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【九 稀なる遭遇】

 既に述べたように、マジュンガトルスの襲撃から逃れ得た遭難者達は、ふた手に分かれてしまっている。
 そのうちの一方はというと、実は未だに、ジャングル内を彷徨っていた。ところが、久と同じく狼煙を上げるという発想を持つ者が、こちら側にも居た。
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は、矢張り久と同様、遭難者グループ本隊から少しばかり先行して、狼煙を上げていた。彼もまた、ガーデン内の化け物共に狼煙を発見される恐れを考慮し、仮に敵の攻撃を受けたとしても、自分ひとりだけであれば何とかなる、という発想で先行していたのである。
 勿論、陽太ひとりだけが先行していた訳ではなく、久に対する和輝と同様に、この場では鳴神 裁(なるかみ・さい)が陽太の護衛として同行していた。
 ただ、その裁の様子が、どうにも少しおかしい。
 実は陽太と裁は、ツァンダに拠点を置くSPB傘下のプロ球団蒼空ワルキューレのチームメイトであり、お互い知らぬ仲ではない。
 だから今の裁が、いつもとはどこか様子が異なるということに、陽太は早くから気づいていた。
 狼煙の黒い条が樹間から緑の天井へと抜けていく様を眺める裁に、陽太は意を決して、何かあったのか、と聞いてみた。すると――。
「あれぇ〜? バレちゃった? ん〜、どこが違ったんだろ?」
 裁の顔で、別の人格が悪戯っぽい笑みを浮かべた。正体は、奈落人の物部 九十九(もののべ・つくも)だったのである。
 成る程、憑依していたのか……陽太は納得して、小さく頷いた。
「女性のちょっとした変化にも気づく注意力……やっぱり、結婚してるひとは違いますね〜」
 裁の襟元から、別の声が響いた。魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)がである。ドールは、裁の普段着姿で張りついたまま、すっかり感心した様子で陽太の観察力を素直に賞賛した。
 しかし陽太は、
「いやぁ……既婚者かどうかってのは、あまり関係無いかと……」
 などと頭を掻きながら、複雑そうな表情を浮かべている。
 正直なところ、陽太自身は他の女性をつぶさに観察していられるだけの余裕は無い。彼はとにかく、愛する妻のもとへ無事に帰りつきたいという必死の思いで、周囲に対して神経を張り詰め、少しでも異変を感じ取れるようにと観察眼を目一杯駆使している。
 それがたまたま、裁のいつもとは違う様子を見抜いただけの話なのだ。ドールが褒めるように、女性のちょっとした変化にも敏感に気づこうとしている――という訳ではなかった。
(俺はただ、全員で無事に脱出したいだけなんですけど……)
 陽太が漠然とそんなことを考えていると、不意に裁が、遭難者グループ本隊が居る方向とは別の角度に真剣な面持ちで視線を送り、声を潜めて呼びかけてきた。
「あれ……ねぇ、今あっちで何か、動かなかった?」
 実はこの時の裁は、九十九ではなく裁自身だったのであるが、陽太にはそこまで分からない。いや、どちらが呼びかけてきたのかは、この際問題ではない。
 何かが居る。
 裁の警鐘に対し、陽太は息を呑んで身構えた。狼煙を上げている以上、敵に発見される可能性が格段に高くなっている訳だが、その危険が早くも形となって現れた結果であろうか。

 一方、ジャングル内の遭難者グループ本隊では、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が不安と恐怖に怯える新入生達に対し、励ましの言葉を投げかけたり、或いは優しく慰めるなどしており、この場に於いては急造のカウンセラーとして活躍していた。
 そんなふたりの姿を眺めているセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、特にセレンフィリティに対して、普段とは明らかに異なる姿に、意外な思いを抱いていた。
「セレンってば、こんなことも出来たのね……案外、セールスレディかテキヤでもやらせたら、成功するんじゃないかしら?」
 軽傷を負っている新入生達の面倒を見て回りながら、セレアナは本人には聞こえないところで、そんなことを呟いてみた。
 すると、横から久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)がごくごく真面目な顔で、口を挟んできた。
「いやいや……なかなかどうして、教導団員として立派に自分の責務を果たしているじゃないか。やたら戦うことばかりに目が行って、国を守るという軍人としての本来の任務を忘れている連中が多い中、よくやっていると思うよ」
 グスタフにパートナーを褒められ、何ともいえない気分ではにかんだ笑みを浮かべたセレアナだったが、かといって素直に喜んでばかりもいられない。
「ありがとう。でも、本人の前では絶対いわないでね。間違い無く、調子に乗るから」
 セレアナのこの言葉に、グスタフは苦笑を禁じ得ない。
 さて、そのセレンフィリティとアリーセのふたりだが、とにかく満面の笑みを浮かべ、余裕に満ちた態度で不安を抱える新入生や飛行船スタッフ達を励まし続けていた。
 が、ほんの一瞬だけ、セレンフィリティが端整な面に厳しい色を浮かべ、明後日の方向を凝視した。緊張した様子を悟られまいと、すぐに笑顔に戻ったセレンフィリティだったが、彼女は新入生達の間を移動する際、アリーセの耳元に顔を近づけ、小声で囁きかけた。
「ねぇ、さっき……聞こえなかった?」
「あなたも、ですか」
 どうやらセレンフィリティが何をいわんとしているのか、アリーセも理解している様子だった。そうとなれば話は早い。
 セレンフィリティは表情だけは柔らかく、しかし低く搾り出す声には緊張の色を孕んで、更に続けた。
「爆発、の音だったよね。それも、火山が噴火するような……近くに、活火山があったのかしら?」
「可能性はありますね。そもそもシャンバラ大荒野なんて、何でもありな場所ですから」
 アリーセの声にも、僅かながら焦りの響きが含まれている。
 しかし、緊張した様子はおくびにも見せず、新入生達に応急手当の方法を指導しているグスタフに、一瞬だけ目線で頷きかけてから、それ以降は再び、営業スマイルを浮かべて励ましの声を送り続けるだけであった。

