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惑う幻影の蜘蛛館

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惑う幻影の蜘蛛館

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「はぁ、はぁ……」
 熱っぽい息を吐きながら、九十九 昴(つくも・すばる)は自身の胸を押さえていた。
 この世界で目覚めてすぐに、彼女はこの世界が幻覚であると気づいていた。しかも、蜘蛛に毒を入れられるときの記憶まで鮮明に覚えている。
「大丈夫でございますか、昴?」
 息を切らす昴を九十九 天地(つくも・あまつち)は心配そうに見つめてくる。
「はぁ……大丈夫です。心配要りません」
 そう言って昴は無理やり笑みを作った。
 昴の体調は悪い。毒蜘蛛の毒が身体に合わなかったのか、妙に気持ちが高ぶり、自分の内側から噴き出す黒い衝動を抑えるのに精一杯な状態だった。
「……おや? 九十九様。具合がよろしくないので?」
 そんな声が聞こえ、昴は顔を上げる。そこには件の紳士が立っていた。
「ええ、少し体調が優れないようでして」
 言葉を返せない昴の代わりに、天地が紳士に受け答えを返す。それをどこか、他人事のように昴は聞いていた。
「左様でしたか。ご安心ください。すぐに横になれる場所と、薬を用意いたします」
「本当でございますか? ありがとうございます」
 丁寧な口調で礼を言うと、天地は紳士に頭を垂れた。それに「いやいや」と紳士は、首を振り、
「礼には及びません。ここは、望めばどのような事でも叶えることのできる場所ですので」
 そう告げた。
 瞬間、昴の中で、過去の悪夢がよみがえってきた。燃え盛る炎の間で、血塗れで倒れ、亡骸となった両親と親友。そして、その命を奪った憎き『黒い影』。
「……望めば、どんなことも叶う?」
 ぼそりと呟き、昴は顔を上げた。目の前の紳士をにらみつけ、口元に残虐な笑みを浮かべる。
「残念だけど……ここに私の望みはないわ」
 そう告げた次の瞬間、――昴は紳士を斬り捨てた。
「す、昴! 一体、何を、」
「天地」
 困惑する天地に、昴は笑みを向ける。見る者を恐怖させる危険な笑みを。
「――帰りましょう」
 残酷な笑みを浮かべ、昴は何事もなかったようにそう告げ、きびすを返す。そんな昴に、恐怖で顔を引きつらせた天地は、何も言うことができなかった。


