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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

リアクション

     ◆

 先行している彼等は既に、多くのトラップを破壊し、目印を残しながら地下二階に到着していた。
 薫はしゃがみながら、目の前にあるトラップを解除している。周りには誰もいない。トラップを解除する為だけに、彼女は此処に残っていたのだ。パートナーたちと四人、二階の一番トラップが多いであろうエリアで。
「人間って、ズルいね……」
 呟く。
「だってそう。きっと便利だろう。あれば助かるだろう。そう思って、どんどん物を作って行くんだ」
 ただただ、呟く。
「でも、いつか気付く。それが自分たちには身の丈にあっていないものだって。だからみんな、怖がる。それが危ないから、って。だったら――だったら作ってあげなきゃいいのに。初めから、そんなつらい思いを、させなければいいのに」
 誰にともなく、呟く。その間も、彼女の手はトラップを解除していた。一つ、また一つ。見つかる物は全て――。
「ラナロックさん、何で作られたのかな。ラナロックさん、何で怖がられたんだろう。我にはわからないよ、わからない。だって、あんなに優しそうな人なのに。怒ると怖いけど、あんなに優しそうで、柔らかい笑顔の人なのに」
 あまりにも、可哀想だ。呟きながら、彼女の付近にある全ての罠が、薫の手により取り除かれていた。
「行こうか、薫」
「そうだね。お待たせだね」
「ぴきゅう!」
「おいおい、人の頭の上で暴れるんじゃあねぇよ」
「ぴきゅ?」
「ほんと、ピカは又兵衛が好きだねぇ」
「ぴきゅう!」
 立ち上がり、二人の一匹の隣へと歩く彼女。と、三人の足が止まった。
「あーあ。面倒なのが出てきそうだなぁ、おい」
「よし、此処は俺等が引き受ける。薫は先に行け。また暫くしたら、どうせトラップ地帯だろう?」
「……多分」
「だったら先行け」
 ぽん、と背を押され、バランスを崩しそうになった薫の頭上を、何かが掠めた。
灰色の鉈が二刀、彼女の髪先を横切り、又兵衛の槍と、 がそれを受け止める。
「なんだい、面倒だな。お前さん、人型かい」
「又兵衛、どうでもいいが来るぞ!」
「わぁってるって。そうがなりなさんな」
「ぴきゅう!」
 更に追撃が来るが、転びそうになっていた薫には目もくれずに攻撃を再開した。
「おいおい、随分と出鱈目な太刀筋じゃあねぇのか? そんなんで俺たちを倒そうてんだから、おかしな話だ。そうだろ? 熊」
「全くだ。その方が、こっちとしては助かるがな」
 二人はそう言いながら、突如として現れた敵の攻撃を捌く。特別危険な訳でもなければ、特別危うい場面もない。単調な動きであるそれを回避し、反撃のチャンスを伺った。と、遠くの方で青白い光が灯り、人の形をしたそれの動きが完全に停止した。
「……あれ? 今我、何か不味い事……しちゃったかな」
 薫の嫌な予感は的中し、今の今まで二人を狙っていたそれが急に薫の方を向き、攻撃をしかけるのだ。
「おい、やばいぞ!」
「わかってる……くっそ、人型ってのがなぁ……」
 二人は懸命に敵の両脇をすり抜け、敵と薫の間に割って入った。
「ちっ! 場所が悪いな」
「言うな、そんな事百も承知さ」
 大きく鉈を振りかぶったそれは、両の手を振り抜き、鉈を投擲する。
「あぁ! ったく、そんなあぶねーもん投げんじゃあねぇよ…!」
 又兵衛が槍を低く構えると、回転している鉈を突く。低い構えから上に持ちあげる動作の為、鉈の回転に割りこませ、回転そのものを停止させて地面へと落としたのだ。