 セレンフィリティとアリーセが聞いた爆発音は、実は陽太と裁の耳にも届いていた。
 しかし、それが一体何であるのかまでは分からない。ふたりはただ、困惑の表情を浮かべて互いに顔を見合わせるのみであった。
 ところがその時、背後から全く予想外の存在から声をかけられた。
「火山迷路がやばそうなことになってるなぁ、なんて思ってたら、こっちはこっちで、えらく大胆な真似してるじゃねぇか」
 慌てて振り向いた陽太と裁の面に、驚愕と恐怖、そして困惑が複雑に入り混じった色が浮かぶ。
 そこに居たのは、恐竜騎士団の正装を幾分着崩したような風采の、見上げる程の巨漢だった。しかしその整った容貌には精悍というよりも、どこかアンニュイな表情が窺える。
 その巨漢の恐竜騎士の背後に控える従騎士達はといえば、妙に几帳面そうな風貌の者が多い。
 普通、上司がだらしなければ部下も相応の者が大半を占めるものなのだが、この部隊に限っていえば、どうやらその一般論は通用しないらしい。
 更に驚いたことに、この謎の恐竜騎士率いる部隊の中には、見知った顔があった。
「あら、他のひと達は?」
 同じく遭難者としてこのジャングルに降り立った筈の、リカインであった。つまり、この巨漢の恐竜騎士は怠け者男爵ことスキュルテインだったのである。
 だが陽太と裁は、スキュルテインの何者たるかを知らない。ふたりはただ、突如現れた恐竜騎士と、彼に同伴しているリカインやシルフィスティに、ひたすら困惑するばかりであった。
「あ、このおじさんなら大丈夫よ。私達をどうこうしよって意図は無いみたいだから」
 口添えしてきたのは、リカインでもシルフィスティでもなく、何故かスキュルテイン男爵に同伴していたコンクリート モモ(こんくりーと・もも)であった。
 彼女がスキュルテイン男爵やリカイン達と行動を共にしていた理由は至極単純で、スキュルテイン男爵がリカインとシルフィスティにバティスティーナ・エフェクト探索の説明をしていた際、ついその内容を小耳に挟んでしまったのだ。
 そしてバティスティーナ・エフェクトを獲得すれば、このドロマエオガーデン内に巣くう魔働生物兵器をも支配することが出来るという話に、一発で食いついてしまったのである。
 だが、それだけではない。
 矢張りモモとしては、恐竜騎士団の圧倒的な戦闘力がデイノニクスの群れを蹴散らし、更には超巨大マジュンガトルスさえ退けた姿が、鮮烈な印象として忘れられなくなったのだ。
 彼らと一緒に居れば、何とかなるかも知れない――相手が恐竜騎士団であるという現実すら理性の片隅に追いやり、モモは自らの打算に従ったのである。
 そして幸運にも、スキュルテイン男爵は遭難者達に対し、変な敵意を持ってはいなかった。モモでなくても、この好機を見逃す手は無いと考えるだろう。
「まぁ一緒に来るのは良いけどよ、いざとなったら、自分の身は自分で守れよぉ。俺も仕事でここに来てんだから、子供の遊びには付き合ってられんぞ」
「あの、それはそうと……どうして、ここに? もしかして、この狼煙が見えたから、とか?」
 陽太の問いかけに対し、スキュルテイン男爵は逆に驚いた顔を見せた。
「何だ? お前さん達、このすぐ近くにバティスティーナ・エフェクトがあるのを知ってて、狼煙を上げてたんじゃねぇのか?」
 曰く、ドロマエオガーデン内唯一の魔働生物兵器研究施設たる古代遺跡が、すぐ目と鼻の先にあるのだ、という。これには陽太も裁も素直に仰天した。
「いや〜……全くもって、ごにゃ〜ぽって感じだねぇ……」
 裁が自分でも意味不明な感想を口にしたが、要するに、スキュルテイン男爵と陽太達の遭難者グループは、たまたま同じ方角を目指していた、ということらしい。