「ふふ〜ん♪ ふん♪ ふふんふーん♪」
 館の廊下を、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は上機嫌に歩いていた。
「楽しそうですね、柳玄さん」
 そんな氷藍に、霧丘 陽(きりおか・よう)が話しかける。そんな陽に、氷藍は満面の笑みで頷いた。
「うん。楽しいぞ。なにせ、こんなドレス着たことなかったからな! 見ろ! まるでお嬢様みたいだろ!」
「はい。とても綺麗だと思いますよ」
「そういう霧丘さんも、楽しそうじゃないですか」
「はい。実はこういうところの料理って、あまり食べたことありませんから、色々勉強になっていいですよ」
 二人は上機嫌でそんな会話を続けていた。
 そんな二人と距離を置いた後ろで、真田 幸村(さなだ・ゆきむら)皇 玉藻(すめらぎ・たまも)、そしてアイス・シトリン(あいす・しとりん)の三人は、顔をしかめていた。
「それじゃ、アイス。君はこれがその毒蜘蛛の見せている幻覚だと?」
「はい。私の知識が正しければ、まず間違いなく」
「うーん、厄介だね。目覚めるには、現実世界を強く意識しなきゃなんだけど……」
 そう呟き、玉藻は視線を前に向ける。そこには、この世界を満喫している主たちの姿があった。
「とてもじゃないけど、ここが幻って言って聞くような状態じゃないよね」
 どこか楽しげに玉藻はそう告げる。
 だが、事態は一刻の猶予もない。いつ毒蜘蛛に食われるかわからない。一秒でも早く現実世界で目覚め、蜘蛛をどうにかしなければならない。
「方法として、他には、この世界で死ねば戻るという物もありますが……」
 アイスは顔をしかめる。アイスの意見はつまり、ここで主たちを殺せばいいというものだ。流石にすんなりとそれを実行に移せるような者はいない。
 しかし、
「だって。どうしたらいいかな……ねえ、幸村?」
 意地悪く玉藻はそう幸村に告げた。
 それを受け、幸村はしばらく無言でいた。
「大丈夫。これは幻覚だよ? たとえ、何人殺そうとも支障は無いさ」
「……ああ、そうだな」
 玉藻の言葉に、幸村は苦い顔を浮かべながら、頷く。今は主の身の安全が一番重要だと、私的感情を切り捨てた。
 そのまま、そっと幸村は氷藍の背後へ近づいていった。
「……ん? 幸村? どうかし、」
 ――ゾプッ!
「え……?」
 瞬間、誰もが言葉を失った。
 幸村は迷いなく、氷藍の心臓を背後から、ひと突きに薙刀で貫いたのだ。
「なっ、ゆ、幸村さん! 何を……」
 目の前の惨劇に、陽は激高する。だが、その声をかき消すように、幸村の槍が今度は陽の胸を貫いた。
「こふっ……ゆ、幸、村さん……どう、し、て……」
 ゆっくりと、陽の身体から力が抜けていく。それを幸村は静かに見つめていた。
 そこへ、
「――よ、陽ぉおおおおおおっ!」
 運悪く、偶然にも席をはずしていたフィリス・ボネット(ふぃりす・ぼねっと)がその惨劇を目撃してしまった。
 慌ててフィリスは陽に駆け寄る。だが、すでに陽は息絶えていた。
「な、何で、何で陽を……ゆ、幸村ぁああああっ!」
 完全に我を忘れたフィリスは、RPGを構える。本気で殺すつもりで、フィリスは幸村に狙いを定める。しかし、近距離では、幸村に叶うはずがなかった。
 なにより、怒りで我を忘れているフィリスとは違い、幸村は冷静だ。
 フィリスが引き金を引くより早く、幸村はフィリスの胸に薙刀の刃を突き刺した。
「ゆ、ぎぃ、むらぁああっ……」
 怒りに涙をこぼしながら、フィリスはゆっくりと息を引き取った。
「…………」
 その姿を見つめ、幸村は無言で刃を引き抜いた。そのまま、真っ直ぐにアイスと玉藻のもとへ近づき、薙刀を一閃する。
 二人の首をたやすく切り落とし、幸村はひとり、獣の如き咆哮をあげた。


 そんな幸村の行動の一部始終を、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は見ていた。
「……広目天王。聞こえるか?」
『――御意』
 玄秀の問いかけに式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が声だけで応じた。
「お前に聞きたい。この世界はどうなっている?」
『現在、玄秀様は毒蜘蛛の毒により幻覚を見ている状態にあります。ここは玄秀様の見ている幻覚の世界です』
 式神の言葉に、玄秀はやはりと頷いた。それで幸村の行動の意味も理解できた。
「なるほど……面倒なことになったな」
『玄秀様ともあろう方が、ムシケラ如きに、とんだご油断を』
「うるさい」
 広目天王にそう言い返し、玄秀はきびすを返す。広間に戻ると、近くにいた適当な人間を捕まえた。
「――おい、この場にいる者ども! よく聞け!」
 そう叫び、周囲の視線を自分に集める。良しと、玄秀は心の中で頷いた。
「この世界は幻だ。今から、その証拠を見せてやる」
 そう告げると、玄秀は先ほど捕まえた人間の首を、その場で切り裂いた。
「き、きゃあああっ!」
「ひぃっ! ひ、人殺しっ!」
 あちこちから悲鳴が上がる。なんてことをするんだと、全員が敵を持って玄秀を見つめた。それでいいと、内心で玄秀は笑った。
「俺が憎いか、お前ら! なら、かかってこい。全員、俺が殺してやる!」
 そう周囲をたきつけた。
『我が君よ……これは中々、乱暴な手段ですぞ』
「わかっている。だが時間がない。このまま乱戦に持ち込んで、皆には仲良く死んでもらわないと」
 そう笑いながら、玄秀は怒り狂い、向かってくる生徒たちと対峙した。