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「ねーアルト姉ぇ……早く帰ろうよー」
 無駄だとは分かりつつも、帝釈天 インドラ(たいしゃくてん・いんどら)が言う。
「どうせすぐに終わりますんわ! 付き合うか見ているかにしなさい!」
「終わりますんって事は終わらせる気無いんだね……」
 アルト・インフィニティア(あると・いんふぃにっと)の言葉にインドラが大きく溜息を吐く。
 買い物帰り、伝道師討伐の話を聞いたアルトは自らのコスプレ愛を掲げ、伝道師に挑んでいた。インドラは完全に巻き添えである。
「その程度では私の愛は止められませんわよぉ!」
 アルトは【彗星のアンクレット】と【神速】を用いて速度で勝負をしていた。只管に近づいて殴りまくる。シンプルであるが、速度が尋常ではない。
 伝道師はただ、その打撃を両手でガードしていた。
「そろそろとどめですわ! 私のこの手が真っ赤に燃える! あなたを止めろと轟き叫ぶ! ばぁくねつ! レイヤァァアア、ナッコオオオ!」
 【盛夏の骨気】で拳に炎を纏わせたアルトが、殴り掛かった。が、
「あぐぉっ!?」
顔面を、伝道師に掴まれた。
「む、無駄ですわ……私を倒したければ後5万はコスプレ魂持ってこんかいってあたたたたたたたた! 今メリって! メリメリって音が!」
 伝道師が指に力を込める。アイアンクローである。
「……ごめんリデル姉、今日中に帰れないかもしれない」
 やがて、ぷらんと両手を下げたアルトを見てインドラが呟いた。
 一方、
「……まだ帰ってこないか」
そんなことが起きているとは露とも知らないリデル・リング・アートマン(りでるりんぐ・あーとまん)は自宅で時計を見る度溜息を吐いていた。

「……い、いくらなんでも」
「これは……」
 雅羅となななは言葉を失っていた。
――中々成功しない伝道師撃退に、遂には集中砲火で挑むことが決まった。
 数は十分。普通ならば一人を相手にする数ではないし、一人で相手にできる数ではない。
 だが、相手は普通ではなかった。目の前に築き上げられていく死屍累々――
「いや死んでませんよ!?」
 負傷者の治療を担う高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が慌ててツッコんだ為、死者が出るのは免れた。
「そ、そうは言っても今危険な状態なのは変わらないんですよ! し、しっかり! 気を保ってください!」
 一人、治療して回る結和が泣きそうになりつつ、負傷者を励ます。死者が出るのも時間の問題っぽい。

 話は戻って、この負傷者は全て、伝道師に挑んで敗北した面々だ。チートと言えどもやり過ぎ感は否めない。正直すまんかった。
――以下、バトルの様子をDIEジェストでお届けしよう。

 最初の犠牲者は白星 切札(しらほし・きりふだ)白星 カルテ(しらほし・かるて)親子。
 まず、伝道師に挑む際、連れ添った雅羅に告白をぶちかます。
「私はこの愛する雅羅さんの為に貴方を倒そう!」
「うぇっ!? い、いきなりなんですか!?」
(演技ですよ演技。合わせてください)
 切札が言うとおり、これは演技であった。こうすることにより伝道師は隙を見せる、との予想からだ。
 だが、その思惑はあっさりと見抜かれた。
「ふんぬッ!」
「あぐぁッ!?」
 伝道師が切札の顔面に鉄拳を叩きこむ。そもそも事前に雅羅への告白を二回も見ている。他の二人とは違い、演技である切札の告白はあっさりと見破られたのである。
 そしてRPGを向けた。だが、そんな切札をカルテが庇う。
「む、あなたは」
 伝道師がカルテを見て、動きを止めた。
「酷いよ! ママを殴るだなんて! 愛を守る人じゃなかったの!?」
 目に涙をため、精一杯伝道師を睨み付ける。勿論これも演技である。
 実はカルテが一足先に伝道師と接触し、切札への親子愛を語っていた。こうしてカルテを更生対象外にすることを切札は画策していた。
「どうですか!? 愛を語っておきながらこれでも撃てるのですか!? こんなにも健気に親を守ってくれるこの子ごと撃てるというのですか!?」
 表情では迫真の演技を続けているが、切札の内心では邪悪な笑みが浮かんでいる。
 隙を与えない二段構え。『計画通り!』の笑みが漏れるのも無理は無い。だが、
「撃てますよ? 嘘だらけで愛が無いじゃないですか」
伝道師があっさりと言い放つ。
「それに、正しい愛道は女子供も真っ二つです」
 そして愛の道はどうやら外道であったようだ。
 その言葉通り何の躊躇いもなくRPGを撃ち、爆風が、二人を包んだ。
「……まぁ親子愛は嘘ではないかもしれませんでしたね」
 カルテを庇うように気絶する切札を見て、伝道師は呟いた。
 こうしてこの親子は犠牲になったのだ。



