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惑う幻影の蜘蛛館

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【二章】

「……どう、ソーマ?」
 豪華絢爛な館の一角。ひと気のない廊下に、清泉 北都(いずみ・ほくと)ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)はいた。
 うら若いひとりのメイドを捕らえ、その首元にソーマは唇を当てていた。だが、渋い顔をすると唇を離し、メイドを解放する。メイドは二人に一礼すると、何事もなかったかのように、スタスタと離れていった。
「だめだな。『吸精幻夜』を使っても、効果なし。情報は聞きだせそうにねえよ」
「うーん。でも、スキルを使って効果がないってことは、やっぱり?」
「ああ。どうやら、ここは現実とはちょっと違うみたいだぜ」
 そう言うソーマに、北都は頷く。
 先ほどから北都は、妙な胸騒ぎを感じていた。
「早くどうにかしよう。さっきからずっと嫌な予感がするんだ……というか、生理的嫌悪感みたいな」
「? なんだそれ?」
 首をかしげるソーマ。だが北都も、その悪寒の正体はわからなかった。
 とにかくと、二人は館内の調査に乗り出した。


 一部の生徒たちが、館の怪しさに気づき行動を開始している。だが、未だ多くの生徒たちは、この世界の異常さに気づくことなく、パーティーを楽しんでいた。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)も、そんな生徒のひとりだ。
「んん〜〜〜っ♪ このパフェ最っ高〜〜〜♪」
 甘いデザートに囲まれて、美羽は全身から幸せオーラを放っていた。巨大なパフェやケーキ、フルーツの盛り合わせなどを、一心不乱に口へ運んでいる。
 その横では、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が控えめにドーナツをかじっていた。
「み、美羽? そんなに食べると、体重が……」
「っ?! へ、平気だもん! いつも生徒会で頭脳労働してるから大丈夫だもんっ!」
「わ、わかった。わかったよ」
 必死に弁解する美羽。そのあまりの剣幕に、コハクも引きつった笑みを浮かべた。
「まったく、コハクはもう。どうせ、この後だって私は、生徒会のお仕事しなくちゃなんだから、今ぐらい楽しませ……あれ?」
 そこまで呟いてから、美羽は何かに気づく。自分の言葉に引っかかり、何だと頭を悩ませた結果、
「あーっ! いけない! 生徒会の仕事、まだ残ってるんだった!」
「ちょ、ちょっと、美羽! 待ってよ!」
 突然、仕事を思い出した美羽は、その場から駆け出していった。慌てて、コハクもそれを追う。
 館の出口につき、ドアを開けて外へ出る。だが――
「あ、あれ?」
「これは……」
 二人は外に出た。だが、館の外は真っ白な世界が広がっているだけで、何もなかった。
「ど、どうなってるの?」
 そんな風景を見て、やっと二人は我に帰る。この世界の異常性に気がついた。


「ふぁ〜〜……いい感じ、いい感じ」
 館の広間。のんびりと美女メイドたちからのマッサージを受け、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は完全にダラケきっていた。
「あ〜〜〜、普段の疲れが癒されるぅ〜〜」
 普段、あれやこれやと動き回っていた疲れが一気に噴き出す。マッサージ効果で、唯斗は完全にトロけていた。
「でも、な〜〜んか、忘れてるような気が〜〜〜〜」
 最後の理性が何かを思い出そうとする。何か大切なことを忘れているような気がした。
「うーん。まぁ思い出せないぐらいなら、たいしたことじゃ……」
 そこまで呟いた次の瞬間、唯斗の視界の端を、白い服装が横切った。
 天御柱学院の生徒だ。天学の制服を着た生徒を見て、急速に唯斗の頭に血が巡っていった。
「――そ、そうだ! 俺、天学に出向する途中だったんだっ!」
 突如、自分のやることを思い出して、唯斗は飛び起きた。マッサージしていたメイドたちを押しのけ、すぐさま外へと向かった。
 しかし、
「……おいおい。これはどういうことだよ」
 館の出口から外へ出た唯斗の前には、真っ白な世界が広がっているだけだった。
「これは、もう少し、出向が遅れることになりそうだな」
 ひとりそう呟き、唯斗は表情を引き締めた。


