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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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 7.――『古代兵器の作り方』



     ◇

 誰かが助けてくれないなら
    期待なんか、しなければいい。

 誰かが眠らせてくれないなら
    勝手に眠ってしまえばいい。

 誰かが愛してくれないのなら
    愛など知らずに生きればいい。

 誰かが必要としないのなら
    生きる価値など説かなければいい。

 食べる物がないなら
    代わりに誰かを食べればいい。

 周りが次々死んでいくなら
    自分は周りを殺せばいい。

 自分も周りも皆死んだら
    腹を抱えて笑えばいい。



     ◆

 遺跡の前、残っていた面々はラナロックと共に遺跡の前へと向かっていた。
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はラナロックの車椅子の隣を歩きながら、ラナロックの様子を伺っていた。
「それで、少しは良くなったのかな?」
「えぇ、お陰様で」
「あれから大変だったものね。セレンったら、夜中になるまでずっと修復作業よ?」
「まぁね、だってほら。生きてたし、ラナロック」
 あまりにも直線的な言葉に、セレアナはおろかラナロック本人も、車椅子を押している天樹も、彼の傍らでビデオカメラの準備をしていた鳳明も苦笑する。
「それにしたって良かったよ。ラナロックさんが結果としていて生きていたのは。な? セイル」
「えぇ、そうですね。一時はどうなるかと思いましたけど」
 無限 大吾(むげん・だいご)が隣を歩くセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)に話を振ると、彼女は無表情のままに返事を返した。
「すみませんね、皆様には大変ご迷惑をかけた様で……」
「いやっ! 別にそう言う意味で言ったわけじゃないんだが……」
「大吾。今の話の振り方だとどうしてもそう言う風に聞こえてしまいますよ」
「そうか……参ったな。いや、本当にそういう意味で言ったわけじゃないんだ、許してくれ」
「私たちはそう言う訳にはいかないらしいですよ。まぁ、興味がないと言えば嘘になるようですが。ねぇ、手記?」
「いちいち疑問文やら他人事で責めてくるのぉ……こちらに話を振るでない」
 ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)の言葉にシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)がへらへらと笑みを溢しながら返事を返すと、ラムズは「いや、事実しりませんよ。覚えてませんもん。私」と反論する。
「そんな事よりも、ラナロックとやら。本当にあの日の事は覚えて居らんのか?」
「えぇ、申し訳ありませんが……」
「そうか。ならばいい。何も覚えておかなければならない事などこの世にはないだろうよ。覚えていない方が本人の為である、と言う事があるのだから」
「あなたが言うと随分と生々しい話になりますね」
 手記の言葉に苦笑を浮かべるラムズ。と、その隣を歩いていたコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が彼等に声を掛ける。
「どうやら目的の遺跡の入り口に着いた様だぞ。良いか皆。先に入ってくれた皆の道をそって行こう。内部が危険な事はあるが、こちらには不自由なラナロックがいる。その事はくれぐれも忘れない様にな」
 彼の言葉に返事を返す面々と、沈黙を続けながらにただただラナロックを見つめる馬 超(ば・ちょう)。その様子に気付いたコアが彼に声を掛けた。
「どうした馬超。彼女にまだ何かあるのか?」
「いや……なんでもない。ただな、少し個人的な要件があるだけだ」
「個人的な、要件……まさか」
「ハーティオン、恐らくはお前が考えている事は外れだ」
「なんだ、そうなのか」
 少し残念そうな表情を浮かべながら、コアは再び足を進める。
「ラナさん、無理に連れて来ちゃってごめんなさい。辛くなったらいつでも言ってね」
「えぇ。気にしないでください。事実、近いうちにはウォウルさんと来るはずでしたから」
「え? そうなの?」
 鳳明の言葉に無言で頷いたラナロックは、何処か遠くを見つめながらに呟いた。
「最近、確かに体に違和感を覚える事が数度ありました。それを彼に伝えたところ、ならば此処に来て情報を得なければ、と言う話になったんです。本来乗り気じゃなかったので、皆さんと一緒に来られたのは、ある意味よかったのかもしれません」
「そっか……うん、だったらいいんだけど」
 そう言って、彼女はビデオカメラを回し始める。
 入り口を抜け、遺跡内に到達した一同は、ゆっくり、しかし確実に内部を観察しながらゆっくりと足を進めていた。
「信じられん……まさかこんな遺跡があったとは」
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は驚きの声を上げながらに周りを見回していた。
「如何に古代の人間に力があったとはいえ、これほどの文明を持っているとは……」
彼の隣を歩くゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は、ただただ静かにグラキエスの言葉に耳を傾けるだけで、別段何を言うでもない。おそらくはそこまで興味を示していないのだろう。
「グラキエスよ。あまり勝手な行動を取ると、彼等に迷惑が及ぶのではないか?」
 一行から少し離れている三人。ゴルガイスはグラキエスに対してやや心配そうにそう呟くと、一行とグラキエスを交互に見る。
「まぁどちらでもよいではないですか。グラキエス様がやりたい様におやりなさい」
 エルデネストはゆるとした態度でゴルガイスに声を掛け、自身はのんびりと遺跡の天井を見上げている。何やらそこには、彼の興味のあるものがあるのか、ただただ一点を見上げて、見つめて足を止めていた。
「……そうか、皆に迷惑がかかるのは良くないな。わかった、あまり離れて歩かない様にしよう」
 どこから取り出したのか、彼は小さな手帳に遺跡の特徴的なものを簡潔にまとめ上げて、踵を返す。
「確かにこんな機会がなければこの手の遺跡にはなかなかこんだろうが、それは急ぎの要件がないときにいずれまた、すれば良い。我々もその時に改めて、グラキエスの満足の行く仕事をしよう」
「すまないな」
「おや? 先に進んでしまわれるのですか?」
「あぁ。この遺跡の観察は移動しながら、少しずつ見ていく事にする。それでも充分に良い経験になるからな」
 エルデネストの問に淡々と答えたグラキエスは少し離れた場所まで進んでいる一行に追いつく為に足を速めた。

