天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

誰がために百合は咲く 後編

リアクション公開中!

誰がために百合は咲く 後編

リアクション



第5章 暗闇の戦闘


 海軍提督フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)の執務室で、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は彼女と向き合ってひと時のお茶を楽しんでいた。
 賓客の命を救い犯人を捕まえたそのささやかな礼にと、フランセット──のメイドが誘ったのだ。
「どうせフラン様は繊細な味が分からないのです。ぜひこちらをお召し上がりくださいなのです」
「あは、ありがとうございます」
 ルカルカはメイドの出してくれたタルトにフォークを入れながら、
「フランセットさんも海がお好きですか?」
「ああ、好きだな。勿論ヴァイシャリー湖のことも好きだ。だが海に出るようになって、湖とはまた違う表情があることに気付いた。シャンバラに知られていない海域や島にも、いつか行きたいと思っている」
「パラミタのも地球のも海は好きです。心が大らかになります。秘めた厳しさも含めて私は好きです」
「地球の海か……見てみたいな」
 彼女たちが警備の合間の休憩を楽しんでいると、海軍の部下、そして生徒側の警備を総括するミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)から、休憩用カフェに刃魚が出た、との報せが入った。
 同時に客の避難誘導は済んでいるとの報告を受ける。フランセットは指揮卓に広げた数枚の海図に視線を落とした。
「ディスティンはここにいてくれ。……和泉、生徒側の警備だが、今の配置はどうなっている?」
「殆どがデッキで待機していますわ。船周辺を小型飛空艇等で警備されている方もいらっしゃいます。これから夜になりますけれど、暗視できる契約者もいますわ」
 和泉 真奈(いずみ・まな)が人名をあげながら答える。彼女はパートナーであるミルディアの補佐を務めていた。
 ミルディアだけで総括は大丈夫……といいたいところだが、自分たちの学園に関することと、申し出たのだった。
 何と言っても、彼女はちょっと短気なところがあるし、「無理も突っ切れば道理が引っ込むってね♪」と言ってしまうような女の子だったから。前線での警備ならともかく、こういう統括的な仕事は自分の方が向いていると思う。
「それから、選挙がありますので、投票所周辺の警備にも人を割いていますわ」
 刃魚からの護衛の他に、百合園生のミルディアの気がかりには、生徒会選挙があった。
 生徒会とかはどうでもいい、と思っていたミルディアだったが、知り合いが立候補しており、彼女たちの演説を聞くうちに、お手伝いできないかと思い始めたのだ。
(まぁ、どんな形になっても、みんなで楽しければいいんじゃないかな♪ そのためには不正対策とか投票所の案内もしないとね)
「勿論、戦闘に長けた人間は優先的に、刃魚からの警備にあたっていますわ」
 補佐と言えば、警備を買って出たローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の、同行した三人のパートナーの一人、海軍軍人の英霊ジョン・ポール・ジョーンズ(じょんぽーる・じょーんず)もまた、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)の代わりに、この部屋に留まっていた。
「私は、魚群探知機、もしくはボートを使用しての、水上と水中、二方面からの追い込み作戦を具申させていただきます」
「これは商船であり、今は交渉中だ。……追い込んで退治するのは、優先順位が低い。おそらく帰還してからの任務になるだろう。魚群探知機を使用するのには賛成だが、この結果次第だな」
 早速伝声管で部下に指示して探査させた。だが、備え付けの魚群探知機は機晶技術を応用したものだが、地球のものに比べて性能が劣る。
 その結果を待つ間、ジョン・ポールは話題を変えた。
「ローザは、中尉と言う階級からか、未だ前線指揮官として先頭に立ってしまう事が多いのです。
 しかし、将来的に海軍と長く付き合っていくのであれば彼女もいつかは佐官となる事が、あるかも知れない。そうした時に、今のままで善い筈はありません。
 その為に、私やホレーショがナラカから呼び出されたわけですが」
「彼女を育てるためにいる、という訳か」
「私から、お願いします。ローザを、貴方のスタッフとして、学ばせては頂けませんでしょうか?」
 フランセットは困惑したように頭をかいた。
「我らがヴァイシャリー艦隊は、元ヴァイシャリー軍だ。教導団発祥の海軍とは趣も、指揮系統も異なる。武装も、戦術もな。クライツァールが望むような艦隊ではないかもしれんぞ?
 ……それでもいいというなら、皆と一緒に船に乗って共に学ぶといい」
「ありがとうございます」
 その時、部下から刃魚についての報告が上がった。進行方向に沖合から陸にかけて泳ぐ魚の群れがおり、10分ほどでかち合うとのことだった。
 刃魚だとはっきりと断定はできないが、見慣れない動きをするそれは、刃魚である可能性が高い。
 フランセットは進行方向を変えて衝突を避けるよう指示し、海兵隊には、可能な限り静かに撃退するように命令を下す。
 ルカルカは敬礼の後、本来の仕事をすべく小走りに部屋を出て行った。
「これが茶会でなければ遠慮なく戦闘できるのだがな」
 フランセットは椅子に腰掛けると、指揮卓の上で指を組んだ。
「──さて、始めようか」

