも今のアリーセには十分過ぎる程に十分なアドバイスであった。