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リアクション
第5章
「よし――ここが『王の間』だな」
迷宮を抜け、また一組のコントラクターがDトゥルーの待つ『王の間』へとたどり着こうとしていた。
彼の名は相田 なぶら(あいだ・なぶら)。日頃から剣に魔法にと、勇者を目指して修行に明け暮れる彼は、今回の魔族騒動にも身を乗り出してきたのである。
傍らには、木之本 瑠璃(きのもと・るり)とカレン・ヴォルテール(かれん・ゔぉるてーる)の姿。
「よし、じゃあ行くぞ二人とも。――チャンスがあったら、サポートよろしくね、カレン」
なぶらの言葉に頷くカレン。
「ん? ああ、いいけどよ、俺、炎熱の精霊であって、あんま光術は得意じゃねぇんだよな……」
協力する意志はあるものの、ぶつぶつと文句をいうカレンに対して、瑠璃はやる気満点だ。
「うむ、人々に害をなす魔族の首領を放置するわけにはいかないのだ、いくぞなぶら殿!!」
二人の様子を確認し、なぶらは王の間の扉を開ける。そこには、意外な光景が広がっていた。
「お初にお目にかかるぞ――Dトゥルー」
王の間の中央には玉座が一つあり、そこにDトゥルーは座っていた。
この部屋には、Dトゥルー以外の敵は誰もいない。
だが、なぶらにとっては、必ずしも味方とはいえない相手であった。
そこにいたのは、ジークフリート・ベルンハルト率いる『魔王軍』の面々だったのである。その中には、元魔族6人衆、機晶姫のウドの姿もある。
「あ」
思わず、声を上げるなぶら。勇者を目指すなぶらと、自称『魔王』を中心として活動する『魔王軍』とは微妙な位置関係と言えた。
特にジークフリートとなぶらはライバル関係にある。ほかのコミュニティとの兼ね合いもあり、全メンバーとの関係を一言で言い表すことはできない。
なぶらが戸惑いの表情を見せている間に、軽く後ろを振り返ったジークフリートは声をかけた。
「……お前か……今は俺とDトゥルーが話をしている……邪魔はしないでもらおうか。
……さてDトゥルー、俺はお前を我が『魔王軍』に迎えたいと思ってここまで来た。
とはいえ、ただ配下になれと言われてなるわけもあるまい。そこで俺達と勝負だ――お前が負けたら配下の魔族を含めて、我が魔王軍の軍門に下れ」
それに対し、Dトゥルーは愉快そうに顔をゆがめ、魔王軍のメンバーであるシュリュズベリィ著・セラエノ断章やミシェル・シェーンバーグを眺めつつ、言った。
「ふん……人間のお遊びに付き合え、と言うのか?
とはいえ、我が作った物を取り戻したい、という気持ちもなくはない」
その眼光はかつての配下であるウドにも注がれる。それを庇うように、メフィストフェレス・ゲオルクやノール・ガジェットが立ちはだかった。
メフィストフェレスはウドの手を取り、告げた。
「大丈夫ですよウド君、貴方はもう我々の仲間なんんですから……うちのジーくんたちに任せておけば♪」
ノールもまた、同じ機晶姫としてのシンパシーを感じるのか、その横で同意する。
「そうであるぞウド殿。我々機晶姫は、誰かに作られた存在……しかし、自分で感じるままに生きても良いと思うのである。
共に喜び、笑い合えること。我輩は、そんな仲間がいるだけでよかったと、いつも思っているのであるよ」
「……」
ウドもまた、二人に応えるように一歩前に出る。メフィストフェレスはウドを戦わせるつもりはないと言ったが、戦いの場では自分の身は自分で守らなければならない。
玉座から立ち上がり、Dトゥルーは言った。
「良かろう――ジークフリートとやら。だが、取引は公平でなければならない。我が勝ったら何をしてもらえるのかね?」
上段から見下したDトゥルーの言葉。しかし、そんなことは意にも介さず、ジークは笑う。
「ふははははっ! 決まっている。お前が言ったとおり、取引は公平だ。
俺が負けたなら、俺と俺のパートナーはお前の下につく。好きに使うがいい。
少なくとも俺達は、破壊と殺戮にしか存在意義のなかったウドに新たな生き方を示すことができた。それなりの価値は、あると思うがな?」
ニヤリと笑うジーク。それに対し、Dトゥルーもまた笑って応じる。
「ふはははは、面白い。いいだろう。その賭けに乗ってやるぞ人間。
して――そちらの人間はどうするのだ」
視線をずらすと、そこには少し会話に置いていかれた感のあるなぶらの姿。
だが、なぶらはすらりとシュトラールを抜くと、それをDトゥルーに向けた。
「どうもこうもないよ――勇者を目指すものとして、人間界に侵攻してきた魔族を放っておくわけにはいかない。
こっちは条件も関係ないさ――Dトゥルーさんが戦いによる決着を望むなら、俺も本気で戦うまでだ」
「……ふむ、勇者か」
じろりとなぶら達を睨むDトゥルー。
口元の触手が蠢くと、カレンは声を上げる。
「……うわ、気持ち悪い……ひっ、こ、こっち見んなこのタコ!! おいなぶら、さっさとやっちまうぞ!!」
カレンがかねてからの打ち合わせどおり、自らの周りに光術を展開し始めた。一発一発を放つのではなく、力を溜めるようにして自らの周りに待機させる。
「……やっぱ……専門外だけあって、結構つれぇな、これ……」
なぶらもまた、剣を構えつつも同様にして光術による光の弾を召還し始めた。
「ふむ、小細工か。矮小な人間らしいな」
