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【六 命を繋ぐ降下】

 大型飛行船ファブルブランドが、あとひとつ山を越えればいよいよドロマエオガーデンの西端に達するというところで、艦橋脇のハンガー制御室では、僅かな緊張が室内の空気を支配していた。
 救援部隊に参加していたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、ファブルブランドの望遠撮影機で捉えた画像をプリントアウトして、室内に詰める面々に、そこに映し出されている姿を見せていたのである。
「これって……やっぱり、恐竜騎士団所属の翼竜だよね?」
 ルカルカが念を押すように問いかけると、正子は彫りの深い強面を更に凶悪な人相に変えて、深く頷く。
「ケツァルコアトルスだな。牽引しているのは、奴らの空輸専用カーゴであろう」
「ということは矢張り、山葉校長の情報に間違いは無かった、ということか」
 脇から覗き込みながら、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が渋い表情で静かに唸る。山葉校長を戦友と呼ぶダリルは、最初から山葉校長の情報を信じていた節があったのだが、こうして改めて見せつけられると、彼ならずとも戦慄の震えのようなものを、覚えてしまうものらしい。
 するとその時、壁面に設置されたディスプレイのひとつに、見慣れた顔が映し出された。同じく救援部隊に参加している五十嵐 理沙(いがらし・りさ)であった。
『降下準備、出来たよ』
 理沙の後ろでは、彼女の愛竜であるフォレストドラゴンのグァラルバァラルがハンガーキャビン内で、二台のトラックの隣に並ぶようにして、その巨体を鎮座させている。
 グァラルバァラルの背に乗せた鞍の上では、既にセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が降下に備えて、手綱をしっかりと握り締めている。
 今回の救出作戦では、遭難者達を無事にドロマエオガーデンから脱出させる為の輸送手段として、二台のトラックを用意していた。
 しかしドロマエオガーデン内ではトラックの降下ポイントを探し出すのが難しいと考えられた為、その手前の位置でパラシュート降下を実行する運びとなっていたのである。
 その際、不慮の事故が発生した場合でも対処可能とする為、理沙とセレスティアがグァラルバァラルを駆って一緒に降下することになっていた。
 理沙からの報告を受け、それまで降下開始のカウントダウンタイミングを計っていたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が、手元のキーパッドを操作して、降下フロー開始のサインを入力した。
「時計、合わせ……降下フロー、開始します。どうぞ、お気をつけて」
『ありがと〜。んじゃ、後でね〜』
 理沙が陽気に笑いながら、グァラルバァラルの背に飛び乗る姿が、ディスプレイ越しに見えた。
 やがてディスプレイの中では、キャビンハッチが開放され、まずグァラルバァラルが巨大な翼を羽ばたかせて宙空へと舞い、次いで二台のトラックが後ろ向きに滑り落ちていくような形で、ファブルブランドのキャビンから降下してゆく。
 その様を半ば祈るような面持ちで眺めていたザカコだったが、彼の隣にいつの間にか、強盗 ヘル(ごうとう・へる)がカウボーイハットの鍔先を指で軽く押し上げる仕草を見せて佇んでいた。
「さて、次は俺達の番だな。ハンガーに向かうか」
「……ですね。アルマイン・ハーミットが次の降下の最初の出撃順になっていますから、早めに準備しておきますか」
 軽く頷きながらザカコはオペレーターシートから立ち上がり、ヘルと並んでハンガー制御室を出てゆく。

 輸送用トラック吉野丸の助手席で、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は無重力の中に放り出されたような感覚の後、下から突き上げてくる強烈なGを全身に浴びた。
「うはぁ……こういうの、久しぶりやなぁ! パラミタ来るちょっと前に経験したバンジージャンプが、まさにこないな感じやったわぁ!」
 日頃、中々接することのない感覚に身を委ねたせいか、若干気分がハイになってしまっていた泰輔だが、運転席でハンドルを握っているのがフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)であることを思い出すと、すぐに気落ちしたような顔つきになったものだから、フランツは露骨に嫌そうな表情を見せた。
「だからそんな顔見せないでってば……僕の華麗なるハンドル捌きが信じられないのですか?」
 フランツがぶつくさいうのを、泰輔は明後日の方向に面を向けて、聞こえない振りをしていた。
 そもそも、吉野丸の助手席には、本来であればレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が座る筈だったのであるが、泰輔の手違いでイコンフォイエルスパーをファブルブランドに積み込むのが間に合わなかった為、仕方無く泰輔にフランツの隣の席を譲っていたのである。
「はいはい、おふた方とも……今は、降下に専念しましょうね。着陸したら、泰輔さんはあちらのトラックに移るのでしょ?」
 この強烈なGの中、HCに淡々とデータを入力しているレイチェルの精神力というか、何事にも動じない据わった肝というのは、その端整な顔立ちからは中々想像も出来ない。
 泰輔はフロントガラスの向こうで軽やかに飛翔するグァラルバァラルの雄大な姿に、一瞬だけ羨ましそうな視線を投げかけた。
「僕も空飛ぶのが良かったなぁ……」
「それはいっても仕方が無いでしょうに」
 憮然とした表情のまま、フランツが泰輔の呟きを腐した。自分の運転テクを否定されたのが、余程悔しかったらしい。

