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リアクション
3.――『中央広場』
◆
それはまだ、全てが始まる事。ショッピングモールが混乱に包まれる前。
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、穏やかな昼を過ごしていた。
「いやぁ、満腹ね! 人が多いからこんなにゆっくり出来るとは思ってなかったわ」
ショッピングモール内部にあるレストランから出てきたセレンフィリィは、大きく伸びをしながら満足げにそう言って振り返った。言葉の先にはセレアナがいて、セレンフィリィに続くようにしてレストランから姿を現した。
「ホント、なかなか料理も美味しかったし、何よりこの中(ショッピングモール内)だけで完結するのは有り難いわ。午後も買い物出来るし、疲れたら直ぐ休憩出来るものね」
「ね、来てよかったでしょ」
「えぇ、それで――セレン、これからどうするのよ? 目当てのバーゲンまで、まだ時間があるわよ」
「んー、服も見たいし……あ、でも雑貨も見たいな。この前読んでた雑誌で取材されてたお店があるのよ、この中」
「そうなの? ってことは……人多そうね」
「どうだろ、それよりエレアナはどっかないの? 見たいとこ」
「私? そうね…………ちょっと時計が見たいかな。今使ってるやつ、最近調子悪くて」
「ふぅん、だったらこの上の階に大きい時計ショップあったみたいだから、そっち先行こうよ」
セレアナの手を取って走り出したセレンフィリティ。と、そこで銃声が辺りに響き渡り、賑やかだったその場の音が全て掻き消える。
「ねぇ今の…………」
「銃声、よね」
二人はそこで咄嗟に構えを取り周囲を警戒し始める。その銃声の意味がわからない為、警戒しとておくより他に手段はなかった。
「誰よ、こんな場所で銃ぶっ放す奴は……」
続いて二度、三度連なる銃声毎に反応を見せながら、一先ず周辺にいる人々へ物陰に隠れるように指示を出す二人は、そのままエスカレーターまで中腰のまま移動する。二人がいるのは二階。更に言えば、そこは一階から最上階まで吹き抜けになっているショッピングモールの中央、噴水の備え付けられている大広場だった。移動の最中で、二人は下の様子を確認し、そしてそこで息を呑んだ。
「セレン…………………………あれって」
「ウォウルと、ラナロックじゃない。しかも…………なんでアイツ、怪我して倒れてんのよ」
二人の眼下には、地面に倒れ込んでいるウォウルと、それを見下ろすラナロックの姿が見えている。彼女の手には銃が握られ、ただ事ではない雰囲気であることが上で見ている二人にも伝わってくる。
「何々、何やってんのよ。まだお祭り気分が抜けてないのかぁ?」
「あれは明らかに演技じゃないわ。セレン、犯人はまずラナロックで間違えない。前にも暴れたってのもあるし、ちょっと厄介かもよ」
「もー、折角のバーゲンが! やってらんないわよ、ったく。セレアナ、早いとこ解決させてバーゲンに行くわよ!」
「少しは彼の心配もしてあげたって良いのに…………って、あら? あれ…………」
エスカレーターの方に再び向かうセレンフィリティを制止するセレアナ。セレンフィリティもその様子を伺う。
「ちょっとちょっと! なんか二人に近付いてるのがいるわね………危ないったら!」
「セレン、暫く様子見よ。私たちの出方もそれで変わるわ」
「ま、それもそうか。わかったわ」
返事を返したところで、セレンフィリティは懐のホルスターから銃を取りだし、弾を込めるために銃の上部をスライドさせてから、セーフティレバーを弾く。
◆
彼女たちが様子を伺っているその下、騒ぎを聞き付けた相田 なぶら(あいだ・なぶら)とフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が噴水の近くへと走ってくる。
「ラナロックさん! 何やってるんだ!」
辺りを見回しながら、なぶらがラナロックに向かって叫んだ。倒れているウォウルをただただ見下ろしていたラナロックが、その声に反応して上半身だけを気だるそうになぶらたちへと向ける。
「ナンだぁぁぁあ? 何だよぉぉ、知ラネぇなァアああああ? わっかんねェナアアア。メンドクセ、ヤッチマうかぁぁあ」
至極気だるそうに喋るラナロックは、そこで二人の前から姿を消す。厳密に言えば、彼女は消えたわけではなく、二人の視界の外へと素早く外れた。
なぶらは急いでシュトラールを抜き、ラナロックの攻撃に備えた。
「何だぁ? 声掛ケトいてソコのおジョーサんはやる気がネェミタイダナァぁあ、どぉぉぉおれぇ、先ニバラしちマエばいいかぁ」
声が聞こえた途端、上空から両手、両足をそれぞれクロスさせた状態のラナロックが、呆然としていたフィアナ目掛けて落下してくる。
「くっ! 無防備相手に…………」
すかさずなぶらが間に割って入るや、手にしていたシュトラールでラナロックの勢いを殺した。
「ヒュゥゥゥゥウっッッ!! おにぃさんカッケェエエぇ!! ナイト様ってやつだろうぅ!? 良いなァァア」
「っ!? ラナロックさんじゃ――ない?」