Dトゥルーの嘲笑に飛び出したのは瑠璃。守護天使の翼を利用して、いち早くDトゥルーに踊りかかる。
「うるさいのだ、まずは我輩が相手をするのだ!!」
「ふん、やれやれ……何だか妙なことになったが、まずは足止めといくか……」
それに合わせてシュヴァルツ・ヴァルトが手に持った魔銃から威嚇射撃をした。
それが、戦いの合図だった。
☆
「さて、Dトゥルー様……すでに数多くのコントラクターとお話をされたことでしょう――」
葉月 可憐はDトゥルーを前に切り出した。同行しているアリス・テスタインと元魔族6人衆の一人、バルログ リッパーも王の間にいる。
そして玉座に座ったDトゥルー。その部屋にいるのは彼らだけだ。
王の間に入り込んだ可憐は、まずはDトゥルーに挨拶をした後、おもむろに会話を始めたのだ。
「おそらく、すでにタワー前でも様々な提案や交渉がなされたことと思います。
この部屋に誰もいないということは、すでに戦って破れた方々がいる、ということでしょうか。まさか、私達が一番乗りとも考えにくいのですが」
「……」
その言葉に対し、Dトゥルーは答えない。ただ、勝負の結果として淡々と可憐に付き従うリッパーを眺めるばかりだ。
可憐によって新たな身体を得たリッパーは、一歩前に出て、うやうやしく礼をした。
「Dトゥルー様。私、この葉月 可憐とのゲームに破れ、この戦いの間は共に行動することを約束いたしましたもので、このような形で再びお会いすることになりました」
そのリッパーに対し、Dトゥルーは口元をわずかに歪め、笑みを漏らす。
「――ふん、相変わらずだな。お前がそちら側についたということは、よほどその女が面白かったか?」
その問いかけに、リッパーは答えない。代わりに、可憐が言葉を発した。
「さて、Dトゥルー様。私が話したいのは、Dトゥルー様と私達が互いに楽しめるようなゲームについてです。
Dトゥルー様の目的は、あくまで殺し合い。ならば、各学校に依頼してコントラクターを派遣してもらってはいかがでしょう?
もちろん、存分に戦い合った後で、怪我などはすぐに治療いたしますから、こちら側に死者は出ないと思います。
更に次々に挑戦者を募っていけば、腕試しをしたい方はパラミタには大勢いるはずですから」
だが、その提案をDトゥルーはにべもなく否定する。
「――残念だったな。その提案ならば、すでに他の者からも出されている。
我はこの山も欲しいのだし、もっと真剣に命を賭けた殺し合いもしたい。
そのもう一人の提案にも言えることだが、我には事を穏便に済ませる理由がないのだ。
お前らの提案は一見すると筋が通っているように見えるが、残念ながらこちら側には一切のメリットがない。
それならばまだ、自分の身柄を賭けの対象にした、あの者たちの方が面白味があるというもの」
「……あら、同様のお考えの方がいらっしゃいましたか……残念です」
と、可憐は少しだけ肩を落とし、ため息をついた。
「――さて、どうするのだ、可憐よ?」
提案が飲まれないとなると、可憐に残された選択肢は二つ。諦めて帰るか、諦めて戦うか。
しかし、可憐は首を横に振った。
「……諦めきれません。誰がなんと言おうと、こんな形の戦いはおかしいと思いますし、Dトゥルー様や魔族の方々を力ずくで排除する、というのも私は納得できませんもの。
リッパー様、私の望む道は……必ずしも『共存』というものではありません」
「……ほう」
リッパーは驚きの声を上げた。彼としては、可憐がしてきた様々な提案やゲームの持ちかけは、人間と魔族が最低限、命のやり取りをせずに済むような、ある種の共存を目指しているものと思っていたからだ。
「私はただ……Dトゥルー様やリッパー様のような魔族の方が、お互い可能な限り自らの選んだ道を進むことが出来るように、及ばずながら少しでも尽力したいだけ……なのです」
この世界はそれぞれの意志の思惑通りには進まなくて。
互いの利害が一致しなければ、完全に理想通りとは行かないのが世の常だ。
全ての人間の願いを叶えることなどできはしない。
そんなことは判っている。判ってはいるのだが。
「いろんな人がいて、それぞれが世界のために動いていても、考え方の違いから戦い合うこともある……。
みんなの考え方が違っても、みんなの希望がそれぞれのいい形になっていくように……少しでも……」
「……可憐……」
握り締めた可憐の手が震えている。アリスの呟きも遠く、しかし、可憐は改めて顔を上げ、リッパーを見上げた。
「これが迷って迷って迷って……放校されてでも私が選び取った……私の道なのです……。
こんなことをリッパー様に言っても仕方のないこと……でも……私は、やっぱり甘いんでしょうか?」
見上げたリッパーの表情は、仮面に覆われて伺い知ることはできない。リッパーが可憐に対して何事かを言おうとしたその時だった。
「ヒャッハーーーッッッ!!!」
茅野 菫とバーサーカー ギギが扉を開けて飛び込んできた。
「ふむ、こちらはどうやら話をしに来たわけではなさそうだ。ギギが相手となれば少し本気を出さざるを得んな」
Dトゥルーは可憐との会話を中断して立ち上がり、剣を抜いた。
リッパーは可憐とアリスをギギと菫、Dトゥルーとの戦いに巻き込まないように、後ろに下げる。
「……」
ここでもまた、Dトゥルーとの戦いが幕を開けたのだった。
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