(……あれ、ここは?)
 十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)は困惑の中、目覚めた。頭がぼーっとしたまま、虚ろな目で周囲を見渡す。
「おや? 目が覚めましたかな?」
 そこへ声がかけられ、つぐむは声のしたほうを見た。そこには、見慣れぬひとりの紳士と、ミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)の二人が立っていた。
「つぐむ様、お目覚めになりましたか」
「つぐむちゃん、おはよう」
「ミゼ……真珠も……?」
 何がなんだか、ここがどこかもわからず、つぐむは寝ぼけたまま、顔をしかめる。そんなつぐむに、紳士は笑みを浮かべた。
「いや、実によきパートナーをお持ちですね。お疲れで眠っていた十田島様のお傍に、お二方はずっと付き添っていられましたよ」
 そう告げられ、ミゼと真珠は誇らしげに笑みを浮かべていた。
 そうか、自分は疲れて寝ていたのかと、つぐむはようやく自分の状況を理解する。しかし、何故か妙に頭が重い。おかげで、つぐむの意識は朦朧としていた。
「本当に、よく『躾』の行き届いた素晴らしい奴隷と、可愛らしい奥様ですね」
「「えっ?」」
 紳士の言葉に、ミゼと真珠が反応する。紳士の言葉を何度も各自が呟き、その意味を噛み締めた。
「ふ、ふふーん♪ それほどでもありませんよ! ワタクシは、ただのつぐむ様に忠実なだけですから♪」
「そ、そんな〜♪ 可愛らしい奥様だなんて〜♪」
 二人は紳士の言葉で上機嫌になる二人。
 それをぼーっとしたまま、つぐむは聞いていた。
「ところで、十田島様。十田島様には調教のご趣味が? よろしければ、こちらのメイドたちを好きにしてもらってもかまいませんよ」
「あ、はぁ……」
 紳士の言葉に意味もわからず頷く。そのまま、紳士の後をついていこうとした、その時だった。
『――いつまで、そうしているつもりだ、つぐむ』
 つぐむの頭の中に、そんな声が響いた。
(この声、……ガラン?)
 姿の見えないガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)の声を聞き、つぐむは意識を覚醒させていった。
『早く目を覚ませ。さもないと、取り返しがつかなくなるぞ』
「目を、覚ませ……?」
 その言葉が引き金となった。つぐむは一気に意識を覚醒させた。忘れていた記憶がよみがえり、ここが幻覚であることにまで気づく。
 瞬間、十田島つぐむは、この幻覚世界から抜け出した。


 豪華な館の中には、様々な施設があり、来賓たちを楽しませていた。
 この大浴場も、そのひとつである。
「はうぅ……極楽極楽ぅ……」
 プールほどもある大浴場をひとりで占有し、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は幸せを噛み締めていた。
 周囲にはメイドたちが付き添い、甲斐甲斐しくセレンの世話をしてくれている。
「うふふっ、美女に囲まれて、こんな豪勢なお風呂に入れるなんてね。あー、もうこの館から出たくなーい」
「何を言ってるの、セレン」
 警戒心ゼロとなっているセレンに、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が注意の声をかけた。
「この館はどこかおかしいわ。いい加減、少し調べたほうがいいわよ」
「大丈夫よ、セレアナ。もう、セレアナは心配性ね」
「セレン!」
 思わずセレアナは声を荒げる。セレンを心配しての行動だ。しかし、当のセレンは、まったく気にしていない。
 さらには、ニヤリと笑みを浮かべ、風呂から上がってセレアナに近づくと、
「……ははーん、ひょっとして嫉妬してる? さっき私がメイドたちにキスしてたから」
 そんな言葉を告げてきた。
「っ!」
「あはっ、もうセレアナったら。そんな嫉妬しなくても、ちゃんとセレアナにも……」
「セレンの……バカっ!」
 パシンッと、セレアナのビンタがセレンの頬を打った。
「知らない! もう、好きにして!」
「ちょ、ちょっと、セレアナっ!」
 去ろうとするセレアナを、慌ててセレンは追いかける。着替える暇もなかったので、バスローブをまとった。
「ま、待って、セレアナ! 私が悪かったから……え?」
 セレアナを追っていたセレン。だが、セレアナが館の出入り口のドアを開いた瞬間、両者は動きを止めた。
 二人の目の前に、真っ白な世界が広がっていたからだ。
「何も、ない……これって」
 何かに気づいたように、セレアナは顔を引き締める。視線を隣にいるセレンに向けた。
「セレアナ、ゴメン。……私が間違ってたみたい」
 セレンも表情を引き締める。先ほどのような、気の抜けた返事はしない。
「早く館から脱出しましょ」
 セレンの言葉に、セレアナはコクリとしっかり頷いた。