天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

リアクション公開中!

過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

リアクション

     ◆

 時間は少しばかり巻き戻り、集まっていた面々が其々に班分けをしていた時。樹月 刀真(きづき・とうま)は一人、遺跡の前に佇んでいた。
「まさか、一人で行こうとか考えてないでしょうね」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がそんな彼に声を掛け、共に大きく開かれた入口の先の闇へと目を向けている。
「俺と彼らでは、基本的に考え方その物が違いすぎる。彼等のやり方では、いつかボロが出るんだ」
「そんな事ないと思うけど? 誰かを守りたい。その誰かが偶然敵になってしまった。自分に脅威を向けてきてしまった。ただのそれだけよ。皆が皆、貴方のように強くいられる訳じゃないのよ、刀真」
「俺は強くなんかないさ。だから、結果を求めるならば破壊もやむ無し。そう思うんだ。じゃなければ、俺は大切な人を守れない気がする」
 そこに彼の表情はない。しかし何処か寂しそうに彼は呟き、尚も目前に広がる暗闇を見つめているだけ。彼を横目で確認した月夜は、わずかに離れたとこで座っているラグナ ゼクス(らぐな・ぜくす)を見やってから、再び口を開いた。
「兎に角、よ。私たちコントラクターはそういう全ての事象を回避するために存在するんじゃないかな」
「…………それについて答えを出すのは、恐らくもっと先の話になるんだろうな。さ、いくぞ」
「…………やっぱり。今ゼクス呼んでくるわ。海にも一言断ってくるからね」
「あぁ………」
 踵を返して彼のもとを去っていく月夜を見送ることはせず、尚もただ一点を見つめる彼は、自嘲気味に笑っていた。
「俺は俺なりの守り方、か。理解してくれとは思わないよ、揺るがないのはこちらも一緒。だから――」
 彼は光条兵器を取りだし、何もない暗闇を一度断つ。心地よい風切り音が暗闇に吸い込まれ、ただただ反響しているばかりだった。
「俺は俺なりのやり方で、守りたいものを守らせてもらうよ」

 ゼクスを連れてきた月夜と合流した刀真は、先程から嫌な気配を漂わせている暗闇の中へと足を踏み入れていく。彼等三人の中では、別段会話はない。
ただ淡々と歩みを進める三人は、そこで足を止めた。建物に入ってより僅か六十二歩。
「トラップか。海たちのいっていた通り、そこまで簡単には進めないらしい」
「刀真、平気なの?」
「問題はないさ――」
 手にしたままの光条兵器を一度振るった彼の横、何かが小さな光を灯し、動きを止める。更に数個が三人に近付いて来たため、今度は月夜も加わり、罠を壊していく。
「落ち着いたか」
「みたいね」
「…………………」
 その様子を見ているゼクスは、だからと言って口を開くわけでもなく、ただただその様子を眺めているだけだった。
 数にして凡そ六、七個の罠を破壊しながら進んでいた三人の前に、三つの部屋が現れたのは、彼等がこの遺跡に足を踏み入れてから十分程度経ってからである。それを前にした刀真は、尚も手に武器を握ったままに振り返る。
「何処が良いと思う? 恐らくは何れかがアタリ、何処かがハズレだ」
「そうね…………はっきり言って、どれだか全く見当がつかないのよね」
 二人が暫く思案していると、今まで静かに二人の後ろを着いてきていたゼクスが突然、歩みをすすめた。
「………………?」
「ゼクス? ちょっと、何処にいく気?」
「…………こう言う場合は恐らくハズレがないのでしょう。どれもがハズレでどれもがアタリ。ならばどれも行っても同じじゃないんですか?」
 そうとだけ言った彼は、再び足を進め、真ん中の部屋の扉のノブを捻った。特に罠が発動するでもなく、扉の軋む音のみが三人の耳に到達し、ゼクスはその部屋の中へと消えていった。
「勝手に先に行かないの! ちょっとゼクス!?」
「……ま、その考え方もありと言えば、ありだろうな」
 慌ててゼクスの後を追っていく月夜と、鼻で笑いながら更に二人の後を追う刀真。二人が部屋にはいると、そこには階段だけがあった。
「此処、降りたのよね?」
「以外にはないだろう? 他に行く場所もないし」
 そう言って階段を降りていく刀真と月夜は、しかし途中から慌てて階段を掛け降りた。理由は単純にして明解だ。ゼクスが降りたであろう下の階から、何かが壁に衝突した音が聞こえるのだから。
「ゼクス!?」
「………ちっ! 間に合うか……………!?」
 階段を降りきった二人の目の前。呆然と佇んでいるゼクスの前には、何処かで見たことのあるシルエットがあった。
「……………何故、あの女が此処に?」
「そんな――っ」
「……………………………」
 薄ぼんやりとしたその部屋――黒く澱み、くすんだ赤が揺れている。