 実は、パラシュート降下しているのは遭難者輸送用のトラック二台だけではない。
 三船 敬一(みふね・けいいち)率いるパワードスーツ隊カタフラクトも、同様にパラシュートを装着して、大空の中を舞っていたのである。
「まさかパワードスーツでパラシュート降下することになるとはなぁ。人間、長生きしてみるもんだ」
 まだ然程老齢という訳でもないのに(いや、寧ろ若いといって良い)、敬一は妙に達観した様子で満足げに呟いた。すると、その声を通信回路越しに聞いていた白河 淋(しらかわ・りん)が、呆れた声を通信回線に乗せてきた。
「何をいってるんですか……今はそんな呑気な気分に浸っている場合じゃありませんよ」
「まぁ、そう申すな。実は我も、同じようなことを考えておったのだ」
 僅かに笑いを含んだ声で、コンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)が敬一を擁護する。淋にしろコンスタンティヌスにしろ、戦いの際に於いては敬一の手足となって自在に働いてみせるカタフラクトの一員ではあったが、実戦前のちょっとした空き時間の中では、敬一が一番の弄られ役になっているようであった。
 そんなくだらない会話を交わしている間にも、地表はどんどん近づいてくる。あまり雑談に熱中し過ぎて、パラシュート展開のタイミングが遅れてしまったのでは、笑い話にもならない。
 敬一達カタフラクトの面々は、そろそろ口数を減らし、真剣な面持ちでパラシュート操作桿に手をかけた。
 一方、そんなカタフラクト隊の声を、レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)は輸送用トラックの中で苦笑混じりに聞いていた。
 尤も、レギーナの口元は包帯ですっかり隠し切られてしまっており、苦笑を浮かべたところで、ほとんど誰にも分からないのであるが。
 実はレギーナはひとりではない。傍らに、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)の姿があった。
 本来であれば、顕仁は泰輔と共にフォイエルスパーを駆って出撃する筈だったが、結局レギーナの隣に便乗させてもらう形で今回の作戦に参加する破目となっていた。
「何というか……楽しそうであるな」
 車内スピーカから漏れ聞こえてくる敬一達のやり取りに、顕仁が口元を笑みの形に歪める。これに対しレギーナは、いささか呆れた様子で、ハンドルを握ったまま小さく肩を竦めた。
「平時なら良いんですけど……戦っている最中でもしょっちゅう身内漫才やらかしてるから困るんですよね」
「ほほぅ、それはそれで、中々興味深い」
 顕仁は本心からそういっているのであるが、レギーナは社交辞令で褒めてくれているのだろうと、勝手に解釈した。実際、そう考える方が自然ではあったろうが。
 やがて、パラシュート展開のタイミングを知らせるブザーが鳴った。
 降下隊は理沙のグァラルバァラルを除いて、一斉にパラシュートを展開し、着陸態勢に入った。

『ちょっと気流が荒れてます! どうか、お気をつけて!』
 セレスティアがHCの無線通話機越しに、パラシュート降下隊に向けて注意を促してきた。直後、パラシュート隊全機が大きな揺れに襲われ、危うくパラシュート展開に失敗するところであった。
「どはぁ……今のはマジでびびったなぁ……っちゅうても、フランツ兄さんの運転の荒さよりかはマシやな」
「まだいいますか!」
 泰輔のいい草に、良い加減、フランツも本気で腹が立ってきたのだが、今は感情に任せて華麗な運転テクとやらを披露する余裕は無い。
 とにかく、セレスティアの警告に従って、何とか乱気流をやり過ごすのが先決であった。
「良いですか! 必ずや僕の華麗な運転テクの真髄を味わって頂きます!」
「いや、着陸したら僕、あっちのトラックに移るから」
 フランツの挑発を軽くいなす泰輔。
 隣でレイチェルが、こめかみに青筋を浮かべて、頬を引きつらせていた。
 そうこうするうちに、トラック全体が決して小さくない衝撃に揺れ、泰輔達の体がほんの一瞬、シートから飛び上がる格好になった。
 着陸は、無事に成功したのである。
 フロントガラスの向こうでは、グァラルバァラルの巨躯が大きく翼を羽ばたかせながら、見渡す限り荒れた大地である茶色い砂地の地面に、ゆっくりと降下してきているところであった。
 ほっとひと息ついたフランツだったが。
「ほな、さいなら〜」
 まるで逃げるように助手席側のドアから外に飛び出していった泰輔の声を聞くや否や、フランツの顔が紅潮して、ハンドルに怒りの拳を叩きつける。
「ガッデム!」
「……怒るのは結構ですけど、安全運転でお願いしますよ」
 あくまでもひとり冷静沈着なレイチェルであった。