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リアクション
第9章
「あーっはっはっはっは!!!」
秋葉 つかさの笑い声が響き渡る。
ザナドゥドライブは破壊され、魔力の供給であった庭園の仕掛けはもはや止められている。
宮殿は、ゆるやかに崩壊していった。
つかさはあらかじめ宮殿内部の構造を調べておいた。庭園の意味も、ザナドゥドライブとの繋がりも。本体の場所も。
このチャンスを待っていた。Dトゥルーの分身が倒され、本体が無防備になるこの一瞬。
「ぐわあっ!!!」
つかさの触手が水晶を砕き、中からDトゥルー本体が引きずり出される。
そこに、つかさはそっと口付けをして――噛み付いた。
「お疲れ様でした、Dトゥルー様……あとは私にお任せくださいな……」
吸精幻夜。つかさは、本体に残された力の全てを吸い取ってしまったのだ。
鳳明が斬り、博季によって光の彼方に葬られた分身を失い、自身はただ眠りに付くような存在だったとはいえ、Dトゥルーは旧い神を名乗る魔王だ。
その魔王の力は、一人の人間が扱うには充分すぎる力。
「……さようなら、Dトゥルー様……そこそこ愉しめましたわ」
つかさが力を吸い尽くしたDトゥルーを放り投げる。走り寄った衿栖が、その本体を胸に抱きかかえるようにキャッチした。
「……ひどい……」
その呟きを無視して、つかさは『心臓部』の地面から無数の触手を召還する。
現れた触手は地面や壁を破壊し、Dトゥルーとの戦いで傷ついたコントラクター達を分断していった。
「逃げろ!!」
「うわあーっ!!」
何人かの叫び声が響き渡る中、つかさは笑った。
「さぁ、もっと遊びましょう皆様――」
崩落する壁と地面。誰もがわかっていた。
この宮殿はもう危険だと。
☆
ほとんどのコントラクターは脱出を始めていた。確かに、つかさがDトゥルーの力を吸い取ってしまったことは問題だが、とりあえず当面の目的である『魔族Dトゥルー一派の討伐』は果たしたと言えるからだ。
だが、逃げ出さずにつかさに立ち向かうものもいた。
セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)がクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)に『正義マスク』を投げる。
騒動の首謀者として、Dトゥルーの捕獲を考えていたクローラだが、タワー前で触手の力を使うつかさを見た時から、その存在に注意していた。
「――そこまでだ――Dトゥルーは倒れ、ザナドゥ時空も消滅するだろう時期に消滅するだろう。
その力もすぐには使えなくなる……今のうちにやめておくんだな」
クローラはつかさに迫るが、つかさは意にも介さずに笑い声を上げる。
「あらぁ……軍人さんはお堅いですわねぇ……」
つかさの言葉に、クローラはある仮定を確信する。
「やはり……Dトゥルーに味方したのは、ザナドゥ時空の影響というわけではなかったのか。
ならば仕方ない。人間界に侵攻してきた魔族に協力したとなれば放っておくわけにもいかない……連行して取り調べる」
クローラの横にセリオスは並び、レーザー銃を構えた。
「動かないで……本当はDトゥルーも逮捕したかったけど仕方ない……あとでまずは君から逮捕させてもらうよ」
その言葉を聞いて、つかさは高笑いをした。
「あははは……!! 外の世界から侵略してきた相手を逮捕! 人間を裏切って敵側についた相手を逮捕!
随分悠長なことですわねぇ……そんな余裕がおありになるのでしょうか?」
言葉が終わる前に、つかさの触手がうなりをあげて二人に襲い掛かる。
地面から伸びてきた触手は寄り集まって樹のような一本の太い触手となり、クローラを襲った。
「くっ!!」
サンダークラップで応戦するクローラ。だが、炎や電撃の魔術に対抗するため、太い触手を使っているため、瞬時に焼き尽くすわけにはいかない。触手の芯の部分に弾き飛ばされたクローラは、地面を転がる。
「クローラ!!」
思わずクローラを庇う動きを見せたセリオスにも、つかさは容赦ない攻撃を加えた。
「ほらほら、よそ見をしている暇はございませんよ?」
セリオスとクローラに向けてパイロキネシスが放たれる。
「あうっ!!」
セリオスは叫んだ。こうしている間にも宮殿は崩壊を続けている。早く脱出しなくてはいけない。
ほとんどのコントラクターはDトゥルーとの激戦に傷つき、脱出している。しかし犯罪者と目される相手を放置して逃げるわけにもいかない。
そんなセリオスの躊躇をよそに、誰かが叫び声を上げた。
「なんじゃこりゃあーーーっ!!!」
飛び出して来たのは、曹丕 子桓だった。パートナーである柳玄 氷藍から逃げ回っているうちに宮殿が度重なる爆発共に崩壊を始めたのだから、それは混乱するであろう。
「おい、待てってひー!!」
後ろを追ってきたのは氷藍である。いまひとつ事態が認識できていないが、そんなことはつかさの姿を目撃するまでのことだった。