 続いて挑んだのはコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だった。
「相手は僕だ! さあ来い!」
 コハクは【蒼炎槍】を構え、伝道師に接近する。一気に詰められた距離は、RPGを放つのには不利であった。
 ならば、と伝道師が鉄パイプを取り出し、コハクへ振り下ろす。甲高い金属音が響き、一撃を槍が受け止める。
「……くぅッ!」
 衝撃にコハクの呻く声が漏れた。
「――今だよ、美羽!」
 その言葉と同時に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がコハクの背後から飛び出す。
「食らえぇッ!」
 伝道師の頭が炎に包まれた。美羽の【パイロキネシス】の炎が、そのマスクを焼き払おうとした。が、炎は一瞬頭を包んだだけで消えてしまった。マスクは無傷である。
 だがその一瞬、伝道師の視界は炎のカーテンに覆われ隙を作った。美羽にとって、欲しかったのはその一瞬。
「もらったぁ!」
 伝道師の側頭部目掛け、美羽がハイキックを放つ。
 大振りで軌道は明確。フェイントも何もないただ真っ直ぐ側頭部を蹴り抜く事だけを考えた物。避けるのは普通なら容易い。普通なら。
(む、速い?)
 そのハイキックの速度は、普通ではなかった。その速度は通常の美羽のそれの三十倍。【アクセルギア】により加速したものだ。
 使用者の負担もあるため、【アクセルギア】の加速持続時間は五秒が限界。だが、美羽の足が伝道師の側頭部を蹴り抜き、脳を揺らすのには十分すぎる時間である。
「ふむ、ならば」
 伝道師は呟くと、弛緩するように両腕をだらんと下ろした。
 直後、伝道師の体が側方に回転し、吹き飛ばされる。
「やった!」
 コハクが思わず、顔を綻ばす。だが美羽の表情は険しいままだ。
――違和感があった。
 見た目、美羽の足は伝道師の側頭部を蹴り抜いた。だが、何かを蹴りぬいた感触が無かった。しかし、伝道師は吹き飛んだ。
 吹き飛ばされたが、どういうわけか蹴りは当たっていない。

――つまりダメージが無いということで。

――ゾクリ、と悪寒が美羽を襲う。
「コハクダメ! 防御して!」
「え?」
 美羽が叫ぶが、もう遅い。
 狙いは既に定められ、RPGの引き金は引かれていた。
「勝負あり、ですね」
 爆風が美羽とコハクを包んでいた。



