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惑う幻影の蜘蛛館

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惑う幻影の蜘蛛館

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【四章】

 豪華絢爛な館のパーティー。
 その参加者たちも、次第にこの状況の異常性に気づき始めていた。
 神条 和麻(しんじょう・かずま)もそんな気づき始めている人間のひとりだ。
「……なんだろうな、この違和感は?」
 ひとり館の壁や飾りに触れ、しきりに首をかしげている。
 確かにそこに存在している。だが、妙に嘘くさい。そんな感覚を、和麻はこの館中の物から感じ取っていた。
「いっそ、ブチ壊してでもみるかな? そしたら、なんかわかるかも……っ!」
 そんな危険な考えを実行に移そうか悩む和麻。だが、突如、自分に向けられた敵意を感じ取り、後ろへ飛び退く。
 次の瞬間、先ほどまで和麻がいた場所に、十字架を模したような形の大剣が刺さった。
 その見慣れた形に、和麻はハァーっとため息をつく。
「どういうつもりだ、マリア?」
 和麻の問いかけに、彼の相棒、マリアベル・アウローラ(まりあべる・あうろーら)はフフンと鼻を鳴らした。
「別にたいした意味はないですわ。ただ、そうですわね。あえて言うのなら、この甘ったるい世界にムカついていて、気晴らしがしたかったから、というところでしょうか?」
「そんな理由で、パートナーに向かって光条兵器叩きつけてくるのかよ、お前は」
 相棒の無茶苦茶さに、和麻も呆れる。だが、当のマリアベルには、少しも悪びれた様子がなかった。
「いいじゃないですか。せっかくですし、貴方の実力がなまってないか、試させてくださいまし」
「くそ……怪我しても知らないぞ」
 そう告げると、和麻も構える。それを前にして、ニヤリと笑みを浮かべたマリアベルは、迷うことなく和麻へ斬りかかっていった。


 周囲を執事たちに囲まれ、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は、穏やかな気持ちになっていた。
(ああ、……なんて素晴らしいところなんだろう、ここは)
 執事たちから暖かく迎えられ、甲斐甲斐しく世話をされる。ただそれだけで、千代の心は段々と欲望に流されていった。
(ヒラニプラに着てから、ずっと忙しかったからなぁ……思えば、こうやってゆっくりできたことなんて、数えるほどしか……)
 普通の日本人だった自分が、思えば遠くまで来たものだと、千代を自身の記憶を思い起こす。教導団の軍人として振舞ってきたこの二年間は、千代の心にとっても大きな負荷となっていた。
(いっそ、このまま全てを忘れて、ここでずっとのんびりしていられたら……)
 そんな甘い考えが浮かぶ。そのほうが、自分は幸せになれると、千代は強く思った。
 しかし、
「――……違う」
 千代はそんな甘い願望を切り捨てた。その場から立ち上がり、自分に群がる執事たちを突き放して、歩き出す。
「……私には、待っていてくれる人がいる。厳しい道を共に歩んでくれる仲間もいる。なのに……なのに私ひとりが、こんなところで立ち止まっていいはずがない!」
 そんな強い意志を抱き、甘い欲望に打ち勝った千代は、現実世界へと戻っていった。


「――はてさて……我は何故、斯様な場所に居るのであろうか?」
 つい先ほどこの世界で目覚めた草薙 武尊(くさなぎ・たける)は、そう呟きながら館の中を見回していた。
 風景に見覚えはない。明らかに初めて来た場所だった。
「何らかの依頼……と言うわけでもなさそうだが」
 うーんとひとり唸りながら、ここ最近の記憶を思い出す。
「だが、だからと言って、この様な待遇を受ける謂われにも覚えがない」
 ここ最近の仕事を思い返しても、そんな羽振りのよい依頼はなかった。
 ならば何故と、ふたたび武尊は同じ疑問を思い浮かべてウーンと唸っていた。
「……ん? なんじゃこれは?」
 考えながら歩いていた武尊は、いつの間にか、館の出口を出て、外に出ていた。そして、館以外なにもない真っ白な世界を目撃した。
「これは……なるほどのう。どうやら、ここは現実の世界ではないようだな」
 その光景だけで、武尊はあらかたの予想を終えた。そして、さてと呟くと、
「それでは、……さっさと諸悪の根源を叩き潰すとしよう」
 ニヤリと不敵な笑みを残し、彼はこの世界から消え失せた。


 その頃、館の中では、ひとつの騒ぎが起こっていた。
「ぐっ、う、うぉおおおおおおおおおっ!」
 館の広間の一角で、黒い瘴気があがっていた。その瘴気の中心で、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はうずくまり、苦しげな声を上げていた。
 彼から噴き出す黒い瘴気――暴走する魔力が嵐のように、周囲にあるものを吹き飛ばしていく。一瞬で、楽しげな広間は、危険な空気に包まれた。
(ぐっ! まずい……肉体と精神のバランスが取れないっ……ま、魔力が、暴走する!)
 特殊で強力な魔力を持つグラキエスは、普段、その暴走する魔力を押さえ込んで生活している。しかし現在の彼は、幻覚を見せられ、肉体と精神が乖離している状態だ。そんな不安定な状態では、魔力を制御しきれない。
 次第に暴走は激しさを増していく。このままでは、完全に魔力を暴走させてしまうだろう。
 仕方ないと、グラキエスはその名を呼んだ。
「ぐっ、え、……エルデネストっ!」
 そう叫ぶと、グラキエスの首もとに炎の紋章が浮かぶ。同時に、その場に悪魔、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は召喚された。
「――おやおや、随分と切羽詰った召喚だと思えば……。グラキエス様、大丈夫ですか?」
「ぐぅううっ、お、お前の軽口に付き合ってる余裕はない!」
「そのようですね」
 スッとエルデネストは表情を真面目なものへと変えた。そんな彼に、主であるグラキエスは告げた。
「どんな手を使ってもいい……エルデネスト、俺を止めろ!」
「了解しました、グラキエス様」

 □□□

 現実世界でも、グラキエスの暴走は起こっていた。周囲の木々をなぎ払い、あちこちに被害をだしていた。
「……やれやれ、人使いの荒い主ですね。これは見返りも期待しましょうか」
 そう言ってクスリとエルデネストは笑った。ちらりと視線をそらし、暴走するグラキエスを心配そうに見つめる者のほうを向く。
「私は魔力の制御にまわります。後は頼みましたよ、アウレウス」
「……わかっている」
 アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は言われるまでもないと、槍を構えた。
 その視線の先には、グラキエスの魔力に反応して近寄ってきた毒蜘蛛がいた。
「主には、指一本触れさせんぞ……ムシケラ!」
 そう叫び、アウレウスは蜘蛛と対峙した。
 蜘蛛はさらに進行していく。そこへ、別の方向から攻撃が放たれた。
「はっ! マリアの相手をするより、よっぽど簡単だな!」
「ふふっ、それには同感ですわ!」
 ファイアーストームを放つ和麻と、光条兵器を振りかぶるマリアベルが、蜘蛛へと攻撃を仕掛けている。
「まったく、変な夢を見せて……私を惑わすなっ!」
 そう強く叫びながら、千代は銃を乱射している。
「我もヒマではないのだ。いつまでも、貴様のようなムシケラに付き合っているわけにはいかんのだよっ!」
 蜘蛛の死角をつくように、武尊は何十本というナイフを連続して投擲する。
 こうした連続攻撃を受け、次第に蜘蛛の動きに変化が見られてきた。
 あと一歩。
 あと一歩でなんとかなる。
 長かった戦いにも、終わりの兆しが見えてきた。