受け止めた彼女毎シュトラールを振り抜き、ラナロックの体を押し退けた彼はそのままフィアナの前に立つ。
「良いなァァア、良いなァアあああアアあああっ!!! カッコいいぃいナァ! 見ろよこのクソヤロウ、寝てンだぜ!? ツッカエネぇよなぁあー! 意味がねぇなら死ンじまエバ良いのになぁあ? シブトク生きてヤンノっっ!!! キッシょく悪ぅっっ!!! ギャハハハハ!」
なぶらに押し退けられ、今まで立っていた場所に戻っていたラナロックは、倒れているウォウルの背中を、頭を、肩や腰を、まるで地団駄でも踏むように何度も何度も勢いよく踏みつけ始めた。
「ラナロックさんは――そんな事する人じゃない。アンタはいったい誰なんだ!」
「……………………………………」
なぶらは更に声を荒げ、後ろに佇むフィアナは黙して語ることはない。下を俯き、固く口を閉ざしていた。
「オイオいおおおオオオイぃ!!! 聞いテるかぁクタバり損ナいのクソヤろぅ!!! テめぇが起コしたお陰デヘドが出ル様なクソアマがよぉ一層平和ボケしやがったンダヨ聞イテルかぁぁあああ! ナァアあオイっっ!」
なぶらの言葉は聞いていないらしい。ラナロックは踏みつけていたウォウルの顔面を力の、限り蹴りあげた。
「くっ…………どうすれば良いんだ。こんなの、見ていられるわけがない……………でも、ウォウルさんがあそこに居るってことは………やっぱり彼女は――」
「――めろ」
ぽつりと、声が聞こえた。なぶらの背後。小さな小さな、か細い声。
「やめろ、やめろやめろ!! やめろぉ!」
それはまるで、降り始めた夕立の様だった。初めは誰もが分からぬ程の、しかし直ぐ様土砂降りになる夕立が如く、沈黙していたフィアナの声が響く。内包し、混沌としていた彼女の気持ちが、容器から溢れ出て叫び声となる。
「大事なパートナーではないのかぁ! それを、それを……………っ!」
「フィアナっ!?」
「やらせるか、やらせるものかっ! もう――誰も………!」
心は声に、声は力に、力は速さに――。
なぶらの横を駆け抜けたフィアナは、瞳に涙を溜めながら、ランドグリーズの刃先を前に向け、一気にラナロックとの距離を詰めた。
その攻撃に隙はない。点による攻撃は本来、距離感を奪うと同時に必殺。回避行動は容易だが、タイミングがとれない必殺。故に使いどころの難しい攻撃手段である。が、この時に限って言えば、彼女の目的に限って言えば、それは最善にして最高の選択。何より動きを必要としない行動である。『守る』と言う概念を無視し、攻撃に特化しているが故に、対象は反撃か回避のニ択となる。そしてそこが、彼女の狙い。
「フィアナ!!」
「うおおおおぉぉぉぉ!!!!!!」
「何だぁアアア、おねぇさぁぁあん、やる気、アンじゃないさぁああ!」
更に加速しながら向かっていく彼女は、さながら放たれた銃弾。対象を穿つまで、その進撃を止めることのない弾丸。
「(私は――私は此処以外にいばしょがない。戦いに身を置かねば、私は私ではない……………認めたくはないけれど、それが私――)」
ラナロックは何の躊躇いもなく銃口をフィアナへと向ける。
「(だから私は…………だから私は、だから私は――!!!)」
銃声が響く。ラナロックに到達する寸前、フィアナと言う名の閃光は――その動きを止めていた。
「フィア……………ナ……………? そんな……………フィアナ!」
なぶらが思わず構えを解き、一歩一歩フィアナへと近付いていく。
「………………ヤるじゃあネェカヨォォォ、おねぇえさンよォオ!!! キッヒヒヒヒ!」
真っ直ぐ、ラナロックに向けられているランドグリーズは、対象に突き立つ前に、完全に動きを止めている。
「――なぶら、さん…………」
再び、呟き。
「私には………やはり出来ないかもしれません」
三度、呟く。
「これが――私に定められた道であるとするなら私は――」
ラナロックが数歩、後ろに下がった。
「私は………剣を握る、資格がない――!」
漸く、音と呼べる音がした。金属が、地面に向かって落下し、衝突した音。小切れの良い、甲高い音。
「フィアナ? 一体――」
駆け寄ってきたなぶらが、首を傾げながらフィアナの前へ回り込む。が、彼女は僅かに頬が割れ、うっすら鮮血を流しているだけだった。
「無事、何のかい……?」
と、そこで――。
「あぁああぁぁっっぁぁぁっァァアアアあああアアアアアアアアアアアああああああっっっ!!!!!!! イッテェぇぇなぁあああっっ!!! クソッタレェぇぇ!!!!!!!!!!!」
ラナロックの叫び声が響き渡った。
状況が全く読めないなぶらと、再び俯いたままのフィアナ。そのタイミング、その場面で三人に向けて声が聞こえる。
「さて、そろそろ助太刀させて貰っても、良いわよね」
「はぁ………またそんな格好つけて………。危なくなっても知らないわよ?」
エスカレーターの手摺に座る、セレンフィリティ。手にする銃を指で回しながら、何やら不敵に笑みを浮かべる。その横に佇むセレアナは、真剣に頭を抱えていた。
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