 日比谷 皐月(ひびや・さつき)は伝道師のRPGを防ぎ続けていた。
 放たれる砲弾を【氷蒼白蓮】の氷の盾を斜めに展開し、道を逸らす。いくらチートであるとはいえ、物理法則には則っている為弾道は逸れ、皐月には当たらない。
「どうした? その程度か!?」
 伝道師を皐月が挑発する。
「ふむ……」
 RPGを構えつつ、伝道師は思考する。
 皐月は、防ぎ続けているがそれ以上の手は打ってこない。攻撃をするわけではなく、ただ防御に徹している。
(……恐らく、狙いは時間稼ぎ……今日が終わるまで続けるつもりですか)
 ふぅ、と溜息を吐いた。
「……なら、終わらせますか」
 そう呟くと、一発RPGを撃ち込む。
「あんまり手が変わらねぇぞ!」
 日比谷が弾頭を受け止める氷を展開する。が、弾頭は氷に当たる直前に炸裂した。
「何!?」
 煙が日比谷の周囲を包む。
(不味い、視界が――)
「チェックメイト」
 日比谷の背後から、声。振り返ると、そこに拳銃を構えた伝道師が立っていた。
「……何をした」
「撃ち抜いただけですよ、弾頭を」
 そう言って手に持った回転式拳銃をひらひらと振りながら見せつける。
「まあ、発想はよかったと思いますよ。今日、バレンタインが終わるまで私を足止めして弱体化を狙うというのは。ただ、後一手が足りませんね」
「耳が痛いね……まいった。降参する」
 そう言って日比谷が両手を上げて、降伏の意志を示す。
「その意気やよし……さて、お楽しみ更生タイムです」
「……え?」
「まさか見逃すわけないでしょう」
 そう言うと、何処からか取り出したのは鉄パイプ。
「ちょっとまて、それでどうするつもりだ!」
「安心してください、峰打ちですから」
「いやいやいや! それに峰とかなあぐぇッ!?」
 日比谷の言葉が言い終わらないうちに、伝道師が思いっきり鉄パイプでぶん殴っていた。



「空京の名を汚す咎人よ、その命で償ってもらいますよ!」
 空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が放つ【朱の飛沫】の炎が、伝道師を襲う。
 その身が一瞬炎に包まれたが、伝道師は両腕を振り消した。
「ふむ、耐えますか……そのまま焼かれてればいい物を。しかし一介の人間が愛を語るなど、神をも恐れぬ所業ですぶぇっ!?」
 話している最中の狐樹廊を、伝道師は思いっきりぶん殴った。
「何するんですかアンタ! 熱いじゃないですか!」
「ひ、人が話してる最中殴るとは……やはり手前がナラカへと旅立たせてやりましょう!」
 そう言うと狐樹廊は再度【朱の飛沫】を放とうとするが、
「いきなり焼こうとする貴方には愛がないわぁッ!」
伝道師のRPGが先に火を噴いた。
「フゥーハハハー! 満を持して俺様達参上!」
 狐樹廊が倒れる中、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)が高らかに笑いながら伝道師に襲い掛かる。が、
「アンタはアンタで色々とアウトなんですよ!」
河馬吸虎の鼻を掴むや否や、伝道師がそれをへし折った。
「ぐああああああああああ!」
 鼻を折られた河馬吸虎がのた打ち回る。この光景を見た男性は、きっと股間を押さえてしまうような事態になっていた。
「あーあ、やっぱりああなったか……」
「あの、悲鳴聞こえるけどいいの?」
「ああ、いいのいいの。今はななな君に変な属性つけないように守る方が重要だから」
 余談であるが、戦闘中なななの目を押さえていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は戦闘に参加してない、ということで更生を免れたのであった。 