 孝高は手にするイヨマンテの、三つに分かれた矛先で持ってそれを受け止めて落とした。
「ふぅ……。に、しても……何でラナロックが此処に?」
 言いかけた彼は、再び攻撃動作に移っているラナロックへと目を向け、焦りの色を見せながらに言葉を止めた。
「おい熊。この女と知り合いなのか?」
「これがラナロックだよ。此処に来た目的。こいつをもとに戻したくて来たようなもんだぞ」
 言い終り、ラナロックの攻撃に割り込んで行動を阻止した又兵衛に返事を返す彼。
「じゃあ、やれねぇな。なんだ。暴走ってやつか?」
「……でも、それは前に止まった筈じゃあ……」
「考えたってはじまんねぇぞ……とりあえず動けなくするくらいで良いんだろ?」
「あぁ、適当に折り合いをつけて逃げればいいだろ。薫! そっちはあとどれほどかかる?」
「もう少しなのだ!」
「……ふぅ、わかった! 頑張ってくれ」
「孝高も!」
 「おう」と、聞こえない様に返事を返した彼は、背を向けている薫の作業を待つため、剣を構えなおした。
「時間稼ぎ、やってやろうじゃないか」
 と、そこで――又兵衛の頭から飛び上がったピカが獣人化し、ラナロックの頭にそれは豪快な踵落としを見舞う。鈍い音の後、獣人化し薫とそっくりな容姿のままのピカが着地した。
「ぴきゅう!」
「そ、そうだな! お前もいたな!」
「ぴきゅっ」
「………利いてないぞ?」
「ぴきゅ!? ……ぴきゅうぅ!!」
 腰から引き抜いた銃をピカへと向けたラナロックが引き金を引き続け、慌ててピカはその姿を元のわたげうさぎに戻して又兵衛の陰に隠れる。
「おい! 狙われるだけ狙われてこっちにくるんじゃねぇ! …わっ、ちょ! 待て待て!!」
 彼の元に銃弾が飛んできて、故に彼は懸命にその場を走り回る。無論、ラナロックの持つ銃の弾が切れるまで。が、どうやら攻撃は最初の弾切れで終わるらしい。彼女の両腕を
二刀の刃物が穿った。上にその腕は地面に落下し、全ての行動を制限する形となる。
「なっ!?」
 声を上げた孝高を余所に、その声は飛んできた。
「無事か?」
「今助けに来ました!」
 声の主は、氷藍と大助。二人は平然とした顔でラナロックらしき存在を蹴り飛ばし、彼等の前に姿を現す。
「何をしてるんだ!?」
「何…とは? 助けにきたんだが」
「違う! 彼女は――」
「あぁ、これの事か。安心しろ、これは人間ではないし、そこらへんに居るぞ」
「……そこらへんに?」
 見れば、二人が通った道には確かにラナロックにそっくりな影が転がっているではないか。声を失い、状況が把握できない彼に、氷藍は続ける。
「どうやらこいつらは出来損ないらしい。トラップを踏むと出てくるらしいが」
「これでもう既に十数体目です。あちらでは他の方たちがこれらと対峙しています。皆さんもこちらに来てもらえると助かるのですが」
 道に転がるそれらがまだ動いているのを確認した孝高は、しかしあまりいい気分がしなかったらしく表情を固めたままに返事を返した。「こちらが終わり次第すぐにいく」と。
「わかった。すまないな、一応動けない様にはしていないが、如何せん人の形をしているからな。命を奪うのは忍びないから……」
「そうだろうよ。ま、動けない程度にしておけば何とかなるだろう」
 又兵衛が槍を収めながら辺りを見回し、詰まらなそうな表情でそう言った。
「では、先に行かせて貰いますね」
 大助たちはそう言うと、再び踵を返して元いた場所へと戻って行く。
「あぁ……わかった」
 恐らくは聞こえていないだろう事を知りつつ、彼等は呟くのだ。そして思う。何故こんな事になっているのだろうか、と。