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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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第1章「ファフナー」


 第一世界、聖域と呼ばれる地の中心にある神殿を訪れた調査団の者達は、以前の探索で設営を行っていた最深部のキャンプ地へと辿り着いていた。
「結構人が多くなってきたわね。前もって色々準備しておいて良かったかしら」
「そうだな。これからの事を考えるなら、余裕があって悪い事は無いだろう」
 キャンプ地では水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)レン・オズワルド(れん・おずわるど)が集まった面々を見回していた。二人はこの拠点の設営に関わった者達だ。
 そのそばでは同じく物資を運びこんだ敷島 桜(しきしま・さくら)高島 真理(たかしま・まり)が話しているのが見える。
「真理さん、使った物の一覧です」
「有り難う……うん、いざとなったらここに引き返すくらいの事は出来そうね」
「はい。この先には……竜がいるんですよね?」
「確か……ファフナーだっけ?」
 神殿の外、聖域を調査した者達の中には言葉を話す鳥の幻獣、シクヌチカから神殿最深部に棲む竜の話を聞いた者もいた。それによると竜はファフナーと呼ばれる、幻獣を統べる存在であるらしい。
「ヨウくんはそのファフナーとか言う奴を見たんやろ?」
 真理達の会話を聞き、七枷 陣(ななかせ・じん)緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)へと話しかけた。遙遠はウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)と一瞬顔を見合わせ、陣へ頷きを返す。
「えぇ。遠目にしか見ていませんけど」
「あのような場所に竜がいるとは驚きでしたね。ただ、私達が見たのは壁が崩れて出来た穴からでしたから、そこから行く事は出来ませんよ」
 二人がファフナーの姿を見られたのは、遙遠のパートナーである片栗 香子(かたくり・かこ)が偶然壁の一部を壊したからだ。その穴は人が通るには小さすぎるし、広げたとしても高低差の関係から全員がスムーズに先へと降り立つのは難しいだろう。
「その場所に行ける道を別に探さないといけないわね。ここから先はまた幻獣が出てくるみたいだし、電波も届かないそうだから慎重に行かないと」
 今度は蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が会話に加わって来た。彼女は通信設備の無い第一世界において、簡易的な基地局を設置する事で携帯電話のやり取りを可能にするという貢献をした人物だ。
 しかし、それが可能だったのはこの世界にやって来たのが調査を目的とした者達で、前もってそれなりの資材が用意されていたからだ。本格的な建設を行った訳では無いので、電波がカバーしている範囲は上が聖域まで、そして下がこの最前線のキャンプ地までとなっている。
 これより先は連絡を付ける事が出来ないエリア。それを考慮した東 朱鷺(あずま・とき)が用意した千羽鶴を床に置き、術を唱え始めた。動き出す千羽鶴を見て、トリィ・スタン(とりぃ・すたん)がその術の正体に気付く。
「式神……貴公は陰陽師か」
「えぇ、これなら開いた穴から入る事が出来ます。こちらからの探索だけではなく、向こうからも通路を探した方が危険は少なくなるでしょう。それに、ファフナーを捜すのにも便利ですし」
「なるほど。ならばこちら側の探索は我らが先行して行うとしよう。レギオン、参るぞ」
「……分かった」
 レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)が隠密効果のある箒を浮かべ、サーフボードのように立ち乗る。その後ろにトリィも乗り込み、二人はゆっくりと先に進んで行った。

「ふむ……この辺りには幻獣はおらぬか」
「殺気も感じない……待ち伏せという事も無いと思う」
 油断無く周囲を警戒しつつ、箒を進めて行くレギオン達。しばらくして、前方から千羽鶴がゆっくりと飛んで来るのが見えた。
「あれは……東の……」
「うむ、式神だな。つまりこの道が正解という事だ。レギオン、皆に知らせる前にもう少し先を調べるぞ」
 こちらを感知したのか、反転して先へと進む千羽鶴の後を追う二人。すると突然視界が開け、非常に大きな空間が待ち受けていた。
「何という広い場所だ。まさか神殿の最深部にこのような場所があるとはな」
「報告通りなら、ここに竜が……ん?」
「どうした? む、何だその光は」
「これは……幻獣のクリスタル……?」
 レギオンの懐から光が漏れた。中から原因を取り出してみると、黄色いクリスタルが光を放っている。聖域の調査の際、シクヌチカがこちらの助けになるであろうと、他の幻獣を結晶化した物だ。