 会話がなかなか進まない一行の中。天樹と交代してラナロックの車椅子を押しているのはアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)。彼の傍らにはウーマ・ンボー(うーま・んぼー)ハル・ガードナー(はる・がーどなー)が並んでいる。
 アキュートはややバツが悪そうにしながらも、ラナロックに声を掛けた。
「その……すまねぇな、ねーちゃん」
「……? 何がです?」
「いや、脇腹を……よ」
 ラナロックの車椅子を押している為、彼女と対面する事はない。彼女がどんな表情を浮かべているのか、全くと言って良い程にわからない彼はしかし、そこでラナロックが笑った事を確信する。
「アキュートさん。このところ、私はいつも貴方に助けられてばかり、ですわね」
「……そうか?」
「えぇ。そうです。大勢の方たちに迷惑をかけて、本当に申し訳ないとは思っていますが……その、嬉しくもあったりするんですよ」
「へぇ。そうかい」
「えぇ。だってそうでしょ? 皆さんがいなければ、恐らく私たちは此処にはいない」
「それは言い過ぎだけどな……」
「いえ。言い過ぎなどではありません。この前も、私は覚えていませんが、皆さんが私を止めてくださった事には感謝の言葉もたりません。だから皆さんで、もうそんなつらそうな顔をするのはやめて貰いたいんです」
「………」
 どうしてだろうか、アキュートは笑いを浮かべる。それは恐らく、彼が理解したからなのだろう。この女性、ラナロックがどこまでもお人好しである事がわかったから、と言う事を。こんな体になってまで、なおも周りに気を使う彼女を、彼は言葉なく見つめる。
「アキュートよ」
「……なんだよマンボウ」
 ウーマの言葉で彼の方を向いたアキュートは、ウーマが随分と近い事に気付いた。
「きっとこの御嬢さんは、そなたの事を咎めてはいないぞ」
「……知ってるよ」
「いや、まだその言葉が出るだけで、やはりどこか思っておるだろう? しかしな、恐らくは違うのだ。彼女は嬉しいのではないか」
「え? お腹刺されて嬉しいの?」
「違うぞハル。少し黙っておれ。アキュートよ」
「だから何だ」
「それがしは数回に渡り、ラナロック嬢に銃弾を受けた。あれは誠に痛かった」
「まぁ、撃たれたんだからな」
「しかし、それがしは全く彼女を恨んでなどいない。何故なら、そこに悪意はないからだ」
「悪意……ねぇ」
「そうだ。それがしは知っている。この御嬢さんはそんな事をして喜ぶような者ではないのだ。それがしは知っている。あれは仕方がなかったのだと」
「……俺のあれも、仕方がなかった、ってのか?」
「そうだ。もし仮に、偶然として彼女の腹を穿たずとも、目前に控えた彼女を、何もせずに見ていられるのか?」
「………それは……」
「命を軽んじる訳ではない、修理が利くならば何をしても良い訳でもない。しかしな、だからと言って気に病みすぎればそれは、ラナロック嬢の負担になるだろう。そうではないか? 御嬢さん」
「え、ええ……まぁ」
「ならばアキュートよ。そなたはもっとどっしりと構えておく事だ。得意であろう?」
「………」
 アキュートは何も言わない。ただ、自分の押している車椅子に座る彼女の頭を見下ろすだけだ。
「そして彼女が……友が困っている時に立ちあがり、協力をする。それが漢の努めたるもの。違うかね?」
「………まぁ、そうなんじゃねぇのか?」
「そうだぞ。大丈夫だ、大丈夫だとも。そなた等がどれほどの困難に当たろうとも、どれほどの障害を目前に控えても、大丈夫、それがしは見ている」
「見てるだけかよ! お前も少しは協力しろよ!」
 思わずウーマに拳でツッコミを入れるアキュート。浮遊するウーマに拳がめり込み、彼は「ギョッ!?」と悲鳴を上げてハルの頭上に横たわった。
「ナイスキャッチだねー、ボク」
「……そうだな。で、ねえちゃん。良いのかい?」
「えぇ。私はこれからも、皆さんに頼っていけたらって、そう思う事にしました。鳳明さんにも天樹くんにも、そして彼女――カイナさんにもそう言われたので」
 苦笑ながらにそう呟いた。どうやら此処までの道のりの中、随分と前向きな姿勢になれたらしい。だから彼女は笑顔でそうアキュートに返事を返す。
 アキュートたちに、彼女の表情は見えない。しかし彼等は、三人とも知っているのだ。
ラナロックの顔には、笑顔が溢れている事に。