「――いい団子が」
氷藍の視線は、つかさの胸部に吸い込まれている。
ザナドゥ時空の影響はまだ続いている。今の氷藍はとにかく巨乳を見つけては『おっぱい団子』を作ろうとする巨乳ハンターだ。
氷藍は両手をわきわきと構えると、つかさに襲い掛かろうと攻撃姿勢を取る。
「……なんだか、いやな視線を感じます」
さすがのつかさもその視線と手つきに不安を感じたのか、触手で距離を取った。
「まあそう言うな!! ちょっともぎ取って団子にするだけだから!! いいだろ、ひとつやふたつ!!」
「二つしかありませんっ!! 近寄らないでいただけます!?」
その時、瓦礫の中から銀色の光が発せられた。ブレイズ・ブラスの『正義マスク』だった。
「でりゃあああーーーっ!!!」
ブレイズは、武神 牙竜の助けで『王の間』への道を辿っていたものの、途中でザナドゥドライブの暴走に巻き込まれて生き埋めになっていたのである。
「あなたがブレイズ・ブラスですねっ!!」
そこに、スウェル・アルトのパートナー、アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)が現れた。Dトゥルーとの闘い、王の間を破壊した大爆発の際、スウェルとムメイとはぐれてしまったのであるが、アンドロマリウスは噂に聞いた『正義マスク』に張り合いに来たのだ。
「おう、なんだお前!?」
ブレイズは戸惑いつつも、アンドロマリウスに応える。アンドロマリウスは、ブレイズに並んで叫んだ。
「そんなことを行っている場合ではありません!! あれを見なさい!!」
「……ん、なんだこりゃ!?」
アンドロマリウスが指差した先は、崩壊する宮殿、逃げ惑うコントラクター、空中には触手を生やした女が一人、その女の胸を執拗に狙う女、そして触手と戦う軍人コンビ。
「……わけがわからねぇ」
「あら……また暑苦しいのが」
ブレイズの呟きに反応するように、つかさは触手を使ってブレイズに襲いかからせる。
「うわっと!!」
Dトゥルーは倒されたはずなのに、とブレイズは戸惑うが、襲われたからには戦わないわけにはいかない。
「ちっ、わけがわからねぇが……まだザナドゥ時空の影響が残ってるのか!!」
「あ、いた!!」
そこに、アルトとムメイが姿を現す。ようやく発見したパートナーは、しかしブレイズに張り合ってつかさへの攻撃に参加している。
「あ、ムメイ!! スウェル!! 私ちょっとこのブレイズと張り合ってますから!! 適当にしててください!!」
その言葉に、ムメイは突っ込んだ。
「だからおかしいでしょアンちゃん!? 何で張り合うことが目的になってるの!?」
「……たこ焼き、食べたかった、な」
「嬢ちゃんも何でたこ焼きなのっ!? おなかすいたのっ!?」
そこに、さらなる乱入者があらわれた。
「そこまでだ!!」
大谷地 康之であった。後ろには匿名 某と結崎 綾耶、そしてフェイ・カーライズの姿。
「……あら」
つかさは呟いた。以前、ふとした折に顔くらいは知っている、つかさと某はその程度の知り合いだった。
「つかささん、今すぐ助けてやるからなっ!!」
某の知り合いということで、スーパーヒーロー熱血漢な康之は叫んだ。もちろん、『助ける』とは『ザナドゥ時空の影響から解放して、正気に戻す』という意味である。
しかし、つかさは首を横に振ってそれを否定する。
「……余計なことはなさらないでくださいな、私はザナドゥ時空の影響でこんなことをしているわけでは」
「よぉし、今すぐ助けるぞ!! アタック!!!」
つかさの言葉を中断してパチンと指を鳴らす某。その合図に綾耶とフェイが飛び出し、それぞれ魔法と銃で触手を攻撃し始める。
「あなたがつかささん……私と同じくらいの身長なのに、どうしてそんなにたわわに実ってるんですか、不公平です!! 理不尽です!!」
綾耶は、叫びつつも天のいかづちで触手を落として行く。フェイはいかづちで落としきれない触手を曙光銃エルドリッジで丁寧に撃ち落していく。
「ツインテールか……左右対称に結った髪が素晴らしいな……うむ、救助したら存分に楽しませてもらおう……」
その隙を縫って、つかさの胸目がけて襲い掛かる氷藍。
「とえりゃあああーっ!!!」
「胸とか髪とか、いい加減にしてくださいなっ!!!」
「あーーーれーーー!!!」
踊りかかってきた氷藍を触手でホームランにし、つかさは綾耶とフェイに触手で応戦する。そこに、ブレイズが飛び蹴りを放つ。
「おい、あんた!! もうザナドゥ時空は消滅する、大人しくしていれば触手も消えるだろう!! 早く脱出するんだ!!」
だがつかさはそのとび蹴りをかわし、近寄ったブレイズを触手で絡め取った。
「しまった!!」
巻き取られたブレイズに近寄り、つかさは言った。ブレイズの耳にそっと口を近づけ、からかうように囁いた。
「皆さん誤解しておられますけれど……私、自分の意志でこういうことをしているのですよ……?