「ほぉーれ! このチョコを食らえぇー!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は【ぽいぽいカプセル】から取り出した【どデカチョコバー】を振り回し、伝道師に襲い掛かっていた。
「せぇいッ!」
 それを躱しつつ、伝道師も反撃するが
「こっちだ、ルカ!」
「おっけー!」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が指示し、攻撃を躱していく。ただ躱すだけではない。誘導しているのだ。
(このままいけば近くの屋内へ奴を持ち込める。そうすればRPGを封じることができる!)
 ダリルの狙いは、伝道師の弱体化であった。狭い室内ではRPGのような武器は効果的ではない。そして機動力も抑える事が可能だ。そうすれば数で劣る伝道師を倒すことが可能。
 そう見越してルカルカを利用しつつ、近くの建物へと誘導していたのであった。
「チョコ舐めてんじゃないわよあんた! むしろルカのチョコを舐めろぉー!」
 ちなみにルカルカはそんなダリルに利用されている事など露知らず、チョコバーを振り回しているだけなのだが。
「……ああ、そう言う事ですか」
「なぁーに余裕ぶってるのよ! どっせい!」
 ルカルカがチョコバーを振り下ろす。
「せやぁッ!」
伝道師が拳を突き出した。いくらでかいと言っても、チョコバーはチョコバー。衝撃に耐えきれず砕けて折れた。
「貰った!」
 伝道師はそう言うと、一気に距離を詰めた――ダリルへと向かって。
「何!?」
 ダリルが驚きの声を上げる。
 誘導するダリルも狙われる可能性を考えていないわけではなかった。RPGを撃たれた場合の為の策はあった。
 しかし向かってきたのは本人。一瞬であるがアクションが遅れ、その遅れが命取りになった。
「くっ!」
 【コピー人形】や【武者人形】を盾にするが、それをすり抜けてダリルの前に立つと、
「はぁッ!」
伝道師は鳩尾にボディブローを放った。
「……がはッ」
 耐え切れず、ダリルが膝をつく。
「こぉの……よくも!」
「る、ルカ……」
「よくもチョコバーを!」
「そっちか……」
 脱力しダリルが力尽きた。
 ルカルカはチョコバーを振り下ろすが、伝道師はそれを横に避けると脇に抱えるようにルカルカを捕獲し、持ち上げる。
「うにゃ!? な、何するのよ! 離せ―!」
 じたばたともがくが、がっちりとホールドされ逃げられない。
「さて、更生の時間です」
「こ、更生!? ルカが何をしたっていうのさ!?」
「それはですね……食べ物への愛が無いッ!」
 そう言うと、伝道師はルカルカの臀部を平手打ちする。
「ひゃん!?」
「食べ物を粗末にするような事をするんじゃありません! チョコを武器に振り回すとは何事です!」
 二度、三度、とスパンキングの音が響く。まるでお仕置きする子供と母親のような光景であった。
「痛ッ!? 痛い! いやこれ本当に痛い! 痛いから! 痛いからやめて! やめてお母さん! ルカが悪かったからぁー!」
 加速するスパンキングは、謝っても終わらなかった。



「……ふぅ。さて、次は誰でしょうか?」
「私達だ」
 更生を終え一息つく伝道師の前に立ったのは、湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)であった。
「独善の極みに道を踏み外した者の末路……見てはおれん」
「愛ゆえに踏み外した貴方が言うと重みが違うわね……聞いてる伝道師!? こちらにおわそうお方を何方と心得るか!?」
 伝道師に向かって祥子が叫ぶ。
「このランスロット卿、愛ゆえに忠節と騎士の道を捨て不義の恋を貫いた過去を持つ人……独善的な思い込みを他人に押し付ける貴方が勝てる相手ではなくってよ!?」
「いざ参らん!」
 そう言うと、ランスロットは武器を構え、伝道師へと向かって一直線に向かって駆ける。
「独善の極み……やはり何か勘違いされていますね、私」
 伝道師は呟き、RPGを構える。
「あら、こっちは狙わなくていいのかしら!?」
「む!?」
 サイドからも、祥子が武器を構えて迫ってきていた。ランスロットと祥子は爆風に巻き込まれない距離を取り、挟み撃ちになるように伝道師に向かっていた。
 片方を狙うともう片方の攻撃は防げない。遠距離の銃火器を封じ、得意な接近戦へと持ち込む策である。
「その様な武器、使う暇をも与えん!」
「なら、使いません」
 そう言うと、伝道師はRPGから手を放す。重い音を立て、地面へと置かれる。
「あら、諦めるの?」
「その潔さよし! せめて苦しまぬよう逝かせてくれよう!」
 祥子とランスロットが構えた武器が伝道師へと振り下ろされる。それはほぼ同じタイミング。
「使えないので、接近戦用の物を使うだけです」
 同じタイミングで、伝道師の持ったバールのような物が祥子とランスロットの斬撃を受け止めていた。
 完全に油断していた二人は、武器を弾かれる。
「ちぃッ!?」
「遅い!」
 祥子の背後に回った伝道師はクラッチを固め、持ち上げると後ろに放り投げる。高速のジャーマンスープレックスである。
 受け身を取ることも敵わず、祥子は意識を手放す。
「祥子!?」
「さて、次は貴方です……貴方は更生より、教育が必要そうですね」
「教育だtぶぅッ!?」
 そう言うと、伝道師はランスロットの頬を殴った。グーで。
「道を踏み外した、とか言っていましたが勝手に悲劇のヒロインぶってるんじゃないですよ! あんた愛を貫いたんでしょうが! だったら『俺は間違ってねぇ!』くらい言ってやらんかい! 白目剥いてないでちゃんと聞いてなさい!」
 胸ぐら掴んでフルボッコにしておいて聞いてろという方が無茶である。愛注入(物理)によりランスロットは割と早い段階で気を失っていた。