   ラナロックの姿が、其処にあった――。


 黙して語らず、集まった面々を見つめるカイは、意を決したように海へと歩み寄っていく。
「高円寺、ちょっと良いか?」
「……………?」
 彼の言葉に首を傾げた海は、そのままカイの言葉を待っていた。
「考えたんだが、俺は先に行かせて貰うぞ?」
「何だ、あんたもか」
「ん? 俺以外にも居るのか?」
「あぁ、さっき俺のところに来て「先に行く」って言ってた人が居てさ」
「そうか。まぁいい、これだけ人数が集まれば、まぁお前たちの危険度は減るだろうからな」
 二人はわいのわいのとやっている面々を見回す。
「あぁ、皆のお陰でウォウルさんのお願いは叶いそうだよ。ホント、感謝してもしきれないな」
「兎に角、少し俺は気になることがあってな、それを調べたいから先に行く。気を付けてこいよ」
「あぁ、わかってる。あんたもな」
「おう」
 二人はそこでやり取りを終わらせた。遺跡の入口に向かって足を進める彼は、そこから思考を開始する。
何を目的とするか。本の場所は海たちが知っているために自分が行く必要もない。ならば何を探しだすか。そしてふと、思い付く。
「もし――もし仮に、彼女が産まれる経緯がある情報が手に入ったとしたら、それはランドロックやクラウンの為になるのか………?」
漠然としてではなく、ある一点にベクトルを定めたのであれば、それなりの結果は残せるのではないか。彼はそこで結論をつけて思考をやめる。
「過去に何かがあるのなら――他人事というわけにいもいかないだろうな。そうだろう? ――」
 彼は含みを持たせて呟いた。誰にともなく呟いた。その言葉には明らかな対象が存在しているのだろう。しかしその人物は、此処にはいない。
だから敢えて誰にとは告げず、足を進めた。走ることはなく、速めることもない。

 『自分のペースで進めばいい』

 さも、先程の言葉にそう繋げるが如く、彼は自らの速度で足を運ぶのだ。一歩ずつ、着実に。


 カイが遺跡に足を踏み入れるのと同程度の頃、月詠 司(つくよみ・つかさ)シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)イブ・アムネシア(いぶ・あむねしあ)は遺跡の中、地下一階にいた。どうやら彼等、前日に聞いた集合時間を間違えたらしく、しかしそれに気付くことはなく、ひたすらに遺跡の内部を歩き回っているらしかった。故に無論、文句の一つも出ている訳で――。
「ちょっとツカサ! これどういう事よ…………何で誰もいない上になかなか階段が無いの!? 一番下の階にお宝が眠ってるんでしょ!?」
「いやぁ、確かに集合時間はあってるはずだったんですけどねぇ……もう歩き回ってから一時間近く経ちますけど、誰にも会わないとは。困りましたねぇ」
「司さぁん、シオンさぁん、こっちは大丈夫みたいですぅ、うぅ!? うぎゃっ!」
 シオンを宥める司。二人の前を歩いていたイブは、大丈夫と言い掛けたところでせり出てきた壁に顔面を強打した。
「うーわっ………イッタソー…………」
「ねぇ? シオンくん? ちょっといい加減イブくんが可哀想に見えてきましたけど……………」
「じゃあ、ツカサが代わってあげれば良いんじゃない?」
「そ、それはそれでちょっと………」
 苦笑ながらにちゃっかりと酷いことを呟く司の前、伸びていたイブが顔を上げる。
「大丈夫、痛くない! 痛くない! 強い子ですものっ!」
 涙を堪えながら立ち上がったイブ。歯を食いしばっているあたり、本当は相当痛かったらしい。と、何かに気付いたのか司がイブの頭を下にグイと押し込んだ。
「それは痛いですぅ! 司さん、ボクが何したって言うんですかぁ!?」
 言い終わるか否かの寸前、今度は弾丸が司の頬、イブの頭上を掠めていった。
「これは流石に洒落にならなでしょう…………?」
「で、ですよねぇ………」
「へぇ、やるじゃない」
 司とイブのやり取りを見ていたシオンは何やら感心した様に呟き、弾丸が飛んできた方向へと目を向けた。
「あっちか……ん? でも、トラップにしては随分距離が遠い気がするんだけど……あれ?」
 そこで、彼女は目を凝らす。何かが遠くの方で光った様な気がして、だから彼女はしっかりと目を凝らしてそちらを見やった。
「ねぇ、今のって、まさかトラップじゃないんじゃない?」
「え? それはまたなんで?」
「だってほら、あっちの方――」
 二人はシオンの指差す方をよくよく見てみる。と、彼等の視線の先に僅かな光と、そして何やらすさまじい音が聞こえるではないか。
「も、もしかしてさっきのは、ボクたちを狙ったものじゃなくって……」
「全力で流れ弾だったみたいね。よかったじゃない、避けられて。さすがツカサ」
「洒落になってないですよ。と言うかイブくん、どれだけ不幸体質なんですか貴方…」
「なんにせよ、これで何かと誰かがあそこで戦ってる事はわかったわ。助っ人に行きましょうよ」
「あ、シオンくん。待ってくださいよ」
 シオンが走り始め、その後に続いて司とイブが走り始めた。見えている光景の正確な位置はそれほど遠いものではなく、肉眼でもそれが人型同士の戦いであることがわかる程だった。故に走り、三人は少し開けた部屋に到着する。
「助太刀に来たわっ! って、どっちがどっち!」
「さぁ……私にもわかり兼ねますが」
「女の人の方を、助けてあげる?」
「でも目つきがおかしいですよ、あの人」
「んじゃ、まずは彼等の方に行きましょう。
 三人が見つけたのは、ラナロックの姿をした何かと交戦している刀真、月夜、ゼクスの姿。彼等は刀真たちの隣になって声を掛けた。
「助太刀します」
「すまないな、助かる」
 簡素な会話を交わす刀真と司は、しかし共闘戦線を張るべく、互いに構えを取るのだ。