ザナドゥ時空の影響があとわずかというなら……それまで思う存分楽しみましょう?」
「え……? ってうおおおぉぉぉっ!?」
つかさは、ブレイズの頬をぺろりと舐め上げ、くすくすと笑い声を上げる。戸惑っているブレイズを力任せに放り投げると、クローラとセリオスのほうへと飛んで行き瓦礫の山へと突っ込んだ。
体勢を立て直したクローラは、なだれ込んできた某に叫んだ。
「あの女は正気だ!! ザナドゥ時空の影響で敵に回ったわけじゃない、確保を手伝うんだ!!」
そのクローラに食いつく康之。
「バカなこと言っんじゃねぇよ! 誰がどう見たって何かにとり憑かれてる感じじゃねーか!! 俺はあの人を助けるぜ!!」
康之は、トライアンフを構えて触手に突進していく。
その様子を見て、某はクローラに言った。
「そういうことさ軍人さん……俺達はあの人を助ける、それだけだ」
駆け出していく某の背に、クローラは呟く。
「……犯罪者を庇うか、話にならないな」
とはいえ、康之も某も触手を攻撃し、クローラやセリオスを妨害しているわけではない。ただ主張が違うだけだ。
「おい……大丈夫か、ブレイズ?」
瓦礫の山からブレイズを助け出したのは、レン・オズワルドだった。
「ああ……助かったぜ……しかしあの女、どうなってんだ……?」
基本的に人の心の根底には正義が流れていると信じて疑わないブレイズに、つかさの行動は理解できない。
「……人間の中にも、いろいろな者がいるということだ……ともあれ、このまま放っておくわけにもいかない。
幸い、協力してくれそうなコントラクターもいる……やるぞブレイズ、彼女を触手から解放して助ける」
ブレイズから受け取った『正義マスク』を装着して、レンは言った。
「いいかブレイズ……強大な敵を倒せる者がヒーローじゃない。
戦うべき時に戦い、救うべき時に救うのが、本当のヒーローだ。お前はただのヒーロー馬鹿じゃない……それを見せてやれ!!」
「ああ!!」
ブレイズとレンががっしりと拳をぶつけ合った。
そこにまた、新たなコントラクターが現れた。
コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)とルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)だ。
「つかささんっ!!」
コトノハは、崩壊を続ける宮殿で叫んだ。
タワー前の騒動を知り、つかさと思しき人物がDトゥルーの味方をしているという噂を聞き、駆けつけたのだ。
「あら……今日は顔見知りが多いですわねぇ……何の御用ですか?」
つかさは、まるで近所の奥様同士のような気軽さで触手を動かし、コトノハとルオシンを襲った。
「――ふんっ!!」
ルオシンは自らの光条兵器を振るって、襲い来る触手を切り裂いた。
「つかささん! こんなことはやめてください!!」
コトノハは必死によびかけるが、つかさは聞き耳を持たない。
「あらぁ……どうしてこんな楽しいことをやめなくてはならないんですか?
それよりどうですお二方も……ちょっと遊んでいきません?」
ウネウネと触手をくねらせて、つかさはコトノハの方に触手を向ける。
ルオシンがその前に立ちはだかるが、コトノハはその後ろから叫んだ。
「そのまま敵の力を利用し続けることはできないんですよっ!?
それに、マホロバで待っているあなたの子供は――」
「――」
その瞬間だった。
「ぐわぁっ!!!」
恐るべき勢いで極太の触手がルオシンを弾き飛ばしたのだ。
「ルオシンさん!!」
思わず駆け寄ろうとしたコトノハの首に、つかさの触手が絡みつき、そのままコトノハをぶら下げてしまった。
「く……かはっ!!」
必死で首の触手に指を食い込ませるコトノハ。少しでも力を抜けば、窒息してしまうだろう。
「さすがに不愉快ですね……あまり他人のプライベートに首を突っ込まないほうがよろしいですよ、奥様?
せっかく産まれたお子さんを、さっそく孤児にしたくはないでしょう?」
「あ……う……」
そこに、トライアンフを構えた康之が飛び掛ってきた。
「とりゃあっ!!」
コトノハをぶら下げていた触手を切り裂き、着地する。
「げほっ、げほっ!!」
解放されたコトノハは激しく咳き込んだ。そこにどうにか立ち上がったルオシンが、よろよろと駆け寄った。
「だ、大丈夫か……コトノハ」
「ええ、どうにか……でも、つかささん……どうして……」
コトノハの呟きをよそに、つかさはまた高速で飛び去り、戦場を移した。
「さっきから、ちょろちょろとうるさいですねぇっ!!!」
つかさは、康之の足を触手で掴み、そのまま振り回した。
「のおおぉわぁぁぁっ!?」
康之はそのまま綾耶とフェイを跳ね飛ばし、逆さに吊るされる。
「さあ……これでおしまいですか?」
つかさが笑み浮かべると、綾耶とフェイの無事を確認した某は、一歩前に出て、言った。
「いいや……ここからさ。君を助け出して、みんなで帰る」
と。
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