「……お前さん、病気だね」
 アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が呟いた。
「いきなり人を病気扱いするだなんて失敬な」
「自覚症状なし、か……安心しな、私が治してやるよ」
 そう言うと、アヴドーチカが数あるバールを取り出す。
「この、バール治療でね!」
 バール治療というのは、アヴドーチカ独特の治療法であり、簡単に言うとバールで殴って治療するという治療法である。
「……私には貴女の方が病気に見えるんですが」
「言ってな……さてじっとしとくれよ? 手元が狂っても知らないからね!」
 そう言うと、アヴドーチカはバールを手に取り伝道師目がけて振るう。
 そのバールを、伝道師はバールのような物で受ける。
「ほう……面白いねぇ、私とバールで張り合おうってかい?」
「バールではありません。『バールのような物』です」
 お互いが得物を構える――直後、打ち合いが始まった。
 アヴドーチカが狙うと、伝道師がバールのような物で受け、払う。
 的確にアヴドーチカは急所を狙うが、そのすべてを伝道師は受け止めていた。
 金属同士がぶつかり合い、火花が散る。互いの両手に握られている得物は、相手の急所を討ち抜かんとし、それを防ぐ。
 攻防は常に入れ替わる。その打ち合いは、手に持っている物がバールとバールのような物じゃなければ絵になっていただろう。その点が悔やまれてならない。
 しかし永遠に続くと思われる打ち合いはいつしか終わりを迎える。平行と思われていたお互いの実力差は、やがて終末という点でぶつかった。
「くっ……」
 アヴドーチカの手から、バールが落ちた。
「勝負あり、です」
「……何故だ! この私の治療法がなぜ負けた!?」
「簡単ですよ。愛の差です」
「愛の差!? そんな馬鹿な事があるか! 私のこのバール治療が……」
「そこです。そこが貴女に愛が無いというのです」
「……どういうことだ!」
「まだわかりませんか……貴女には思いやりがないのです……使用目的外で使うなら、ちゃんと『のようなもの』という表記をつけなくてはいけませんよ?」
「……はぁ?」
「貴女は凶器がなぜ『バールのような物』と表記されるのかを知っていますか? バールとは工具です。それを『バール』と報道するとバールが危険な物、と認識されてしまいます。それを避けるために『のようなもの』とつけているのです。この優しさ、愛だとは思いませんか!?」
「お前さんが病気だというのが改めてよくわかったよ……こんなのに私は負けたのか」
 ずん、とアヴドーチカが落ち込む。
――ちなみにこの表記の理由は元々苦情が来たからだったような気もするが、その辺りはスルーを推奨する。
「……成程、貴女にはまだ更生が必要なようですね」
 そう言うと、伝道師はアヴドーチカを抱え、
「矯正! ラブバックブリーカー!」
「あぐぉッ!?」
立てた膝の上に腰を叩きつけた。鈍い音がした。
「背骨と一緒にその曲がった思想も直しなさい」
 伝道師が言い放った言葉は、泡を吹くアヴドーチカの耳には届かなかった。