 これは幻獣の力を封じ込めた結晶だ。しかるべき時に結晶を使えば必ず汝らの力となるだろう

「あの時、シクヌチカはそう言っていた……それが、今なのか……?」
「そうであろうな……見ろ」
 トリィが首を奥へと向ける。そこには大きな――とても大きな――竜がいた。その竜は近付いてきた千羽鶴を一睨みすると、小さな炎を吐いて一瞬で消し去った。
「あれが、ファフナー……あれを止める為に、力を貸してくれるのか……?」
 レギオンの問いに答えるようにクリスタルが一際強く輝いた。同時にクリスタルが複数に分かたれ、そのほとんどが調査団のいる方へ、そして一つがレギオンの手元に残り、腕、肩、身体へと光を伝えて行った。
「光がレギオンを包むだと……? 大丈夫なのか?」
「分からない。でも……身体が軽く感じる」
「確か、そのクリスタルはグリフォンが結晶化した物だったな。その力の一端が宿ったという訳か。ともかく、これは一度戻って皆に伝えるべきだな」


 キャンプ地に戻ったレギオン達の報告を聞き、調査団はファフナーのいる広場へとやって来た。
「デカッ!?」
「あれがファフナー……幻獣王の名に相応しい、見事な体躯ですね……」
 竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)だけでなく、他の者からも同様の声が上がる。聖域で出会ったどの幻獣よりも大きいその姿に、多くの者が圧倒されていた。
「空気の悪さが一段と酷くなりましたね……これほどの瘴気、容易には祓えませんか」
「そうだな。聖域の時みたいに気絶させただけで解決出来るとは思えない」
 朱鷺のつぶやきに篁 透矢(たかむら・とうや)が答える。
「ただ、ロッドのお陰で魔法を使えそうなのが救いかな。時間稼ぎをするにしても、少しは余裕が持てるだろうし」
「その事ですが……透矢様、これは貴方がお使いになって下さいませ」
 ロッドとは、神殿を探索した者達が途中で発見した物だ。別の場所に遺されていた先駆者の言葉によると、魔力が減少するこの世界においても、ロッドの効果範囲でならいつも通りの力で魔法を使用出来るという事だった。
 そのロッドの発見者である中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が、持っていたロッドを透矢へと渡した。
「綾瀬……俺でいいのかい?」
「えぇ。透矢様はシクヌチカの力を得た一人。であれば私が使うよりも相応しいと思いますわ」
 聖域と神殿の調査が一段落した後、一部の者は再びシクヌチカの場所を訪れ、両方の調査で得た情報を基に再度シクヌチカの助力を得ようとした。
 その際、力を認められた者はシクヌチカが結晶化したクリスタルを受け取ったのだが、その一人が透矢だった。彼は今、モンクでは無くスプリガンとしてこの場に立っている。
「それに、私にも考えがありますの」
「考え? 君はあのファフナーに、どうするつもりだい?」
「私はただの傍観者ですわ……そう、今はまだ」
 黒き布で目元を隠した綾瀬はそれだけを言い残し、ドレスから生えた影の翼で飛び去った。周囲に人がいなくなった所で、魔鎧である漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が呼び掛ける。
「さて……綾瀬、そろそろあなたの考えを聞かせて貰えるかしら?」
「大した事はありませんわ。ただ、遺されていたメッセージが気になりましたの」
「メッセージ……ロッドについて書いてあった物ね。確か、前の代のシクヌチカと契約した人が遺したものだったかしら」
「えぇ。シクヌチカと契約し、スプリガンともなった人が何故『大いなるもの』を倒そうとせず、再封印するに留まったのか……私にはそれが『出来なかった』では無く『しなかった』という風に感じましたの」
「その真意を探る為に、敢えて最初は様子を見てみると?」
「見極めましょう。これがこの世界を救う為の戦いなのか、それとも……レールの敷かれたゲームなのかを」

「よし……念の為、皆は少し離れててくれ」
 開けた場所に出た透矢がロッドを地面に立て、それを両手で握った。
「過去と現在のシクヌチカよ、力を貸してくれ……!」
 祈りに応え、ロッドの先端についている緑色の宝石が光り出す。その光は一気に膨れ上がり、広場一帯を覆い尽くした。
「魔力が戻って来ておる……あのロッドの力、真の物か」
 手元で軽く放電を起こしながら魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)が頷く。どうやら遺されたメッセージにあった通り、魔法の効果がきちんと発揮されているようだ。
「けど、代わりに向こうも気付いたみたいだね。これは激しい戦いになりそうだ……」
 ラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)が皆を促すと、ファフナーの視線がこちらへと向いているのが見えた。それだけでは無い、足下にいる幻獣達がこちらへと向かって来ているのが見える。
「ロッドを傷付けられると厄介だ。ここは協力して幻獣を近付けないように――」
「うぉぉぉぉ! 燃えてきたぞぉぉぉ!!」
 忠告を聞く前に木崎 光(きさき・こう)が幻獣へと駆け出して行った。RPGのような光景に、気分が最高潮に達したらしい。
「ちょっ!? あぁ、また暴走大特急が……」
 ある意味いつも通りなパートナーの振る舞いに頭を抱えるラデル。ともあれ、ファフナーへの道を切り拓く為、調査団の者達は戦いを始めるのだった。