「……いた」
 デッキに戻り、双眼鏡を構えていたルカルカは小さくつぶやいた。
 空はすっかり深い紺に塗りつぶされ、夜の波間は暗く見通すことはできない。だが彼女の“ダークビジョン”は、昼間と同じ視界を彼女に与えていた。
「いたけど……あれは」
 いた、というか、ある、と言った方が適切だっただろうか。
(なんで生物が何故この船を襲う……かもしれないのかが疑問だった。自分より大きい物を襲う習性は野生生物にはあまり無いからよ。理由があるか、集団で狩りするときくらいだもの。だけど……)
 それは既に個体ではなく、明らかに「群れの移動」だった。
(何か棲めなくなった理由があってこっちに来たんだわ。ちょっと可哀想な気もするけど、ぶつかる前に船から遠ざけなきゃ)
 ルカルカはベルフラマントを纏いつつ、船から身を投げた──すたん、と降り立ったのは、飼い慣らしたフタバスズキリュウの背だ。
 これなら一見、フタバスズキリュウが泳いでいるようにしか見えないという、景観への配慮だった。
 シャンバラ教導団所属のルカルカは、海軍もいる非番の日に、ここまで百合園の為に働くことはなかったのかもしれない。中尉でもあり、ロイヤルガードでもある。その誇りが彼女を動かしているのだろう。
(本当は、百合園の友人とお茶でもしたかったんだろーに。だけど、民間人である友を守る事、我が国の外交が良き方向に動く事が、ルカの職務であり歓び、なのか)
 パートナーの夏侯 淵(かこう・えん)が、そんな彼女の背を見て、後を追って船から飛び降りた。
「俺たちが囮になる。連絡はHCで取るからな。後は任せた!」
「任されました」
 この場に残った、唯一の教導団契約者である叶 白竜(よう・ぱいろん)が彼に応じた。
 いや、教導団のみならず、甲板警護をしていた多くの契約者は、既にその殆どが海上に出ようとしている。
 どうやら白竜はハンドヘルドコンピューターを持っていることもあり、成り行きでここの契約者間の連絡係になりそうだった。
(初めからここにいるつもりだったので、それでもいいのですが……)
 魔物は勿論、不審者やへの対処はするつもりである。だが念のためと宮殿用飛行翼は準備していたが、それは海に誰か転落した場合に使えるように、という準備で、海軍のサポート、お茶会のサポート的な心づもりでいた。
(いいのですが、……百合園の契約者の生徒さんは女性が多いのですよね)
 むしろパートナーに代わってもらった方がよかったか、などとちらっとだけ考えて。それは色々危険だとその想像を打ち消した。打ち消して、気持ちを切り替える。
 そしてパートナーに携帯電話をかけた。
 その頃、当のパートナーである世 羅儀(せい・らぎ)は、海岸に飛空艇を停めて、煙草をくゆらせていた。
「ナイトクルージングか。いいなあ……」
 真面目に会場警備をしていたのは始めだけ。白竜の言いつけで、嫌々やっているのだ、さもありなん。
(こんな地味な作業はマジメな白竜なら好き好んでやるだろ。畜生、オレは不審者と闘って、百合園の女の子たちにカッコいいところを見せる予定だったってのに)
 こんなことになったのは、彼が甲板で警備する女の子達に敬礼ポーズでウィンクを飛ばしていたからなのだが、それには全く自覚がない。
「ヴィシャリーの海軍か……果たして、うまくやっていけるのかねえ。まあ、実戦で一緒に殺(や)り合ってみないとわからないか」
 周囲には避暑に来ている美少女の姿もない。しょうがない、と彼は携帯灰皿に煙草を押し込み偵察を再開……しようとして、携帯電話の振動にそれを取り上げた。
 白竜に真面目にやっているか、と問われた彼は、内心セーフだと自分を納得させつつ答えた。
「ああ、真面目に警備(再開しようと)してるぜ」
 羅儀は白竜から刃魚が発見されたこと、偵察しつつ船に戻るよう指示され、ゆっくりと航行する商船の波の跡を追いかけた。小型飛空艇や水上バイクでは、常に船の進行方向に気を付けていれば、はぐれることはないだろう。
「こっちの準備はできてますよ」
 電話を終えた白竜に声をかけたのは、海軍の海兵隊の一員、セバスティアーノという少年だった。
 海兵隊は、不思議な翼のような部品が付いた、水上バイクをデッキの上に並べていた。
「済みません、お客さんに囮なんてやらせてしまって。ついでといってはなんですけど、追い込みはあっちの方向で──俺らが迎撃するんで、一度突き抜けてもらうように言ってくれません?」
「了解しました」
「お願いします──んじゃ行くぜお前ら!」
 セバスティアーノは同僚に呼びかけるなりバイクにまたがると、そのままエンジンをかけ、夜空へと飛び出した。続けて彼の同僚、バイクが十数続く。
 無謀な、と言おうとした白竜だったが、その言葉を飲み込んだ。
 バイクは滑空しつつその翼をはばたかせた。浮力がバイクを包み込み、水面すれすれを飛んでいく。
「よっし」
 丁度良い波が来たところで着水。飛沫が跳ねた。彼らがグリップを操作すると、そのまま水面を滑っていった。
 軍用なのだろう、その速度は小型飛空艇よりもなお早い。
 彼らの背を見送って、白竜はルカルカへはHCで、そして百合園生の先頭に立ち飛び立とうとする冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)へと、現状を伝えにデッキを走った。